第180話 謎の地下空洞に謎の巨大施設を見た
岩の割れ目から、地下深くへと下って行く。本来は、水着などで来て良い場所ではないだろう。
だがそこは、魔法使いと、プレイヤー。体そのものが装備である。一応、アイリとハルは生身であるため、環境固定装置によるフィールドを体表に発生させてバリアにしている。
「ハル君、地下で迷ったらどーする?」
「<転移>で戻る」
「チート乙」
「しかし、毎回<転移>していたら効率が悪いわ? ハル、ルートは先に確保できて?」
「一応、レーダーでマップは構築してあるよ。逆探知がどれだけ効いてるか分からないから、あまり広範囲にはやってないけど」
だが少なくとも、この岩肌の裂け目が地下深くまで続いている事は確実だ。そこから地下水の流れに沿って、南下して行く。
「……やっぱりソナー的な物も使えたのか。ハル君、それって魔法?」
「いや科学。魔法でも出来なくはないんだけど。受信機である僕本人が自力で情報を処理しないとならないから、どうしても効率が悪い」
「効率で言うなら、この世界にはナノマシンが満ちてないんだから、それでもあっちより効率は悪いよね」
「そうね? 日本なら、エーテルネットから周囲状況を入手するだけで探査は済むわ」
「魔力ならば満ちて……、あ、ナノさんの方ですね!」
「そうだねアイリ」
情報を精査し作り出した地形データを、ゲームのマップ表示のように宙に浮かせる。これはそれをナノマシンによって投影したホログラフだ。
マップには現在地を示す光点が点灯し、進行方向へは光の矢印をAR表示のように指し示す。
暗い縦穴が、一瞬にしてゲームのダンジョンへと早変わりだ。
「おおー。さっすがハル君」
「ナノさん、凄いですね! 日本では、これ以上なのですか?」
「そうなるね。まあ、これ以上の情報が必要かと言われれば、特に必要は無いんだけど」
あちらなら、更に岩の構成情報や、環境情報なども詳細に取得可能だ。あればもちろん便利だが、無くても探索するには不自由は無い。
一応、脆く足場に適さない場所を自動で危険表示したり、水による滑りやすさ、有毒ガスの有無、危険生物や細菌の探査など、安全面も非常に充実しているが、今それらは探索者本人の身体能力でどうとでもなっている。
「こちらの世界には、ナノさんに暮らして貰わないのですか?」
「それはやっぱり、影響が読めない部分が多いしね。それに、維持して行くには、どうしても餌が足りない」
「ナノさんのごはん……、おやつのスティックなのです!」
「その通りだね」
あれは別におやつではないのだが、アイリにとってはおやつなので、特に訂正はしないハルだ。
代わり映えのしない、単調な行軍が続くので、雑談が多くなってきた。
外に流れる川のせせらぎは、もはや遠く、人間の耳では捉えられなくなっている。かと言って地下水脈まではまだ遠く、今はこの空洞にはハルたちの話し声が響くのみだった。
「確かに、専用の増殖設備が無ければ、散布したところですぐに死滅してしまうものね?」
「ハル君一人では国じゅうのエーテル増殖は流石にまかなえないか」
「きついね。自動化しようにも、魔法の自動発動には制限が多い」
「ハルさんのお国の施設を、魔法で持って来るのはどうでしょうか!」
「すると今度は、その施設を動かすための燃料はどうするのか? ……って事になるね」
「むつかしいです!」
「そこまでして散布する理由は、今のところ無いわね?」
自己増殖速度の高さが売りのナノマシン、エーテルではあるが、その実これらは増殖に必要とする材料には非常に大きな制限がある。
ナノマシンといえば、何でも貪欲に分解して自らの一部としてしまうイメージがあるが、エーテルはそうではない。ある単一の化合物を使ってしか、増殖できなくなっている。それが、ハルやアイリがいつも食べているおやつ、スティック状の栄養食だった。
「ナノさんも、普通の食事で増えられたら良いのですけどね」
「そうしたら、今度はアイリがおなか減っちゃうよ?」
「確かにそうなのです!」
そう、単純に言ってしまえば、それを防ぐための安全装置だ。常に人体と共存する存在であるが故に、人体に悪影響を及ぼさないように制限が施されている。
人間が摂った食事が全てエーテルの原料に使われていては、いくら食べても人体が栄養補給できない。果ては、人の体そのものを原料にして増殖をしかねないのだ。
「そういった攻撃的なナノマシンってあるのかな? ハル君知ってる?」
「あるよ」
「あるんだ! こわっ!」
「もう全てエーテルに駆逐されたけどね」
「…………エーテルが一世を風靡する以前は、そうした暗殺用と、その抗体の開発競争の時代も、ほんの少しあったみたいね」
「ルナちーも詳しいねー。それならエーテル様々だね」
「ナノさんは、敵に回ると恐ろしいのですね!」
