第1787話 進化する力と変質する精神
ハル自身も最初から、疑ってかかってはいた。
スイレンがなんの裏もなく、完全に本心からあの時語った内容のみでハルの支配下に下った訳ではないだろうということを。
いや、あれも嘘ではないのだろう。日本の発展の為に、スラグをあちらへ送りたいという思想それ自体も。
しかし、その裏に彼はもう一つの理由を隠し、この機を待っていた。
言わなかったのは『聞かれなかったから』、いや、『聞かれたが契約上答えられなかったから』。
この事態を計画していたのは彼ではないので、『他には何も企んではいない』といった言葉も嘘にはならない。
「……なんともまあ、周到なことで。他のメンバーの目的すら己の計画のため、ギミックに組み込むか」
「ボクが計画したら、キミたちに話さなくちゃいけないからね」
「ちなみにこれでも悪意はないと」
「そうだよ。全て、ボクの善意により生まれた行動だ。言ったよね、最初から『ハル派だ』と。セフィ君が嫌いな訳じゃないけどさ?」
「言ってたね……」
「もちろん、キミの望むところではないだろう事は分かっているよ。時に臣下として、王を正しい道へと導くこともボクらの役目だと、そう考えているよ。ボクらはね」
「王ねえ……」
それこそ本人が王子様のような見た目をしておいて、彼はハルをそう呼ぶ。
このあたりの反応は、セレステと近いものがあるようだ。セレステもまた、ハルの剣を自称しハルの忠実な配下であらんとしている部分があった。
……いや、忠実かどうかは、そこそこ議論の余地があるかも知れないが。
ともかく、そんなセレステの態度を、あのハロウィンのお祭りの際にリコリスからも一度忠告されている。
支配を受けた身でありながら、『ハルのため』という理由ならばハルの不利益となる行動も可能になってしまう可能性を警戒すべきと。
その通りの内容が、しかし当のセレステではなくスイレンによって現実になったのがこの状況であるといえるだろう。
「翡翠?」
「《ひゃいっ!》」
「君は知ってたの、と、いう問いは愚問か。君もこのプレイヤーに危険が及ぶ計画を知っていて、それで放置していたのはどうしてだい?」
「《えっ、はいっ。知ってましたっ。でも、そんなに問題でしたでしょうかっ! 別に特に、構わないかなって!》」
「あっ、うん……、そういえば君そういうタイプだったよね……」
割と神の中では人間の事を軽んじるというか、マッドサイエンティストタイプの翡翠なのだった。さすがはマリーゴールドと仲がいいだけはある。
「アレキは? 駄目だろ責任もって反対しないと」
「《ってオレに責任が来んの!? いやそんな事言ったってさぁハル兄ちゃん。責任っていうなら自己責任じゃないそれこそさぁ。こんな怪しいゲームに自ら参加すんだから》」
「まあそれはそう」
「ハル……、納得しちゃあ駄目でしょう……?」
「《人間的な革新を望む者だけが参加するゲームだぜ? 何も知らない奴をムリヤリ実験台にしてる訳じゃないし。命に別状はないしさ?》」
「そういうとこ神だよねえ君たち……」
まあ、そんな極端な思想を持つ神々が集まったからこそ、こんな怪しいゲームが今まさに開催されているともいえる。
なのでそもそも、スイレンがこの事態を事前に止めていない事を誰も不自然に思わなかったかも知れないという訳だ。
「……なんだか、過去一ヤバいメンバーで構成されてる気がするこのゲーム運営」
「今さらだぜハル君」
「ですよー。そうじゃなきゃ最初からこんな拉致まがいの秘密の計画なんか実行しませんー」
確かにこの誘いに乗って参加してきた匣船家の者がどうなろうが、事態は表沙汰になることはないだろう。そもそも彼らが裏の人間。
しかし、だからといってそれで『良し』と計画を推し進めてしまうのは、全体的にネジの外れた面々で構成されているのは間違いないだろう。
「いやいや。それでもこれは『最悪の結果』であり、最初からこれを狙っていた者がいる訳じゃないよ。そこは少し、誤解があるようだ」
「す、スイレン様が、狙っていたのではないのでしょうか……!?」
「ボクが狙っていたのは、ハルくんがこれを止めることさ。つまり良識があるし、理性がある。だからボクは、今ここに居る」
「な、なるほど……!?」
「騙されちゃダメだよアイリ。犯罪者の理屈、しかもサイコパスのそれだ」
「神々の考えは、やはりわたくしには及びもつかないのです!」
まあ、いってしまえばただの屁理屈なのだが。
そんな、普通の人間とは少々異なる思考回路を持つ彼らと、今後もずっと付き合っていかなければならない。今さらこの程度で、頭を抱えてはいられないだろう。
