第186話 果たして誰の思惑か
ハルの操るシャケによる進撃はしばらく続いた。攻め込んでくるサンマの群れを片っ端から塩焼きにし、敵の建設した前線拠点を黒こげにし、同門のシャケ対決による生存競争も中身の差で生き残った。
ついでにプレイヤーを見かけたらビームで薙ぎ払っておいた。
「魚を得たハルね?」
「そこは水を得ようよ」
「ハルさんすっごーい! もうシャケだけでいいんじゃないかな感!」
「シャケのレベルも、上がりましたね。……本当に、シャケ一本で行けるかも」
「それはロマンだけどねー」
だがそれは流石に無理だ。強い魚が出てきたら、その都度乗り換えたほうが良い
『お魚さん』は基本、使い捨てだが、戦いを生き残ると経験値が貯まり、レベルアップする。強化は微々たるものだが使い込んでいけば、一世代先の魚をも圧倒可能に育つだろう。
しかし、この手のゲームは兵器の世代が進むごとに強化幅が大幅に上がり、二世代も経ると手も足も出なくなる。丁度、このシャケのように。
最弱ユニットを鍛えに鍛えて最強にする、というロマンはあるが、制限プレイ、魅せプレイの範疇だ。弓兵では、ジェット戦闘機は落とせない。
……いや、困ったことに、落とせるゲームもあったりはするのだが。
「でも、こんなに強いシャケを、どうしてこんなに序盤に?」
シャケの修理(治療ではないのか……)をしてくれている女の子が疑問を呈す。最もだ。
順序良く施設強化を繰り返して手に入るようになっている上位の魚。それをポンと、ボーナス的に与える理由が分からないのだろう。おかげで試合は荒れに荒れた。
「試合の停滞を防ぐためだろうね。弱いユニットだけじゃ、攻めも守りもおぼつかなくて、状況は動きにくい」
「結果、全ての勢力が引きこもる事になっては、つまらないわ?」
「そっか! ハルさんも、敵の資源施設を攻めあぐねてたもんね!」
「こういうカンフル剤は、今後もあると思うよ。研究ルートが分かれるから、今後は皆違ったボーナスになるはず」
「それを隠すんだね! 情報戦だ!」
作れる施設は、最初は基本の物だけだが、レベルが上がるとどんどん枝分かれして行く。到底全ての枝は追いきれない。
そこで何を選ぶかが、そのチームの特色となり、有利不利の相性が出てくる。
例えば大破壊兵器は防御シェルターに強く、シェルターは高速機動兵器に強く、高速兵器は破壊兵器を事前に打ち落とす、といった相性差だ。敵チーム、特に隣国と相性の悪い選択をしないよう、情報戦は重要になる。
「ハルさんは何を、あ、言えないんだった!」
「そうだね、でも、隣国のメタを張ることよりも、最終的なスコアを考えた選択になると思うよ」
「今のは、言えるのね? ハルに慣れた人にとっては、答えでしょうに」
「多分、僕が最適解がどれか、まだ理解してないからだと思う」
「ハルさんに慣れた……」
「深い関係……」
女の子達が色めき立つが、最もハルの思考に詳しいユキは、まだ一番浅い関係だ。ご期待には添えそうに無い。
そうこうしているうちにシャケの修理も終わり、ハルとルナは巨大な地下水槽を後にした。
*
「それで、このまま行けてしまのかしら?」
「流石に無理だよ。どう頑張っても、シャケだけじゃ」
「そう」
どう頑張っても、シャケ一匹では攻撃力が足りない。『このまま勝つ』、となると勝ち筋は、シャケによる単騎特攻で敵の本拠地を破壊することになるが、防御も抜けず回復速度にも追いつけないだろう。
シャケで無双できるのも、飛びぬけたユニットが他に居ない今だけであり、普通にシャケを作り出す事が可能になれば、その優位性も薄れてしまうだろう。
「でも、魚を操縦? 出来るとは思わなかったわね。本末転倒ではないかしら?」
「……そうだね。そこは僕も気になる。せっかく専用の体を作って、プレイヤー間の格差を消したというのに」
「これではハルに上位の体を提供しているようなものね?」
「一応、使えるのは僕だけじゃないけどね」
他の者も、魚のマニュアル操作は可能なので、平等である事は変わらないということだろうか?
