第198話 水槽の中にある世界
「結局、家具は何で消えちゃうんだろう? 減衰率的なあれ、あれが短いのかな?」
「半減期?」
「そうそれ」
戦艦内部を下へと進み、内部を探索しながらユキと話す。
どうやら中心部に近づくほど内部は広くなっている構造のようで、最初よりもずっと通路の幅は広く、また部屋数も多くなってきた。
その部屋を一つずつチェックして回るが、どの部屋にも生活の痕跡は無く、たまに残っている物は、いつも決まったように武器だった。
「武器、兵器は戦闘に耐えるように丈夫に作ったからかも、ってのは前に言ったっけかな」
「赤の国の時だねー」
「逆に、家具は神様が全部消しちゃった、とかね」
「それもちょっと意味が分からないんだよねー。見られちゃ困るのかな、家具?」
「何にせよ、“生きてる家具”が見つからないと証明は出来ないんだよね」
「なんか掃除とかしてくれそうな家具だね」
どうだろうか。むしろ持ち主に自分の掃除をするように要求しそうである。生きてる家具。
「でもやっぱ、つまんなくない? 普段のダンジョンは進むごとに変化があるだけに」
「最初は銃をみっけるだけで大喜びだろうさ。ハズレの箱の事なんて一瞬で頭から消える」
「銃が全部みっかったら?」
「このダンジョンはもう終わりですね」
「ですわねー」
冗談はさておき、殺風景で見所が無いのは確かだ。
軍事施設である都合上、同じような通路、同じような部屋が並び、装飾も無い。
このダンジョン、いや正確にはダンジョンではないのだが、この戦艦のゲーム的価値は、進む先の中心部に何があるかによって決まってくるだろうが、それまでの道中が単調すぎるのも考え物だ。
「ハル君ならどーする?」
「カラなんだし、部屋の所有権でも賭けて争わせようかね?」
「いいね! 日当たりの良い部屋は高ランクだ!」
「あるかなあ? 日の当たる部屋……」
浮上しているときは、煌煌と点灯する明かりが漏れる窓が外壁に見えたが、今はどんどん中央へ向かっている。今のところそういった場所への通路は見当たらない。
そして今は、その部屋は漏れなく海の中である。
辿り着けさえすれば、それはそれで海中を展望できる部屋として需要があるかも知れないが。
そうして他愛も無いことを話しながら、このフロアに居並ぶ同じような作りの部屋をチェックし終わる。ロビーのようになった広めの通路で休憩している、ルナとアイリに合流した。
「お疲れ様。どうだったかしら?」
「備え付けの設備から見て、居住区でほぼ正解だと思うよ」
「お風呂とかでしょうか! 使えは、しなかったのですよね」
「たぶんねー。ハル君も動かせないみたいだったし」
「単純な話、水が通って無い。システムが正常稼動してれば、動くかも知れないけど」
そして、使用した痕跡なども特になかった。もしや、家具は消えたのではなく、ここには最初から誰一人として入居していなかったのだろうか?
「クルー、が必要なのかどうかは分からないけど、この作りを見るに、長期間の滞在を前提にして設計されていたんだろう」
「結局、その必要は無くなったん?」
「そうだね。無人で運用されていたのか、使うことなく廃棄されたのかは知らんけど」
「もっとこう、劇的な展開を期待してたのになー。当時の雑誌とかが落ちてて、それを読むと当時の世界の様子が断片的に分かったり……」
「落ちてるお人形の手を掴むと、ボロッ、って壊れてしまうのですね!」
「アイリちゃん分かってるねー」
「流石に軍事施設に、お人形は無いのではないかしら?」
「それに、当時の雑誌はきっと言葉が読めないよ」
「あ、そっか」
“何も無い”ことから推測出来ることも間間あれど、やはり何か指針となる情報は欲しい。
ハル達はその後は部屋の扉を見かけても開けて詳細に調べることはせず、内部を透視して何も無ければ、開けることなく先を急ぐのであった。
*
そうして下へ、中央部へと進むハル達は、やがて巨大な隔壁へと行き当たった。
隔壁は頑丈そうなシャッターで道を閉ざしており、その横にはもう一枚、今までの物と変わらない通常のサイズの扉が併設されている。
「どっちのつづらが正解?」
「葛篭、ではない」
「大きいほうに入ると死にそうね?」
