第1789話 倉庫整理と守護天使
黒いドラゴンに乗りハルたちの救援に駆けつけたソウシ。やはり口ではなんだかんだ言っておきながら、面倒見の良いツンデレである。
……などと口に出してはいけない。今は、彼をからかって話をこじらせている場合ではなかった。
「このデカブツ、テレポートするにしてもその巨体を収めるぶんのスペースが必要だろう。そこが欠点だな」
「つまり障害物となる、ピンを刺す気なんだねソウシ君は」
「ふんっ。理解しているのか。まあ、説明の手間が省けて結構なことだがな」
どうやら、自分で解説したかったようである。
微笑ましくはあるが、今は出来ればすぐにでも行動に移って欲しいハルだ。申し訳ないが先回りさせてもらった。
さて、そんな活躍したくてウキウキのソウシが何をしようとしているかといえば、空中に障害物を設置するつもりだ。
多数のスラグが融合し、形容しがたい巨大な複数生物の寄り集まった肉の塊。しかしそれはその分の収容サイズの肥大化を意味する。
要は強いぶん、そのコストが大きさとして表れている状態だ。バッグに収納するとしたら、その分の大きな空きスペースを要求してくる。
その詰め込むためのバッグに相当するのが都市の上に広がる空。その大容量は、この無駄に大きなモンスターも軽々収める。
しかし、そのバッグの中に、既に別のアイテムが配置されていたらどうだろうか。しかも整理されず乱雑に。
例えば5×5のスペースを必要とするユニットは、周囲5マス以内に1マスでも別のアイテムがある事を許さないのだ。
「つまり、倉庫整理とかバッグ整理ゲーにおいて、ソウシ君は敵の収納にお邪魔アイテムを送り込むような力が使えるっていう訳さ」
「うわっ! ソウ氏極悪すぎん!?」
「なんという、恐ろしいことを考えるのでしょうか! そんな事をされては、わたくしも思わず叫び出してしまいそうなのです!」
「被害者から運営にクレームの嵐ですねー。ソウシを下方修正しろって文句が止まりませんよー?」
「なんだ……、この酷い言われようは……? オレは一応、救援に来たんだが……?」
「すまないソウシ君。まあ、敵に回すと、それだけ厄介な能力ということさ」
これは、その手の整頓ゲームを遊んだ事がないとイメージしづらいかも知れない。
ゲーム以外で例えると、『広い家だが柱が多い』といった所だろうか? 家具の配置が思うようにいかず、なんとなくイライラする。
さて、そんな『柱』をソウシがどのように配置するかといえば、もちろん彼のスラグの能力だ。
邪悪な見た目のドラゴンが吐くブレスはスラグの再生さえも封じる程の強力な固定能力を持っている。
それを今度は敵の身ではなく、空間そのものを対象に発動した。
空を往く竜から勢いよく放たれた炎のブレス。その炎は軌跡に沿って空間それ自体を焦がし固定し、空中に楔のごとく一本の『柱』を差し込んだ。
続けて二本、三本と差し込まれて行く柱の数々。
それは倉庫整理を邪魔する障害物となり、超大型スラグはその柱の間にはテレポートして来れなくなるのであった。
「おおー! すごいすごいソウシ! あのでぶ、太りすぎて私たちの国に入って来れなくなった! あはははは! いいきみー」
「ふはははは! そうとも! ぶくぶくと肥え太った愚鈍な豚め! 飽食の代償をしかとその身で思い知るがいい!」
「貴方……、食品メーカーの人でしょうに……」
なにか自分の会社に思うところでもあるのだろうか? 時おり、こうした発言が飛び出す危ないソウシなのだった。
それはさておき、敵はソウシの打ち込んだ杭に邪魔され、無作為すぎる転移行動を禁止される。
さすがに都市の全てを封鎖しきる事は出来なかったが、それでも移動可能範囲を絞れただけでもかなりの成果だ。ハルたちだけでもなんとかカバー出来るようになってきた。
「残った所は、私の<次元斬撃>の出番だね! あいつら空間斬っちゃうと、かなりの攻撃が不発になるみたいだし! 切れてる間はテレポして来ないしね!」
「おい! 調子に乗ってオレの刻んだ空間の焼け跡まで切るなよお前は! お前のそれに切られると維持できなくなるんだからなっ!」
「うんっ! 気を付ける!」
「本当だろうな……」
「それより、もっといっぱい焦げ目付けた方が良いんじゃないのかな! あいつら体の形ぐねぐねだし、ぐにゃって細くなって入って来れちゃうかも!」
「おー! 猫だねこ! 細い隙間に入り込む猫みたいだ! おもしろーい!」
確かにスラグは疑似細胞の塊である性質上、そうした体型変化を自在に行える性質を持つ。スライムのようなものだ。
