第187話 戦艦
その後ハルは順調にイベント称号を獲得して行った。
チャットに偽装書き込みを続けた<謀略>、魚群の操作で敵を倒し続ける事によって得た<名指揮官>、それに<撃墜王>が組み合わさる形で出てきた上位称号<提督>。
そして、大量に魚型兵器の生産を続ける事によって得た<開発者>。それらの称号の効果により、建設可能な施設もまた増えた。
それにより一部、どうにもやっかいな施設が存在する事も判明してしまったのだが。
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:ポイントP-4-7にサンマの大規模なスタックが向かっています
駐留部隊は警戒してください
『青色の仮面』
:A-5了解リーダー……、って誰だお前は!
『緑色の仮面』
:ハルさんゆえ致し方なし
『青色の仮面』
:……言うとおりにしてください。部隊B-2は援軍に向かってください
『青色の仮面』
:B-2了解リーダー
『藍色の仮面』
:黄色と青は組んだのか。地理的に離れてるしな
戦略的に、妥当な判断だろう
『藍色の仮面』
:うちはその二つに挟まれた形になるね
『藍色の仮面』 ※あなたによる偽装した書き込み
:対青の戦力を増やしましょうか
『紫色の仮面』
:何で離れてる場所の状況が分かるんですかねぇハルさんは……
『青色の仮面』
:組んだ訳ではありません。一方的に読まれているだけです……
『緑色の仮面』
:お、おう。相変わらずのハルだな
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:ハルさん、何で青を助けるの?
『赤色の仮面』
:次はシルフィーのお嬢を嫁にする気だ
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:上にあったように、青は距離が遠く、直接的な脅威度が低いです
味方、とまでは言いませんが、敵の敵として活躍が期待されます
『橙色の仮面』
:ライバルと書いて友なんだね
『青色の仮面』
:あまり借りを作ると、攻め難くなるのですが……
ただでさえ何時もお世話になっていますし
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:それが狙い
『赤色の仮面』
:む、無視しないで……!
ツッコミが無いとやるせなくなる!
「ハル、お疲れ。魚操作しながらチャットで暗躍か? 相変わらずオカシイ頭してんなー」
「デルタ、お疲れ。死んだの? ざまぁ」
「死んでないっての! 休憩! ……あー、ユキちゃんから伝言あるぞ」
「なんて?」
「称号出たとさ。<漁師>だって、取り方は……、あー、言えないみたいだ」
「なるほど、生身で魚をシバき続けるのか」
「ほお、自分の知らない事なら言えるのか」
「記憶を消せば好き放題できるね」
「どういう発想だよ! 記憶も自由に消せんのキミ!?」
休憩のためログアウトしていたハルの遊び仲間、『音速Δ』が、ユキからの伝言を伝えてくれた。
内容は少し意外な事、同じように魚を撃破し続けても、キャラクターで行った場合は<撃墜王>ではないらしい。<撃墜王>は、あくまで魚に搭乗して魚を撃墜したからであるようだった。
「しかし、僕はここを離れられないから、取りには行けないよなあ……」
「でも今取っとかないとキツくないか? 生身じゃシャケ以上は厳しそうだ」
「ユキならシャケも完封できるだろうから、マネして?」
「お前ら基準で無茶言うなよ……」
キャラクターの能力は上がらないのに、魚はどんどん強くなる。いずれ彼我の戦力差は逆転し、人の戦力はイワシ扱いとなるだろう。
そのための武器製造施設であろうか? ハルは彼や、死亡してログインし直してきた者達に施設へ案内して武器を渡し、戦力強化を促す。
これで多少はマシになるだろうが、それでも魚有利には変わらない。武器の強化よりも、明らかに魚の強化の方が早かった。
今は二段階目の『TYPE:コイ』。サンマに比べて格段に強化され、口からエネルギー弾を発射する。……もはや突っ込むまい。
恐らく、次がシャケになるだろう。シャケが量産されれば、ユキやデルタのような熟練プレイヤー以外では、相手になるまい。
「少し、ユキと作戦会議しようかね」
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:ユキ、作戦会議するよ。ちょっと来て
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:はーい。すぐ行くねハル君!
『赤色の仮面』
:へー、デートかな
『青色の仮面』
:デート(戦略会議)
『藍色の仮面』 ※あなたによる偽装した書き込み
:何でも良いが、これはチャンスでは?
『緑色の仮面』
:確かに。今はハルさんもユキちゃんも居ない!
『紫色の仮面』
:黄色を攻めるチャンスだ!
