第184話 あつまれ水着のなかまたち
「《みんな~、今日は私のイベントに集まってくれてありがと~♪》」
試合が開始され、ハル達プレイヤーの面々が会場へと移動して行くと、会場全体に陽気な音声が響き渡る。
今回の主催である、マリンブルーのものだ。ハルはまだ会った事は無いが、声はそれなりによく聞く。自身の運営する施設であるプールにはよく出没するようで、そこで撮影された動画が結構な数、コミュニケーション機能で共有されている。
「《早速だけど、イベントのチュートリアルをやっていくよ~♪ 『お知らせ』を読んだ良い子ばかりだろうけど、ちゃんと聞くんだぞ~♪》」
ハル達の居る場所は、会場全体から見れば中央近く。東西に長い長方形の中、やや北東よりの中心部、といった所だ。
当然、この位置は不利で、一番端が最も有利となる。今までの勝利を独占していた黄色には、良い位置は与えないということだ。
とはいえ、今回はさほど配置で条件に差は生じない。格チームは三角を描くようにジグザグに配置され、どのチームも複数の国境を持つ配置だ。端は端で有利だが、国土が狭いという欠点も持っている。
「《チュートリアル中は、戦いが発生しないし敵チームへは移動できないから、ゆっくり落ち着いてやるようにー♪》」
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:一番乗り~♪
『青色の仮面』
:1
『赤色の仮面』
:いっちばーん
『緑色の仮面』
:はえーよハル
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:黄色だから僕だとは限らないけど
『藍色の仮面』
:うおおおお! マリンちゃーん!
『緑色の仮面』
:テスト
『橙色の仮面』
:始まった! 楽しみ!
『青色の仮面』
:皆さん、よろしくお願いします。チェックを忘れないように
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
ん、がんばる
さて、ハルの重要な仕事は、チャットの書き込みを絶やさない事だ。開始と同時にメニューを開き、一人で何役も担当しながら書き込みを重ねてゆく。
「うわすご、ほんとに一人でやってる……」
「ハルさん、大丈夫? これ終了まで続けんの?」
「頭パンクすりゅ……」
「平気ですよ。しばらくすれば、疑心暗鬼になって書き込みはガタッと落ちますから」
「ほえー」
流石にハルも、開始直後に特有の、このスピードをずっと保たれるときつい。しかし、いざ開戦すれば流れもすぐに落ち着くだろう。
「《まずは、本拠地の説明だよ~♪ 今みんなが居る施設、あ、気の早い人はもう外に出ちゃったかな~? ここがチームの基本中の基本! 最重要!》」
そうしているうちにも、マリンによる説明が流れて行く。
今回の本拠地は、今までのようなクリスタル状の物体ではなく、最初から建物が用意されている。
形は最初から決まっており、これも今までのように自由に建築は出来ない。ハルのチームは、梔子の国の王宮のような造りで、各チーム、各国の特色を出した建造物なのだろう。
統一されているのは、どのチームの本拠地も半ば水に浸かっている、という部分だ。
当然、破壊されたら負けなのは今回も変わらない。
「《この本拠地に限らず、建てた施設はポイントを使って強化が出来るぞ~♪ そして本拠地のレベルが上がると、他の施設も強くなっていくのだ~♪ さっそく試してみよう!》」
チームの所有ポイントに、チュートリアル用の1000ポイントが加算される。本拠地のレベル2への施設強化費用も1000ポイント。
本拠地のメニューに手を出せるのは、そのチームの神との契約者だけ。つまり黄色チームはハルだけだ。早速、アップグレードを行う。
がたがたと振動と轟音を伴いながら、本拠地が少し巨大で、豪華になる。
「おっ、すぐやるんですね! ハルさんの事だから、ひねくれて他の施設を作ったりするのかと思いましたよー」
「そうそう。何か思いもよらぬ策をそこから用意したり」
「最重要って言ってましたからね。神様の言うことは、基本的に聞いておいた方がいいです」