実際、恐ろしい。例えばタンパク質を原料にして、無尽蔵に増え続ける設定のマシンがあったとすれば、地球上から動物が消え去るだろう。
鉱物なら地盤がスカスカになり、想像しにくいが空気ならば、あらゆる存在に致命的だ。
「この世界だと、防御手段が無いから致命的だよね? あ、でも、戦争を止めるとかに使えるか」
「そうだね、ユキも良いこと言う」
「だよね! 敵軍の兵糧を全部分解して前線維持できんくしたり!」
「やめんか! 恐ろしい!」
「相当数の、死者が出るのです……!」
「せめて金属を分解して装備破壊にしなさいな……」
発想がゲーマーのそれだった。戦略ゲームならば画期的な一手だろうが、現実にやったら地獄絵図だ。
そうしてナノマシンについての雑談を続けながら、ハル達は地下水の流れる川にまでたどり着いた。
*
「思ったよか流れが速いんだねぇ。ごうごう言ってる。もっと溜まったまま、池みたいになってるのかと思った」
「そうね? これではもう川だわ」
たどり着いた水脈は、かなり流れの速いものだった。地下空間に流れを反響させ、見た目以上の轟音を発している。
普通の人間が用意無く足を滑らせでもしたら、流れに身を浚われ、浮かび上がってくる事は適わないだろう。
「こういった流れの速い場所でも、ナノさんは住んでいるのですか?」
「うん。まあ、流されて行くだけだけどね。上流にも下流にも、同様に存在するから、流れの速さとはあまり関係ないかな?」
「すごいですー。ナノさんは、世界中に居るのですね!」
その急流を見ても、アイリは余裕の表情だ。先ほどから続く、ナノマシンについての質問を続ける。
彼女にとっては、例え流されてもどうという事は無い。溺れる事はありえないし、なんなら飛行してその場に留まる事も可能だ。
「しかし、こういった地下にも、誰かがナノさんを散布しに?」
「いや、そこは勝手に。……考えてみれば妙な話だね、人間の生活圏外のエーテルって。確実に餌不足になるよね?」
「疑問は最もだと思うけれど、そろそろこちらに着手しましょう?」
「そうでした!」
ルナに諭され、ハル達は目の前の急流に視線を集める。
幸いと言うべきか、目的地は下流側だ。分岐を間違えなければ、このまま流れに乗っているだけで到達できるだろう。
「多少流れが速いけど、人魚服の良いテストになると思えば」
「……多少ではないわ?」
「ハル君、人魚スーツってこのレベルの流れにも対応してるん?」
「平気なはずだよ? 尻尾を垂直にしてバタバタすれば、その場に留まるように水流が発生するはず」
「それって、これを打ち消すほどの流れを生み出してるという事よね? 凄いのね、これ……」
ルナが人魚服を着用し、恐る恐るといった感じで水に尾をつけている。ユキなどはその間にもう飛び込んで、言われた通りに動作を試していた。
ユキに手を引かれるように水中に入ったルナも、その場で尾を立てて前後に振る。すると魔道具
の機能により、その場に静止するように流れに逆らう水の魔法が発生する。
「本当ね? 大したこと無いと錯覚しそうになるわ?」
「でも尾っぽの動きを完全に止めちゃうと、すぐ流されちゃうねー」
ユキが流されて行っては、逆流して戻ってくる。楽しそうだが、少し緩急が付きすぎだろうか?
もう少し半自動制御というか、静止しても段階的に水流が調整されるようにした方がいいかも知れない。
そんな風に皆で改善案を出しながら、一行は地下の川くだりを楽しんでゆく。
「私とハル君だけだったら、絶対にレースしてたねこれは」
「でしょうね? 目に浮かぶわ? ユキ、今は手を離さないでね?」
「はいはーい。ルナちーにはちょっと急だよね、ここは。ハル君、後でまた来てレースしようぜー?」
「……良いけど、ここダンジョンじゃないんだから、その時は勢いつけ過ぎて周囲を破壊しないようにね」
「そうだった! 天然のダンジョンすぎて忘れてた! 全開で泳げないとなると、ちょっとなー」
「天然のモンスターも、出るのでしょうか!?」
出るかも知れない。人間の生活圏にはモンスターは設定されていないようだが、それ以外の場所ではダンジョンの外でも魔物が出現する事はある。
一応、ゲームの目的が『魔物の脅威から世界を救う』、だったはずだ。なのでフィールドでも、魔物は出る場所はある。
……モンスターも神が用意しているので、盛大な自作自演ではあるのだが、まあ、どのゲームであってもそういう物だろう。敵も運営が用意するのは当たり前だ。
NPCの行動を制限する、という役割もあるのだろう。
だがこの地下水路にはそうしたモンスターは設定されていないようで、敵と接触する事は無かった。
プレイヤーが来る事を想定していない場所なのだろう。それに、もし接敵したとしても、どちらかがすぐ流されてしまって終わりだろう。
