第195話 対処に困る大きな置き土産
「……正直なところ、あまり気乗りはしないんだよなあ」
「意外かも。ハル君って、歴史とか調べるの好きそうなのに」
「まあ、好きは好きだよ? ゲームの設定とか、背景を調べるのも好き」
「でもハル君にとっては、ここはもうゲームじゃ無いからかな?」
一言で語るならば、そういう事になるのだろうか。
さて、対抗戦も終わり、くつろぎの時間。皆で今何を話しているかといえば、当然ながら突如海上へ現れた例の戦艦の事だ。
掲示板でも、あれについての話題は尽きないようだった。
動力を失い、今は波間を漂うように沈黙しているが、明らかに曰くありげなそれは、ユーザー達の興味をこれでもかと引いていた。
いや、気になって仕方ないのは何もユーザーだけではない。NPC、この世界に生きる現地の住民も、またあの戦艦については興味津々だ。当然だろう。生活に、命に関わる問題だ。
どこから情報を得たのか、各国の動きは早かった。エーテルネットが完備されている訳でもない、その前段階、機械的なセンサーが張り巡らされてもいない世界で、どのように察知しているのだろう。
「ヴァーミリオンの遺跡跡を調べた時も、あなた、あんまり乗り気では無かったわよね?」
ルナに指摘される。その通りだ。正直に言って、あまり積極的に古代人の生き様について詳しく踏み込みたい気持ちは起こらない。
「……どのみち、もう滅んだ人々だよ。彼らについて知ったところで、今の生活がどう変わる訳じゃない」
「わたくしも、同じ気持ちです。カナリー様たちが伏せていらっしゃるからには、相応の理由があるのでしょう」
「ああそっか、ここの歴史を作ったのはカナちゃん達だ」
神が古代人を滅ぼした……、訳ではないだろうが、彼らの時代に終止符を打って今の文明をスタートさせたのは紛れも無い事実だ。
そこにはきっと、歴史をリセットするに足る理由があるのだろう。そこにあまり踏み込みたくないというのがひとつ。
「それに、国家間のごたごたは、もう遠慮したいんだよなあ……」
「そうね? 最低でも二つの国が動いてるみたいですし?」
「ハル君が関わると、また大事になるねぇ」
「笑い事ではないよユキ……」
思わずため息をつき、辟易する様子をユキに笑われてしまう。ハルがここまで行動を制限される事態が珍しいのか、なかなかに愉快そうだ。
ハルはその身から漏れ出る神のオーラの存在に加え、王女であるアイリの夫だ。プレイヤーだから政治と無関係です、は通らないだろう。
ただでさえ期せずしてヴァーミリオンの事情を背負い込んでしまっているのだ。これ以上の面倒ごとは御免こうむりたい。
「でもさー、調べない訳にはいかないよねー、実際」
「そうよね? 危険ならば、先に無力化しておかなければならないでしょうし」
「そうなんだよねえ……」
「なんですよねえ……」
アイリとふたりで、夫婦仲良く、ぐでーっ、とする。非常にやる気が起こらない。
「むしろ問題は、危険じゃなかった場合か」
「はい。あれが海上に存在することで、様々な勢力の思惑や、緊張を生み出します。むしろ存在そのものが、危険であると言えるでしょう」
「じゃあ問答無用で消し去っちゃう?」
「ハルお得意の大魔法でね?」
「そうして良いなら楽なんだけどねえ」
変な言い方になるが、“野生の遺産”であればそうしても良いだろう。
魔力を失い停止していた物が、拡大した魔力圏に触れて突発的に浮上した。遺産災害、のようなものだ。粛々と駆除しよう。
だが、今回の物はそれとは少し訳が違う。
「今回のは神様に、運営によって満を持して引き起こされたイベントだ。……何も無い訳がない」
「それは、プレイヤーの皆様にとって、という事でしょうか?」
「そうだねアイリ。でも、この地の人たちにとって無関係とも限らない。この世界の状況に大きな変化が生まれる事も、プレイヤーの楽しみとなるからね」
「メインシナリオとか、ワールドクエストとか、そういう枠組みね?」
ルナの語るのは、ネットゲームにおける大枠のストーリーの事だ。
多人数で冒険する事に重点を置かれるゲームでは、ストーリーはさほど重要視されない傾向がある。