無論、チャンスなど無い。ユキが抜けても、チームメンバーは健在で、しかも武器が行き渡っている。
そして、ハルと、その操るシャケはそもそもログアウトしない。
この機に乗じよと引き込まれた哀れな者達が、一斉に収穫されるのであった。
*
「んで、どしたのハル君? こっちで動きでもあった?」
「それが……、何も無いのです!」
「ないかー。お疲れアイリちゃん」
試合会場の上空、ハルの本体とアイリの待機するそこへ、ユキとルナを呼び寄せる。
会場の中では作戦について自由に会話が出来ないので、詳しい話をするにはこうして外で集まる必要があった。
屋敷でも構わないのだが、今は意識をあまり分散しすぎると試合に差し障るため、こうしてこんな所まで来てもらっている次第だ。
「こうして上空から見下ろしてると、悪の幹部集団って感じするよね!」
「ひれ伏せ雑魚どもめ! なのです!」
「魚だけにね」
「外でなら自由に話せるというのも、手抜きが過ぎるのではないかしら?」
「これは活用すること前提だと思うよ? 敵チームに渡ったフレンドと外で落ち合って、スパイ行為したりね」
本当に会話を制限したいのならば、イベント期間中は会場以外にログイン出来ないようにすればいいのだ。
外に出られるという時点で、悪用を前提に考えられている。
とはいえ、こうして<神眼>で見下ろすのは悪用どころでは済まないと思うのだが。
「やばいよねーこれ。全体の動きが丸見え。普通のゲームなら、これで負ける方が難しいや」
「そうなのね? 私には、細かすぎて何がなにやらさっぱり……」
「わたくしもなのです!」
「この手のゲームは、慣れが大きいからね。それに、どうやら『普通のゲーム』じゃなさそうだ」
「お、ハル君その様子だと、何か分かったんだ?」
ユキの察しの通り、称号関係で分かった事がある。と言っても、試合の必勝法が分かったという話ではない。
分かったのは、試合の外、マリンブルーが何を画策しているか。その一端だった。
「称号によって、作れる施設が増えるのはユキは知ってる?」
「いんや? 私はずっと遊撃隊だし。でも察しはつくよ」
「そっか。まあその中にやっかいな施設があってね。……恐らくは、<提督>と<開発者>まで所持してる事で出現する、『戦艦建造』って項目がある」
「強そうなのです!」
「だね! ……それが何か問題? 条件揃ってるのって今はハル君だけだろうし、さっさと作っちゃえば勝利は磐石じゃない?」
「それがねー……、まあ、まずポイントが建造に着手するだけで五万ポイントもかかるから、すぐは出来ないんだけど」
「うわ」
「注意書きに、妙な事が書いてあったのよ? 『この施設が完成すると、本編に影響を与えます』、って」
「うわ……」
「本編……、この世界、なのですよね?」
それ以外には考えられない。そしてそれが、マリンブルーの狙いなのは明らかだった。
「ねーねーそれってアリなん? 意思決定はプレイヤーだから、自分は手を下してませんって言い訳でしょ?」
「在っている以上は、有りなのでしょうね?」
カナリーは『マリンブルーの意思では魔力を動かせない』と語った。裏を返せば、プレイヤーの選択ならば動かせるということだ。
人の法であれば屁理屈だが、神のルールであれば、詳細に禁止していない方が悪いのだろう。というよりも恐らく、他の神もこれは織り込み済みであると考えられる。
絶対に禁止したいのは魔力の横領だけで、このイベントを起こすのは予想の範囲内なのだろう。
「有りか無しかは、この際置いておいて。やっかいなのは、僕は決して、これを選べないってこと」
「……そっか、この世界に悪影響が出るって、ハル君だけは分かってるから」
「そしてハル以外は、容赦なく戦艦を作るでしょうね」
「圧倒的に、不利なのでは……?」
「だろうねアイリ」
これで、何故ハルの<神眼>を放置しているかも説明が付く。
最終的に決戦兵器となるであろうそれを、ハルだけは絶対に作れない以上、序盤の有利など放置していても構わないのだ。
ハルがそれを無視して作ったなら作ったで、それも別に構わない。イベントはハルの圧勝に終わるだろうが、マリンブルーの目的は叶うのだろう。
「彼女が横領を企てていないのは、皮肉にも僕の<神眼>が証明し続けちゃってるし」
「外部監査官として、役立てられてしまっているのね?」
「相変わらず、神様って策略がすごいねぇ」
「神々に狙い撃ちされる、ハルさんもすごいのです!」
さて、感心ばかりしてはいられない。ハルとしては選択しなくてはならないのだ。
リスクを承知で、試合の勝利に向けて戦艦を作るか。それとも逆に不利を承知で、戦艦には絶対に手を出さないか。
「この場合、ハル君の勝利条件は?」
「自分は戦艦を作らずに、試合に圧勝する」
「あまりに厳しいわね……」
「早期に全ての敵の本拠地を破壊する、という事でしょうか? ですがそれでは」
「そうだね、そこで試合終了だ。カナリーちゃんの得られる魔力も、非常に少なくなる」
「贅沢は言ってられないんじゃないかな? カナちゃんも文句は言わないよ」
確かに贅沢は言っていられない。『カナリーの勝利』、ではないかも知れないが、『マリンの敗北』にはなるだろう。
しかし、それもまた難しい。早期に決めるための火力、その決定打が不足していた。
