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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第6章 マリンブルー編

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第190話 海の王者

 隊列を組んだシャケの群れが、ビームをつるべ撃ちに連射してくる。

 しかし、熟練のプレイヤーで固められたハル達にとっては、その程度は何ら問題にならなかった。


 ビームには、癖がある。スタックされたシャケの隊列は、攻撃に移る際に等間隔に配置され、砲口、つまり頭の向かう方向も同一となる。

 それ故に射線軸もまた等間隔の同一方向となり、それを理解していれば、避けるのはたやすい。シャケの頭が向く方向を観察すれば、射線が読める。後は、その隙間の安全地帯に入り込めば良いだけだ。

 遠距離の方向判断が苦手な者であっても、どうという事は無い。ビームは直線。既に発射されたビームのすぐ隣へ陣取れば、すなわちそこが安全地帯だ。


《固定弾、という奴でしょうか? それにしては難しそうですね……》


──敵もそれなりに動くからね。変則的な自機狙い(ワンウェイ)弾だと思った方がいいかもね。


 全体の見た目はとても派手だが、自身に当たるのはそのうちの一つだけだ。そこだけに注視すれば良い。

 アイリお気に入りのシューティングゲームとも、通じる部分があるだろう。


「ヒャッハー! 足元注意だぁ!」

「魚に足無いじゃーん!」

「じゃあ注意もできないねぇ……!」


 そして、前方に狙いが向いている時は側面攻撃に弱い。ハルとユキが正面から向かっている間に、他のメンバーが側面から回り込む。

 優先順位の決定も弱点の一つ。一度決定した攻撃対象は、なかなか変更しない。本来、ビーム砲を斉射していれば大抵の敵は落とせるためだろう。

 スタックの解除をしてやれば、整列を解いてそれぞれの敵へと照準を合わせる事も可能だ。だが、既に懐に入られている場合はその操作時間もロスになる。ハルのように、一瞬でその操作を完了させられる者は少ない。


 そうして、追い込み漁をするように次々とシャケはその数を減らして行った。


「うっし、ここも制圧だな!」

「大分、相手の兵力溶かせたんじゃねーかな?」

「楽勝ですね!」

「ソフィーちゃんは楽勝かぁ。俺らはまだ、ビビリ入ってっかなぁ……」

「お、お前だけだし! 俺は余裕だし……!」


 口ではそう言いつつも、もう皆どれだけの大群が相手でも事故を起こす事無く、作業システム的にシャケを狩れている。

 まあ、シャケのビームは当たってしまえば致命傷は必至だ。緊張してしまうのも無理は無い。その状態でもきっちりと仕事をこなせるのは、流石の熟練プレイヤー達だった。


「まあ、急に変則的に対応してくる可能性はあるからね。緊張感は大事だと思うよ?」

「緊張感のカケラも無いハルに言われてもなぁ……」

「変則って、ハルならどうする? 俺らを狩るとして」

「突然、一匹だけマニュアル操作にして狙撃する」

「怖いわ! やられたら絶対ぜってー死ぬ!」

「……スタック解除するとどうしても“ブレる”から、その予兆を見せずに操作権を変えるのは無理だろうな。……ハル以外」

「でも最初から紛れてるって可能性もありますし、全体の動きはしっかりチェックした方が良いですね!」


 そうして、道中の施設群を破壊しながら、敵本拠地へと向かう。

 無視して最速経路で突破したい気持ちもあるが、この“施設の破壊”も称号の獲得条件になっているようだ。<侵略者>という物が得られている。可能なら、到達前に上位称号を獲得しておきたい。


