第182話 第四回の開催に向けて
ハルが掲示板を眺めていると、黒曜により『運営からのお知らせ』が通知されたことが報告される。
このタイミングでもその内容、それは予想通り、次のイベントに関する詳細な通知であった。
「《第四回対抗戦・夏の特別編、開催日決定のお知らせ。だそうです》」
「ありがとう黒曜。ようやく来たね」
「何が書いてあるのでしょう!」
「ちょっと待っててねアイリ」
ルナの新作の、“涼しげな夏服”の試着会をしていたハルも、それを一時中断してシステムウィンドウを開く。
袖がばっさりカットされ、大胆に肩の出た着物姿だったハルだが、さすがにそのままは据わりが悪かったので、薄手の肩掛けを上に羽織る。ルナの趣味らしい肩出しは、まだ少し慣れないハルだった。
「……ハルもアイリちゃんが肩を出していたら、そそるでしょう? 逆の立場でも同じよ?」
「昼間からそそってどうすんのさ。……また後でね」
「そうね。今は通知の確認をしましょう」
「ハル君、じゃあ私も、そそられちゃってるのかな? わりと肩出してるけど……」
「もちろんユキはそそるよ」
「ふえぇぇ……」
今はルナもユキも、肉体をもってアイリの屋敷へと来ていた。特待生クラスの課題もひと段落し、ルナも今はハルの家にずっと泊まっている。という体で、この世界へと常時身を置いている。
肉体であるためユキが少し押しに弱い。あまり弄るのは止して本題へと入ろう。
「まず、かねてより噂になっていたように、今回はプレイヤーの皆様の能力が、一律同じに制限されるようですね!」
「そうだね。確実に僕への対策だ」
「ご苦労なことね? でも、誰かも言っていたけれど、同じ能力ならば、ハルは百人相手でも渡り合えてしまうのではないかしら?」
「ルールを見るに、それは厳しそうだね」
「うん。ルナちゃん、これは大雑把に言えば陣取り合戦だ。ハル君の大好きな、ストラテジーだね。二正面、三正面が当たり前になるから、ハル君がどんなに無双しても一方向が限度になるよ」
ユキの語る通り、能力が一律になるということはそういう事だ。
敵一体を撃破するにも相応の時間を要し、移動力も同じになる。何をするにも一定の時間が掛かってしまう、ということが相当な速度制限になる。
陣地が広がるにつれ、ハルが対処出来る面積が減って行く。端から端へ移動する間に、せっかく制圧した陣地を取られてしまうからだ。
「一応、『全員平等』の名の下に、今回は僕のチームにも人数たくさんくれるみたいだから、その中でどう立ち回るかだね」
「最初はマリンブルーの奴、人数も少なくしようとしてたんですよー?」
「カナリー様が、阻止してくださったのですね!」
「ありがとうカナリーちゃん」
「がんばりましたー。えっへんー」
とはいえ、平等であるのは未契約のユーザー。言うなれば無所属の者だけだ。未契約ユーザーを均等に割り振った後に、契約者がプラスされる。
つまるところ、契約者が多い神ほど有利。契約者がハル一人のカナリー、黄色チーム大幅不利のルールには違いなかった。
「そして契約者には特別に『指揮官特権』が与えられる。……これを使える人数を減らす事が、ハルに対するハンデね?」
「そこは問題ないよルナちゃん。ハル君は、一人で自由に出来た方が輝くもの」
「なるほど? 王が名君なら、独裁が最も上手く国が回る制度という訳ね?」
「そんな大げさな事じゃないよ。船頭多くして、ってね」
「船、アステロイドベルトなのです!」
「……だから何時アイリちゃんに宇宙船の概念を教えたの」
もしかすると、指揮官特権もカナリーが差し込んだ戦略なのかも知れない。一見不利に見えて、ハルならばその頭脳、並列思考をフル活用する事で、一人で全体の采配を振るうことが容易になる。
さて、今回の対抗戦は、まったく新しい方式で行われるらしい。まず能力が同じになる、前述の部分だ。
次に、作戦指揮が口頭では行えなくなる。初めての試みだ。
以前にも、『掲示板には知っている事しか書き込めない』、といった撹乱防止の制限があったが、プレイヤーの口に禁止制限が入るのは初めてだ。
試合用の、専用キャラクターにログインし直す事で可能になった機能なのだろう。
