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第179話 人と人魚の便利な使い分け

 対抗戦であるらしい特別イベントの開催までは、まだ時間がある。正式には発表されてもいないのだ。発表され、その後さらに一週間以上の間が空くだろう。

 なので、その日はハル達は探索に赴くことは無く、まずは魔道具の開発をして過ごした。

 水中移動用の人魚型アイテムだ。と言っても、プレイヤーの体を変身させる訳ではない。ズボンのように履いて使う。形式としては、下半身用の防具になるだろう。


 それの実証試験も兼ねて、ハル達は皆で藍の国の地下水脈に潜ることにした。


「おー、結構しっぽ長いんだね。あ、履いたまま立てるんだ」

「流石にちょっと不恰好だけどね。完全に水中専用だと不便かなって」


 ユキが人魚の尾を試着して、その場で立って飛び跳ねている。すらりと長いユキの脚よりも、更に一回り長い作りだ。

 こうして試着も出来なければ不自由が多いので、着用したまま立てる作りとした。

 とはいえあまり格好が良いものでは無いのでオススメはしない。慣れればしゅるしゅると、蛇のように陸上でも移動できたりするのだが、もっとオススメしない。


「私は立てないようにすべきだと主張したのだけれど。試着するたび全員がその場でぺたんとするのもどうかと……、といちおう納得したわ」

「その代わり、わたくし達の物は立てないのです!」


 アイリが、昨夜お遊びで使った、形だけの人魚服を取り出す。これは足の長さにぴったりとフィットして、その身を綺麗に見せる事だけを重視したものだ。

 こちらの方が、デザイン的には優秀だ。


 ルナやアイリは実用性よりも見た目の重視を主張したが、今ユキが着ている物は冒険用の装備として開発したものである。

 完全に水中しかないダンジョンならば良いが、実際は多少の陸地と行き来するような場所も多い。そのたびに装備変更をしていては、操作にストレスが大きくなってしまうだろう。

 一応、それでも構わないという見た目重視の者に向けて、不便な方も販売することにしようか。まだ考えるべき点は多そうだった。


 ルナがその人魚服を、実際に着ているようだった。履き終わると立っては居られず、その場にぺたん、と座り込む。くの字に曲げられた足の、いや尾のラインが艶かしく、女性らしさを演出していた。


