第177話 彼女の千里眼
水没洞穴の主は、龍のような巨大な海蛇だった。いや、もうほとんど水龍だろうかこれは。
ファンタジーゲームお約束のドラゴンをまだ見ていないこのゲームにおいて、初ドラゴンである。定番ではあるが、やはり感慨深い。
「あ、蒲焼だ」
「ウナギではない」
「ねーねーハル君。この洞窟、こいつが掘ったのかな?」
「確かに。入り口、一つしかないしね。その穴から、雨水が浸入して」
「クラゲや貝なんかは、何処から来たんだろう……」
「気にしてはいけない」
全てはゲーム的な都合である。出どころとか生態系とか。そういったものを気にしてはいけない。
モンスターからのアイテムドロップを集める際に、『生態系に配慮して、取り過ぎないようにしよう!』、なんてゲームはあまりやりたくないことだし。
「ハル君“スクショ”終わった?」
「終わったよ。こいつを呼び出す事は、まあ無いと思うけど」
「蒲焼の材料を落とすかも!」
「落とさんて」
食べたいのだろうか、ウナギ。本体がこちらに戻る前に、買って来るのもいいだろう。
ボスの構成情報をハルがコピーし終わると、ユキは我先にと水龍へと泳ぎだす。
加速で地を蹴り、先ほどハルが見せた泳ぎを真似て体をくねらせる。早くも貪欲に、新たな移動方法を身に付けたようだ。
「うりゃあ! あっこの! 水中だとやっぱパンチ弱くなるね……」
「一撃で終わりとはいかなかったか」
敵のHPは2000。後半のダンジョンである藍のボスとしては低い気もするが、水中では上手く攻撃が通せなくなる為のようだ。
敵の動きはなかなか速いが攻撃は緩慢で、まずはこいつで水中戦闘に慣れよう、ということだろう。
鍛えたユキのキャラクターの力と、彼女自身のセンスでもっても、瞬殺には至らなかったようだ。
ついでなので、ハルも戦闘水域へと飛び込んでその様子を体験してみる。
どうやらやっかいなのは、敵のスピードだけではないようだ。水龍が移動する際に発生する水流が、こちらの泳ぎを困難にする。風に身を巻かれるように、姿勢を崩されてしまう。
「しばらく泳ぐとあそこで止まって、何かチャージし始めるから、その隙を狙って攻撃しろって事だね」
「絶対に泳いでる時に倒しちゃる!」
「そうだね。ああ、やっぱりブレスみたいだ。アクアブレス的な」
用意された“倒し方”のセオリー通りに倒しては、今の二人には楽すぎる。
魔道具開発のヒントを得る為にも、高速で泳ぎ回っている中を攻撃して撃破したい。
「移動経路を読んで先回りして、鼻っ柱を蹴り飛ばすとか!」
「大体パターンは掴んだから行けそうだよ。でも」
「そだね! 泳ぎで追いついて完勝したい!」
もはや目的が違ってきてしまっているが、楽すぎる戦いだと、自ら制限を課してやりこみに走るのはよくある事だ。
その結果、謎の苦行がスタートしてしまう事もあるが、自分でやり始めた事だから止められない意地があったりして、無駄に何時間も使ってしまうなども、よくある事だ。
ブレスを適当に回避すると、再び泳ぎ始めた敵を二人は追い始める。
「水流は<精霊眼>で読めるよユキ」
「わかった! 大活躍だねこれ!」
当初の予定とは使用方法がまるで違ってしまっているが、早くもユキは<精霊眼>に順応し、応用して使いこなしている。
水龍の起こす水流をその目で読み、その流れに乗って身を任せ、時に逆らう。普通なら押し流されるだけだが、上手く渦を巻いている部分を見つけてそこへ入ることで、抵抗を軽減して進む事が可能だった。
そうして二人はいつしか龍に並走して泳ぐまでに至り、方向転換に際して蹴りを入れたりと、ついでのように敵のHPを削っていった。
あえなく、水龍は水底へと沈んでゆく。
「よし! 完全勝利!」
「でもこの経験は魔道具には使えないね。読むべき情報が多すぎる」
「エーテル制御、少なくともコンピュータ制御は必要だよね。……あ、なんか<称号>もらえた」
「なんだろ。黒曜?」
「《はい、ハル様。<人魚の如く>、という称号であるようです。隠し称号である、と併記されています》」
「あ、きっとあの龍を泳いでる時に倒したからだ!」
恐らくはそうだろう。運営も味な真似をする。
こういった特殊な倒し方をして、それが公式に認められたスーパープレイだと実感できるのは、嬉しいものがある。
逆に、称号があるせいでやりたくもないチャレンジをしなくてはならない、と考える者も出てしまうだろうけれど。
「それにしてもやっぱ人魚か。ハル君、やはり作らねば」
「人魚足だね。……足じゃないけど。そうしよっか。男は我慢してもらおう」
「男の子は、さっきの龍みたいにカッコよくすればいいのでは!」
「尾ヒレが付く時点でどうかなー。まあ形は簡単に変えられるから、用意しよっか」
やはり、水中移動の魔道具、その第一弾は人魚で決まりそうだ。
