第188話 最重要だぞ
シャケの群れが隊列を組み、次々に砲撃を繰り返す。ビームの嵐は防御をたやすく粉砕し、前線拠点の壁を次々と削って行った。
じわじわと、だが堅実に拡張が続けられたハルたち黄色チームの領土は、今や空白地帯をほぼ埋め尽くし、両端の青と紫を除く、四つのチームと直接接触するまでに至っている。全体の面積からいえば四分の一に迫ろうか、という勢いだ。
当然、敵からの攻勢も激しくなる。既に第三世代攻撃兵器、『TYPE:シャケ』の量産にどのチームも成功しており、攻めて来るのはもっぱらそれだ。
まるで艦隊を組むようにシャケが整列し、宇宙戦艦であるかのようなビーム砲の雨をあびせてくる。
防護壁として拠点の外の水中を、びっしりと取り囲むように並べられた『TYPE:フグ』の防御もむなしく、拠点の壁の耐久力は徐々に削られて行った。
「《ちぇえええいっ!》」
そんなビームの隙間を縫うようにして、単身シャケの群れの中へと飛び込む、小柄な姿があった。魚を素材に開発された、『太刀魚の太刀』を振り払い、シャケを瞬く間に切り身に捌いて行く。
「《ユキちゃん直伝、人魚泳法です! そしてユキちゃん直伝の、熊の型です! あ、名前は私が適当につけました!》」
ソフィーである。シャケの魚群が持つ癖や、そこから生まれる隙を読み取りそこを突く、ユキの動きを見よう見真似で再現したようだ。
その動き、一定の能力しか持たない試合用キャラクターの物とは思えない鋭さ。シャケ相手にも引けを取らないその姿に、“この会場内が”、『うおおおぉぉ!』、と歓声で沸き立つ。
そう、この様子は、本拠地の一角に設けられた観戦施設により、生中継で映し出されていた。
「ソフィーちゃーん! かっこいー!」
「でも何で熊ー!」
「シャケ取るからだろ!」
もはや完全に観戦ムード。コイが台頭してこの方、自分が戦力にならないと察した人は、徐々に本拠地へ集まっていた。
彼らは本拠地にどんどん新しく併設されて行く施設で釣りを楽しみ、魚レースに興じ、強いプレイヤーの活躍を観戦して過ごしている。
無論、彼らはただただ遊んでいる訳ではない。遊びの傍らで本拠地の操作も義務付けられ、生産活動の効率は次々に上昇していった。
その数の力により、尽きる間も無く『お魚さん』が生産される。
シャケは惜しみなく前線投入され、黄色の陣地を更に広げる一助となる。フグはそうして広がった黄色の陣地の外周を埋め尽くすが如く配置され、敵のシャケもその守りを容易く抜くことは不可能だ。
余った旧世代の魚は、遊戯施設や『お魚さん研究所』へ送られ、ポイントや兵器研究の加速になっている。そう、遊戯施設もなぜかポイントを生むのだ。
そうして本拠地の強化や、魚の進化は他チームの追随を許さず、既に第四世代が完成を向かえているのだった。
「マグロだ!」
「ハルさんの搭乗機だ!」
「城主じきじきの出陣キター!」
観戦モニターに映し出されたのは、水路を高速移動する巨体の姿。
その名は『TYPE:マグロ』。ハルがシャケに代わり操作するそれは、きっちりと整備された陣地の水路と合わさり、従来の数倍の速度で戦場へ到達する。
「《あ、ハルさん! ここは大丈夫だよ! 他のとこ行ってあげて!》」
「《とはいえ他が無くってね》」
「《……むう、私の獲物が。じゃあ競争だよハルさん!》」
マグロは遠隔攻撃手段を持たない。代わりに、その頭部に衝角状のエネルギーフィールドを展開し、敵に体当たりすることで粉砕する。その威力は、旧世代のシャケを一撃の下に海へと還す。
目にも捉えられぬその速度に加え、操作はハルによるマニュアルだ。シャケのビームなど、照準を固定すること適わず、その全てが無駄撃ちと終わる。
そうして懐に潜り込んだハルのマグロは、轢き潰すように敵のシャケを減らして行くのであった。
「マグロ最強!!」
「このまま行けるんじゃないの?」
「魚の開発も、常にうちがリードしてるもんね!」
「流石はハルさんの作戦だぜ!」
「次世代の開発が終わったら、そこで勝負つくかも……」
「全国制覇じゃ!」
*
「……ジリ貧だね、このままだと」
「勝利に沸く現地の仲間には、お聞かせ出来ない発言ね城主さん?」
そんな、快進撃を続ける黄色チームだったが、外で監視するハルの本体と、その腕の中に収まるアイリの顔色は優れない。
定期的な情報共有に訪れたルナと、上空から戦況を確認する。
「現在の戦況だけ見れば、圧倒的に有利。四カ国を相手取ってもなお押しているのは、驚異的とも言えるわ」
