第193話 制圧の時
本拠地最上部に取り付けられた魔道砲が発射される。
光の尾を引きながら、ビーム砲などと比べると比較的ゆっくりな速度で、黄色い光の輝きは西へ進んで行く。
ゆっくり、とは言ってもクジラの飛行スピードよりもずっと速い。見る間に元藍色チームの領空へと到達すると、かの国の置き土産、戦艦の射程内に入った。
すぐさま、反応して敵の主砲が放たれる。誘爆するかと少し心配したが、戦艦の主砲程度では何の障害にもならないようで、光線を押しのけながら魔道砲弾は平気で進む。
そして撃破対象である戦艦、浮遊ビットへと到達すると、その身に蓄えたエネルギーを全て解き放った。
「うひゃあ、すっごい。……ハル君の反物質砲か、それ以上の威力なんじゃない?」
「国土の数割が消失したわね? これなら打ち落とされていても、問題は無かったでしょうね」
「確かに陽電子砲相当のエネルギーだけど。この会場それ自体が現実に比べてスケールダウンされたものだから、実際は、さほどでもないよ」
「あ、そか。忘れてたよ」
解き放たれたエネルギー塊は、ゆっくりとした回転を見せながら徐々に巨大化していった。その境界面に触れた存在は、戦艦だろうとなんだろうと問答無用で削り取り、元々かの国の領土だった場所を、巨大なクレーターへと変えて行く。
当然、運営の用意した構造物である橋も水路も、解放された力の塊の中へと飲み込まれて行く。爆発、というよりも、受ける印象としては巨大な潮汐力の塊だ。ブラックホール、は少し言いすぎだが。
延々と拡大するかに見えたそれも、ある時を境にエネルギーが尽きたのか、ふっ、っと膨張を止めて急速にしぼんでゆく。
拡大するときの迫力に比べれば、音も無くあっけない消え方だった。すっ、と最初のサイズに戻ると、そのまま折りたたまれるように宙へと還る。
むしろ轟音はその後からやってきた。ぽっかりと空いたクレーターに、四方の水路から勢いよく水が流れ込んでくる。
大渓谷にある滝の真下にいるかのごとく瀑布の勢いが、ハル達の見守るモニターから響いて来た。
「カナちゃんは世界を力と恐怖で支配するつもりなのかな?」
「……コレの設計がカナリーちゃんとは限らないから。風評被害だよ」
「どんどん穴に流れ込んで行くのに、水路の水が減らないわ?」
「目の付け所が流石のルナちーだね」
水量、というよりも水位か、それは一定を維持するような設定になっているようだ。クレーターに流れ込んでも、水路の水嵩は変わらないらしい。
どの場所で魔法的にそれを管理しているかハルも興味が湧くが、ルナの脳裏に今よぎったものはその興味ではあるまい。きっと、水位が変わらないならば、世界をクレーターだらけにしても問題ないだろう、という物騒な考えだ。
そんな物騒で頼もしい彼女にこの場を任せ、ハルはこの会場の外、戦艦の本体が浮上してくる現地へと向かうことにする。
「二射目のチャージには、流石の魚群魔力炉でも少し掛かるみたいだね。ルナ、後は任せても大丈夫?」
「ええ、任せなさい?」
「チャージどんくらい掛かるんだろ? 結構ギリギリのタイミングだったかもねハル君」
「そうだね。三隻目が完成して、それが全部同時に来たらチャージ間に合わないかもね」
「まあ、そんな状況になったら、本拠地の強化もままならないと思うわ?」
指揮官権限を持った者が会場に一人も居なくなった場合の処理、権限の委任対象をルナに設定する。ほとんど黄色チーム専用の項目だろう。
実際は、この場に居て操作をしながらでも現地の対処は出来るのだが、そうするとハルの分身能力が広く明るみに出てしまう。浮上する戦艦の本体は、今もライブ中継の真っ最中だ。そのカメラに映る可能性は大きい。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい、ハル」
「ハル君がんばー」
そうして彼女たちに見送られ、ハルは意識を本体へと集中するのだった。
*
「んっ、戻りました! 集中力が増した気がします!」
「アイリは意識を分割して操作するのは慣れてないもんね」
「えへへ、ふわふわして、変な気分でした……!」
会場から意識を切り離して影響があるのは、ハルだけでは無かった。試合へのログインの際、ハルと同化しているアイリの意識も同時にログインしてしまっていた為だ。
そのままだと、彼女のパフォーマンスにも影響しただろう。彼女はハルと違い、並列思考する事に特化した脳の作りにはなっていない。
「試合は、もう勝ちなのですね?」
