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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第6章 マリンブルー編

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第183話 魚群となるか烏合の衆となるか

 イベントの当日、開始まであと数十分。ハルたちは控え室のような広間に集まっていた。

 既にここはイベント会場の一部。神界のマイルームからログインが可能で、見た目は同じだが、性能は画一化された新たなキャラクターを操作している。


「ハルさん! こんにちは! あれー? 王女さんはいっしょじゃないの?」

「こんにちは、ぽてとちゃん。アイリはNPCだから。体が用意してもらえなかったみたい」

「残念だなあー……」


 ネコミミフードの少女、ぽてとが挨拶してくる。ローブの下はもう水着で、準備万端だ。

 そう、今回はアイリはお留守番となっていた。会場にログイン出来るのはハルのみで、“アイリ用のキャラクター”が無いために彼女は入れない。何処に行くにも一緒だったハルとしては、珍しい事と言える。


《実は意識は、来ているのですが!》


──まさかこうなるとはね。体、動かせる?


《はい! ……しかしながら、ハルさんのように運動は得意ではありません。緊急時以外には、わたくしは大人しくしていますね》


──僕が作戦指揮している時に、ちょっとした作業をやってもらったりしようかな。


《おまかせください!》


 精神が繋がり、一心同体のように例えられていた二人が、本当に一心同体となっている状態だ。

 そして、この状態はやはりロボットの遠隔操作のような物らしく、二人の<転移>による巻き込みも発生しない。半ば、プレイヤーからは独立した状態であるようだ。


 そんな二人の本体は今、イベントが行われている地下施設の上空へと来ていた。





 イベント会場へのログインを済ませた二人、正確にはハルだけだが、当然ながらその肉体は健在だった。

 普通のプレイヤーは、イベントログインと同時に、普段使っている体は消滅するのだろう。元の体を残したままでは、意識が混線して上手く動かせなくなってしまう。

 だがハルとアイリの肉体は消えたりはしない。意識も、特に遮断されることなく健在だった。


「少しばかり、奇妙な気分です! ハルさんは、普段からこのような状態で暮らしているのですね?」

「そうだね。厳密に言うと、少し違うんだろうけど」


 地下の様子を注意深く観察しながら、ハルは腕の中に抱いたアイリと会話して過ごす。

 ハルに引きずられるようにして、意識が会場内にも飛ばされているので、少し肉体制御が緩慢になっているアイリだ。今は怪我などしないように、ハルに抱えられて大人しくしている。


「会場内には、いろんな物が搬入されて行ってますね!」

「設営中だね」


 その地下の様子を、二人<神眼>で探ってゆく。

 ただ通路が存在するだけだったその箱の中には、今はイベント用の機材、いや、魔法の設備が次々と出現している。

 プレイヤー用の控え室は最下層のブロックにあるようで、今もそこにはミニチュアサイズのプレイヤーが次々と現れていた。その中には、ハルとアイリの操る体も確認できる。


「……イベント会場を外から見る機会なんて今まで無かったけど、これは」

「はい。魔力の発生スピード、これは驚異的です。プレイヤーの皆さんが集まるにつれ、もうどんどん魔力が溢れてきています」

「ここは神界じゃない、通常空間だ。……何か、起きるかもね」

「ですね! 警戒しておきましょう!」


 プレイヤーは魔力を生む。それが集まれば、その生産量は爆発的に加速する。

 神々がゲームのイベントとしてプレイヤーを集めるのはこれが理由だろう。イベント終了後、発生したその魔力は商品として、試合の勝者に支払われる。


 だが、終了前の“誰のものでもない魔力”も既に実体がある。メニュー内のデータとして、加算されているだけではない。

 これが神界ならば問題は無い。この世界に影響を与える事は無いだろう。しかし最初からこの世界で開催されるならば、開催中に増えた魔力が、何かしらの影響をこの世界に与える可能性は憂慮されてしかるべきだ。


「注意深く、変化を観察していこうか」

「はい! そして試合状況も、ここから観察ですね!」

「その通りだねアイリ」


 そう、ここはマリンブルーの策略に対抗する備えであると同時に、試合の状況をマップのように一望できる、<神眼>による、正に『神の視点』なのであった。





 そんな、ミニチュア会場の内部。続々とミニチュアプレイヤーが集まってくる。

 しかし、主観的にはその自分の小ささに気づく事は無い。倍率0.5のワールドに、同じく倍率0.5のプレイヤーが配置されても、想定的な比率は1対1だ。皆、普段と同じように振舞っている。


