第1764話 無限の心臓
巨大な穴の底を見下ろす絶景を眺めながら、ハルたちは鋼鉄のリフトに乗り階層都市を降下して行く。
その途中でそれぞれの階層を横から見ると、住人たちは恐ろしく薄い板の上で今にも崩れ落ちそうな薄氷を踏む生活を送っているように見える。
実際は、見た目よりもずっと分厚く頑丈に作られているのだろう。
ただ、それでもこのような都市を成立させるには、非常に高い技術力が必要だろうことは間違いないのであった。
「これだけの設計を、よくこの短期間でしかも一人で仕上げましたねー」
「はい! 御兜家の者として、そこは父やおじい様に幼少の頃から叩き込まれましたからね。とはいえ、その成果というよりは、このゲームのスキル補助に寄るところが大きいでしょう」
「ほー」
このゲームでは材料さえあれば、<念動>のような力が自動発動し、素材を宙に持ち上げて設計図通りに組み立ててくれる。
なので確かに、天羽の建築士としての技術が超人的という訳ではないのかも知れない。
しかし、いくら彼が工業化に技術習熟を伸ばしていたとしても、フルオートでここまでの設計が可能とは思えない。
スキルの補助があるとしても、これは明らかに彼のしっかりとした知識地盤に基づくものだ。
とはいえ、ハル以外はエーテルネットの補助が見込めないこの世界。記憶だけを頼りに彼がこの設計を行えたとも到底思えないのだった。
「……そのスキルってのはさ、天羽君」
「はい! なんでしょうかハルさん!」
「いやね? どのくらい設計を補助してくれるのかな、って。ほら、プレイヤーによって街の構造は大きく変わるだろう?」
「うーん、そうですね……! 他の方の事情は知りませんが、こちらが大まかな仕組みをイメージすると、それを元に自動で細部を詰めてくれる感じでしょうか」
「ふーん?」
「もちろんそれを元に全体のバランスや、整合性を取るのはこちらの腕の見せ所ですけれど。それを差し引いても優秀ですよ、このシステムは!」
「なるほどね」
それは恐らく、エリクシルネットによる補助があるのだろう。
どうしてもうろ覚えとなる知識と記憶を元に、エリクシルネットへの接続がそれを補強する。
スキルの発現や、スラグ生物の生成と同様に、あの世界に渦巻く無数の意識達が寄り集まり知恵を出し合って、こうした正規の大工事も実現させる。そんなイメージだ。
御兜本家の者として、天羽が特別そんなエリクシルネットと親和性が高かったとしても、今更ハルが驚く事はないだろう。
「あっ、着きましたね! でも乗り継ぎがあります。面倒でごめんなさい!」
複雑に積み重ねられた階層都市らしく、リフトも一本で目的地まで直行とはいかない。
ハルたちは天羽に案内され何本かの路線を乗り継ぎながら、今回の目的地、ロボット兵士の生産工場へと向かっていくのであった。
「ここです! 非常に辛気臭い所で、大変に恐縮なのですが。外周に作る訳にもいかず……」
「セキュリティーの問題があるもんねぇ。外から直接来られちゃう!」
「そうなんですよ。勿論、そうそう簡単に侵入出来るようには作られておりませんが!」
何重にも都市階層に遮られ、太陽の光がまるで届かぬ奥まった暗がりの区画。そこに件の生産工場はあった。
最低限の電灯が足元をぼんやり照らすその雰囲気は、何となくモノリスの保管された、学園のあの地下施設を思い起こさせる。確かあれも御兜の設計だ。
そんな固く閉ざされた厳重なロックを、フリーパスでいとも簡単に開き通って行く天羽。それにハルたちも続く。
その奥には、この大穴の底から採れた素材を使って人型兵器の製造が行われる秘密工場が広がっていた。視界が一気に明るくなる。
「さあ、ここですよ皆様! 御兜の最新工場に、よくぞおいでくださいました!」
*
地下から採掘され、運び込まれた鋼材が、部屋の奥には山のように積み上げられている。
それを溶かし、精製し、決まった型に成形する作業が、工場の奥では全自動で行われていた。
「……まさか、全て自動でやっているのかしら? ロボット兵の生産は」
「そうしたい所はやまやまなのですが……、残念ながら出来るのは外装を成形するくらいでして……」
「いえ、残念ではないというか、安心したわ?」
ルナの質問に、恥ずかしそうに天羽が答える。彼にとって、こんな『中途半端な』生産工場を見せるのは恥にあたるのだろう。
ただ、恐らくは御兜の技術をもってしてもこれ以上の自動化は進まない。
なぜなら最終的には、スラグの組み込みが必要となるために天羽自らのスキル行使が必須となってしまうのだから。
「工業製品に見えて、最終的には職人芸の手作業で、しかもワンオペなんだねー。なーんかハル君みたい」
「妙な評価をするなよユキ。失礼だろ」
「えっ! ハルさんもこんな感じなんですか!? いやぁー、嬉しいなぁ!」
「喜んでるが?」
「君もそんな事で喜ばないの……」
「すみません! 尊敬する方との共通点があると思うと、つい!」
……ゴリ押しが共通点で、それでいいのだろうか? 尊敬してくれるのは有難いにしても、複雑な気分にさいなまれるハルだった。
「それよりですねー? この鉄板がさっき言っていた、スラグの力を保存できるんですかー? 普通の板にしか見えませんがー」
