第1767話 不滅の兵団
物言わぬ機械の兵団が、巨大な怪物達を取り囲み攻撃を開始する。
人間的な視点で見れば、ロボット兵達を自然と応援したくなる図であるが、実情はどちらも似た者同士。疑似細胞によって構成された存在だ。
そんな鋼鉄の兵士達は、既に自国周辺に展開していた二種のスラグと接敵。大部隊による、攻撃を開始していた。
「おー。問答無用ですねー。まー、こいつら元から問答をする口は持ってませんがー」
「付けようとすれば付けられるのでなくて? 彼の技術なら、もう遠隔で繋がるスピーカーくらい作れるでしょう」
「そーかもですねー。つまり『語るに及ばず』ってことですかー」
「対話の時期は、もう過ぎたのでしょうか!」
「意外と短気、というか容赦ないね彼」
ハルたちはその戦闘の様子を、遠隔からモニターに映して観戦する。
ロボット兵には口がないので当然だが、宣戦布告の宣言もなく、射程に入った瞬間に彼らはすぐさま攻撃へと移っていたのだ。
まあ、ゲームなのでその辺りは省略しても問題は出ない可能性はある。システム上可能なら、突然攻撃されたからといって抗議の文句は通らない。なおマナーはまた別。
「それよかカナりん? この映像はどーやって隠し撮りしてんの?」
「これはですねー。あの国周辺にはハルさんの撒いたエーテルが残ってましたのでー」
「元から要監視対象だったからね」
「ほーん。まだバレてないの?」
「少し怪しい。既に天羽君の工場には、学園にあるようなフィルターが設置されちゃってる。まあこれは、製造時に不純物が入り込まないようにとの措置っぽいけど」
元々が現地で掘り出した金属をその場で加工している天羽の工場だ。各種濾過装置の設置は必須だろう。
「なーるほど。やっぱ侮れんな」
「そうね? それより、今重要なのはこの戦況よ」
「そだね。相手はびっくりしてるけど、見た感じそこまでダメージ与えられてなそ」
「敵もスラグ生物ですよー。豆鉄砲のダメージなんか、すぐに回復しちゃいますー」
「肉弾戦をするのかと思いましたが、遠距離攻撃も出来るのですね! これは、どんな装備なのでしょうか!」
鋼鉄の兵士は意外にも、その頑丈な筐体による直接攻撃ではなくある程度の距離を取っての砲撃を行っている。
とはいえ、それは追加の装備を構えての事ではなく、自身の体内から直接砲弾を発射しているようだ。
「これはねアイリ。きっと、現地でその辺の小石を取り込んで弾丸にしてるんだろうね」
「なんと!」
「継戦能力をずいぶんと重視してましたからねー。弾切れで射撃不能なんて、きっと許せないことでしょー」
「発射用のエネルギーは、内部のスラグが自前で生み出すということね? 良く出来ているわ……?」
「なんだ、弾丸もスラグなんかと思ってた。ほら、あったよね? 『スラグ弾』とか確か」
「それは『スラッグ弾』」
ユキのボケを適当に流しつつ、ハルはロボット兵の武装についてを分析する。
腕その物を砲身として変化させた彼らは、恐らくは装甲板に蓄えられたエネルギーを電力に変換し、電磁誘導によって弾を飛ばしているのだろう。
そこはやはり御兜か、この時代でも電力を用いた各種機械技術を継承してきているだけのことはある。
「ただ、やはり効率は悪いね」
「そうですねー。敵の再生力を上回るだけの威力を、出せていませんー」
二つの戦場で会敵した二種のスラグ生物。巨大な鳥のようなスラグと、結晶のような物を体中に生やした、短い脚で四足歩行する奇妙なスラグ。両者共にダメージは受けているが、疑似細胞のその特性により即時に再生されていた。
その再生、細胞復元のエネルギーの元となるのは、大宇宙より飛来する不可視のダークマター。
運営の神々により建造されたあの宇宙空間のアンテナ施設。あれが存在する限り、スラグは不死身といっていい。食事も休息も必要なかった。
「やっぱサイズが小さいぶん、天羽っちのロボが不利か」
「そのようね? 見て、反撃に移るみたいだわ?」
突然の第三勢力による攻撃に混乱していた二種のスラグだが、自身を滅するだけの力が無いと分かり冷静になったか。意識を切り替えて攻撃に移った。
特に鮮やかな赤い羽を持つ鳥のスラグは見た目通り高速に、低空を飛行しロボット兵を蹴散らしてゆく。
すれ違いざまに直接攻撃も受け更なるダメージも負うが、それでもロボット兵達に与えた被害の方がずっと甚大であった。
「あちゃー。やられちゃったねー。こらまずいか」
「天羽さんのスラグが、大量に機能停止してしまったのです!」
「自慢の装甲も案外脆いものね?」
巨鳥の通り抜けたその道には、硬い装甲板を一撃で切り裂かれた無残な姿の兵士が並んで横たわる。
既に人体としての機能を再現できず、ロボットとしては再起不能。
赤い巨鳥の方もダメージは負ってはいる。あの速度に反応し一瞬で的確な近接攻撃を与えられたのは大したものだ。
しかし被害度比較の結果は明らか。しかも兵士の数が減れば、その分砲撃の威力も減っていくのだ。
もう一方のスラグの方も同様だ。亀のようにゆっくりとだが、堂々と距離を詰めて行きその体中の結晶を槍のように伸ばして攻撃する。
その硬度はロボット兵の装甲を上回り、一人また一人と、機能を停止して大地に横たわっていくのだった。