「更に、その先も見えているしね。推定するにサメタイプや、新たに分岐可能になった『海洋哺乳類』タイプ。それに期待が集まってるね。でも、そこまでだ」
「そこで“魚は型落ち”、なのですね?」
「うん」
この試合、魚型兵器が完全な主軸であり、それ以外の軸が存在しないのならば、ハルの勝利は揺るがないだろう。
だが、実際は魚は単なる前座。その開発はある程度で留めて、『戦艦』の開発に移るのが、運営によって引かれたゲームの攻略図式であろう。
「故に、魚を軸にするならばだ。型落ちになる前に、そろそろ国の一つや二つ、落としていなければならない頃だけど」
「押してはいますが、制圧には至っていませんものね……」
黄色の侵略は留まる所を知らないが、その歩みは遅々としたもの。
水路を引き、堤防を固め、前線基地を設営する。そうして敵の拠点を打ち崩したら、新たな前線をそこに定め、今までの物は順次解体して生産拠点とする。
そうして几帳面に、陣地の広さを生産力へと変換して行く。焦りは厳禁だ。パターンが崩れれば、その穴を一気に侵食されるだろう。
「無傷で進んでいるように見えて、数ターンに一度バリアを張り直すテンポの悪い作業に似てるね」
「バリアを怠れば、一気に水の泡なのです……」
「……今度は二人で、何のゲームをしていたの? ……まあ、ともかく。いつものハルならば電撃戦で、どこかの国を落としているでしょうね?」
「緑色だね。あんなに突出した拠点を作った時点で本来アウトだ。落とさないまでも、再起不能にはなってもらった」
「ですが多くのプレイヤーの方に、最後まで残って貰わなければなりませんものね」
アイリの言うように、そこで手加減している部分があった。それにより早期決着の機会を逃したのだが、そこもマリンブルーの計算なのだろう。
ハルならば、魔力の総取りのために必ず遅延すると。そこを織り込んで、他チームが『戦艦』を作る猶予を滑り込ませた。
「もう、戦艦の開発を始めたチームはあるのかしら?」
「まだだね。でも、その準備をしているチームはある。藍色チームが、目に見えて活動を鈍化させている」
「開発のための、ポイントを貯めているのです!」
確実に、その存在に気づいているだろう。建造開始までは秒読み段階だ。
とはいえ作り始めてからも、かなりの時間が掛かるようだ。建造開始後、すぐに出現する訳ではないだろうが、止めるには侵攻に時間がかかりすぎる。
それゆえの、ジリ貧という戦況判断だった。
「止めるために藍色に向け急侵攻すれば、他の国に袋叩きなのです……」
「チャットで暗躍しようにも、目を逸らさせるには黄色は大きくなりすぎてる」
「もう、チャット操作は切り捨ててリソースを他にあてるべきかしら?」
「いや、まだやる事はありそうだ。それに暗躍しまくってたら<諜報官>って称号も出てね」
「実は海洋哺乳類タイプ開発の、条件だったのです!」
「なんでよ……」
きっとイルカ型が開発されるのだろう。エコーロケーション、超音波の発生器官を持つそれを拡大解釈して、妨害電波を飛ばすイルカが生み出されると思われる。
これは、物によってはなにかしら活用出来そうだ。有り余る国力を使い、そちらの研究も順調に進んでいる。
余った魚を送ると開発が加速する『研究所』により、魚ならば黄色の開発速度は他に類を見ない。
「だがそれにより、他チームは魚の優先度を一層減らすだろう。ジレンマだね」
「お魚さんでは、絶対黄色に勝てないからですね。そこを最優先にしても、勝ち筋は無いのです……」
「そして戦艦に目を向けてしまう、という訳ね? なるほど、ジリ貧だわ?」
八方塞がりの状況に、ルナとアイリと、三人で頭を抱える。
「最優先、といえば、確かマリンブルーが何か言っていたわね?」
「そうだね。本拠地が、最重要。戦艦じゃなくて本拠地がね。そこは、彼女を信じてみようかな」
「……相変わらず、ハルは神様に対して妙な信頼感があるのね?」
例えハルの裏をかき、勝利をもぎ取ろうとしている彼女であっても、その部分は公平だ。必ず、詰み回避は用意されていると、変なところで信頼している。
その彼女の語った最優先の強化対象、本拠地の強化を進めるため、ハルは意識を再び試合会場へ集中するのだった。
*
「ハルさん! 水槽の強化ありがとう! もう、ほんっと水族館みたい!」
「どういたしまして。……種類がちょっと、少ないけどね」
「イルカが居るから、もうそれでいいですぅ……」
「可愛いねっ!」
強化に強化を重ねられた本拠地の城は、中央に広がる湖の半分以上を占めるほどに巨大化していた。