いや、更に上位の、もっと攻撃力もスピードもある魚が登場すれば、操縦能力による差は歴然となる。それを分かっていない神々ではなかろう。
「これもまた、カナリーによる支援、という事なのかしら?」
「……なんでもかんでもカナリーちゃんからの恩恵だと、思考停止するのは良くないかもね」
「そうね? 今回の主催はマリンブルーだし、この魚もきっと設計は彼女よね?」
「だろうね。だとすれば、この機能はわざと付けたことになる……」
「実は、私やハルが思っているほど問題にはならないのか、」
「他の何かから目を背けさせようとしているか、だね」
試合にばかり夢中になってしまったが、そこも気にしていかなければならない。
今回、マリンブルーがこの地でわざわざ試合を開催するのは、何か企みがあっての事ではないか、とハル達は懸念していた。
今も上空では、ハルの本体とアイリが<神眼>によってこの施設を監視しているが、変わった動きは見られない。今のところはただ順調に試合が経過し、また魔力も順調に生み出されている。
「真っ先に考えられるのは、マゼンタの時のような事なんだけどね。この地で魔力を増やすことによって、国境を押し上げる。それにより、国境外でなんらかの現象を起こす」
「でもそれは、カナリーによって否定されているのよね?」
「ああ、そうだね。『マリンブルーの意思によって試合中の魔力を動かさない事は誓約されている』、という確認が取れてる」
「そこが否定されなければ、ある意味楽だったわよね」
「まったくだね」
どう考えても一番怪しい部分だ。マゼンタの時のように、国境外に眠る遺産に魔力を触れさせて、それを目覚めさせ暴走させる。
その可能性が残ったままであれば、狙いは十中八九そこと分かる。ハル達も、国境線の動きに気を配っていればいい。
だがその可能性は否定された。するとなると、この地でわざわざ開催する理由が一気に分からなくなる。
まさか、ただ単に変わった試合がやりたかった、というだけではあるまい。
「……結局、内容が僕有利になりすぎてる事も、疑心を後押ししてるね」
「まだ序盤よ? 少しのリードで気を緩めるのは良くないわ?」
「忠告ありがとうルナ。気をつけるよ。……でも、それだけじゃないんだ、もっと根本的な、“上”のこと」
「……確かに、<神眼>によるマップ閲覧を許しておくのは、不可解ね?」
チート、バランス崩壊、盤外からの一手。言い方は色々あるが、ハル一人だけマップ全域を見渡せるのは、有利などというレベルではない。ハルに勝ってくれと言わんばかりである。
マリンブルーとは面識が無いが、これまで三度も対抗戦を重ねて見ていれば、本体による独立行動や、<神眼>についても察しているはずだ。こうして見通される事も、AIである彼女らには、それこそお見通しのはずだ。
陽気な性格をしているようだが、そこと戦略は関係ない。カナリーも、ぽやぽやしているが戦略眼に曇りは無い。
何の対策も講じないのは、不可解が過ぎる。
「彼女の守護する藍色の国が、何かしら企んでいる、という話は何か分かって?」
「いいや? ミレイユも、あれから進展は無いそうだ」
「情報を出し渋っているかも知れないわね……、体に聞きなさい、ハル」
「体に聞いたよ? ……無意識のサインを読み取るって意味だけどね。嘘はついてなかった」
「そう。だとすれば、望み薄ね?」
「そうなるね。うちの国は、機密情報とかは遅れを取りがちだし。ヴァーミリオンは遠すぎて、そんな情報あるわけないしね」
「西と東の端、ですものね。ただでさえ鎖国しているのだし」
以前、ミレイユの家にお邪魔した時に彼女が語っていた、藍の国で何か動きがあるという情報。それの詳細が分かれば、もう少し狙いが絞れるのだが。
だが、ハルでは現状その情報の収集は難しい。
ハルの洞察力によりNPC達の心を読んでも、“知らない情報”は引き出せない。ハルが接触できるのは、情報を持っていないだろう者ばかりだ。
ならば直接現地へ赴いて調査する、というのも難しい。
ハルは、その体から溢れ出る神のオーラによって、無意味に目立ってしまう。問題を探るはずが、自分がまた問題の種になりかねない。
魔力の侵食が出来れば、遠隔で内部を探れるが、配下の神でない以上、敵対行動となってしまう。
プレイヤー達もまだ現地へは到達したばかりで、街の噂を探る、という段階には来ていなかった。
「西から来た商人の噂に聞き耳を立てる、くらいしか無いからなー」
「気の長い話だこと……」
そんな感じで、イベントの中からも、外からでも、推測するための決定打に欠けているハル達だ。
「これの主催がカナリーちゃんなら、僕への優遇も納得なんだけど」