「無視したら天罰下っちゃうかぁ?」
彼女らは嘘をつかない。最重要と言うなら、当然、最重要なのだろう。そこは信頼する。
それに、こういった本拠地のレベルが基準となるつくりのルールでは、上げないという選択肢は無い。
防衛や生産との兼ね合いで一つ二つ他の施設を優先する事はあれど、上げられるなら上げるべきだ。
<神眼>での観察によれば、すぐに上げたのが三チーム、様子見をしているのが三チーム、と半々に分かれた。ここからも傾向が見えてくる。
本拠地は、資源の採掘施設も兼ねているという設定で、既に専用のエネルギーを生産している。レベルを上げるとエネルギーの生産速度も上がり、一秒でも早く上げるべき理由の一つとなっている。
施設の建設に必要なのが『ポイント』、その施設で何かをする時に必要なのが『エネルギー』。この二つの数値を管理する事が、この試合におけるハルの指揮官としての役割となる。
「《エネルギーを掘り出せる場所は、本拠地以外にもいくつもあるよ~♪ でもそこは、他のチームとの取り合いになるんだ! なるべく多くの人員や、お魚さん達を配置しようね♪》」
マリンの言う『お魚さん』とは、エネルギーを使って施設で作り出せる攻撃兵器、ないし防衛兵器の事である。
水着イベントと銘打った本イベントだけに、マップは多くの場所が水で満たされている。資源採掘を行う位置も、その全てが水中。
当然、プレイヤーには攻め難く守り難い。そこで、戦いはお魚さんを作って向かわせるという訳だ。
「これは魔法生物とか、そんな感じなのかな? 最初はどうするハル君?」
「もちろん防衛用のお魚さんを作った」
「やっぱし」
その理由を語ろうと思ったが、口を開けなくなった。作戦に関わる事だからだろう。ユキの言葉が半端に止まったのも、ハルの戦略を解説しようとしたせいだと思われる。
さて、その語れなかった理由はといえば、最初は資源の確保を堅実にやりたいのがひとつ。
そして、最初のうちに作り出せる、レベルの低い兵器ならば、ユキたち熟練プレイヤーが直接戦った方が活躍するからだ。攻撃用のお魚さんをわざわざ作って、無駄に消耗する必要は無い。
「……不便だねこりゃ。まあ、ハル君の考えは何となく分かるし、意に沿って動くよ」
「今回は珍しく何時もの奴らが仲間なんだ、気にせずたまには“一緒に遊んでおいで”」
「まさかこのゲームでも、あいつらの面倒見なきゃいかんとは……」
「ユキちゃんの事はまかせろー! ハルー!」
「この面子で集まるの、ちょっと懐かしいね」
「そいえば、ひどぅんは?」
「また本編の商売で忙しいか、それか緑チームじゃね?」
「あぁ、商業神な」
「すかさず沸いてくんなキミら! ……まあいいや、いくぞー?」
すぐ近くで待機していた、このゲームを始める前によくゲームしていたメンバー、彼らを連れてユキが出発する。
言葉の縛りも、どうやらそこまで厳しくはないようだ。一緒に行動するメンバーの指定くらいなら、何とか出来そうである。
その辺りの説明も、ちょうどマリンがしているようだった。
どうやら、『一緒に行こう!』、とか、『次はあっち』、といった事まで、何でもかんでも封じている訳ではないようだ。そこまで厳密に縛っては、会話が成り立たないからだろう。
しかし、『黄色に何人で攻め込もう!』、だったり、『採掘施設を何レベルまで強化しよう!』、といった詳細な指定は不可能なようだ。
……なぜそこで例えに黄色を指定したかを、じっくりと問いただしたい。
「《そして、チャットの書き込みは『ポイント』を消費する事で、なんと他チームのフリが出来ちゃうのです! 上手く真似っこして、敵の目を欺こう♪》」
「……アイドルの語るセリフじゃあないなあ」
そんな感じでマリンによるチュートリアルが終わり、本格的に試合開始と相成るのだった。
「《じゃあみんな! 今日は一日よろしくね♪ 頑張っていってみよ~♪》」
◇
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:本拠地南東、浅瀬にヤシの木の湖に資源ポイント発見!