「……迂遠な計画ご苦労なことで、それを狙い通りに誘導した手腕は見事だけど。ただスイレン、そう狙い通りにいくかな?」
「なにか、ボクに詰めの甘い所でもあったかな?」
「ああ。だって結局、こいつを倒してしまえばお前の計画は破綻するんだろう?」
「うんうん! このままだと私たちが負けると思われているのは、シャクだよね!」
話の終わりをずっと待っていたのか、活躍の気配を感じ取りソフィーが元気よく剣を握り直す。
そう、結局このスラグ複合体を倒してしまえば、スイレンの誘いに乗るも乗らないもないのである。
現状の戦力ではどうにもならないなどと、舐められたもの。翡翠の超巨大怪樹のほうが、現状まだ強敵だった。
「という訳でこのまま倒すよ、こいつを」
「ハルさん! 遠慮なくぶった切っても、いーい!?」
「仕方がないね。人命がかかってる。少々大地が荒れるくらいは目を瞑ろう。ただし街は壊さないように」
「うん!!」
ソフィーの<次元斬撃>の前では、スラグに守られた樹の家も一切の防御が通用しない。そこだけは、注意してもらわねば。
逆にいえば、そこだけ注意しておけば、ハルたちもそこそこ無茶できる。
変な話だがこの本土決戦こそ、ハルたちが遠慮なく全力で戦える舞台なのだ。敵はそのフィールドに引き込まれた。
だが、そんな勝利を疑わないハルたちの態度に、しかしスイレンも余裕の態度を崩さない。
現状の戦力では、目の前のスラグは決して倒せないと、そう言いたげな彼だった。
「果たして、そうそうキミの思い通りにいくかな? 強いよ、彼らは」
「そっちこそ、何でも思い通りにいくとは思わないことだ。強いよ、僕らは」
さて、プレイヤーが意識を直接インストールすることで、スラグにどこまで変化が出るというのだろうか。
自信満々に宣言してみたものの、内心不安は尽きないハルなのだった。
*
「《意識が、落ちる……、いや落ちない……、なんだこの感覚……》」
「《頭が、痛い! アラートは、くそっ、ログアウトは……!》」
「《ひかりが、ひとつ、ふたつ、よっつとはんぶん》」
「《……っ! …………っ》」
「《…………うぅ?》」
「《あはははははは! たのしぃねぇ!》」
程度の差こそあれど、既に接続したプレイヤーの精神は徐々に異常をきたし始めたようである。
ティティーの時もあった、精神の融合以前の危険状態。スキルの拡張のために、意識に常時高い負荷がかかる。
酩酊状態となり自己があやふやとなったティティーとは微妙に異なるようだが、例外なく彼らの精神は異常をきたしはじめたようだった。
エリクシルネットとあまりに深く繋がりすぎた弊害。人間個人の精神の処理能力、それをはるかに超えている。
「融合うんぬんじゃなく、これがそもそも危険だ! 何でこうなってる!」
「キミを倒すための力を求めたからさ。こうなるのは、必然だよ」
「解説になってない解説どうも!」
彼らはその超能力をエリクシルネットに処理を肩代わりさせることにより強化し、スキルとして成長させてきた。
それでも足りない溝を短時間で埋めようというのだ。一気に高負荷を生ずるのは必然ということだろう。
「……とはいえ、悪い事ばかりじゃない。意識が混濁するということは、戦闘中の記憶も曖昧になるということだ」
「おー! お酒飲ませて、お持ち帰りだね!」
「お持ち帰りはしないよ。というか何言ってるのヨイヤミちゃん」
「あの学園本当に大丈夫かしら……」
まあ、ヨイヤミの知識はなにも学園内だけで得たものではない。あの中に居ながら、彼女は時おりネットにも接続出来ていた強者だ。
そして今は、そんな事にツッコんでいる暇はないのであった。
「それよりヨイヤミちゃん。扉を開く準備だ。目いっぱい行くよ」
「ほーい! 猫ビームだね! よーし、気合入れろ、でかいねこ!」
「《ぶみゃみゃあおっ!》」
ヨイヤミと彼女のケットシーにより、この地と重なり合った裏世界へと繋がる空間の歪みが開いてゆく。
そこから覗き込む無数の瞳。それは、彼女の猫王国の住民たち。
目だけが空間の向こうにキラリと光る、ある種不気味で幻想的な光景。その瞳一つ一つから、一斉に高出力のビーム攻撃が放たれた。
「くらえー! 猫ビームっ!」
そんな猫たちの背後に潜むのは、ハルたちの切り札ルシファーの存在。その機体により増幅された力を収束し、猫たちの目から一斉に照射される攻撃に逃げ場はない。
「って! あれぇ!」
しかし、全方位から放たれたはずの回避不能の攻撃、その焦点からは、敵の巨体は一瞬で消え去っていた。
高速移動ではない。そもそも何処にも逃げ場はない。
巨体が丸ごと<転移>したようにしか見えない逃げ方で、敵は何処かへと姿を消して回避したのであった。