 様々な称号が組み合わさった事で、ハルには<将軍>という複合称号も授与されていた。

 これにより、自軍の本拠地は更にレベルを上昇させる事が可能となり、地下の水槽は湖の大半をその手中に収めた。

 更に、『魚群魔力炉』、などという意味不明の施設も水槽に併設される。これは、魚が水槽を泳ぎまわる事によって、莫大なエネルギーが得られるというもの。

 ……原理は不明だ。潮力発電のようなものだろう、きっと。

 地上の城も相応に巨大化しており、チーム全員を内部に収容しているにも関わらず、まだまだ余裕がある。一体どれほどの人数が集まる想定なのか。


──正直、エネルギー過剰だ。使い道が無い。


《全ての施設に限界まで振っても、魚群魔力炉の産出エネルギーを使いきれません!》


──もう資源設備を建てる必要が無いのは良いことだけど。


《何かに大量に使う、というメッセージなのですよね、これは? 戦艦、でしょうか?》


──アイリもゲーム語に慣れてきたね。


 過剰な生産施設の存在が示唆するものは、過剰な消費施設もまた、存在するということ。そうやって逆説的に、解禁前の内容を予想する。

 もし使用先がアイリの言うように戦艦ならば、これは実は朗報だ。本拠地をここまで拡大しているのはハルの所だけであり、戦艦を作っても他チームはその維持費を賄えないことになる。


 だが、そうではないならば、コトは複雑だ。他の消費先があり、それを見つけない限りハルに勝利は訪れない。


《逆に言えば、消費先を見つければ勝機もまた見えてくる、という事ですよね?》


──どうかなー。電飾や花火で、お城を派手で豪華に飾りつける機能かも知れないよ?


《そ、そんな無駄遣いをまさか……》


 絶対にやらない、とは言い切れないここの神様だ。やりかねない。


 そんな危惧をしつつも、結局ハルはそれを見つける事を最優先とし、藍チームの建造物を破壊して回るのだった。

 戦艦を作れるのは、何も藍チームだけの特権ではない。ここで建造を止められたとしても、次は別のチームが戦艦を作り始めてしまうかも知れない。二方面で同時に作られたらそれだけでアウトだ。

 であるならば、一刻も早く、こちらも本拠地の強化を推し進めるべきである。

 既にレベル10となっている本拠地だが、キリ良くそこで終わりではなく、未だ、先があるようだった。





「ハル君、称号出た!?」

「ああ! <征服者>だってさ!」

「おお! ラストっぽい! じゃあいよいよだ!」


 ユキと話しながら突進してくるマグロを紙一重かみひとえで回避しつつ、その体に横から刃を通す。マグロは自身のスピードによって、あえなく切り開かれ刺身になる。

 敵の兵器開発もマグロ、すなわち第四世代まで進み、ハル達への対処に投入してきた。

 だが、それも攻撃に癖があり、注意深く観察し対処すれば撃破可能なのは変わらない。ハルが思うに、攻略可能な存在として魚は設計されているのだろう。


 成長出来ないプレイヤーの数倍の能力値を持ち、遠距離攻撃や超スピードという多彩な能力を持つ魚型兵器。

 だが、倒せない訳ではない。知略を、そして勇気を絞り立ち向かえば、プレイヤーの能力スペックでも撃破出来る。

 そしてそれは、格上狩り(ジャイアントキリング)の達成感を与えてくれる。なかなかゲーム的に凝った作りだ。


「せやああぁぁぁ!」


 ソフィーが、『マグロ・リッパー』を正面に構えながら、敵のマグロに向かって人魚のように泳いで行く。ハルの動きを模倣トレースした、ユキの泳ぎを見よう見真似で再現したものだ。多少粗はありながらも、その精度は大したものだった。

 マグロの弱点は、トップスピードに乗った時に方向転換出来ない事だ。そして敵を攻撃する際は、必ず最大速度となる。

 つまる所はシャケと同じ。その射線を見極め、自身の体をそこから外してやれば攻撃を受ける事は無い。


 だが、言葉で語るほど簡単な作業ではない。

 高速で迫りくるマグロの射線を読む集中力、そしてその巨体と真正面から対峙する度胸、更にはすれ違いざまの水流に耐え、正面のフィールドを避けて刃を通す一瞬の判断力が要求される。