「なんだか体が重い気がするなー」

「適当ゆーなっての。どうせ普段のステとの違いなんて分かってないんだろ?」

「実は普段のお前よりこの体の方が強い説」

「うける」

「あ! ハルさんだ! 初めてナマで見たー……」

「ほら、ゆっちー声かけないの?」

「えー、無理ぢょ」

「噛むし! 緊張しすぎか。同じプレイヤーじゃん」

「やったぜ黄色! 勝利はいただきだな」

「えー、契約者一人は流石にきつくね? 普通に青だろ今回は」

「そういって前回どうなったか……」

「でもよー、他は発表されてからずっと、めっちゃミーティングとかして、作戦練ってるらしいぜ」

「仕事か! やっぱ無所属が気楽でいいわぁ」

「あ、ハルさんちーっす!」


 ここに来るのは皆、無所属のプレイヤー。特定の神と契約を交わしていない者達だ。

 黄色チーム、ハルのチームに来たいと希望したか。ランダムに設定し、どこでも良いと完全に運任せにしたか。他のチームを希望したが定員オーバーで抽選に漏れたか。そうして未契約者は振り分けられて行く。


 この空間は、控え室であると同時に作戦会議室。

 試合会場では、口頭での指示を出す事が禁止、キャラクターの口にそのようなロックがかかるが、この控え室にはそれが無い。

 故に、作戦の練り直しはこの控え室で行う事になる。

 チャットで使う暗号が敵に知られてきた、と感じれば、一旦会場を離れてここで作戦会議をするのだろう。


 だが、ハルにはそれは必要ない。カナリーに他の契約者は居ないし、今から集まったプレイヤーと詳細な作戦を詰めるのは難しい。

 ハルの黄色チームは、暗号によるチャット指示を一切行わない方針である。


「どう? ハル君いけそう?」

「これだけの人数と共に試合するのは、初めての経験ね?」


 そんな中に、ユキとルナも合流する。

 今までは、少人数でずっとやってきたハル達だ。これだけ仲間が多いのは初めてになる。

 ルナは、特にそうだろう。このゲーム以前も、ハルと二人きりで遊ぶ事が多かった。こういった大規模のゲームはあまりやることが無い。


 彼女ら二人が加わった事により、近づこうとする者は更に少なくなる。ぽてとのように普段からハルに慣れている者以外が、ハルたちを遠巻きに見守る。これが、誰かがハーレムオーラと揶揄していたものだろうか。中々その範囲には入れないようだ。

 それに構うことなく、近づいてくる少女の姿があった。


「お、ソフィーちゃん、うちに配属されたんだね」

「ユキちゃん、こんにちは! ハルさん、今回はよろしくお願いします!」

「こんにちはソフィーさん。頼りにしてるよ」

「ソフィーちゃん、こんにちはー。よろしくね?」

「ぽてちゃん、今回は一緒だね! がんばろうね!」


 元気少女、ソフィーも今回はハルのチームのようだった。もう既に大胆なビキニになって気合十分で、そのむっちりと豊満な体が男性陣の視線を引き付けている。

 ルナに言われてシャツを羽織っているが、本人はよく分かっていないようで、きょとん、としていた。


「ハルさん、今回の作戦はどんな感じなんですか!?」


 ソフィーの一言で、周囲の注目がハルに集まる。会話も一斉に止まり、皆気になっていた事を如実に表していた。


「……ちょうどいいから、説明しておこうかね。あ、ソフィーさんはユキに話す時と同じようにしてくれていいよ」

「あ、そうでした。じゃない……、わかった!」


 ハルは一段高くなっている指揮用であろう壇上に進み出ると、聴衆に軽く挨拶して説明を始める。


 とはいえ、特に説明すべき事はそれほど存在しないのだが。

 これは前述の通り、この待機時間の間だけでは詳細な作戦を詰めきれないからだ。今日いきなり集まった寄せ集め部隊を作戦通り動かそうとしても、伝達に齟齬そごが出て、無駄になる時間の方が大きいだろう。