整理ゲームでいえば、『く』の字や『コ』の字のような細長く複雑な形状に変化できるようなもの。形がぴったり合えば、便利である。
ただ、今は暴走状態のようなもので、少なくとも先ほどまではそのような器用な真似は出来なかった。
しかし先ほどからどうやら、その状態も微妙に変化が生じているらしい。
「……安定してきているね。さっきから、形状の“暴れ”が収まってきている」
「つまりソフィーちゃんの言うように、杭を避けて転移するような形にもなれるということかしら?」
「いや、まだそこまで心配する程じゃないよルナ。でも、少しずつ自由に形状変化できるようになってるのは確かだ」
「まー気にすることないんじゃん? 転移前に変に形変えたら、どこのパズルの穴に合わせようとしてるか分かるし」
「どーせなら嵌ったらそのまま動けなくなればいいですのにー」
とはいえ、そうして対策されてしまったらまた振り出しに近づいてしまう。
様々なスラグが顔を出しては消えていた敵の身はいつの間にか、出て来たスラグが安定してその位置に留まるようになってきていた。
これも、プレイヤーが内部に直接アクセスしている事が有利に働いているのだろう。
「ねえお兄さん! そうなる前にここで、一気にケリつけちゃおう! カタパルトはっしん、準備ヨシ! だよ!」
「そうだね。『中のひと』達の意識は朦朧としてるしねヨイヤミちゃん。まあ、ソウシ君は居るけど、いいか……」
「他言無用だぞ! ソウシ! 言ったらひどいからな!」
「……今さらすぎる。喋れる訳がないだろうお前らの事情など。というか! 年上に何だその口のきき方は!」
「でもソウシだってそうしてるじゃん!」
「確かにその通りだが!」
そんなヨイヤミと同レベルの言い争いをしてしまうソウシは放置し、ハルは猫王国に隠したある物の使用を決心する。
空間の歪みが街の中心部より大きく広がり、裏世界からこちらへと、巨大な物体がその姿を現した。
*
「ルシファーはっしん! ばびゅーん! ごーごー!」
白く美しい、巨大な天使のシルエットが歪みの内側から姿を現す。さすがにもう、出し惜しみしている場合ではない。
ハルたちの切り札である天使型決戦兵器。今まではエーテルの製造プラント兼、ヨイヤミの猫たちのビームエネルギー供給源としてのみ活躍していたこの機体だが、満を持してここで“表舞台”へとその姿を見せる。
ハルたちはその内部へと搭乗すると、超巨大スラグを一気に殲滅せんとその身を上空へ飛翔させる。
「続いて追加兵装を、合体なのです! これを使って、翡翠様の樹を倒した時のようにやってしまいましょう!」
「よっしゃ! 操縦はまかせろ! まーアレよか小っちゃいし、余裕っしょ!」
かつて、このスラグ複合体よりも巨大な翡翠の怪樹でさえも撃破した実績を持つルシファー。
その際に用いた黒い三種の神器、大剣と光輪、そして翼より伸びる無数のケーブルも装備して、ルシファーは一気に勝負を決めんと接敵する。
その邪悪なイメージの追加された凶悪な天使の接近に、敵もさすがに警戒したか転移を繰り返し距離を取る。
しかしソウシの刻んだ杭によりその転移位置は制限され、すぐにハルにテレポート先へと先回りされた。
「……この馬鹿でかいスラグが転移で跳び回るのは未だに慣れないけど、まあ大きいだけに読みやすい」
「はい! 捕まえました! ケーブル撃ち込んでしまえば、どうやら逃げられないようなのです!」
「ユキさんー、やっちゃってくださいー」
「おうさ! お前もあの木のように、爆裂させてやるー!」
無数の棘の生えた邪悪な見た目の大剣。それをユキの操縦するルシファーは振り回し、敵スラグを切り刻んでいく。
この大きさだ、適当に切るだけで簡単に命中し、その内部へと剣の持つ効力が浸透していった。
「スラグ毒を食らえ!」
その力は毒のように、あるいはコンピュータウィルスのように疑似細胞の命令系統を狂わせて、過剰な再生を傷口に引き起こす。
それはまるで傷が爆発するかのようで、再生はしていれども正常な修復が出来なくなる『バグ』を誘発させる攻撃だった。
「……食らってない! なんで!?」
「ダメージは与えているようだけれど、以前のように暴走はしないわね?」
「それは当然さ。だって彼らは、元々暴走状態のようなものだからね。この上更に暴走させるなんて、不可能なこと」
「お前も何で居るんだよ!」
「は、背後霊というやつでしょうか! これが!」
いつの間にかコックピット内にまで付いてきていた解説役のスイレン。彼が語るように、元々過剰再生していたスラグを、更に過剰再生させる攻撃は、どうやら失敗に終わったようだった。