普段の試合のように、その気になればハルが反物質砲で全土を吹き飛ばす、という手は使えない。用意されたキャラクターと魚型兵器により、チマチマと攻めるより他無いのだ。
地道に生産施設を育て上げ、魚を量産し、大部隊を整える。侵攻だけでなく防衛も忘れずに。
そうした手間をかけ、初めて壊滅が可能になるのだった。
「……幸い、敵が戦艦の存在を知るのはもう少し先になるだろう。<提督>が必須なら、その条件をしばらく満たせない」
「魚群を活躍させるによる<名指揮官>と、魚を操縦することでの<撃墜王>の両所持ね?」
「スタック操作しながら、魚のマニュアル操作で無双しまくるなんて出来るの、ハル君だけだもんね」
「すごいですー……」
「マニュアルで動かしたい強力な魚、最低でもシャケ以降になるまで、心配は無いでしょうね?」
ルナの読みにハルも同意する。好き好んでサンマになりたがる人はあまり居ないだろう。もし居ても、大量の魚を相手に<撃墜王>となるのは難しい。
敵陣のシャケ、ボーナスで各陣営に送られた一体は既にハルが撃墜済みか、温存して本陣の守りに置かれているかのどちらかだ。それを利用される心配は無い。
勝負は、シャケが通常生産されるまで兵器研究が進んだ後になるだろう。
「今後は、雑魚で魚群を組むのも避けた方がいいかもね」
「敵に撃墜数をプレゼントする事になってしまう、という事ですね!」
アイリの語る通りだ。上位の魚が居る場所に下位の魚を大量に送っては、どんどん撃墜数がかさむだろう。
この試合では上位の魚が生産可能になると、下位の魚は生産コストが安くなる。なのでついつい量産して魚群を組みたくなるが、そうすると<撃墜王>の生まれる確率を上げてしまう事になる。
この辺りも、称号が出やすくなるようにマリンによって調整された部分なのであろうか。
「そうすると、余った雑魚の処理が考え物ね?」
「作らなきゃ良いんじゃないの? ダメなんルナちゃん」
「作れば作るほど、ポイントが貰えるわ? 生産そのものを禁止するのは、それはそれで損よ?」
「ならば焼いて、食べるのです!」
「素敵な案だねアイリ」
「えへへへ……」
お腹が減ったのだろうか? それも仕方ない。試合開始から数時間、ずっと空の上で監視作業だ。
ハル達は上空にゾッくんを置いて見張り役とし、草原に降りて、つかの間のピクニックとしゃれ込む事にした。せっかくだ、日本から、魚料理を取り寄せることにしよう。
*
「ハルさん! サンマ二十匹、新しく水揚げされたよ!」
「ありがとう。置いておいてね」
「アイサー!」
こちらは試合会場。水着にエプロン装備の元気な女の子が、新鮮なサンマを運んできてくれる。
陸に上がり成す術も無いその姿はまさに、まな板の上の鯉、ではない、サンマだ。『TYPE:コイ』は現在の主力である。調理する訳にはいかない。
アイリ達とご飯を食べている間、こちらのハルは余ってきたレベル1の魚の処理を考えていた。
普通のゲームならば、お払い箱だ。高レベルの兵器が生産可能になった時点で、主力はそちらに移る。
勿論、低コストの物が必要になる場面もあれど、高レベルの方が費用対効果も高い事がほとんどだ。物によっては製造ラインのような枠も消費し、なおさら作る余裕は消える。
だがこの試合においては、次段階の開発が可能になると、それ以下の魚は開発コストや製造時間が引き下げられる。
戦力としては微妙でも、ポイントを得る手段としては絶好のものだった。
「……どうするの?」
「こうする」
地下の水槽へと戻らず、ハルが何をするのか興味深そうに覗き込んでいた女の子の前で、ハルは実験を開始する。
青白いボディのサンマをその手につかむと、むんずと一息に握りつぶした。
「うわグロ! ……くは、ないね?」
「魔法で出来てるからね」
体表に走る黄色い紋章のラインを輝かせ、サンマはキラキラと粒子になって消えて行く。
そう、ハルがこの地を離れられないのならば、自陣の魚を撃破することで討伐数を稼ごうという算段だった。増えすぎた雑魚の処理にもなる。
ハルは残りのサンマも、次々と撃破していった。
「もったいなーい。って、ハルさんには何か考えがあるんだよね!」
「そうだね。間違ってるかも知れないけど」
自陣の魚は撃破数に含まれない、という設定が成されている可能性もあるが、このゲームならこちらも想定していそうだとハルは見込んでいる。
自軍内で殴り合い、敵の存在によらず経験値を稼ぐ作業は、他のゲームにおいてもまま見られる。模擬戦、などと言ったりもする。
そうして百匹ほどになるだろうか。彼女の運んでくる魚を消費し続けることしばらく、予想通り、ハルにも撃破称号が授与された。
ユキのものと同じ<漁師>。そしてもうひとつ、<養殖業者>という変り種も。
それにより、本拠地に併設する形で新しい施設が建造可能になっていた。ハルは無言で、本拠地内部にそれを建造する。
「あ、なんか新しいの作ってる! ……何つくったの?」
「釣り堀、だってさ?」
「……遊び場?」
「だね」
「試合とは、いったい……」
きっと、中で魚を釣る事によって何か有利な効果もあるに違いない。余った魚もそこに移せて良いことずくめだ。
ハルと水着エプロンの女の子は目を見合わせると、そう願うのだった。