地下水槽、生け簀の体積もそれだけ巨大となり、ボディーを発光させながら泳ぎ回る各種大量の『お魚さん』は、特に手を加えずとも、それだけで幻想的な風景をその地に映し出していた。
その観賞を目当てに集まるプレイヤーも増え、彼らの作業により、魚の生産はまた加速して行った。
そんな中、新たに完成したのは哺乳類タイプの『TYPE:イルカ』。戦闘タイプというよりも補助ユニットのようで、背中に人を乗せて高速で運搬したり、エコーロケーションで敵を妨害したり出来る。
彼らは頭から、魔法の電波とでも言うべき謎の波動を放射し、敵の魚の操作を撹乱する。
マニュアル操作は遮断され、またオートの攻撃対象も未設定となり、スタックは解除され、攻撃が中断される。非常に有効な使い方が期待できそうだ。
「あ、みっちはカジノ行っちゃった」
「……作っておいてなんだけど。何でカジノあるんだろうね?」
「戦いだけが人生じゃないんだよ!」
「お城で平和に、暮らすため?」
「カードがお魚さん柄なんですよハルさん!」
「魚要素、それだけ?」
「あ、コインも魚型なんです! そして釣った魚は、コインと交換出来るんですよ!」
「……魚要素、それだけ?」
陣取り合戦をしているとはまるで思えない。何故、戦争中にカジノなのだろうか? ポイントの産出量が妙に高いのも、なんだか癪だ。
まあ、カナリーのチームだからだろう。そう納得するしかない。
そんな謎のカジノを始め、強化を重ねた本拠地には様々な施設が付随してゆき、プレイヤーは徐々にその中へと完全に収容されるに至る。
外の戦闘では魚に適わないと見るや、生産活動や魚の操作へとシフトし、また遊んでもポイントが貰えるのでそれを存分に楽しんでいる。
水着の開放感や、こうして多数のプレイヤーと一度に接する機会もあまり無い事から、かなり盛り上がっている。
今も外に居るのは、ソフィーやユキ、そしてハルの遊び仲間の有名プレイヤーといった、魚に対して己の肉体で挑む事を楽しむ者達だけだった。
「ハルさんハルさん」
そんなハルに、すっかりお祭り気分のぽてとが声をかけてくる。
体型を隠すかわいらしいフリルの水着に、猫のしっぽがぴこぴこと揺れてアクセントを加えている。……しっぽが、あったのか。
「お祭り、楽しいね? ぽてと、カジキを吊り上げたんだ!」
「お疲れ様ぽてとちゃん。楽しんでくれて良かったよ。……ってカジキ? マグロじゃなくてカジキなの?」
「そうだよー。あ、カジキマグロだね? マグロの一種!」
「確か、違ったと思うよ……? まあ、マグロって付いてるから良いか」
「うんうん。おんなじおんなじ!」
どうやら、釣り堀にはそんな隠し効果もあったようだ。遊戯施設も、バカに出来ない。
ぽてとが脇に抱えるクーラーボックスから、『TYPE:カジキ』がハルに手渡される。マグロの突進力を、更に強化した変異固体のようだった。
「ぽてと、フードコートがほしいなぁ」
「……良いけど、多分、美味しい物は出てこないよ?」
ぽてとのおねだりにより、ハル的に後回しにしていた食事所も増設する。もはや、大した出費ではない。
ユキが中に詰めているなら、ジャンクマニアの彼女の為に優先して作っていただろうが、基本的にゲーム内の食事は、味が微妙である。
最近は現地での美食に慣れた者も多く、きっと物足りなさを感じるだろうと優先度を下げていた。
「だいじょうぶ、お祭りは、きぶん!」
「……確かに、そういう物だったね」
ユキも似たような事を言いそうだ。気分を盛り上げる一助となるならば、やぶさかではない。外では今も陣地攻防の真っ最中だが、このチームだけは何だか別のゲームになってきている。
だが、図らずもハルの思惑通りとなっていた。本拠地に人が集まり、遊びながらもハルの行うべき操作を分担してくれている。
それにより、ハルの行うべき作業は最早、本拠地のアップグレード、内部の増設やそのレベルを上げる承認ボタンを押すだけになっていた。
「ぽてとちゃん、カジキありがとね。早速使わせてもらうよ」
「おおー? あっ! 今度は、カジキの操縦かな? ぽてと、応援するよ!」
「いや、そろそろここでやる事も無くなってきたし、僕も直接出ようかなって」
「おおぉ~~」
施設の新造には、称号が必要になる。この城内に居ながら出来ることは、あらかたやっただろう。
後は、その身をもって敵を倒す、それにより得られる称号が必要だ。ユキやソフィーを見るに、ハルの持っていない称号を取得しているようだ。
それにより、本拠地は更なる強化を迎えるだろう。
果たして、マリンブルーが『最重要』と語る程の物がそこにあるのか、見極めんとするハルだった。