「欲張りはよくないのですね! ……現実的にも、かさばる物は価値が薄そうなのです」
「あの話って実はブルジョワ検定だったのか……」
おとぎ話はともかく、この扉の場合は別にどちらを通っても正解だ。行き着く先は恐らく同じ。そのための方法が違うだけである。
ハルは<神眼>でその先を透視する。なかなか面白い物が見えた。
「大きいほうはエレベーター。小さいほうは非常階段だろうね」
「よし! 大きい方にしよう!」
「大丈夫かしら? 今の流れで言うと落ちそうだけれど?」
「まあ、万一落ちたとしても、僕ら無傷で済むし……」
何百年も前のエレベータとなると不安もあるが、魔法を併用して作られた施設だ。今までの扉同様、正常に稼動すると思われる。
それに、このエレベータの内部を透視したハルは、その構造に興味を覚えた。出来れば乗ってみたいと思う。
「なら、乗って行きましょうか。……変わり映えのしない階段を延々と下りて行くのも、遠慮したいところですし」
「確かにそれは、きつそうなのです! 主に精神的に!」
肉体的には問題ないあたり、たくましいお姫様であった。特に今は、アイリはハルによる強化で更に強靭になっており、二百階でも三百階でも駆け上がるだろう。
そんな非常階段を脇に置いて、ハルはエレベータの開閉信号を入力して行く。
これまでの道中の鍵開けで、ハルのハッキングスキルも大分こなれてきた。セキュリティレベルごとのパターンも理解出来てきており、さながら今のハルは『セキュリティランク2のカードキー』を所持している状態だ。
なお、ランクは適当であるが、ハルの予想では、実際この上にもう二段階、ランク1とランク0が存在すると推測している。
「えれべーた。……転移装置のようなものでしたっけ?」
「いやいやいや。ただ上下に移動するだけだよアイリちゃん。高い建物には、みんな付いてる」
「なるほど! 宇宙にも行きますものね!」
「それは何か違うけど、ま、いっか……」
「ハル、これは、水の中なの?」
薄暗いエレベータの中へと入り扉が閉まると、通路の非常灯の明かりが遮断され、更に暗さに拍車がかかる。非常灯の埋め込まれるべき壁が、内部には存在しないためだ。
いや、正確には壁が無い訳ではない。内部は一面ガラス張りのような透明なカプセルになっており、その外へ広がる景色が見渡せるようになっていた。
「うっそ! 水没、いや、海水が浸水しちゃってる!?」
「大変なのです! このまま、また海底に沈んでしまうのでしょうか?」
「大丈夫、これ海水じゃないよ。……このエレベータ、どうやら水流で動くらしいんだ。面白いね」
「へぇ……、確かにそりゃ、面白いねハル君。あんま聞いたことないや」
「水槽内を展望できるエレベーターは有るでしょうけれど、直接水に浸かった物はそうそう無いでしょうね?」
当然だ。密閉性も、メンテナンス性も、水が関わると面倒が増す。
ハルやユキの使うポッドの溶液のように、水内部にナノマシンを充満させ、それによって常時メンテナンス作業を兼ねるという手法もあれど、コストの面でやろうと思う者は少ないだろう。
それらの事情を押してやる者が居るとすれば、それはきっと見栄えよりもセキュリティの堅牢さが目当てだ。エレベータシャフト、筒の内部の空洞を利用して進入されないように。
「どうやらこれも、見栄えだけが目的じゃなさそうだね」
「ハル君何か分かったんだ? まあ、海水じゃないならタダの水じゃないよね。百年以上ここにあるんだし……」
「やっぱり、侵入者対策かしら?」
「とりあえず、下に着いたら説明するよ」
「今はまだ、語るべき時では、ないのですね!」
「いや別に意味深な説明キャラではなくてね?」
その揶揄を受けるべきはカナリーたち神様だろう。彼女らは言えない事が多すぎる。
だがそれについては、ハルがランクの高いカードキーを持っていない、とでも言えるセキュリティ権限しか無いのが問題か。
彼女たちと気兼ねなく話せるように、そちらのセキュリティも解除してしまいたいものである。
……だがそれは、この世界について、知りたくない事まで知ってしまうのと同義なのだろう。痛し痒しだ。
