第1770話 癒えぬ傷をその身に刻む
黒き竜を先頭にして、その背に守られるようにソウシは進む。
敵の、まるで何かの企業ロゴでも立体化したかのような幾何学スラグの攻撃は、そのドラゴンの巨体に阻まれてソウシにダメージを通せない。
相手はあらかじめ条件を整えたフィールドへ向け、起爆装置となる粒子をぶつける事で超小規模な核融合を起こす能力。
その射線を巨体で塞いでしまえば、直接の攻撃それ自体は虫に刺された程度の威力すら発揮しない。
「ふっ……、この程度か……」
「えらそーにしてるけど、見っけたのハル君だかんなーソウ氏ー」
「だが実際に防いでいるのはこのオレだ。あと、その妙なイントネーションはやめろと言っている!」
「えー、いいじゃんか。敬称付きだぜソウ氏?」
「お前っ、そういう意味だったのか!? あとどう考えてもバカにしているだろう、やはり!」
文字で書かねば、伝わるはずもなし。いちおうユキはわざとらしく、発音を通常からずらして発声していたのだが、まあ察しろという方が無理だろう。
「ええい、お前の女どもは妙な連中ばかりだなハル!」
「ごめんね? ……いや、人の彼女のことをそんな風に言わないの、ソウシ君」
「……抗議より先に謝罪が出たのはどうしてなのかしらハル?」
「はんっ! 最もヤバい奴だというのに自覚なしとはなっ!」
「なんですって?」
「はいはい。喧嘩しないの……」
大変に申し訳ないのだが、女の子たちが一風変わっている事そのものは、否定がしづらいハルだった。
「ソウシ君は王の器なんでしょ? もっと寛大にね?」
「ふっ。そうだな。上に立つべき立場のオレが、こうしてコソコソと背に隠れるようにして戦っているのがいけなかったのかも知れん」
「誰もそんなこと言ってない気がするんですがー」
「と、とってもなんだか、独特な感性をお持ちなのです……!」
「そのままてきとーにノセておいたほーがい良いよアイリちゃん」
「そうですね……、その方が、ソウシさんは成果も出してくれますし……」
「なんだかソラの言葉から諦めが感じられるわね……」
苦労をしているようである、これまでの付き合いで。
しかし、その一方で確かな実力を認めているのもまた事実。ソラたちの国がこうして他国に押し潰されずに発展を遂げられた背景には、ソウシの才能の高さが確実に影響しているようだ。
そんなソウシは、本人の言うところの『コソコソ』を止め、ドラゴンの巨きな背から出て颯爽とその頭上に飛び乗った。
確かにその見た目の風格だけは、巨大な竜を従えた騎士。ハルも手放しで、格好良いと認める堂々たる立ち振る舞いだ。しかし。
「おーい。顔出すと危ないよソウシ君ー」
「ふははは! タネが割れれば、怯える必要なしと言っただろう! 射線さえ切ってしまえば、奴の攻撃は小石程度の威力すらも、ぬおぅあっ!?!」
「ほらー、いわんこっちゃないですよー」
「締まらないわねぇ、本当……」
堂々と顔を出したソウシに、非常に当然の結果として一気に本体狙いの遠隔攻撃が飛んで来る。
それは目の前の幾何学スラグからではなく、更に後方から、ルシファーの放つ荷電粒子ビームに似た強力な電撃が突き刺さった。
その狙撃に曝され、ソウシはお世辞にも格好良いとはいえない情けない姿勢で、両腕で顔を隠しのけぞっていた。
「お、おのれぇ! どこまでも姑息な連中め!」
「なんか、一周回ってこれでいいように思えて来たよ私」
「確かに、これがソウシさんの味ですよね。めげない姿勢は私も好感が持てます」
「これは懲りないって言うんじゃないのぉソラー?」
「平気かいソウシ君?」
「ふっ、ふはははは! ふん、オレを誰だと思っている! 我が絶対防御のある限り、例えどんな攻撃を受けようと、砂利が飛んできたのと大差はない」
続けてソウシを狙った攻撃が二発、三発と叩き込まれるが、彼の宣言の通りにそれらの攻撃はソウシへなんの痛痒も齎さない。
空間を断絶するそのシールドは、いかなる攻撃をも完璧に遮断してみせた。
そうしてひとたび安全と分かれば、彼はドラゴンの頭の上で元の自信たっぷりな姿を取り戻す。
この切り替えの早さも、素直に尊敬しているハルである。
「あっ! 前衛芸術さんが撤退するのです!」
「不可視の不意打ちが通用しなかったもの、当然の選択ね?」
「はんっ! させるか、そう易々と。貴様は既に射程の内よ! 我が竜よ、この身の程知らずのその身に、愚かさの代償をとくと刻みつけてやれ!」
主の命令に、ドラゴンはその鋭く棘の生えた厳つい顎を開き咆哮を上げる。
その咆哮と共に、後退するスラグを目掛けて火炎の波が勢いよく吐き出され地面を焦がす。
火炎はまるで弾丸が飛ぶような勢いで放射され、決して地を舐めるような生易しい速度ではない。それ自体が、岩を砕く威力を備えている。
当然、今から回避は間に合わない。敵スラグは、その奇妙に角ばった体の一部を砕きながら、なんとか炎の射程外へと逃れ出て行ったのだった。