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:馬鹿! もっとボカして書くんだよ! バレバレだぞ!
『緑色の仮面』
:ご馳走様。でも今は世界地図が明らかでないので命拾いしましたね
『赤色の仮面』
:ま、北西に進んで黄色と当たったらヤシの木を探すってこったな
『青色の仮面』
:北西に向かう敵軍が多くなりそうです。こちらも南東を防衛しましょう
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:ユキ、ヤシの木の湖、防衛よろしく
『黄色の仮面』 ※あなたの書き込み
:はいはーい
『藍色の仮面』
:ユキちゃんか……、調査隊は攻撃兵器と同行するように
試合開始して間もなく、ハルは早速、チャットを利用して情報操作をし始める。不慣れなプレイヤーを装い、資源の位置を拡散していった形だ。
ちなみに、この場所については真実だ。敵を間違った位置へ誘導する事が目的にあらず、主力の狙いを引き付けるのが目的だった。
資源の位置が割れたとなれば、敵は戦力をそこに集中する。自然、そこ以外を担当する仲間たちへの攻撃も手薄になる。
ユキと、その愉快な仲間達、カオスやサキュラといった、ハルのゲーマー仲間の精鋭チームは遊撃隊として活躍してもらう。
チャットは指揮には使わないと言ったが、ユキだけは別だ。彼女には逐一チャットを確認してもらい、重要拠点や、手薄な場所などを担当してもらう。
「じゃあハルさん! 私も行くね!」
「行ってらっしゃい、ソフィーさん。自由に暴れてきていいよ」
「うん!」
「ぽてとも~」
「ぽてとちゃんも、好きなように遊んでおいで」
「わーい」
水着に着替えた面々が、続々と出発して行く。
長丁場の試合となる。あまり、“成果を挙げる”事を意識せずに、思い思いにやって欲しい。
今回の作戦方針は、前の三回とは違い、“いかに早く出力を上げるか”よりも、“最終的にいかに高出力を出すか”、をハルは注視している。
序盤は攻めずに慎重に行く、というのは今までと変わらないが、前回までは全て、中盤には勝負をかけていた。今回は一気に勝負をかけることも、奇抜な策も避け、地道に最善手を打ち続ける事に終始する。
《敵の心を折ることが、出来ない為ですね!》
──その通りだねアイリ。今回は勝敗の他にも、明確な『個人報酬』が加わった。勝負に勝てなさそうになったからって、攻めの手を止めてはくれないだろう。
普通のユーザーにとっては嬉しい話なのだろうが、ハルとしてはやっかいな事だ。
レベルが上限に達したプレイヤーも増えてきたためか、それとも普段の体ではないためか、今回の主な報酬は経験値ではなくなった。
今回の施設作成に使う『ポイント』。様々な行動によって得られるそれが、同時に報酬の目安となる。
個人の活躍によって『ポイント』が得られると、それと同数の『報酬ポイント』も同時に加算されて行く。
『報酬ポイント』は試合終了後に様々な物と交換する事が可能で、それはアイテムであったり、ゴールドであったり、今まで同様に経験値も選択できる。
それを得るために、プレイヤーは最後の最後まで諦めない。時間いっぱい、戦い続けるだろう。
──僕にとっては、迷惑な話だ。
《中盤で全土を侵食してしまい、後は適当に様子見して休む。という事が出来ませんものね!》
──他の個人としても、時間いっぱいやらなきゃいけない『義務感』みたいのが出るから、あまりやらない方が良いと思うんだけど。
《本音としては、どうでしょう!》
──僕がめんどいからやめて。
そのためにハルは今回、最終的にどれだけ戦力を高められるかを重視する。