「あ、ほんとだ。人魚座りルナちーかわいい!」

「アイリちゃんは、もっと可愛かったわ?」

「丘に上がって動けなくなった二人の人魚は、王子様(ハルさん)にお持ち帰りされてしまうのです!」

「そのまま強引に嫁にされてハッピーエンドね」

「……こっちではそんな話なの?」


 多分違うと思う。彼女たちのプレイの設定だ。


「……人と人魚の子供は、どうなるのかしら?」

「ハーフ人魚だ! ……ん? 魚成分が、四分のいち?」

「ルナさん、ユキさんも! その先は、考えないほうがいいのです!」


 なかなか愉快な結果になりそうだ。アイリの言うとおり、考えない方がいいだろう。





 そうして四人はいったん人魚装備を解除して、謎の地下施設上空へとやってきていた。

 相変わらず、地上の見た目は特に変哲のない平野が広がっているだけだ。少しばかり、大きな岩が多い気がするくらいだろうか。


「この地下に、それがあると?」

「うん。ルナ、何か感じる?」

「……難しいわ。感じるかと言われれば、そうも思えてくるけれど。アイリちゃんは、どうかしら?」

「わたくしも駄目ですね。恐らくは、わたくし達NPC(えぬぴーしー)に存在を察知されぬよう、対策が施されているのだと思います」

「なるほどー。神様の秘密基地だもんね。私の目には、ハッキリ見えるんだけど」

「ハル、そのスキル、私にもよこしなさい?」

「そうだね。おいでルナ」


 ルナが<飛行>でハルの元に寄って来て、さりげなく腕の中に収まる。そのまま胸に頬を当て、手を滑らせる。

 ハルも彼女を抱き寄せるように胸に深く引き込み、彼女の髪に指を通す。そうしていちゃつきながら、スキルの移譲は完了した。


「ルナちー大胆ー」

「ユキも次の受け渡しの時は、真似して良いわ?」

「それは無理、です……」

「わたくしもやりたいです!」


 <精霊眼>の受け渡しが済んだルナと入れ替わりで、今度はアイリがぴょーんと胸に飛び込んできた。

 彼女には、ゲームスキルを譲渡する事はさすがに不可能なので、ハルの<神眼>の視界を二人で共有して、全員で地下施設を透視することになる。


「……これが魔力視なのね。確かにこれが見えるのは大違いだわ?」

「ルナは魔力を結構、肌で感じられるんだったよね」

「ええ、その感じていたものがこれだった、と視覚化できるのは大きいわね」

「人の認識というのは視覚に依存する部分が大きいうんぬん、ってハル君が言ってた」


 その地下施設は、大まかには直方体で構成されているようで、明らかな人工物を思わせた。

 地下ダンジョンだとしても、先の洞穴のような自然を模した物ではない事は明らからしい。ただそれゆえに、入り口も自然の入り口は期待できないということだが。


「……地表には魔力の痕跡は見当たりません。人工的な入り口があるにせよ、この地上の何処かに隠されて存在する、という事は無さそうです」


 ハルの<神眼>を共有したアイリがそう結論付ける。ハルも同意見だ。他の、魔力視スキルを得た二人も同様であるようだった。


「じゃあやっぱり、地下水脈か何かを探して潜ることになるけど」

「……それよりも、このまま<地魔法>で直下に掘り進んで、たどり着けば良いのではなくて?」

「ハル君は穏便に行きたいんだってー。私もそう言ったんだけど却下されちった」

「……ユキのは、地表まるごと吹き飛ばそう作戦だったでしょ?」

「穏便とは! 程遠いのです!」


 てへ、といった感じでユキが軽く舌を出す。

 建前は重要だ。まあ、神にどこまで通用するかという事は棚上げするとして。

 最初から強引に進入する目的で直接掘り進んで行くよりも、地下水路の探索をしていたら、偶然に施設を発見したといった流れの方が言い訳が付く。

 それに、今回は人魚服の性能テストも兼ねている。出来れば水に入りたい。

 地下水路が無い場合は、直下掘りもやむなしだが。


「問題はそんな地下水が都合よく流れているかだけど。黒曜」

「《はい、ハル様。地質的に、その可能性は十分あるかと》」

「ふむ。それで、どのあたりから進入できそう?」

「《ここから少し北西に見える、探索済みのダンジョン、あの地が適当かと思われます。強引に川を束ねた折に、どこかに綻びが生じているかと》」

「隠しステージだ!」


 ダンジョンが入り口と聞いて、ユキがにわかに興奮する。

 隠された入り口が、別のダンジョンに通じている、といった展開は古今東西それなりに多い。


 ハル達はそうして、一路、川に埋もれた山中の都市へと<飛行>していった。





 そのダンジョンは天然の川を利用し、自然観と水の溢れる風景を作り出した、雰囲気の良い場所だった。

 かつて栄えたであろう都市は川に侵食され、人で溢れていたであろう通りは、そのまま水が溢れる水路となっている。

 川の深さはハルの股下が少し出る程度。深すぎるということは無いが、流れに足を取られ、非常に移動しづらい環境となっていた。


 当然、これだけの量の水をまかなうには、自然に一本の川を引き込んだだけではまるで足りない。

 山の地形にも神が手を加え、複数の川を束ねて纏め上げて、初めてこの風景が作り出せるようだった。


「ファンタジー風景を作るにも、苦労があるんだね」

「本当ですね! あちらの方などは水が足りないようで、魔法で湧き水を作って補っているようです!」

「そこの夫婦? 舞台裏を暴くのは、その辺でおやめなさい?」