「そうね。……ハル、あなた知らない所で、マリンブルーに惚れられでもしたかしら? あなたの気を引くために、有利にしているとか」
「知らない所なんだから、そりゃ知らないよ? アプローチが回りくどすぎる……」
「影から支える系の女子なのだわ? 直接的に言えばストーカー」
「なのだわ? と言われても……」
神によるストーキングとは、追跡手段が万能すぎてご遠慮願いたい。
そんな戯言を交えながら、マリンブルーの思惑を探って行く。どの道、試合の手を休める訳にはいかない。
それに、目的は試合を進めるにしたがって明らかになって行くだろう。何が来ても対応出来るように、準備は抜かりなく進めておこう。
有利なうちは徹底的に、である。
◇
「<撃墜王>、っていうイベント専用の称号が、このキャラについたみたい」
「魚を大量に打ち落としたからね?」
「きっとユキも持ってるね」
「何か効果はあるのかしら?」
「……これ単体では、無さそうだね」
口に出すことは封じられたが、恐らくは持っている事で、生産行動にボーナスが付く効果がある。
そして、称号持ちでしか建設出来ない施設や、製造出来ない生産物も、新しく増えるようだった。『武器製造施設』という、魚ではなくキャラクター用の装備を作る施設が、新たに選択可能になっていた。
それを本拠地の近くに設置しながら、イベント称号について考える。
この称号、取得したからといってステータスなどが上昇する効果は無さそうだ。だが、指揮官の権限を持っている者にとっては、重要な意味を持ちそうである。
まず、施設建設の幅が広がるのは戦力的に非常に大きい。このためだけでも、積極的に称号取得に向けて動くべきだろう。
そして、称号を取得すると階級のような物が上がるようだ。ハルのステータス欄に、小さな星マークが増えている。勲章だろうか?
これは、指揮官の発言力に影響するのかも知れない。ハルには関係ないが、他のチームには指揮官は複数居る。意見が対立した時は、階級が物を言いそうだ。
複数称号の組み合わせにより、解禁される施設もあると思われる。
「……少し面白くなってきた。少し、称号の取得を目標にして遊んでみるか」
「楽しそうなのは良いけれど、本来の目的を忘れないようになさいね?」
「もちろん。攻略の面でも、役立つはずだよ」
「それもそうだけれど、マリンブルーの策略もね?」
「……注意しなきゃね」
ゲームに夢中になるあまり、疎かになりそうだ。しかし、そちらに気を取られすぎても、試合に注力が出来ない。
調整に気を使うところである。こういう時は、平行して複数の思考が出来るハルの脳は便利であると実感する。
「思いつくのは、<戦略家>、<陰謀家>、<魚屋さん>とかかな」
「最後のは何なのよ……、いえ、分かりやすいけれど……」
魚を大量に生産した証だ。まあ、実際は<魚屋さん>は無いと思うが。
前二つは、魚群を操って敵を大量に撃破した証と、チャットに大量の偽装書き込みをした証だ。そういった称号もきっとあると思われる。
チャットへの偽装書き込みはポイントを消費するので、現在は要所以外は控えているが、今後はもう少し積極的に行っていこうかとハルは考える。シャケ無双により、ハルの自由に出来るポイントも大幅に増えた。
「仮称、<戦略家>から取っていこうか。僕の華麗なスタック捌きを見るがいい」
「……何度か見てるけれど、いつ見てもあなたのスタック操作はキモいわね?」
「……どんなゲームでも、極めた動きはキモくなるものなの」
小刻みにぷるぷると位置の微調整を繰り返しながら、的確に敵を一匹ずつ沈めて行く魚の群れを見て、ルナが素直にそう感想を漏らす。
遠目の俯瞰からだから『キモい』で済んでいるが、間近でこの挙動を見たらホラーだろう。その攻撃対象が自分であったなら尚更。
チャットの書き込みと平行しつつ、魚群の操作を続ける。マニュアル操作のシャケによる支援も忘れない。
そうする事しばしの間、予想通りに、ハルは二つ目の称号を手に入れるのだった。
「称号、出たのは良いんだけど……」
「どうしたのかしら? <陰謀家>に、デメリットでも付いていて?」
「いや、出たのは予想外に<魚心>だって。シャケのマニュアル操作によるものだねきっと」
「ハルにぴったりの称号ね?」
どうしても、ハルに魚の操作をさせたいというメッセージだろうかこれは。
なんにせよ、今は魚を上手く使う事が鍵となるのは確かだ。この称号による追加施設が出たら、ありがたく使わせてもらおう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/19)