 ソフィーは、その全てを完璧にこなしてみせた。


「マグロによって、マグロを制します!」


 立ち泳ぎで待ち構える事はしない。ハルやユキはそこからでも身を逸らす瞬発力を発揮出来るが、ソフィーには難しかった。

 ならば、自身も泳いで向かい、体幹を射線と合わせる。

 確かに軸をずらすのは容易にはなれど、敵との相対速度は増し、正面衝突の迫力は恐るべきものとなる。だがその全てをねじ伏せて、ソフィーはマグロとの交差を成功させる。


「ヒラキになれぇえええ!」


 ほぼ突きのように構えた解体包丁を、突進用フィールドの切れ目、腹から突き入れて勢いのまま差し込む。

 互いの交差が終わり、残心。ソフィーが振り返ると、残ったのは二枚におろされたマグロの姿だった。明日の朝には競りに並ぶだろう。


「お見事!」

「うん! やったよユキちゃん!」


 海面までアッパーでマグロを打ち上げながら、ユキもその姿を賞賛する。本当に見事だ、ハルも、ソフィーにマグロはまだ早いのではないかと思っていた。


「うんうん、ソフィーちゃんが成長してくれて、お兄さん嬉しいよ」

「カオスなに格上ぶってんの? 4:6でソフィーちゃんに負け越してんじゃんお前」

「それにお前マグロ対処できんの?」

「……事故率が三割はあるだろうから、ハルに任せるわ!」

「まあ、慢心無くその選択が取れるのも有能ではあるけどさ」


 ここでハルやユキだと、変にプライドが邪魔してそういった選択が取れない。まあ、その上で大抵の事ならこなして見せる、という自負はお互いあるのだが。


「今どのへんだ? マグロの逐次投入具合からいって、もうすぐか?」

「だろうな。道幅も広がってきた」


 正解だ。大通り、とでも言うべきか、本拠地のすぐ近く、大量の魚が通れるような湖から直通の水路にハル達はたどり着いていた。

 戦艦と目される球体は、まだ完成していない。ギリギリ間に合った、というところか。ただし、ここまでは、という注釈がついてしまうが。


「この広さなら、マグロストリームに入って強引に突破できるね。皆、先に行ってて」

「うわ、何だそのマグロの数。いつの間にそんだけ増えたんだ……」

「先にって、ハルは何すんの?」

「アレの相手をするよ」


 皆に先んじて監視衛星、<神眼>によって見えていた物体が姿を現す。

 水路の水を押しのけ、大きく波紋を波打たせながら迫るそれは、水面へと背びれだけを突き出す、おなじみの姿。


「サメじゃん!」

「第五世代、完成していたというのか……!」

「多分なにかのボーナスだね。一体限定のプレゼントだろう」

「冷静に言っとる場合かハルゥーー!」


 十分に巨大であるはずのマグロと比較しても、更に大きく感じるその巨体の迫力に、みな押される。


「あれだ、『ここは僕に任せて先に行け!』」

「『なあに、すぐに追いつくさ』、ってか? 本当に追いつくんだよなぁコイツ……」

「じゃ、じゃあ先に行くねハルさん!」

「『クリスマスには帰ってきてね』ハル君」


 サメの対処を請け負い、皆をマグロの群れへと飲み込み先へと進ませる。この水路幅だ、逃げに徹すればマグロのスピードには追いつけない。

 ……効率を重視するならば、そのマグロの大規模スタックでサメを瞬殺して進むべきだ。既に三十を越したその魚群は、一世代先の兵器であるサメであろうと容易く粉砕するだろう。