「まあね。後は何が来ようと、思考停止でカナリー砲を撃ち込むだけで決着が付くだろう」
「ぶっぱ、なのです!」
「そうだねアイリ」
また妙な言葉を教えている、とルナに苦言を呈されそうだ。
だがそこは許して欲しい。最近は、ハルが教えずとも、ハルの精神と同化したアイリは自分から適切な単語を探し当てる勤勉さを持っている。
『ぶっぱ』を適切な単語として認識しているハルに問題がある、と言われてしまうと返す言葉も無いが、そこはゲーマーなのだ。仕方ない。
「……もう、肉眼でも見えてきましたね」
「だね。もうすぐ水面に出る。あれが本当の戦艦か」
試合中、便宜上『戦艦』を称されていたのはアレの一部に過ぎない。遠隔攻撃用のオプション。そして、エネルギー供給用でもあるらしい。
UFOタイプ、とでも言うべきか。戦艦と言っても艦船ではなく、飛行に特化した形だ。いや、『宇宙戦艦』、と言った方が更に近いかも知れない。
どちらにせよ、この剣と魔法のファンタジー世界には似合わない存在だ。確実に、旧時代の遺産、ないしそれに類する存在だろう。
円盤状のその船体の上部には、見覚えのある丸いビットが三機、装着され収まっている。
それ以外にも外周に均等に配置されるように、ビットをを装着する為であろう窪みが五つ。合計八機、ビットを配備出来る仕様であるようだった。
「試合でビットを作る事によって、こちらにも装備されるのですね。……しかし、作られたのは二つのはずです」
「残りの一個はサービスだろう。僕らの国は、七個しかないからね」
「余計なお世話、なのです! もしくは、一個だけは最初から付いていた、とかでしょうか?」
「かもねー」
「かもですねー」
結局あれがどのような存在で、どのような歴史を持つか分からない以上、全ては推測だ。内部の調査でもしなければ、詳しい事は分からないだろう。
「……内部の調査ねえ、した方が良いのかな?」
「興味は、おありなのですよね?」
「そりゃね。突然こんなもの出てきたら、興味も出る。だけど脅威も当然感じる訳で」
「この地で試合のような、びーむを撃たれては堪りませんものね」
問題はそこだ。この戦艦とやらが、どこぞの遺産のように無差別に暴れ出す存在ならば容赦はしない。欠片も残さず消し去ろう。
この地に暮らす人々の安全が最優先だ。学術的興味は、二の次になる。どうせ神様はこれについてもデータを持っているのだ。知りたい事が出来たら、マリンブルーあたりを締め上げれば良い。
二人が話している間にも、戦艦は着々と浮上し、ついには水面にその姿を現した。
そして、そこで留まらず、空中へ向けて浮き上がって行く。やはりビットに限らず、本体にも飛行機能が付いているようだ。
「やるよ、アイリ」
「はい! お任せください!」
その巨体が抜け出た海面は、当然ながら一気に乱れる。空いた空間へ周囲の海水が一気に流れ込むと、その流れの反動で波が逆流し始める。
この地点、それなりに陸地とも近い。そこには港町もあり、水害に襲われないように防御が必要だ。
ハルとアイリは魔法で水流を中和し、元の凪の海面を取り戻して行く。
「本来なら、あれが水から出る前に全て片付けたかったけど」
「後手に回ってしまいました。……欲を言うならば、起動前に試合を終わらせるべきでしたね」
「まあね。でも、仕様を全て知った後だから言える事だ。結構周到にルール組まれてたし」
「ハルさんの思考の、裏をかくような作りでしたね」
もし、一つも戦艦を作らせないで勝利しようと思えば、早い段階から次々と敵の本拠地を落として行かなければならなかっただろう。
そして、ハルは出来るだけ魔力が欲しいのでその方法は取れない。その心理に差し込まれた。
それにだ、もしその方法を取ったとしても、恐らく最後に攻める国はハルに対抗するために戦艦を作ってしまうだろう。速攻ではどの道、一方向ずつしか攻められない為である。
そう考えれば、ベストに近い解法を選択出来たとも考えられる。
「どちらにせよ、今言っても仕方の無いことだ。今考えるべきは……、っと、来たみたいだね」
「出てしまった物をどう対処するか、ですね!」
空中へと上昇して行った戦艦が不意に、ぐらり、と傾き、高度の上昇が止まる。次の瞬間には海面に向けて落下を始め、すぐに着水すると巨大な波を立てた。
その大質量の起こす波は先ほどの比ではなく、まるで海面が爆発したかのようだ。いや、実際に、瞬間的に空気や水が圧縮されることによる爆発も起こっているかも知れない。