 ならば彼らには自由に動いてもらい、作戦の方を彼らに合わせてやった方がいい。


「今回の試合、黄色チームでは指揮官の権限を持っているのは僕だけになりますが、僕から何か指揮を出す事はありません。チャットの内容も、無視して下さい」

「それって、各自が好きにやれってことか?」


 臆せずに質問を飛ばしてきたのは飛燕、よく掲示板で目にする有名プレイヤーだ。

 ソフィーや彼に限らず、ハルと親しいプレイヤーの姿が多くある。そういった仲の良さ、相性の良さなども、選考の基準なのであろうか。

 ハルはその性質上、強者が多く有利になるのだが、そこもカナリーによって差し込まれたハル有利なルールなのかも知れない。


「そうですね。戦況に合わせて、僕が敵の動きをコントロールします。それが指揮の代わりに行う、指揮官の仕事と思ってください」

「相変わらずサラっと、とんでもない事言うな……」

「なので原則、チャットへの書き込みは出来なくなります」

「全部、ハルさんがやるの!?」

「そうなります」

「『ここまで全部僕の自演』」

「くはっ! 最近じゃとんと聞かねーなー」

「だって仕様上、自演とか無理なものばっかだしな」


 契約者は指揮官として、個別にチャットへの書き込みを制限できる。面白がって内容をかき回す、“荒らし”の味方による被害を抑えるためだ。

 ここの皆は荒らしではないが、今回は全て書き込みは制限する。

 ハルはその中で、問題なく会話が行われているように一人で書き込みを行っていく。全体公開されるそれは敵側にも伝わり、偽情報による撹乱かくらんが容易に可能となるのだった。


 それによる利点はもう一つある。

 自陣の全てがハルによる書き込みならば、それ以外の黄色チームの書き込みは、敵の扮した偽装であると、一発で見分ける事が可能になるのだ。

 まあ、このあたりは、始まってからハルが調整する部分だ。今は皆には関係が無い。説明に戻ろう。


「じゃあ、覚えておく事は、勝利を目指して各自でがんばる! ってことだけなのかな?」


 ソフィーが、要点を分かりやすく纏めてくれた。つまりはそういうことだ。

 黄色チームに配属されたプレイヤーはおのおの、難しい事は考えずに自由に行動してもらう。ハルはその動きに合わせて、敵へ誤情報を流して誘導する。


「ハルさんが指示を出すのは、私達じゃなくて敵チームって事なんだね」

「意味がわからねぇ……」

「さすハル」

「でもチャットでわいわい盛り上がれないのは、ちょっと残念かも」

「作戦チャットだ。そんな和気藹々(わきあいあい)なモンじゃねーよ。現地でわいわいすりゃあいい」

「そっか、そうだね!」

「ポイントの使用権限も、一律ハルさんが取り仕切るのかな?」

「そこは制限しません。ですが、誰かに優遇して権限を与える事もしませんので、個人で貢献度を挙げた範囲でしか使用は出来ません」

「りょーかい。それなら納得できるわ」


 今回、対抗戦の恒例だった建築要素は少し簡略化され、ポイントを使った物となる。

 素材を収集して、それを組み合わせて建築物を作って行く、という過程が省略された形だ。


 『エネルギー生産施設A』は100ポイント、『固定砲台A』は200ポイント、といったように、決まった施設が作成される。

 そのポイントは各自の行動、つまりは敵を倒したり、敵陣地へと踏み込んだり、敵の建物を破壊したりすることで貯まって行く。そして、その行動を取った本人は、優先してポイントを消費出来る権利が与えられるという訳だ。


 そこの優遇、または禁止も、ハルが個別に設定可能だが、さすがにそこまで制御してしまうと、皆何のためにゲームをしているのか分からなくなる。

 設定してしまえば完璧に試合を操る事は可能になるだろうが、各人のやる気をいで、結果的に効率は落ちてしまうだろう。


 そんな感じでこの試合、多くの事が始まってみなければ分からない、行き当たりばったりな部分が多くなる。

 全体を読む力を、非常に試される事になるだろう。

 そんな試合が、そろそろ開始される。会場外の動きの警戒も合わせ、気合を入れるハルであった。

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