「製作者のひとが泣くぞー」


 そんな細かい事は気にせず、ゲームを素直に楽しめと言われてしまうだろう。

 作り方を解析するのが性分であるハルと、それが移った妻のアイリの悪い癖だ。


「ですが今回は、その舞台裏にお邪魔しなくてはなりません!」

「確かにそうね? あるとすれば何処かしら?」

「多分ダンジョンの外になるんじゃないかなー。ダンジョン内は、流石にきっちり整備してあるよきっと」


 ユキの言葉にハルも賛成だ。プレイヤーが目にする部分、足を踏み入れる部分は、ほころびなくキッチリと作り上げているだろうと思われる。

 先ほどアイリが見つけた水の補充経路もその一環だろう。自然の水である以上、季節や環境の変化でどうしても増減する。それを一定に保つための設備に違いない。


「でもどうして、全てを魔法で作っちゃわなかったんだろうね? その方が楽なんでしょ?」


 ユキが、不思議そうに問いかけてくる。当然、その方が楽だろう。

 自然の変化に合わせ、逐一その見た目を適切に調整する、その作業は面倒極まりないだろう。

 だがそれ故に、得られる効果もある。


「僕みたいに、CG、この場合は魔法グラフィックかな? それに見飽きた人には良いアプローチだと思うよ。ここの景色は他のダンジョンには無い味わいがある」

「そうなのね? ……こういった、木の葉がたまに流れてきたりと、その辺りかしら」

「確かに少し、俗っぽいですね!」

「あはは、アイリちゃんにとってはそうなるのかぁ」


 逆に見れば、清浄で混じりけの無い、神聖な雰囲気が損なわれているとも言えよう。アイリの感想も最もだ。

 一歩間違えればアクセントに留まらず、泥のような汚れや、多すぎてゴミと貸した落ち葉などが景観を阻害してしまうだろう。


 だが今は、深緑の木々がうっそうとざわめき、水の流れと共にこの夏に涼しさを感じさせてくれる、その雰囲気の良さをハルは堪能するのだった。


「秋になれば、紅葉が水面みなもを埋めるのかしら?」

「どうなんだろうね。ここの木の種類、詳しくないから、何とも」

「秋に、また来てみましょう! ピクニックです!」

「いいねーアイリちゃん。地面があまり無いけどねここ」

「うかつでした! お弁当が食べられません!」


 そうして少しの間ハル達は、モンスターが出て来ない場所を選んで、この川中の遺跡の風情を味わっていった。





 水の上に浮かぶテーブルを作り出して、水上のお茶会に興じたり、自然の川から紛れてきた魚を捕ったりと、つい遊んで長居してしまったが、目的はこのダンジョンで遊ぶ事ではない。

 そろそろ本題に戻らなければならない。


「でも遊んでるうちに収穫はあったね。この人魚足、こう浅い川だと少し動きにくい。要改良だね」

「シタバタと不恰好になるわね? やはり、立つ事は諦めてもっとフィットさせた方が良いのではないかしら?」

「最初のトコが完全に潜水だったから、そこ基準で考えちゃったねー」


 浅瀬を流れながら遊んでいると、人魚服の改良点がいくつか見えてきた。商品化の前に、色々と調整するべきだろう。


「アイリちゃんのはちょっと変わってるね。私らのよりスマートだ」

「これはドレスと同じ、ぱわーどすーつなのです! わたくし、魔道具の“装備”が出来ませんから」

「特注ね? 私達のような不恰好さも無いわ」


 アイリの人魚服は、彼女の語る通りパワードスーツとして作られている。ドレスと同じように結晶体の集合で、柔軟にその形を変え、高機能を発揮する。これはハルの頭脳とリンクし、水流を読む機能も搭載している優れものだ。


「更に変形もするのです!」


 アイリが水から上がり、岩場へと登ろうとする。すると人魚の尾をかたどっていたスーツは先端から傘が開くように、ぱらり、と分かれ広がってゆく。そして即座にスカートへと形を変えるのだった。

 人魚のウロコはフリルに変わる装飾となり、キラキラと光を反射し王女様を豪華に彩っている。

 今は上が水着なので、少しアンバランスだろうか。上にも一枚羽織るか、いっそスカートも前を開けてしまってもいいだろう。


 変形機能を披露できて、アイリもご満悦のようだ。岩場の上で、腰に手を当てて得意顔だった。


「おー! かっこいいねアイリちゃん! ハル君、私もあれ欲しい」

「……ハル? 商品にも、この機能は付けられないの?」

「言われるんじゃないかと思った……」


 科学だから簡単に搭載できた機能であって、魔道具でもって変形機能を搭載するには、ハルにはまだ研究ちしきが足りなかった。

 だが、ルナとユキの反応を見るに、その仕上がりには雲泥の差があると言えよう。課題点を改善すると同時に、どうにか実装できれば評価も一層高まるだろう。


「ただ、ここでもやっぱり男性用がネックだね。もし変形が出来たとしても……」

「そうね。……スカート、ですものね?」

「ズボンに変形だと、工程増えるからまた難易度が上がっちゃうよねぇ」

「ズボンの上から、人魚すれば良いのです!」


 そうして人魚服の性能を確かめつつ、改善案を模索しながら、ハル達は川を遡って行く。

 そうしてダンジョンの範囲を離れて探索を続けて行くと、地下へと続いているらしい、岩の割れ目が口を開けた空間を発見するのだった。

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