そんな大規模な波力エネルギーを、周囲の空間から逆位相をぶつける事でハルとアイリは相殺して行く。
これを落とすと決めた以上、事後処理もハルの仕事のうちだろう。
そうして海面を安定させ、しばらく油断無く観察を続けるも、戦艦は沈黙したまま再起動する事はなかった。ルナが上手くやってくれたのだろう。
円盤状のそれは再び海底へと沈むことなく、海上に構造を露出させ漂っている。どうやら、あれで船としての能力も備えているようだった。
そんな中にユキからのメッセージが届き、ハルとアイリは再び試合会場へと精神を投じる。どうやら、試合その物の決着も付きそうであるようだった。
*
「《ちりりりーん♪ マリンちゃんから最後のお知らせー♪ たった今、最後に残った青チームの滅亡を確認しました♪ 青も結構頑張ったよね、でも本拠地が吹き飛んじゃったら、しょうがないよね♪》」
ハルが会場へ戻ると、ルナによって最後の勢力が吹き飛ばされた瞬間だった。
一矢一殺。ルナがカナリー砲を発射するたびに、どこかの首都がクレーターと化す、そんな恐ろしい試合運びだったようだ。
「ハル、お帰りなさい。こちらはつつがなく終わったわ?」
「ただいま。お疲れルナ。随分と大胆な進行をしたね」
「外から見たマップ。あれで本拠地の位置を記憶していたわ。……まあ、他は細かくて、それしか覚えられなかったのですけど」
「流石はルナだね」
どうやら、上空から透視したマップと照らし合わせて、本拠地を一箇所ずつ狙撃して行ったようだ。
ルナの判断力もさることながら、マップの端まで届くカナリー砲の射程もすさまじい。
「《残りは黄色チームだけなので、自動的に黄色チームの優勝だぁ♪ すごいね♪ かっこいいね♪》」
魔力収入は減ってしまうが、もう試合も後半だ。十分だろう。
それにチームが生きていれば、そこに戦艦を作られてしまう危険は常に付いて回る。その度にまたアレが浮上するのも面倒だ。ルナの判断は的確だと言えた。
「《なお、滅亡したチームは、無所属として復帰可能です。ご心配なく♪ でも何をしても、もう勝敗は動かないぞぉ♪》」
「……なんですと?」
「《黄色チームの本拠地はとーってもおっきくて、いろんな遊び場所があるから、みんなで仲良く遊ぼうね♪》」
「…………なんですと?」
初耳だった。どうやら、全滅したチームも問題なく最後までポイントを稼げるようになっているようだった。
「ハルが行った後、藍色チームの所属者がこの城内にログインしてきたわ。……好きなチームを支援したり、フリーの勢力になったり出来たようね」
「なるほど。神様的にも、全体の人数は減らない方が良いに決まってるか」
「それを見て、安心して全ての本拠地を破壊できたわ? 随分気楽になったから、感謝しているわね」
「まあ、無くってもやることは変わらないだろうけどね」
「ええ」
この城が黄色チームを収容するには大きすぎるのも、どう見ても戦闘には関係ない遊戯施設でポイントを得られるのも、全てはこの試合終了後の為だったようだ。
レベル12の本拠地が完成した時点で、もう勝負は決したも同然だ。ならばその城は、試合終了後も再利用可能に作っておくのが得策である。
見透かされているようで気分は複雑だが、今は神様の準備の良さに感謝するハルであった。どう転んでもユーザーを楽しませようとする姿勢は、素晴らしい主催者だと褒められるべきだろう。
まあ、魔力の発生を促す、という実利面が半分なのだろうけれど。
「《という訳で後はお祭り騒ぎだー! どれで遊んでもポイントは得られるから、好きな施設で遊んでね♪ 時間いっぱい、ポイントをかせごう♪ 景品レートの確認は、いつでも可能だぞ♪ では、引き続き、イベントをお楽しみください! 主催者の、マリンちゃんでしたー♪》」
放送が終わるが早いか、城には様々な勢力の所属ユーザーが次々とログインしてくる。
また黄色の一人勝ちになったのは悔しいだろうが、今はそれよりもポイントだ。皆、思い思いの施設へと参加して行く。
ハルは、この辺で少し休ませてもらおう。ポイントで得られる景品も特に必要ではないし、海上の戦艦の様子もまだ完全には安心出来ない。
それに何より、さすがに疲れた。常時、多方面に意識を展開し、チャットや魚の操作を受け持ちながらの活動はなかなかに堪える。
戦勝ムードに沸く城内の雰囲気を一通り堪能し、水槽担当の女の子達など特に世話になった人に挨拶を済ませると、ハルは試合会場から意識を引き上げるのだった。