当然、序盤や中盤にかけて、勝負を決めに来る相手への対応は厳しくなるが、そこは、腕の見せ所である。この手のゲームは得意中の得意とするハルだ。
それに今回は神の視点、<神眼>による全体マップを最初から使える。これで負けるなどという恥ずかしい姿は、アイリには絶対に見せられなかった。
◇
本拠地の地下、すなわち水面下でもあるその場所には『生け簀』がある。
本拠地から出られないハルは、気晴らしにその生け簀へと来ていた。出られないのは、ハル自身が防衛の要である為ではない。本拠地の設備を、あまねく最高効率で稼動させ続ける必要がある為だ。
この生け簀もその一つ。攻撃兵器である、魚型生物の生産施設だった。
「あ、ハルさん、いらっしゃいませ。……じゃないや。ここ、ハルさんが主ですもんね」
「構いませんよ。担当場所がきっちり決まってるってのは、良い事だと思いますし」
「私、戦いは、苦手でぇ……」
「ゆっちー大人しいもんね」
「この落ち着いた空間で大胆なビキニは恥ずいな! 私もゆっちーみたいのに変えるか……」
「あー、男の子の視線気にしちゃってる~」
前面ガラス張りとなり、操作盤のような物が設置された、近代的な水族館のような『生け簀』には、大人しそうな少女とその友人、数人の女の子が陣取っていた。
対人戦が苦手なゆっちーと呼ばれた彼女の為に、今回は皆ここで過ごすのだろう。
「今回は大変ですよね? 今までみたいに、建築して過ごす事も出来ないですし」
「ですね……、あ、でも! ここも、アクアリウムみたいで楽しいでしゅ!」
《わたくし自身を見ているようで、なんだか恥ずかしいですぅ……》
──アイリは最近、噛まなくなったね。
ハルといちゃいちゃするのが日常となったアイリは、恥ずかしがって噛んでしまう事も少なくなった。
そんな以前のアイリを彷彿とさせるゆっちーが、何かを言いかける。
「今回は、ここでお魚さんを、えと、あぅ……」
「ふむ?」
おそらく、制限に抵触したのだろう。察するに、『ここでお魚さんを、ずっと作って過ごしていても良いでしゅか?』、といったところか。作戦指示を仰ぐ内容だから、止められたか。
答える代わりに、ハルは生け簀の施設レベルを2へ上げる事で返答とする。許可された事を理解したゆっちーの顔が華やいだ。
「良かったねゆっちー!」
「うん! ……でも、迷惑にはならないですか?」
「平気ですよ。本拠地が広がれば、どんどん手が足りなくなってしまいますし」
「ならば! 水草のデコレーションは私にお任せあれ~」
「それって、何かハルさんの役に立つのかなぁ……」
役に立つかはともかく、楽しんでやってくれる事は重要だ。
ほとんどのプレイヤーが外へと繰り出している今、本拠地の操作はほぼハル一人で行っている。
生産されたエネルギーの割り振り、作り出されたお魚さんの各地への派遣、破損したお魚さんの修復。本拠地の強化が進み、設備が増えれば、流石のハルの頭脳を持ってしても、手が回らなくなってくる事が考えられる。
そうなると、外に出て戦うよりも、本拠地に詰める人数が増えてくれた方が試合は有利に運べる。
「何か、ここに居ても楽しめる要素があれば良いんだけどね」
「私は、楽しいです、よ?」
「ハルさんと話せる機会なんて、そうそう無いしねー」
確かにハルとしても、こうして多くのユーザーと触れ合う機会は稀だ。しかも敵ではない。貴重と言えた。
とはいえ、ハル自身を餌にして人集めをしては本末転倒だ。触れ合いに力を入れすぎては、ハルの処理能力が低下してしまう。
効率の追求も大事だが、なにかしら、そういった面白い施設も無いか、探していこうと思ったハルだった。