ならば、何処で指揮を取るかといえば、勿論チャットによるコミュニケーションとなる。
だが、そこがまた独特で、チャットは自陣のプレイヤーだけでなく、全体に公開されるのだ。例えばハルが、『皆で赤チームを攻撃しよう!』、と指示を出したとする。それは当然、赤にも伝わり、赤チームはその方角の防御を固めてしまう。
「符牒のような物を使って指示を出す、といった感じになるのでしょうね?」
「ハル君の得意分野だね。すぐ解析しちゃいそう」
「暗号文なのです! わたくしも、勉強しました!」
「この世界でも、軍事には使われてるんだね」
あらかじめ、秘密のキーワードを決めておき、それを使って指示を出す。敵側はキーワードが何を指しているかを読み、それに合わせた対策を立てる。
簡単な例で言うと、赤チームではなく、『ショタ攻めをしよう!』、と符牒にし、敵側は少年を指す言葉から少年神であるマゼンタ、つまり赤チーム狙いだと推測を立てる、という流れだ。
「あまり簡単だとすぐ分かってしまうし、複雑だと指示を受ける側が理解できない。指揮官の腕の見せ所なのね?」
「普段から隠語使い慣れてる人とか、強そう」
「……マゼンタの契約者とかね?」
「うんそう。……ルナちゃんも、興味ある?」
「いえ、あまり」
……普段からえっちな話題などを、同好の士のみに通じる言葉でやりとりしている者同士はスムーズだ、という事である。
この機能、もう一つ特徴があり、発言者は匿名で表示される。『ハル』ではなく『黄色チーム』として発言され、ハルが発言したかどうかは分からない。
更に、指揮官専用の機能として、コストを消費して敵チームになりすまして発言が出来る。そこが戦略を複雑にしていた。
このあたり、まだネットに疎いアイリには少しピンと来ないようだった。
「これは、どういった事になるのですか?」
「つまりは、敵チームが僕のフリをして『青チームを攻撃しましょう』と言ったり、逆に僕がシルフィードのフリをして、『チームA-2はポイントD-7に移動』、といったように掻き回す事が出来る、ってことだね」
「複雑なのです!」
「……シルフィードは、始まる前から方向性を読まれているのね? あの子、まじめですものね」
「それより、ハル君は暗号使う気ないのかな? 今の言い方だと」
「うん。周知が面倒だし」
「あはは……」
皆、この部分が今回の最重要の要素として、非常に気が取られる部分だろう。だが気を取られるゆえ、そこを複雑化しすぎると迅速な作戦行動に支障が出る。
ならば敵には十分に気を取られて貰い、ハルの黄色チームは行動スピードで優位を取る。
能力が平坦化されるのだ。同じ土俵で試合をしては、同等の結果しか得られないだろう。拙速は何よりも優先される。
「ここが指揮官一人の強みだね。戦略のとり方で揉めることが無い」
「他ではそこまで思い切った戦略は、賛成されないでしょうからね?」
ルナの言う通り、どうしても、用意された機能は十分に活用しようという意見が多くなるだろう。指揮官同士の権力に上下が無いため、どうしても意見は平均化されてしまう。
「ですがシルフィードさんには、それなりの権力が委任されると思われます」
「後は、なんだかんだ実績のあるセリスちゃんもかな?」
アイリとユキの挙げたその二人は、中心的な存在として全体の意思決定を左右するだろうとハルも思う。
今までの対抗戦でも、自然と陣頭指揮を任されていたお嬢様達。セリスは、実質はミレイユの策による部分が大きいのだろうが。
「後は、本番に僕らのチームに誰が来るかだけだね。作戦会議とかする必要無いし、今は僕らは、まあ気楽だ」
「他の契約者の皆様は、忙しくなりそうですね!」
「残念だったわね? ソフィーちゃんが水着デートに誘ってくれそうだったのに」
「ソフィーちゃんだから、今からイベント準備に奔走するんだろうね。……あの子、来てくれると助かるねハル君」
能力が平坦化されるとはいえ、ゲーム操作慣れしたプレイヤーが来てくれれば何人分もの戦力になる。ソフィーのようなプレイヤーには是非入って貰いたいものだ。
しかし、それは当日の割り振りを待つしかない。ハル達は、開始前に出来ることに着手する事にするのだった。
