第1772話 歩兵が何故か空中戦をするお約束のあれ
カナリーのエーテル制御により、地中に仕込まれたナノマシンが活性化し敵スラグに牙を剥く。
液状化し操られた足元の土が、林のように増殖した細い植物上のスラグに絡みつき、その身を這いあがり始めた。
植物スラグにとって、その攻撃はただ縄のようにその身を締め付けられるだけではない。根を張った地面それ自体が敵になるのだから、当然その姿勢を保っていられなくなる。
「このまま地の底に沈めてやりますよー」
もちろん、敵もただ絡みついて来る泥に成すがままにされている訳ではない。
周囲の物体を侵食し、その身の一部としてしまう特性を持つスラグは、地面その物が敵となったとしても通常の植物のように手詰まりとはならない。
体表から逆に侵食し、敵の身を食い取ってしまえばそれで済むのだが、残念ながら今回はそのようにはいかなかった。
「吸い取って栄養にしようとしているみたいですけどねー。残念ながら、“先約”済みですよー?」
「それどころか逆に、カナリー様が食べてしまうのです!」
「私は生の木なんて食べませんけどねー。あー、樹液を出す木なら、考えなくもないですかねー?」
「それでも生はやめておこうねカナリーちゃん」
既に支配権が先約済み、この場の土は今ある種の所有権を付与された状態だ。
カナリーによってエーテル制御された土は、敵の捕食を防ぎ抵抗している。通常のように自由に、分解再構築は出来ない。
いってしまえば、ナノマシン同士の戦いだ。疑似細胞の塊であるスラグもまた、全身がナノマシンで構築されているようなもの。
別種のナノマシンであるエーテルに操られた土を侵食するには、まずはそのセキュリティを破らなくてはならないのだ。
「これは、単に処理が一工程増えるといった以上の意味がある。神による制御ならいざ知らず、プレイヤー操作ではね?」
「カナリーのセキュリティを、破れる訳がないということね?」
その通りだ。いうなれば手動のリモコンでラジコン操作しているプレイヤーは、内部の回路に直接信号を送り操作するカナリーに太刀打ちできる訳がないということ。
……とはいえ相手も、そのリモコンをその都度使いやすいように改造してくる熟練の者なのであまり楽観視も出来ないのだが。
「どう、カナリーちゃん? このままいけそう?」
「んー。さすがに逆侵食は骨が折れそうですねー。戦闘中では現実的じゃありませんー」
「まあ、このまま地の底にまで引きずり込んでやるだけでも十分だよね」
「はんっ! 愉快だなそれは。そんな情けない負け方をするあいつらには、同情するぞ? しかし、地面が対象となれば、そう上手く行くか?」
ソウシのその危惧は、すぐさま目の前で現実のものとなる。
ゴーレムのような岩石のスラグ、そのフィールドスキルにより、絡みつき液状化していた地面は強制的にその変形を解除されてゆく。
どうやら、カナリーによる地形制御よりも、ロックゴーレムスラグの地形制御の方が優先度が上であるようだ。
「うーん。抗えませんねー? 仕方ないですかー。物理法則自体を弄られてますからねー」
「エーテル技術は、通常の物理法則に則った科学技術だからね……」
「ですよー。異なる法則には、対応しきれませんー。もはやこれまでー」
「……なんて、こともないんだけどね?」
「ですよー?」
あからさまに大げさな落胆の演技を、ぴたりと止めて平常に戻るカナリー。敵のこの対応も、最初から彼女の予定通り。
「ソウシ君、敵は今、カナリーちゃんの地形制御に対抗すべく、一帯のフィールドを自分も地形制御で覆っている。つまりだ」
「……ふっ、分かったぞ! つまり今はだっ、あの目障りな防御フィールドは同時には張れないということ!」
ハルの言葉で状況を理解したソウシは、その顔を輝かせ足元のドラゴンにすぐさま攻撃を命じる。
ソウシを乗せたその頭は大口を開き、体勢を崩したスラグの林にビームと見紛う火炎を撃ち放った。
今度はその攻撃は敵の防御フィールドに無効化されることはなく、まるで焚火に小枝を投げ入れたかのように端から次々と炭化させていく。
「ふははははは! 見たか我が力をっ! よくやったぞお前たち。これぞ戦略の勝利というものだっ!」
「他人の作戦に乗っかっただけなのに、ちょーし良いんですからー」
「しかもまだ致命傷ではないじゃない。喜ぶのは倒しきってからにしなさいな」
「ふんっ。寸前でフィールドを復活させたか。だが、もうどう足掻こうが結果は見えている!」
スラグの林による攻撃封じ、それが致命傷を負う前に復活した。
そのおかげで植物スラグは、全てを灰にされる前になんとかソウシの火炎を無効化できたようだ。
しかし、それは今度はカナリーの方を自由にしてしまう事を意味している。
ソウシの言ったように、どちらのフィールドを選ぼうとも未来は同じ。フィールドをすり抜ける攻撃が待っている。
