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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第1章 カナリー編

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第19話 互いの時間、互いの距離

 ちょっと短めです。

 ルナはおとなしいので、表現するのが大変ですね。きちんと彼女の魅力を伝えられているでしょうか。

 ルナに連れられ、ふたり屋敷の外を歩く。

 庭に居たメイドさんへ声をかけ、屋敷近くの川へと続く道を下っていく。

 道の脇には並木のように木々が茂り、午後の光を受けて新緑を輝かせていた。


 道中、ルナは喋らない。

 いつもより眉根を寄せたその表情は怒っているようにも見えるが、内心はどう切り出そうか悩んでいるのだろう。

 いつも鋭い切り口でものを言うルナではあるが、それは相手にとっても心地いい事が前提になっている。

 はっきり言ってもらった方が気分が良い、……という事ばかりでもないが、言われても嫌な気分はしない事を選んで言ってくれている。

 それに対する反論が会話へと繋がり、ハルはその言葉の応酬を楽しんでいた。


 そんな優しいルナだから、ハルを傷つけるかも知れない内容には及び腰になっている。

 ハルが見ないようにしていた内容を突きつける事で、このゲームプレイが、ひいては二人の関係が崩れてしまう事を恐れている。


 ハル自身にも覚えがある。嫌というほど。

 自分の発言が相手にどう取られるのか不安になり、慎重に言葉を選び、結局何も言えなくなる。

 ハルの場合、脳内でそのサイクルが非常に早く回転するので、周りからは発言に悩んでいるようには見えないだけだった。


 そのまま二人は何も語らないまま、川のほとりまで歩いていった。

 悩むルナには悪いが、ハルとしてはこんな時間も好ましいと思っている。

 言葉を重ねないことで、丁寧に流れていく時間を感じるのも、落ち着いた彼女との間にはふさわしいように思う。

 そして普段は言葉を飾らない彼女が、言葉を選んでくれている。その事が嬉しい。


 だからといって、このままという訳にはいかないだろう。

 リアルはもう夜。

 その時間差が、そのまま心の距離になってしまわない内に話はしておかなくてはならない。





「ねぇハル?」

「うん」

「嫌だった?」

「ぜんぜん」


 川のほとりまでたどり着き、しばらくしてルナが口を開く。

 悩んだ末に出てきた言葉はそれだけだった。

 不安そうに見上げてくるその様子に愛しさがこみ上げてくるが、真剣な彼女を前に茶化してしまっては悪いだろう。ハルも真剣に返す。


「いずれは向き合わなきゃならない事だから。ルナにはいつも、僕が見ていない部分に目を向けさせてもらって感謝してるよ」

「でも、卑怯だわ」


 何のことだろう。

 結局自分から言い出せず、ハル自身に言わせる事で会話を始めようとしていることの卑怯さか。

 それともルナも何かから逃げているのに、ハルには逃げる事を許さず向き合わせようとしていることの卑怯さだろうか。


 どちらにせよ、ハルが感謝している事には変わりない。

 見ないふりを続け、ずるずると先延ばしにしても良い事は無い。

 先の質問などまさにそうだろう。どっちつかずの気持ちで敵を見逃し、その結果仲間に害が及ぶ事になっては、悔やんでも悔やみきれない。


「別にいいよ卑怯で」


 なのでそれを伝える。彼女の卑怯さを肯定する。

 きっとハルは受け入れてくれるだろう、という期待も含めての卑怯さだ。ならば受け入れたことを言葉で伝えてやらなければならない。


 ついでに態度でも伝える事にする。

 しおらしくなっている彼女の頭に手を乗せて撫でまわす。

 恨みがましい視線で訴えかけてくるが、抵抗はない。チャンスであった。


「……ハルも卑怯ね」

「うん」


 上目遣いのままに睨んで来る視線に笑みがこぼれてしまう。すると、ますます表情がむくれたものになる。

 ほとんど表情が動かないルナのこんな顔は貴重だ。普通見られるものではない。

 そういえばハルも、このゲームを始めてよく表情に出るようになったとルナに言われた事があった。このゲームは感情がダイレクトに出やすいのだろうか。

 だとしたらこの瞬間だけは、その仕様に感謝してもいいだろう。


 そんな普段めったに見られないルナの顔に心が軽くなるままに、ハルは話を始める事にした。


「結論から言えば、僕もどう捉えていいかまだ判断がついていない。でも、彼女たちは人間としか思えないと僕の心は感じてる」

「……そうね。それは私も同じ」


 まだまだ視線で語りたい事はありそうだが、話が始まってしまったので、我慢してそれを飲み込むルナ。

 その様子にハルにも再び悪戯心が湧いてくるが、真面目な話だ、ハルも飲み込む。


「だから、もし本当に人間と同じ心を持っていたとしても、後々後悔のないように接していきたいとは思ってるよ」

「良い事ね」


 しかし、そこでルナは何かに気づいたようだ。

 といっても別に重要な話ではない。気づかなくても良い事に気づいた時の顔だった。

 ハルも馴染み深い、いつものルナの表情が戻ってきたように感じる。嫌な予感がした。


「でも、そう言いながら、“アイリちゃんを攻略する”という最初の目的に流されすぎているのではなくて? 人として接するならもっと節度を持って付き合った方が良いのではないかしら」