だが、全く無いかと言えばそうでもなく、むしろ世界観の表現にはそれなりに重要な要素だったりする。屋台骨、というやつだ。目立たないが、そこを軽んじては締まらない。
一人の為だけのゲームでない以上、表現方法は様々だ。
プレイヤーキャラクターとは別の主人公を立て、その人物の物語を追体験するもの。
自分のキャラクターはそのままで、全員が同じストーリーをなぞるもの。
世界規模のストーリーが時間と共に進行してゆき、プレイヤー達はクエストの受注などでそこに介入することで、自身もシナリオの一部となるもの。このゲームは、これが近いだろう。
「だから、全てのプレイヤーの目に触れる形で用意されたアレは特別」
「お話を動かす何かが、秘められているという訳ですね!」
「そゆことだねーアイリちゃん」
なので、ハルとしては大っぴらに関わりたくは無いのが本音だ。
さりとて、世界情勢に関わることなので無視もできない。今は、そんな板ばさみの状況なのであった。
◇
「そもそもさー。ハル君以外のプレイヤーが行ったとして、理解出来るモンなの?」
「普通なら、理解できないだろうね。むしろ入り口すら開けられない」
「ダメじゃん! 船の上に町でも作る? 平べったいしさ」
「ユキはなかなか面白い事を言うのね?」
「海の上の町……、すてきなのですー……」
あれが船としてどれだけ安定しているか知らないが、確かに雰囲気は良いだろう。
用途も分からない、扉の開け方も分からない。だが頑丈なので、土台として使う。古代文明の遺産にありがちな活用法だ。
物語後半で、真の使い道が開示されることになるだろう。熱い展開だ。
「ただ、それはノーヒントだった場合。ここまでお膳立てされた以上、マリンブルーから何かあるかも」
「カギ開けてくれるとか?」
「だね」
浮上はさせましたが、後は補佐しません、自力で頑張ってください、などという鬼畜設定をぶち上げるのはウィストだけで十分だ。
何かしらのヒント、またはあの戦艦に関する新イベントなどあるのではないだろうか。
ただ、あの戦艦のあの状態は不完全だ。本来なら空中を飛行しているべきものが、ハルによって動力を停止させられ、海上へ落とされた。
不完全に終わってしまったため、イベント展開も途切れた、ということもそれなりの確率で考えられる。
「そもそもの問題として、現地へ行ったところで動力はどうするのかしら? 動力機関でもあるビットは、沈黙しているのでしょう?」
「……そこが少し問題があってね。さっき、アイリと詳細に見て回ったんだけど。ああ、流石に近寄ってはいないよ?」
「内部には、それなりの魔力が貯蔵されているようでした。飛行する事は適わなくなったようですが、魔道具として死んでいる、とは言いがたいです」
「サスペンド状態、ということかしらね?」
休眠しているだけ、という可能性は高い。正当な手順を踏めるのならば、扉を開ける程度のエネルギーは十分残っているようだった。
「そういやハル君さ、あの戦艦って何で出来てた?」
「詳しくは見てないけど、たぶん大半が普通の物質だね。さすがにあの大きさ、オール魔力では無いと思う。……魔力も物質化、というか結晶化してると見分けがつき難いから、やっかいだけどね」
「ふーん。よくサビなかったね」
「……確かにそうよね? 魔力結晶ではないなら、経年劣化するわよね」
「結晶化したエーテルでコーティングしてるのかもね?」
古代人もなかなか頑張った。その技術はかなりの物だと思われる。
そもそも、あの大きさの物体を飛行させて維持するというのは地球の技術でも難しい。大質量の輸送が難しくなった現代では特にだ。
前時代であっても、消費エネルギーの関係であんな無駄の多い造型をした飛行物体は作らなかっただろう。魔法の世界ならではの物である。
「実は飛行も可能ー、とかは無いのん?」
「ないのん。飛び上がってた時の消費魔力は、今現在あれが保持してる魔力じゃ賄い切れないよ」
「そかそか、なら一安心だね」
そんな感じで、再び飛翔する恐れは薄いが、起動するだけならば恐らく可能、といった状態だ。兵器としてではなく、生きた遺跡としての立ち位置が大きい。
よって問題になるのは、誰に、どのようにして、どの程度の権限を、あのマリンブルーが与えてくるかだ。