さて、このエレベータを覆う水について語らないのは、何も、もったいぶっているのではない。
見栄えの為ではない、とは言ったが、その見栄えも圧巻であると予想されるので、野暮な説明でその鑑賞を妨げたくないのだ。
ハルが移動を操作すると、すぐに皆を乗せたカプセルは水中を沈んでゆく。
数秒の間、サイズを合わせた筒の中を潜り抜けたかと思うと、エレベータはすぐに広大な水中空間へと投げ出された。
エレベータ自体のうすぼんやりとした発光の他にも、水中にはいくつか光源が瞬いている。色とりどりのそれは、カラフルな光の尾を引きながら、思い思いの方向へと泳いで行っていた。
「お魚さんです!」
真っ先に反応したのはアイリだった。容器の外壁、ガラスのような窓におでこをくっつけるようにする仕草がかわいらしい。
鑑賞しやすいように、ハルは魔法で灯りを作り出して周囲の様子を照らし出す。
「これは、圧巻ね? 本当に海の中に降りて行っているようだわ?」
「だねー。……それに、これって、『お魚さん』、だよね。実際」
「そうだね。タイプは違うだろうけど、あのイベントで作った魔法生物だと思う」
体表に様々な色とパターンの紋章を輝かせるその姿は、あの試合で見た『お魚さん』そのものだ。
優雅に泳ぎ回るそれらは、エレベーターを気にせず、されど衝突もするような事なく、ごく至近を横切っていった。
アイリが目を輝かせてその姿を追いかける。
「試合ではゆっくり眺める機会はほとんど無かったからね。体の操作権は僕だったし」
「あはは。間近で見るのなんて、敵かマグロストリームだけだ……」
「地下の水槽の子たちは、今のアイリちゃんと同じような楽しみ方をしていたわ?」
口が『うわぁー』と開きっぱなしのアイリを乗せて、カプセルは終点の海底へと着底する。
名残惜しそうな彼女たちと共に、ハルはエレベータの外へと踏み出した。
「終わってしまいましたー……」
「だねー。もちっと見てたかったかも」
「ハル、あのカプセル、自由に操作出来たりしないの?」
「やって出来ない事は無いと思うけど、ゆっくり見るのは、ここからでも出来そうだよ」
そう言って振り返ると、出てきた扉、エレベータ収納のための昇降施設を除いて、この空間は一面のガラス張りのドームになっているようだった。
昇降場所は今出てきた一つだけでなく、四方にそれぞれ存在するようだ。ここはさしずめ、乗り換え用のホームといったところか。
頭上を見上げれば海の中に居るようで、アイリたちは再びその中を泳ぎまわる魚の群れに目を奪われる。
自らが光を放つそれは、まるでほうき星が夜空を色どるように、天蓋をきらきらと輝かせていた。
「あ、ハル君、家具があるよ! 生の家具だ!」
そんな中、足元へと目を向けたユキが、一段低くなっている中央部に人工物を発見する。……言い方が酷い。
「ナマって……」
「これは良い資料に……、ん? これはちょっと違う?」
「ユキの<千里眼>も成長したね。これはエーテル結晶じゃなくて、魔法で作ったものだね」
待合用の設備として、腰を下ろせるようなベンチや、その周囲には観葉植物まである。
これは、結晶化した魔力で作られたものではない。普通のダンジョンやセレステの神域にあるような、結晶化しない魔力で編まれた存在だ。
「材料は同じなのがややこしい……」
「わたくしも、その気持ちはよく分かります!」
要は、物質化しているか否か、その振る舞いの違いだ。見えて触れる事には変わらないので、少し見分けが面倒になる。
「しかし、何故ここに来て急に? 私たちの会話を聞いて、急遽用意した訳でも無いでしょうに」
「いや、このベンチやら何やらは急遽用意したかもね。さっき殺風景だってさんざん言ったから……」
「じゃあ魚は違うんだ?」
「だね。この魚、たぶん百年前からずっと泳いでるよ」
「すごいですー……」
そうして魚を眺めることしばらく。一通り、感動も落ち着いたようなので、ハルは先ほどの話を再開することにした。
エレベータへと入る前、ハルが<神眼>で察知した、この水の特異性についてだ。
「この水はエーテル……、僕らの世界のナノマシンと、似たような性質を持ってるみたいだね」
その内容について、ハルは語ってゆくのだった。




