第1791話 第三の道もまた泥沼
ちょっと苦戦しておりまして、少し短いです。ハルさんではなく、作者が苦戦しております……。
「スラグを完全に消滅させるのは難しい。一度形を持ってしまったが最後、肉片一つでも残せばそこから完全に再生をしてしまうからね」
「……戦闘中にうるさいなこいつ。いや、待てスイレン。確か、スラグは依代としての形状を中の意識が『それ』と認識できなくなったら、ただの泥の塊に戻るんじゃなかったか?」
花は花と、動物は動物と認められない状態になったらそれ以上の再生は止まる。そこには個体差があるようだが、翡翠の花の場合は茎を手折られただけでその機能を消失していた。
なのでいくら不死身とはいえその再生には限度があるはず、と思いたいところだが、目の前のこの怪物を見ているとどうにもそんな期待はできそうにない。
「ハルくんは、このキメラがどこまでいったら『これ』と認識できなくなると思う? キミも見ただろう。そもそもこいつは、一度ぐちゃぐちゃの肉塊のようになっても依代としての機能を失わなかった」
「……まあ、分かってはいたけどね」
それでも、一縷の希望に賭けてみたかった。あえなく数秒で撃沈したが。
必死のハルたちの横で戦闘を傍観するスイレンから伝えられたのは勝利への希望ではなく無慈悲なる通告。
ただでさえ手に負えないこの巨体。それをもし何とか砕きすり潰して消滅させていったとしても、欠片でも残ればそこから再生してしまうという。
それこそ、文字通りに『肉片一つ残さない』完全消滅が求められているようだった。
「ボクでさえも、こいつをどこまで削れば依代としての価値を消失するのか分からない。いや、こうしてキメラとなった時点で、本当に一滴の血の染みからでも、再構築してきてしまうのかも知れない」
「なんて無責任なもの作ってくれてんの!?」
「だからこうして、頭を下げてキミたちに対処をお願いしに来たんじゃあないか」
その顔はニコニコと微笑みを浮かべ、まるで悪いとなど感じていなさそうだ。まあ、それは今さらなのでいいとして。
もし本当に彼の言うように、飛び散って地面の隙間にでも染み込んだ細胞の一片からでも回復をするとすれば、もう厄介などという話ではない。
勝敗が決してもその全てを見つけ出して始末するまでは、本当の意味での戦いは終わらない。
ただでさえそんな詳細なサーチが出来るかどうか定かではないというのに、相手は危険を感じたら好き勝手テレポートして逃げられるのだ。
いつかは虱潰しにその対処を完了できたとしても、それまでには膨大な時間を有してしまうのは必至。
その間、スラグに意識をインストールしたプレイヤーの安否は、どうなってしまうのか。
「キミは悠長に、そんなじっくりと時間を掛けてはいられないだろう? ハルくんは彼らを見捨てない。そうだろ?」
「……あまり、買いかぶってもらっても困る。あの病棟の子供たちにも言ったが、僕は困ってる人全てを救ってあげるヒーローじゃないんだ。見捨てる時は、平気で見捨てるよ」
「目の前に対処法があると言っているのに?」
「ああ。自己保身を優先させてもらう。元々自己犠牲は好きじゃあないんだ。甘い餌に釣られて、君の思惑通りになるのはごめんだよ」
「そんなに苦しそうな顔をしているのに。無理はよくないよ」
「無理させているのはお前だろうに……」
人質を取って銃を突き付けているようなものだ。いや、“銃を突き付けさせて”いるのだろうか。
確かに苦渋の決断にはなるが、それでも優先順位は間違えないようにしなくてはならない。そうハルは改めて決意する。
後に恨まれようと後ろ指をさされようと、自分の許容範囲は決して無限ではないと知らねばならない。
ハルは神様ではないのだ。全ての人間を全て救えるなどと、そんな傲慢になれはしない。自分と、アイリたちが最優先。そこは譲れなかった。
「ハル? スイレンのペースに飲まれているわ? 今はそんな不確定なことよりも、目の前の戦いに集中なさいな」
「そーそー。もしかしたら、殴ってたらそのうち再生しなくなるかも知れないじゃん?」