「そ、そうですね……! わたくしにも、ありきたりな鋼材にしか……」
「ええ、そう見えますよね? 私にも、何が異なるのか、上手く説明する事は出来ないんですよ」
「そうなんですねー?」
「でも、スキルを通して見ればその違いは一目瞭然でして! だからこそハルさんにお願いし、この地を譲っていただいたという訳なんです!」
「スキルが無いから分かりませんねー」
「そもそも僕ら、正規のシステムにも対応してないしね」
裏口入学ならぬ裏口ログインなのである。プレイヤーたちが何を見ているのか、正確に知る術はハルたちにはない。
特に、個々に芽生えたスキル由来の固有視界であればなおのこと。
ハルの<神眼>ですら見えぬ何かを、天羽はその視界に捉えているというのだろうか。
「これを発見した瞬間、『これこそが新素材なのだ!』とビビっと来ました! これを日本へと持ち帰れば、あちらでは決して起こせなかったブレイクスルーが実現すると!」
「でもさでもさ? こいつらこれだけじゃ、動かないんしょ? こっからどーすん?」
「おっと。申し訳ありません。つい興奮して、大事なことを忘れていました!」
ハルたちにはまるで分からぬ事情だが、この装甲板はダークマターの力を溜め込む性質を備えているらしい。
しかし、これ単体を野ざらしにしておいても、自動で宇宙からのエネルギーをチャージはしてくれない。
エネルギーを供給してやるための、エンジン部分が必要だった。
天羽は<念動>のように装甲やパーツの数々を浮かして次々と組み立てると、瞬く間に人型へ作り上げていく。
宙づりになったそれは、胸の部分が空洞に開き、そこに動力炉を埋め込まれるのを待つばかりとなった。
「おー、すごいすごい。手慣れてんねー。見てて楽しい」
「こ、これが伝説の、“ぷらも”、なのですね!?」
「伝説なのかしら……?」
「はは、恐縮です! さすがに、もう何度も作って慣れてますんで!」
そしてそんな作り慣れた巨大プラモデルの心臓部となる、天羽のスラグが準備される。
「……それが?」
「なんだか、可愛らしいスラグちゃんですねー?」
「ぽわぽわしてますー……」
「可愛い、ですか? いえっ! お褒めにあずかり光栄です!」
「褒められてるのか……、これは……?」
まあ、別にそこはハルとしてはどうでもいい。重要なのはその機能だ。
天羽が取り出したのは、確かに可愛らしいともいえる見た目のふわふわした毛玉のようなスラグ。もこもこして、触り心地が良さそうだ。
一抱えほどはあるが、スラグ生物としては比較的小さい。
しかし天羽のスラグ最大の特徴は、その大きさではなく数にあるのだろう。一体の巨大な生物ではなく、こうして複数存在する事にこそ価値がある。
「これを、こうしてっ、機関部に組みこむことでこの兵士達は完成するんですよ!」
「うっ、うわっ! 毛玉さんの毛が、一気にウニのようにピンと!」
「思ったより凶暴でしたねー?」
「ね、可愛くはないでしょう?」
「天羽スラグちゃんには失望したよ。なぁハル君?」
「いや失望はしないけど……」
「これは、ケーブル、ということかしらね?」
その見た目から、最近ルシファーが追加武装として装備した侵食ケーブルを思い出したらしいルナだ。その連想で、用途をしっかり理解する。
こうして体の隅々にまで、血管のように、動力パイプのようにエネルギーを張り巡らせる。
いやそれだけではなく、動作命令を伝える神経の役割も果たすのかも知れない。
「これで、『充電』が始まったのかな?」
「んー? 動かんな?」
「まだ蓄えられたエネルギーがゼロの状態ですから。申し訳ありませんが、少々お待ちください。とはいえこうしてっ、無理に動かそうとすれば動かないこともなくっ!」
「おおっ!?」
ユキが少年のようにわくわくと見守る中で、ロボット兵士はなんとかぴくぴくと肉体を動かそうとする。
ハルもそんな姿に、ロボットアニメの初回起動シーンのような光景を連想し、同じく食い入るように見つめてしまった。
「……っと、このくらいが限度ですかね」
「頑張れ! もーちょいだ! 気合入れろー!」
「……エネルギーが足りてないんだから、無理なものは無理でしょうに」
「そこは気合でカバーさルナちー。なあハル君?」
「まあ、そうかもね……?」
「スラグさんの、頑張りにかかっているのです!」
「そういうものなのですか?」
「違うので聞き流しちゃってオーケーですよー?」
まあ、ハルとしても、本当に気合で動かれてしまっても困る。いずれ対処する側の者としては、そこは徹底的に論理的な存在であって欲しいものだ。
「しかし、これじゃあ真に『補給不要』とは言えんかもな? エネルギー切れを狙われたら、脆いんじゃないん?」
「そこは、それほど問題にはならないと思っています! それをカバーするための、量産体制ですので!」
「ふーん」
ユキは早くも、この仕様から彼らの弱点を見出しているようだ。ハルとしては出来れば戦いたくはないのだが、もう戦う気満々である。
しかしそれは、天羽の運用法次第になってくるだろう。
果たして彼は、何を目的として、この機械の量産をこれほどまでに進めているというのだろうか?