「はんっ! いい気味だな、無様な姿よ。お似合いだぞ、お前には」
「おー、すっご。ついでのようにビームも炎でかき消してたぜソウ氏のドラゴン」
「敵へのダメージも有効打が入りましたね。しかし、スラグはその特性上、多少のダメージはものともしないのでは?」
「ふっ、ソラよ、案ずることはないぞ。この国の盟主の力を信じるがいい」
「いえ、盟主は私なのですが……」
「カリスマがたりないぞぉソラぁ」
「うるさいですよミレ。ソウシさんのようになれとでも?」
「それはちょっとヤ」
好き勝手に言うミレの言葉は聞こえないふりをして、ソウシは破損した敵スラグをその視線で射貫く。
ハルたちもその姿をしばらく観察するも、普段ならすぐに始まるスラグの再生がいつまで経っても発生しない。
「……ふむ? これは、ソウシ君が?」
「その通りだとも。オレの竜によって焼き払われた存在は、その傷痕を癒せずその身に刻み続ける事となる」
「ほぉー。やるじゃんソウ氏。しかしどっかで見たことあんねこれ?」
「学園の時と同じね? あれをイメージしたのかしら?」
「貴方もたいがい、負けず嫌いなんですねー」
「ハルさんへの“りべんじ”を、誓っているのですね! わたくしいいと思います!」
「違うっ! コイツが勝手に、そうした能力にしたまでだ! ふんっ。まあ便利なので、使い倒してはやりはするがな」
つまりは、他の例に漏れずスラグが自動でその能力を決定したのだろうか。エリクシルネットが、ソウシの意識を参照したのかも知れない。
……なおここで、『つまり深層心理ではやはり気にしていた』などと言い出そうものならまた愉快なツッコミを披露してくれそうだが、さすがにその言葉は飲み込むハルであった。
「学園の時は、焼かれた土地が回復しないのだったわね? なら今回も?」
「愚問だな」
「確かにスラグが、ダメージを回復する素振りを見せません。何となく戸惑っているようです」
「ふーん。でも、どぉゆぅ原理? ソウシの普段のスキルと、関係あんのー?」
「……それは、知らん。こいつらの事情を、オレが知るか」
「むせきにぃ~ん」
確かに、『そういうルールだ』で片付けたくもなってくる。しかし、ハルとしてはそうはいかない。
疑似細胞の驚異的な再生能力、それにはこれまで非常に悩まされてきたハルだ。ハル自身もずっと、その超再生を阻害する方法を探ってきた。
それが可能となるスキルとあらば、是非ともその内容を解析したい。ハルは、その<神眼>を凝らし敵の身に起こった反応を解析する。
「……なるほど。だいたい分かった」
「理解したのかハル君! で、どんなんなってるん?」
「うん。あれはねユキ、正確には再生を封じている訳じゃない」
「ふんふん!」
「うちの研究室組でも出来なかった事ですからねー。そー簡単には、出来ないとは思っていましたがー」
「ではいったい、何なのかしら?」
「あれは、あの焼け焦げたような部分、あそこがどうやら空間的に固定をされてしまっているようだ。ソウシ君のスキルの、正当な延長みたいだね」
「だってさぁソウシー。知ってた? 知ってたぁ?」
「ふ、ふんっ、当然だろう。そんな事だろうと思っていたぞ!」
「苦しいんだからぁ」
ミレにからかわれるソウシにも、どうやらまるで身に覚えのない現象のようだ。
空間を操るソウシの超能力。それを応用し有効活用した彼のスラグの力。一言でいうのは簡単であるが、かなりの複雑な処理が内部では行われているのは間違いない。
改めて、エリクシルネットのスキル創造能力の高さを実感するハルだった。
「とはいえ、相手はスラグです。体を大胆に両断するなりして、いつ復活してくるか分かりません」
「分かっている。オレとて、当然この機を逃す気などない、追撃だ」
「勇ましいね。けど深追いは厳禁だよ」
「他人事のような顔をしているんじゃないぞ! お前もさっさと戦列に加われハル! このままオレ一人に、この数を相手させる気か!」
「まあ、可能なら?」
「ここはうちの国境じゃないものね?」
「おのれぇ!」
「あ、あはは。申し訳ないですが、私からもお願いいたします……」
「ああ、分かっているよソラ」
「分かっているならば早くしろっ!」
ソウシに急かされ、ハルも<飛行>しドラゴンの上のソウシに並ぶ。
彼の思わぬ反撃を受けて、この国を迂回してくれないかと内心期待したハルだったが、どうやらその気配は残念ながら無さそうだ。
ダメージを負ったとはいえ敵の数はまだまだ多く、完全にあちらが有利。この程度でわざわざ退いてくれる事はないようだ。
もう少し、敵を一か所に纏めたかったが、やはりどうやらこの地を決戦の場とする他ないらしい。
ひとまず、東西から攻め込んで来るスラグの軍勢は国の防衛網に任せ、ハルはまずこの場の群れを叩くことに決めたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