「あれですね! 無限かと思っていたら、ものすごい大きな数が設定されてただけなので、徹夜で戦い続ければ勝てるという!」
「開発者も想定してない勝利ってやつですねー。そこのスイレンもヘボそうなので、きっと想定してないでしょー」
「……なーんか、勝ったらバグって進行不能になりそうだねえ」
もちろん、スイレンがそんな想定をしていないとは思えない。しかし、女の子たちの軽口で焦っていた気持ちが少しは和らいでいくのをハルは感じていた。
そう、スイレンとて、何から何まで完全に手の内に置いているとは思えない。かつてのゲーム開発者の様々な想定外と同様に、必ず彼にも想定し損ねた要素がある。
その何かを見つければ、犠牲を出すでもなく、スイレンの思い通りになるでもない、全く別の冴えた一手が導き出せるかも知れない。
そしてその『何か』はハルが探すまでもなく、向こうの方から訪れることになるのだった。
*
「そもそも、僕が彼らのようにスラグに接続すれば事態を解決できるなんて、その根拠がないだろう。そう都合よくいくはずがない」
「そうですねー。そんな狙い通りの効果が得られるのならば、今の状況もあなたの制御を離れているはずがありませんー。制御不能なんですから、ハルさんが繋いでも結果の保証はないはずですよー?」
都市上空を高速で飛び回りながら、ハルたちは観戦するスイレンを問いただす。
そもそもの話、彼の狙いがまず不明瞭なのだ。確かに、『代償と引き換えにこの手を掴めば彼らを救える』などと嘯く様は神話の神様らしいとはいえるが、彼らも『神』とはいえど、もっと論理的な存在。
そんな、己にも理屈の分からぬ奇跡を振りかざせる存在ではないのだ。
「いいや、出来るよ。だってハルくんは、ハルくんだから」
「答えになってない……」
「会話苦手かっ、レン君!」
「管理ユニットだからって事ですかねー。だったら私にも、出来ますかねー?」
「だめだよカナリーちゃん」
「そうです! きっと、危ないのです!」
「いや。キミには無理さカナリー。だってキミは、ハルではないからね」
「本当に会話が不自由になっているわね……? この反応って、つまりは……」
「ああ、『言えない』って事だろうねルナ」
いかにも神様らしい、超越者ぶった曖昧な言い方。彼らがこうした持って回った言い回しをする時は、別に気取っている訳ではなく大抵口に出来ない理由があった。
嘘が付けない彼らが真実を誤魔化しているか、もしくは他の神との契約により口に出来ないのかどちらかだ。
今回はきっと後者、他の運営の仲間との約束に関わる部分なのだろう。
「んー。ほぼハルさんと同じになったといえる今の私でも違う部分というとー。エリクシルちゃんに関わることですかねー?」
「確かに! エリクシルさんは、なぜかハルさんだけにこだわっているのです!」
恐らくそうだ。このスラグもあのエリクシルの居る空間、エリクシルネットに深く関わる性質を持つ。
ならばスイレンの求める何かには、そのエリクシルがハルに求めるものと同じ、すなわち例のモノリスに対する親和性が関係しているということなのだろう。
「……活路が見えるどころか、余計にヤバい話になってきてないか?」
「私もそう思うわ……」
「まあー、何にせよ心当たりはあたってみますかねー? ハルさんは手を離せないのでー、アメジストー? やれますかー?」
「《さすがのわたくしでも、あの方とコンタクトを取ることは保証できませんわ? とはいえやれるだけは、やってみますけれども……》」
彼女に聞けば、スラグへの接続経路についても何か分かるかも知れない。教えてくれる保証もないが。
そんな細い希望の糸に、ハルたちが賭けようとしたその瞬間。不意に外部から、当のエリクシルの声が響いて来たのであった。
「《その必要はない。最初から我も、この場の状況は把握している》」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