「ぐっ……」

「今はハルの方が攻略されているわよ? どんどん外堀が埋まっているわ」


 どうやら調子が戻ってきたようだ。





「そういえば神様はどうなのかしら。あちらは少し違う気もするのだけれど」

「カナリーは普通のAIだろうね。普通って言ってもめちゃくちゃ優秀なやつだけど」

「そうなの?」


 幸いにも追求はすぐに終わりになった。

 ルナ自身も、ハルに劣らずアイリの事が好きである。追求しすぎると自分に返ってくると思ったのであろうか。


 話題はカナリーの事へ。カナリーは、アイリ達とは一線を画した存在であるようにハルは感じている。

 よくあるゲームキャラ、というには反応が人間らしすぎるが、それでもやはり人間と同じではない。


「カナリーは感情表現が豊かだけど、それをするのは“何かこちらに伝えたい時”に限っている。そうでない時は表には何も出すことはない。この辺は人間だと見られないことだよ」


 どんなに意識しても、全くの無表情というのは人間には難しい。そのあたりカナリーは分かりやすい。

 ハルが表情を読むためか、伝えたくない事があると彼女は一切それを動かさなくなる。

 キャラクターの体にそういう機能が備わっているとしても、人間が操作しているならとっさのオンオフが出来ないのは、ハル自身も証明済みだ。


「では本当は彼女には感情がないの?」

「いや、そうは言わないよ。彼女にも感情があったっておかしくない。ただそれでも、やっぱり人間とは少し異なる存在だってこと」

「それにしてはハルは普通に彼女に接しているわ」

「なんだろうね、違うからこそ人間より素直に接せられるというか。気楽というか」


 この電脳の時代に適応するように生きてきたハルだ。当然AIとも馴染みが深い。

 自らが曖昧な存在だからだろうか。打てば響く彼女たちの対応には安心感があった。


 だがその答えは、人間代表であるところのルナさんには当然お気に召さないようで、目がジトっとしてくる。

 いつものルナだ。これも安心感がある。

 いや、今日はいつも以上だろうか。唇もちょっと尖らせていた。


「そう、ハルは私とは気楽に接する事が出来ないとそう言うのね」

「ルナとは緊張感を持って接したいよね」

「むぅ」


 その様子が嬉しくて、つい意地悪を言ってしまう。

 ハルはもちろんルナとの気安いやり取りは好きだ。しかしたまには、今日のように普段と違う顔も見てみたかった。


 そんなハルの気を知ってか知らずか、ルナがぺしぺしと頭を叩いてくる。

 気楽さを表現しているのだろうか。

 そんな彼女の不器用なやりかたが可愛くて、しばらくハルはそのまま身を任せた。


 ……本当にしばらく続いた。





「雰囲気に流されそうになってしまったけれど。何も解決していないのではないかしら?」

「バレた」

「ハル」

「うん、ごめん。大丈夫だよ、覚悟は出来てる。出来るだけ穏便には済ませたいけどね」


 自分からカナリーに提案したことだ。

 ユキほどに割り切っている訳はないが、デメリットから目を背けている訳でもない。

 ルナとの時間を楽しむ気持ちが先に来てしまった。


 しばらく二人で水面を見つめる。

 会話が止まれば、ゆるやかな流れに反して、ざあざあと案外大きな音が届いてくる。

 底まで見渡せる済んだ水だ。ゲームにありがちな神秘的な輝きは無いが、それでも美しさを感じる。

 見ていると、こちらを見るルナの視線を感じる。振り向くと目が合った。


「……いつか答えは出そう?」

「分からないな。アイリ達を人と認めるには、まず僕ら自身の心がどういう物か証明しなきゃいけない。僕らは未だ、それを定義するには至っていないんだ」


 だから感じたままに接するしかない。

 ルナの問いの本質的な部分に答える事の出来ない自分に恥ずかしく思うが、ハルにはそう答えるしかなかった。


「……ルナはなんでこのゲームに誘ったの?」


 以前もした問いだった。

 ルナは何が気になったのか、そこから見えてくる事もあるかも知れない。


「ここの運営会社、実態が無かったわ。珍しい事ではないのだけれど。規模が大きそうだし、危なくないかハルに確認してもらおうかと思って」

「そっか。まあ、危ないといえば危ないかもね」

「そうね。特にハルにとって」

「違いない」


 その様子だと、カナリー達自身が直接運営している、ということもあるかも知れない。

 実は、AIが運営の全てを取り仕切っていた例は過去にも無いわけではない。

 別にAIの反乱ということではなく、人間によってそういう目的で作成されたプログラムだった、という落ちではあるが。


「神様自身が運営なのかもね」

「その神様に、権利を返してしまってはどう? 元々そういうものだし、任せてしまっても良いでしょう」

「ありがとう。大丈夫だよ」


 ルナの心配はありがたい。

 だがデメリットを恐れて、メリットを手放す訳にはいかない。必要な力だった。


「優先順位の設定は得意だ。君たちの事が最優先。それ以外は二の次」

「自分を最優先になさい?」

「じゃあ、自分と君たちが最優先」

「ハル。それじゃあ、ぜんぜん優先順位を付けるの得意じゃないわ」


 呆れながらもルナが笑う。

 序列など付けられる訳がなかった。





 そうしてしばらく話して、またふたり来た道を戻る。

 行きと同じように会話は無いが、ルナの表情は晴れていた。

 結局、大した答えは出せないハルであったが、ルナの心の内を聞くことで、多少は深刻さは取り除く事ができたのだろう。


 行きよりもお互いの距離が近い。

 アイリのように手を繋いでくる事はないが、ぴったりと肩を並べてくる感覚がこそばゆかった。


 見つめてみても、今度は目が合うことはない。

 いつもの澄ました顔で前を見据えて流される。

 だが視線を外すと、控えめにちらりとこちらを見てくるような気配を感じた。


 そうして丁寧に流れる時間を感じながら、ふたりはアイリの待つ屋敷へと戻っていった。

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