フィールドスキルは同一空間に一種類まで。この制限が枷となり、複数の攻撃には対処しきれない。
「勝負あったな。こいつだけではない。基本、地に足を付ける形状をしている以上、この二択は避けられぬ」
「まだ飛んでる敵も居るんだから、勝ち誇るのは早いよソウシ君」
「ふんっ。分かっている。そちらはじっくりと対処してやればいいだろう。それに、」
それに、既に厄介な防御用のスラグは封じた。そのようにでも言おうとしたか。しかしそのソウシの言葉は、目の前で起こった出来事によって、儚くもかき消されることとなった。
「……馬鹿なっ! ええい、次から次へと面倒な!」
話に上ったばかりの飛行型スラグ。昆虫のような姿の巨大なそれが、植物スラグへと取り付いて接合し始めたのだった。
*
「でかい虫が林をまるごと引っ掴んでますねー。力持ちですねー?」
「ありえんっ! どう考えてもあのサイズで、あれらの木を全て抱えきれる訳がないだろう!」
「魔法のある世界で何をズレたことを言っているのよ……」
「しかも物理法則まで弄ってくるしね」
サイズによって抱えきれる重量限界など、あってないようなもの。それこそハルだって、持ち上げろと言われれば同じことは出来る。
蜂に似た巨大昆虫スラグ、その足先に、林の木々が一斉にその先端を寄せて集まっていく。
蜂型スラグは全てが揃ったのを確認すると、木々を全て地面から思いきり引っこ抜いた。
「むーっ。抑えきれませんー。なんとゆー馬力ー」
カナリーも泥で絡め取り引き留めようとするが、元々エーテルは強力な馬力を出すことを非常に苦手としている。地面に繋ぎ置くアンカーの役割は果たせなかった。
林は蜂型スラグにその全てが釣り上げられ、その身を空中に浮かび上がらせる。
そしてその浮かんだままの姿勢で自在に形状を変形し、丸く鞠を編み込むような形で蜂スラグの周囲を取り囲んで行った。
「チィっ! あの状態でフィールドを張っている! 虫にまで火炎が届かん!」
ソウシはその鞠が編み上がる前に蜂スラグを撃退しようとするも、飛行しつつもフィールドスキルは健在。衝撃は全て散らされてしまった。
「まるで飛行要塞みたいになっちゃったね」
「言っている場合か!」
「どうしますーハルさんー?」
「まあ、相変わらず地面を歩く敵の方が多い訳だし……」
「……そうだな。ここを底なし沼にでもしてやれば、大半のスラグには引き続き対処可能、」
しかしソウシの言葉は、再び眼前の現象にて遮られる。少々哀れだ。
とはいえハルもまた、その光景には多少の驚きを隠せない。なぜなら敵は、カナリー、そしてルナによる地形制御をまるごと無視できる手を打ってきたのだから。
「これは、空中に光の足場……?」
「地面を作られちゃってますねー?」
まるで空中に魔法の足場が出来るように、文字通りの『フィールド』スキルが発動する。
見た目は半透明の、色とりどりのガラスでも組み合わせたような美しいステンドグラスのようなフィールド。
その上に次々と、地上歩行型のスラグが乗って行軍を再開したのだ。
「……ゲームでよく見る光景だね? ほら、空中戦とかで、何故かこちらの歩行ユニットも問題なく出撃できる光の足場が出来るじゃないか」
「ありますねー。飛行ユニットだけしか出撃できなくてはバランスが悪い故の、お約束ですよー?」
「何故か乗れる雲の場合もあるわね?」
「ここもゲームだからね。しょうがないさ」
「現実逃避している場合かっ! 今は敵がそうしているのだぞ!」
その通りだ。『これもゲームあるある』などと言っている場合ではない。
「思った以上に、しっかり連携してきますー。私の出番は、これまでー」
「諦めないでカナリーちゃん?」
「でもー、ロックゴーレムのスラグも道連れになりましたよー? 一対一交換ですー」
「カナリー? この人数差では、一人一体では勝てないわ?」
確かに、この場で最も可哀そうなのは地面に干渉する岩のスラグかも知れない。
対してカナリーによるエーテル制御は、まだまだ応用の幅があった。別にエーテルは土を操るだけの土木技術ではないのだ。
……最近は、確かに土木工事にばかり使っている気がするが。
「それよりも、お前こそ何も手だてが無くなったのではないか藤宮? ふははっ」
「馬鹿にしないでちょうだい? 魔法だって私は使えるのだもの」
「でも確かにー、<近く変動>が仕えないのは痛いですねー」
「どうにか方法を考えてみるわ?」
そんな中、光の足場に乗り込んだ小さな影がこちら側からもう一つ。近接戦闘特化の、ユキである。
足場があるならば自分の領域とばかりに、歩行ユニット代表として、ユキもまたその本領を発揮しようとしているのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/11/14)