◇
「さて、それじゃ僕らは、開始前にもう一度あの地下空洞に行っておこうか」
「……やはり、あそこは今回のイベント会場として準備されたのでしょうか?」
「公開されたマップとも重なるし、ほぼ確定と言って良いと思うよアイリちゃん」
「ミニチュアなのは、どういう事なのかしら?」
「当日は分身も、小さい物を使うんだろう。完全に密閉されてるから、比較対象が無い。会場も普通の大きさに見えるはずだよ」
あの謎の地下構造物は、やはりイベント用の物だと明らかになった。
<神眼>で読んでも何の変哲も無いただの壁なので、ハルでも読めない探査妨害がかけられているのかとも思ったが、本当にただの壁や床があるだけだったようだ。
「今から行って、爆弾でも仕掛けておく?」
「流石に当日には撤去されちゃうよ」
ユキの案は残念ながら不採用だが、方向性としてはハルの考えている事と同じだ。
プレイヤー能力が同じにされるならば、盤外戦術で上回るしかない。その為の仕込みをしておくに越したことはなかった。
「前回みたく、僕が想定してる以上に僕有利になれる土壌が、カナリーちゃんによって用意されてるだろうから。それを見つける事も契約者の務めだしね」
「素晴らしい考えですねー。素敵な部下を持って、私も幸せですよー」
「そういえば、カナちゃんって上司だったね」
「そうですよー? 偉いんですよー?」
そう言ってじゃれて来る上司の神様を、わしゃわしゃと撫で回す。気持ちよさそうなその姿は、上司の威厳ゼロだった。
今回の主催はマリンブルーだが、イベントの方針決定は七色神の合議によって決められている。当然、カナリーも自分が有利になるように口を挟んでいるだろう。
その意思を汲んで、上手く立ち回ってやらねばならない。
「あの場所を使うって事は、他の神には知らされてたの?」
「いいえー。ですが、例え自陣で開催しようと、それによる不正は出来ないように、きっちりと制限はかけられていますー」
「ふむ……」
「神界で開催では、いけなかったのでしょうか?」
「一応、実地で作ればギミックなんかは覗けないように隠せますからー。意味が無くはないですけどねー」
「他の目論見がある、という前提で考えた方が良いか……」
勿論、対抗戦において自陣有利に立ち回るという目的はあるだろう。
しかし、目的が直接の勝利に留まらず、別の意図が存在した場合、対抗戦にばかり目を向けていてはそれを見逃す事になりかねない。そちらにも、思考を割いておく必要がありそうだった。
だがそちらを気にしすぎれば、対抗戦がおろそかになる。今回は別に捨てても良い、とはならないのが負けず嫌いのハルだ。
「自陣で開催することにより、発生するエーテルを掠め取る、といった可能性は」
「無いですー。そこはもう、ガッチガチに念押しして制限してますー。イベント終了後は、一分も漏らさずに明け渡さないといけませんー」
「カナリー様の、優勝商品ですものね!」
「ですよー。当然ですねー?」
イベントでプレイヤーが集まる事で魔力が発生し、それが勝利したチームの神に配分される。プレイヤーの知らない、神々の事情だ。
その、神がイベントを開催する最大の理由である魔力を掠め取る目的で、自分の領土で開催を決めたのかとも思ったが、どうやらそれは出来ないようになっているようだ。
「とは言う物の、自領で開催するのは何かあると見ておいた方が良いよね」
「そうね? ミレイユの話によれば、あの国は何かキナ臭いらしいですものね?」
このタイミングだ、無関係では無いと考えてしまうのも自然だろう。
カナリーは何か知っているのかも知れないが、他の神の戦略について知り得た事は、『ハルに関係の深い事』かつ、『ハルが自力で辿り付いた事』しか教えてはいけないという制限がある。
カナリーの態度や、無言のサインなどからそれを読みつつ、慎重に行動していかなくてはならないだろう。
そうしてハル達は再び地下空洞に赴いて調査を重ねつつ、特別イベントの開催を待つのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/7/1)