さすがに水流を読む機能は付けられそうにないが、状況に合わせたフォームの最適化と、また最適な水流を魔法で生み出す機能を付ければ、使い勝手はそれなりの物になるだろう。
もちろん、男女共に気に入らない人も出るだろうが、そこは第二段まで待ってもらおう。
「そいえばさハル君。ここって未到達地域なんだよね。ボスの<初撃破>とか<フライング撃破>とか、そういう称号って無いよね」
「『初』は一人しか取れないし、『フライング』は全ての地域が開放されたら取れなくなる。そういった『完全限定』の称号って……、ここの運営……、やらなそうだし」
「なんで後半、言葉に詰まりおった?」
「完全限定の称号持ってるからさー、僕はいくつも」
「<魔皇>とか、じゃないよね」
「うん。完璧に運営のお遊びのやつ」
「ハル君は目ぇ付けられてるもんねー。でも私も、称号取っても付け替え出来ないや」
ハルと同じく、ユキも<異名>持ちだ。異名は自分で自由に変更出来ず、称号欄に固定で設定され続ける。
変わるときは、新たな異名がユーザー間で広まり、認められた時だけだ。ユキも前回の対抗戦により、新しく通り名が付けられていた。
その名も<紅玉の戦姫>。戦闘用ドレスの色が赤だった事と、魔道具の解説放送の際に、アシスタントとしてりんごを例にして説明してもらった為だろう。りんごのお姉さんだ。
“色”を中に入れた名前はNGかと思ったが、その辺は緩和されたらしい。
マゼンタを陣営に引き込んだ為か、それともマツバのファンの女性達が運営に掛け合った結果か。
『松葉色』にかかるためか、ファンクラブのギルド名なのに『マツバ』の名が使えず、そこを交渉していたと風の知らせで聞いていた。
「今回のユキのはかっこいいね。誰が広めたん?」
「んー、たぶんΔの奴。『紅玉の戦姫ユキちゃんまとめ』って動画出してたし」
「ユキの戦いは人気あるよねえ。派手で圧倒的で」
「ハル君のが圧倒的だよぉ」
「僕のは、ナメプが過ぎると評判さ」
相手の攻撃をあえて受けているためだ。相手にも見せ場を作っているという高評価もあれど、敵を舐めているのではないかといった意見もある。難しいところだ。
「まあ、称号はいいや。どうするハル君? 戻って人魚開発やる?」
「……そうだね。一応、ルナとアイリにも聞いてからの方がいいかな?」
「そ、そか……! 二人は、今は……?」
「ルナは寝ちゃった。また明日だね」
「てことはアイリちゃんは起きてんのか……、見かけによらない……」
『夜はまだこれからなのです!』、だそうだ。
元々、体力のある方だったアイリだが、ハルとの同化や、ナノマシンによるサポートでより顕著になった。
「じゃ、じゃあどうしよっか! 次のダンジョン行く?」
「セレステが入れ替わりで来てるから、彼女と遊んでもいいかもね」
「んー、セレちん、あっちのハル君とお茶してんでしょ? 私が行ったら邪魔しちゃいそうだし」
「彼女は気にしないだろうけど。まあ、ここは戻って来るのも少し手間だしね。回れるだけダンジョン回っちゃおうか」
「そうしよ!」
その為には、一先ずこの水没した洞穴から出なければならなかった。
正規のルートで来たならば、ミッションが終わればワープで戻れるのだが、今回は直接乗り込んでいる。来た道を戻るしかない。
こうした、入り組んだ長い道を戻らなければならないというのは、ゲーマーとしては少しストレスのかかる案件だ。
「よし、帰りも競争しよう! 会得したハル泳法で今度は私が勝つよ!」
「オーケー、受けて立とう」
すぐに同じ手は通じなくなってしまう彼女だ。ユキとの勝負は常に緊張感がある。
先ほど見せたハルの泳ぎも、もう自分のものにしてしまったようだ。同じ泳ぎならば、今度こそユキの方がレベル差でスピードも上だろう。
だが、水流を読む状況判断は一朝一夕で身に付くものではない。その経験の差でもって、勝負をかける。
結果、勝負そのものはハルがまた勝利はしたが、一秒ごとにコツを掴み速くなるユキのセンスに感心するばかりの試合であった。最後は殆ど同着だ。
そうして二人は再び空へ上がり、次のダンジョンを目指すのだった。
*
「さて、虱潰しだね! どっちからいこっか!」
「セレステの神域、瑠璃の国が北側だから北が先かね。北端に着いたら、そっから蛇行しつつ南下してこう」
「マップがまだ出ないもんねー。今までも見落としあるかな?」
「かもねえ」
ゲーム的には、この地はまだ開放されておらず、ダンジョンの位置もマップへ表示されない。
だがこの世界の特性上、開放してからダンジョンを発生させるという事は難しく、それこそサービス開始以前からダンジョンはずっとそこにある。
それを目視で見つけて、ハル達は乗り込んで行こうとしている。
「んーなるほど。慣れてみれば<精霊眼>で入り口がハッキリ分かる。ジグザグ走行してても、これなら見落とさないね!」