 何匹かはやられるかも知れないが、本拠地では今も増産が続けられている。減った分以上の補給がすぐにでも可能だ。


「最大進化の単独撃破、一回やっておかないとね」


 今もハル達の様子を中継している本拠地のモニター。そのいい出し物になるだろう。盛り上がり間違いなしだ。

 とはいえ、それは副産物にすぎない。ハルの目的は、得られるかも知れない<称号>にあった。

 <征服者>を得て、遠征でやれる事のほとんどは完了した。だが、本拠地は未だレベル10のまま。レベル11への強化が出来ずにいた。まだ、何か見落としがあるらしい。

 他に考えられるとすれば、この魚型兵器の最終進化系、『TYPE:サメ』を生身で撃破する栄誉、くらいだろうか? それを確かめる絶好の機会だった。


 ハルを一飲みにしようと、巨大なサメが迫り来る。人食いザメとして有名な、ホオジロザメがベースになった型であろう、巨大な口と鋭い歯が威圧する。

 その口が水中で咆哮ほうこうを上げる。魚は叫んだりしない、などという野暮な突っ込みはすまい。怪獣は唸るものだ。

 咆哮はただの威嚇いかくに留まらず、水中を波動でかき乱し、水流をかき乱しながら、ハルに微細なダメージも与えてくる。


「……ノーダメージ撃破が出来なくなった。……ちょっと、イラっとしたねこれは」


 どうせなら傷ひとつ負わずに倒してみせよう、と息巻いていたハルだ。早くも目論みがくじかれて、微妙に頭にくる。

 だが、文句を言っているだけでは始まらない。どうやら、この咆哮がサメの攻略のカギであるようだ。


 ダメージ自体は無視しても構わない。もしかさんできたら、防衛拠点から持ってきた回復薬を使えば済む。

 重要なのは、叫びの波動が水路に反響し、結果生まれる複雑な水流だ。それに身をくぐらせる事により、このキャラクターの限界値を超えたスピードで泳ぐことが可能だ。

 マグロのトップスピードには及ぶべくも無いが、それでも人間よりもずっと速いスピードでサメは泳ぐ。何より、その強靭な肉体により、マグロと違って方向転換もたやすい。


 凪の水中で対峙すれば、いずれその巨体のアタックを回避できなくなるだろう。しかしサメの叫びが水流を発生させ、攻守の余裕をプレイヤーに与える。

 ダメージを与え、体制を崩すための技が攻略の要にもなる。なるほど良く出来ている。……ダメージは、少しばかりストレスだが。

 ハルは上手くその渦に入ると、サメの噛み付きから身をかわし、その身に刀を走らせる。

 痛みに暴れるダメージモーションで、もがくように振るわれる尻尾の水圧に逆らわず、押し出されるように離脱する。


「こうしてヒットアンドウェイに徹していればいずれ勝利だけれど、それじゃあ芸が無い。時間かかるしね」


 副産物ではあれど、見せ物なのだ。華麗に勝利してみせよう。

 ハルは再び咆哮の波に乗ると、再び同じように噛み付きを回避する。そうして攻撃を加える所までは同じ。だが、次は一撃離脱をせずにサメの至近へと留まり続けた。

 ダメージに暴れる巨体が起こす水流に完全に同調し、寄らず離れずの一定の間合いを完璧に維持キープする。


 複雑に見えて、実にたやすい。ダメージによる挙動モーションは一定のパターンがある。ハルは既にそれを見切り、それに吸い付くようにして斬撃を放ち続け、ダメージモーションだけを取らせ続けた。哀れサメ。

 ……実のところ、マグロの大渦(マグロストリーム)に乗る方が、ずっと水流を読む難度は高いのだ。当然だった。あの使い方は、倒されるためのサメと違って本来想定されていないのだ。

 あの渦に鍛えられたソフィー達も、戦法が分かってしまえばサメの単独撃破は問題なく行えるだろう。


「大漁だ、今夜はフカヒレだね。……よし、称号もやっぱりあった」


 結局何も出来ずに、サメは水路の藻屑もくずと消えてゆく。

 ハルの捜し求めた称号も、取得できたようだ。内容は、<海の王者>。同時に、他の上位称号と複合され、<提督>や<将軍>などの上位であろう<覇王>が授与される。

 勲章の星も巨大で豪華になり、本拠地のレベルアップも可能となった。


「11が上限じゃない、だと……? えっ、あと何さ? 戦艦の撃破、は本末転倒だしな……」


 本拠地はまた巨大になり、湖をすべて飲み込むも、戦艦に対抗出来そうな施設、機能は増設されない。しかも、まだ上のレベルが存在するようだ。

 今回追加されたのは、全ての施設効果への強化ブーストが掛かるという物。最後らしいと言えばらしいが、決定打とはなり得ない。エネルギーの使い道も無いままだ。


 しかしながら、ここに来て称号を得るための行動が枯渇してしまった。

 魚も、プレイヤーも、施設も。破壊する事で得られる称号はもう上位化され、それが最大だと明記されている。

 残るは戦艦の破壊くらいだが、それが出来れば本拠地の強化など必要なくなる。本末転倒だ。


 ハルは戦艦への対処と共に、次に何を成すべきかにも頭を巡らせるのだった。

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