そうして急流に乗り、ルナが慣れるに従って少しずつスピードを上げて行く。
速度が増すに従って、ユキやアイリは楽しそうにジャンプしたり、また潜ったり、泳ぎにアクションをつけてゆくので、ルナの手を引くのはハルが交代した。
ギルドホームの地下プール、あそこの川の流れも後で一部もっと速くしておこう。人魚服によって、アイリも流れの速いものが楽しそうだ。
そんな風にユキとアイリが先行しながら、ハル達は川を下り、目的の位置へと辿り着くのだった。
*
辿り着いた例の座標、その地下には、巨大な空間が広がっていた。
いや、正確には広がりを見せてはいない。自然のものであろう、ぽっかりと口を開けた地下の大空洞には、その内部をみっしりと埋めるように、隙間無く直方体の構造物が詰め込まれていた。
完全に無駄なくスペースを利用したその構造物。ハルたち四人が、内部に身を滑り込ませるだけでも圧迫感を感じる。
「……なんだろこれ。ハル君、分かりる?」
「分かりない。……分かる事と言えば、ダンジョンではないって事くらいかなあ」
「そだね。ダンジョンとして用意されたなら、もっと自然な環境を利用するよね」
「今までの傾向からもね」
水没した洞穴、山中の川に沈む都市、海中の砦、湖に浮かぶ遺跡。どれもその土地の景観を利用したダンジョンばかりだ。
もしここに同じ神がダンジョンを作るならば、この大空洞を利用して、地底遺跡か何かになりそうだった。
「だんじょんで無いとすれば、秘密基地、でしょうか?」
「だとすれば、乗り込むのは危険、かしらね?」
アイリとルナが慎重論を語る。ハルも同意見だ。マリンブルーが秘密裏に作り上げた施設ならば、侵入する事が敵対行為になりかねない。
……この場にアイリが居なければ、すぐにでも壁を破壊して侵入しようとしているユキと同調したのであろうけれど。
「ユキ、ステイ!」
「わんわん! ……今日は様子見、なのかなーやっぱり? ここまで来て、それは寂しいぞー」
「気持ちは分かるけどね」
「どうせ近づいた時点でバレてるって! なら中に入るのもおんなじ!」
「おんなじ、ではない」
家を外から眺めるのと、蹴破って中に踏み込むのは違うだろう。この地下空間が、既に私有地だとユキには反論されそうなので口には出さないハルだが。
「確かに収穫なしは寂しいですが……」
「こういった物がある、という事が分かっただけでも収穫でなくて? カナリーやセレステなら喜びそうな情報だわ?」
「でもなー、もっと分かりやすい結果が欲しいなー?」
「まあ、確かにね。それじゃ、偵察だけはして帰ろうか。<透視>で」
「なるほど! ……私持ってないや!」
ハル同様に<透視>を持っているルナ、ハルの視界を共有できるアイリと共に、内部を透視して探る。
<透視>が対応しているのは平面のみだが、このオブジェクトの外装は、おあつらえ向きのようにどこも平面だ。問題なく内部を見渡せる。
「うー……、仲間はずれだ……、私も<透視>取っちゃおうか」
「それなら、ハルから借りれば良いのではなくって?」
「そか! は、ハル君……、お願い、できる?」
「ユキさんがかわいいです!」
背の低いハルを見下ろしながら上目遣い、という高度なしぐさで、ユキがおねだりしてくる。
確かに良い案だ。<禅譲>によって、レアスキルも仲間内で使いまわせる。わざわざ高額の資金を投じて習得する必要もあるまい。
ハルは恥らうユキの手をそっと取って、<透視>スキルを受け渡す。
「……貸し出し料として、唇を要求するべきでは?」
「ちゅーでスキルを口移しですね! 素敵ですー……」
「ししししないよ、ちゅーは!」
「では、わたくしがします!」
謎の理屈により、アイリが唐突に唇を重ねてくる。そんなふたりから視線を逸らすように、ユキは勢いよく顔を背けて内部の観察に専念した。
「…………なんだろう、ミニチュア? これ、人間サイズじゃあないよね? でもやっぱりダンジョン?」
「ダンジョンというよりは、神界のような施設に感じられるわ?」
「……んっ。……水がありましたし、ぷーるでしょうか?」
「そうね? 水泳用の競技施設、かしら?」
「だがミニチュアだ。なんだろ?」
内部には、特に警戒に値するような装置やら何やらは置いていなかった。広々とした空間が広がっている。
だがユキの語るように、その構成はミニチュア感がある。通路のような物、扉のような物が多数存在しているが、そのどれもがハル達のサイズには合致しない。
かといって、小人が内部に居る訳でもなく、フィギュアを飾り付けてジオラマを作っている訳でもなく、ただ小さな施設が展開されているだけだった。
そんな予想外の中身に首をかしげつつ、ハルたちはしばらく、様々な角度から謎の施設を<透視>して回り、その日はお屋敷へと帰還するのだった。