試合の優勝者であるハルには、特に何の話も来ていないので、この件に関しては対象外なのだろう。まあ、戦艦を起動ではなく停止させた側である。当然と言えば当然だ。
「何となく考えてるのは、アクションが起こるのはNPC側からじゃないか、って事だね」
「現地の動きが、早すぎるためですね? 本来わたくし共は、もっと右往左往する立場です」
「そりゃ驚くよね普通。突然海から空飛ぶ円盤が現れたらさ」
「前もって誰かから聞いていた、ということかしらハル?」
「そうだね。そして誰かってのはマリンブルーに決まってる」
最近は忘れがちだが、本来神が人と関わるときは信徒へと神託を降ろし、それによって彼らの政治へ介入する。
要するに、今回の対抗戦の開催より前に、『海からそういうのが出てくるから準備しておけ』、と神託で伝えていたと考えれば辻褄が合う。
となれば、あの戦艦の鍵のような物があったとして、それも一連の流れで彼らに渡る可能性は高いと思われた。
「ちょうど、ミレイユが西の国の動きがおかしいって言ってた時期とも一致するしね」
「何がおかしかったんだろ? ハル君聞いてる?」
「さあ? でもまあ予想するに、物流とか人を集めてるとか、そういう動きから警戒してたんじゃない? 『すわ、戦争準備かっ!?』ってさ」
「はい。恐らくはそうだろうと思われます。察するに、船の準備にかかる物資、そしてその乗員、それらの調達にかかる動きを、軍事行動と見て警戒したのでしょう」
アイリが補足してくれる。この世界、いや地球であってもか、軍事行動の予兆というのは隠すのが難しい。
人の動き、物の動きは露骨に経済活動に影響し、どれだけ口で否定しても、分かる者には分かるデータとなって表出する。
ちょうど、今回のイベントにおいて、戦艦を作る為に藍色チームが対外行動をピタリと止めて、ポイントの捻出に励んだような状況がそれだ。
「そんでミレイユちゃんの居る紫の、えと、藤の国も、対抗するために軍隊を揃えていたのを、調査隊という事にして介入しようって訳か」
「ミレイユかセリスか、直接王室へ情報が行くものね? 行動は早くなるわよね、それは」
「ハル君もこの国に情報与えて何かさせないの?」
「えー、やだよめんどくさい」
「きっと余計な事しかしないのです! ハルさんの手を煩わせてしまうだけなのです!」
アイリは相変わらず自国への評価が厳しい。
ただまあ、それを抜きにしても、マリンブルーの居る藍色の国はこの国とは直接、国境を接していない。間に二つの大国を挟んでおり、何かするにしても難しいだろう。
「……結局、どうしよっかなあ、アレ。まあ、行くしか無いんだけどさ」
「普段から行動的では無いけれど、今回はいつにも増してだるそうね?」
「あれだよルナちー。本当は戦艦を作らせずに完全勝利したかったのに」
「浮上を許してしまった事にヘコんでいるのです!」
「かわいいわね?」
「はい!」
嫁の理解が深い。そう、本来は誰の目にも触れさせないまま、海の底に沈めたままにしておくのが理想だったのだ。
それが適わず事後処理に行かなければならなくなったと思うと、腰も重くなるというもの。
行ったとして、対処の最適解も見えないだろう。その行動は、誰にとっての益となり、誰の望む結果なのか。
「行くは行くとして、ひとまず、今日はお休みにしようか。それぞれ、そんな迅速に行動する陣営も無いでしょ」
「試合では、ハルさんもフル回転でしたものね! ゆっくり休みましょう!」
「アイリだって、試合中ずっと空の上できつかったでしょ」
「い、いえ。わたくしは、ハルさんにだっこされていただけでしたから……」
「きっとアイリちゃんの体も凝っているわ? ハル、じっくり、もみほぐしてあげなさい?」
「も、もみゅ!? ……わたくし、もめる所、少ないですー」
「ハル君ってどこ揉むのが好きなの?」
ルナがからかい、ユキが便乗し、話題は猥談に流れてしまった。
……対象が自分でない時はユキは積極的だ。反応に困る。ユキを揉む流れに誘導してしまおうか、と、ハル自身も戦艦について話す気分ではなくなってしまった。
まあ、話していても解決はしない。あとは実際に、現地に行ってから考えれば良いだろう。この日はそれきり、戦艦の事が話題に上ることはなくなった。