「頼もしいね」
「頼っちゃっていいんだぜハル君」
歩くとその視界内だけマップが埋まって行くゲームのように、またローラーを使って色を塗っていくように、国中の空を蛇行して今までもダンジョンを見つけていた。
ハルも注意深く探しているが、完全だという自信は無い。ユキの目も加わる事は素直に頼もしかった。
「お、早速めっけた」
「早いね。北西の山の中、とは見てる方向が違うね?」
「あはは、そっちは分からんかった……、南になっちゃうけど、あっちの地下」
「地下……、だって? ふむ、確かに。……気になるし、行ってみよっか」
「らーじゃ!」
早速、ハルが見落としていた物をユキが発見した。
ハルとユキの魔力の見方は、微妙に方式が異なる。ハルは前述の通りAR表示のような重ね合わせで、その仕様上、完全に物体に隠れた物の判別に弱い所がある。
勿論、意識すれば容易に見通せるのだが、逆に言えば意識しなければ見落としがちだ。
ちょうど、ヴァーミリオンの王城でカナンの存在を見落としたように。
「完全に地下に埋もれてる感じだ。入り口、どこなんだろ。これはユキのお手柄だね」
「やった! うーむ、思った以上に嬉しい。久々にハル君の役に立った気がする」
「ユキはいつでも力になってくれてるよ」
「やめれーハル君。恥ずかし……」
それは偽らざるハルの本心だ。ユキが居てくれて本当に助かっている。
だが当のユキは自己評価が低いというか、要求する水準が高いというか、その程度では納得できなかったようだ。
「私、これと相性良いのかもね。私用のスキルも出たみたい。<千里眼>だってさ、ハル君」
「へえ! やったじゃんユキ。すごいすごい」
「でしょー。えへへへ……」
普段は『この程度は出来て当然!』、とばかりにストイックな彼女だが、珍しく素直に喜んでいる。自身の専門外の、魔力に関するスキルだからだろうか。
その様子が微笑ましく、アイリにするようにハルが頭を撫でようとすると、機敏な動作で避けられてしまった。残念。
「しかし<精霊眼>が定着したんじゃなくて、新しく<千里眼>が出たのか。ふむ?」
「どったのハル君」
「いや、<精霊眼>って汎用スキルじゃなくて、僕のユニークスキルだったんだなー、って」
「なにをいまさら。持ってる人誰も居ないよ? ハル君以外にさ」
「確かに」
<精霊眼>はハルが最も初めに習得したスキルである。<透視>から派生するように生まれてきたため、魔法のような汎用スキルだと無意識に思ってしまっていた。
だがユキの例を見て、これもハルに固有のユニークだったと気づかされる。
この点についてもう少し考えておきたい所だったが、その彼女から急かされ、思考は一時中断する。
「ハル君ハル君。それよかさ、どうするこの地下? どう見てもワケアリだが」
「だよね。普通のダンジョンではない。今までは必ず地上に入り口があった」
「反物質砲って穴あけようか?」
「地上で気安くガンマるのはだーめ」
「ちぇー」
敵地、とまでは言わないが、まだ会った事も無い神の領地だ。気軽に宣戦布告はよろしくない。
<転移>も同様に、自陣ではない為に視界が通らない。地下への直接転送もハルには不可能だった。
「ちょっと向こうの体でセレステに聞いてみる」
「すまぬハル君。色気の無い会話させちゃって」
「もともと色気のある会話しとらんが。…………お菓子を追加すれば喋る気になるそうだ。これは知らんね彼女も」
「そうなんだ。あ、私のお菓子開けていいよ!」
からかわれているのだろう。喋って良い事ならば、割と素直に教えてくれる彼女だ。
こういった曖昧な切り替えしで煙に巻く時は、セレステも知らない事である。最近は、その辺の機微も少しずつ分かってきた。
「しかしどうしよっか? 地面を剥がすと鉄のシェルター口が……、ってのも無いね。分かるもんねそれも<千里眼>で」
「すごいね<千里眼>。でも実際、入り口らしきもの見当たらないね。見渡す限り平原だ、ここは」
ふたり、少し途方に暮れる。意味深な場所を見つけたは良いが、入る方法が分からない。
ゲームでも稀にある。調べても何も反応しない、アイテムを使っても何も起こらない、果ては破壊しようと無反応。
その真相は、ただの製作者の趣味で作った凝った装飾だった。なんてオチもあったりする。考えれば解決するとは限らない。
「……先に他のダンジョン行っちゃおうか」
「そうだね。何かヒントがあるかも知れないし」
「各地に輝く宝珠が三つ隠されてるんだね!」
「それを集めて、ここに戻ってくると地面が割れて……」
「中から浮遊島が飛び出してくる!」
無さそうである。ただ、他のダンジョンを調べる事で、傾向が見えてくることもあるだろう。
ハルとユキは、当初の予定通り北へと<飛行>し、順にダンジョンの踏破を開始するのだった。