「……これは、天羽さんはまだ、仕掛けるのは早かったということでしょうか?」
「かも知れないわね? 決定打を与えられなければ、スラグ戦は何もしていないのと同じ。これは思ったよりも、大変な戦いね?」
「しかし、もっともーっと数を揃えれば、倒しきれるかも知れません!」
「それを、敵が許すかしらね? このまま本拠地の地底都市まで、攻め込むのではないかしら?」
匣船のプレイヤーとしても、これ以上兵士を生産されても困る。ロボット兵の生産工場を、叩いてしまいたいだろう。
いくら相手が御兜の重鎮とはいえ、先制攻撃を受けたのだから容赦はしないのではなかろうか。
しかし、戦力が勝るのが分かったとはいえ流石に本拠地となるとそう容易くない。それが問題だ。
ハルの国を総力で攻める為の連合軍。その戦力を天羽に割いて果たして良いものか。
「んー。相手がハルさんを気にして、本陣までは攻めてこない。それを見越しての無理攻めという線もありますねー」
「とぼけた顔をして、ずいぶんと大胆な事をする人ね?」
「ああいう人畜無害そうなタイプほど、油断してはならんぞルナちー。ハル君を見ぃ?」
「急に横から刺してくるのやめて?」
「そうね? 確かにそうだわ?」
「ルナも同意するのやめて?」
そうしてハルたちが好き放題に言ってふざけている中で、その異変は起こった。
このまま巨大なスラグ生物が、矮小な兵の集団を蹴散らして終わり、そのはずだった戦場に変化が起こる。
破壊され活動を停止したはずのロボット兵の筐体が、再びその動きを再開し始めたのだった。
◇
「復活しました! ロボットさんが、再起動したのです! これは、根性でしょうか!」
「おお! やるじゃあないか連中! うんうん。やっぱりロボットといえば、理屈不明の謎の気合を見せてくれないとね!」
「機械で兵器なんだから、理屈が分からないと困るでしょうに……」
ハルもルナの言葉に同意見だ。とはいえ、『ロボットもの』のお約束という意味では、アイリやユキの意見にも頷きたい。
「んー、まー、この場合どっちでもないといいますかー。単にこいつらもスラグなんで、それで再生しただけでしょうねー」
「まあ、そうなるか」
別に、再生するのが巨大なスラグだけの特権という訳ではない。小さかろうと、スラグはスラグ。その再生力に違いはない。
硬い装甲板の下には毛玉のような天羽のスラグが針のようにその根を張っており、内部から全身を満たしていた。
「だが妙だぜハル君。奴らズタズタに切り裂かれたのに、装甲ごと再生してるように見える。はっ! まさかこれが、形状記憶合金!」
「うん。形状記憶合金ってそういうのじゃないからねユキ」
しかし実際に、元の姿を装甲板自体が記憶しているとでもいうかのように、ロボット達はその姿を再現しつつある。これも当然、スラグの能力ではあるのだろう。
しかし、スラグ自身がその細胞を増殖させ身体を再生させるのと、外部を覆った装甲板を再生させるのとでは訳が違う。
天羽のスラグは、そんな範囲までも再生力を及ぼす事が出来るというのか?
「……仮説を立てるとすれば、これは再生というよりも『再加工』なんじゃないかな? 彼らはさっき、自分の手を砲台として組み替えていたように、ある程度その形状を変化させられる」
「そうですねー。ならば傷が付いたとしても、その傷を埋めるように加工して、復活できるのもおかしくありませんー」
「あれは、『傷ついた』程度で済ませられる被害ではなかったと思うのだけど……」
「バラバラになろうが粉砕されようが、傷は傷ですよー」
「そーそー。死ななきゃ安いってね」
「これが、『しなやす』……、ですか……!」
「絶対に違うと思うのだけれど……」
とはいえ、事実として復活してしまっているのだから仕方ない。
一度組み上がってしまった天羽のスラグは、どれだけ傷を付けようと自身を再び再加工して、元の姿を取り戻すとでもいうのだろうか。
確かに考えてみれば、あのロボットの装甲はダークマターのエネルギーを溜めておける特殊な金属であると彼は説明していた。
ならば内部に蓄えられたそのエネルギーを使い、破壊されても再構築できたとしてもおかしくはない。の、かも知れない。あくまで想像だ。
「とにかく、アレを完全に撃破するには、砕いたり貫いて穴を開けたりではなく、跡形も残らぬほどに消滅させる必要がありそうだね……」
「それって、普通のスラグよか厄介じゃね?」
「厄介そうね、どう見ても……」
「ここまで考えてたんでしょうかねー、天羽さんはー」
「すごいですー……」
凄いし何なら、恐ろしい。天羽の戦略眼がではない、もっと単純に、この戦場の見た目が。
砕いても貫いても吹き飛ばしても叩き潰しても、すぐに元通りの姿を取り戻し復活してくるロボットの兵士。
それは見た目こそ違うが、ゾンビの集団に取り囲まれている状況と似たようなものだ。ホラーの雰囲気を感じる。
これは思った以上に、長期戦になる気配がしてきた。
さて、これを受けて、他のプレイヤーはどのように動くか。良くも悪くも確実に、全体の戦局が大きく動くことだろう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/11/14)




