第1762話 世界観をぶち壊す異質な勢力
ハロウィンのお祭りも終わり、遠く山の木々から紅葉に色づき始めた頃。この閉じたゲームフィールドは、そんな穏やかな風景の見た目にそぐわぬピリピリとした空気に満たされていた。
どの国もこれ以上領土を拡張できなくなり、この先は他国から奪って済まそうと、着々と軍備を整えている。
ハルたちの国もまた、そうした侵略に備えるために防衛力を増強、さらには収穫も前倒しにして、国の周囲に大きく広がる田園地帯では既に稲刈りを完了させていた。
「よかったですっ。これで、せっかく育てたお米が戦火で灰になってしまっては、無駄もいいところですからねっ」
「頑張って苗を用意してくれたのは翡翠だもんね」
「あなたにとっては、『お米』ではなくて『稲』なのねぇ……」
「ですっ。極論、食料としての『米』は、NPCは必要としていませんから。けれど、彼らの育てる作物は、この地に根付いた大切な命ですっ」
「植物第一主義のヤバい奴ですねー。こいつはー」
「“えぬぴーしー”さんは、植物様を育てる、使用人なのです……!」
まあ、地球でも同じような事は言われていた。もちろん冗談めかしてだが。
植物、特にイネ科作物は人間に食べられるために育てられているように見せかけて、生態系としての視点から見れば逆に人間はイネ科を繫栄させるための奴隷であるという。
確かに自ら労することもなく、彼らは地球上に大繁栄した覇権植物だ。そうした見方もできるだろう。
さらにこちらの住人は魔力で出来たロボットのようなものなので、余計にその印象が際立っていた。
「そんじゃ、ウチらはひっすんの野菜たちを育てるために、楽しいゲームだと騙されて駆り出されたって訳か」
「い、いえっ! あくまでこれは、一つの視点にすぎませんっ。このゲームの目的は様々で、もちろんユーザーの皆様の利益になることも多いですっ!」
そう、運営として参加した神々それぞれが、ゲームにかける思惑を持っている。
植物たちの安定した繁殖にはじまり、この惑星の環境改善のための開拓、プレイヤーの超能力スキルの発展、スラグの実用化。
それぞれの思惑が絡み合い、こうして一つのゲームとしての形を作り上げて来た。
「……そんな今回のゲームだけど、こうして早々に状況が煮詰まる事は想定していたのかい? それとも、僕らが居なければこれはもっと後になるはずだった?」
「それはですねっ。正直想定されていましたっ!」
「そーなん? まーそーか。どんなゲームだろーと、空白地帯埋めた後はそーなる。それはハル君いなくても大差ないわな」
「そうね? 特にこのゲームは、外部からの援軍要請が自由だから、開いた土地のぶん多くのプレイヤーが入り込むだけだったかも知れないわ?」
「ですっ。本来ならば、空き地が無くなったら外へと目を向け、より過酷な大地を開発して欲しいところなのですがっ」
まあ、そうだろう。それが『開拓』というものだ。安定した土地で不自由なく街を築くのは、どちらかといえば『開発』だろう。
そんな惑星開拓を大目標として掲げるこのゲーム、内輪で争っている場合ではないのだが、ゲーマーとして、いや人間としての性質上こうなってしまうのも仕方ない。
「なのでっ、戦争に負けると自動で僻地に飛ばされるようになってる訳ですっ」
「な、なるほど! だからティティーさんは、遠くの海へと飛ばされたのですね翡翠様!」
「そういうことですっ。その方の能力に合った、開拓しやすい土地が選ばれることになっていますっ!」
「なるほど……」
争いが避けられないのならば、争いの結果を自動で開拓地の抽選会にしてしまえばいい。運営の神々はそう考えたようだ。
勝手に僻地へ飛ばされれば文句も出るが、敗北の結果であれば弱い自分が悪い。そう意識誘導も出来るだろう。
ティティーの敗北と彼女の国が転送された事は、既に全プレイヤーの知る所となっている。
そのことが、状況が煮詰まっているにも関わらず未だ全面戦争には至っていない理由の一つだ。
新たな領土は欲しいが、負ければ彼方の荒れた土地に飛ばされる。やるならば、必ず勝てる戦力を備えねばならぬのだ。
「隣国の牛さんも、あの後は攻めては来ていませんものね。きっと確実にハルさんを倒す、戦力を整えているのです……!」
「無理じゃねそれは?」
「ハルを倒すのはね? でも、この国を落とすのは可能かも知れないわ? この前一当たりして、おおよその戦力は見えたでしょうし」
「留守を狙う気ですよー?」
あるいは、この地全ての戦力を結集し、まずはハルを倒すというのも一つの手だ。
広大なこのハルの国を排除してしまえば、ひとまず大きな空き地もできる事だし。
しかし、彼らがそれを選べぬ大きな理由があった。
異なる派閥同士が仲良く出来ない、という理由ではない。彼らも大半は同じ匣船家、共通の利害の一致があれば手を組むだろう。
しかしそんな匣船の中に一つ、無視できない戦力がハル以外に混じっている。それが彼らの、団結を妨げているのであった。
*
「おー、めっちゃ発展してんじゃん。うちらがひっすんと遊んだりレン君に悩まされてる間に、すくすくと育っちゃってまぁ」
「ただの大穴だったのが、今は一大空中都市ね?」
そんな、匣船勢力がひしめく中での台風の目となる一つの勢力。それが御兜天羽の勢力だ。
彼は同盟を持たぬ単一の勢力でありながら、ハルに次ぐ国家規模を作り上げた逸材といっていい。
いち早く鉱山を支配し、優れた鉄鋼業を中心として栄えた彼の国。更には、その資源と技術を用いてティティーの『海』があった大穴に新たな都市を建設した。
大穴を南北に貫く巨大な橋とその支柱を中心に、複雑に張り巡らされた足場が階層都市となって、穴の中で宙に浮かんで生活する街を形成していた。
「こちらでも地球でも、見たことがない街なのです!」
「それはそうよね? 安全上の理由以前に、特に住むメリットが無いわ?」
「ただしゲームでは見たことがある!」
「上からじゃー、全体像が見通せませんねー?」
ハルたちは今上空から、穴の中を見下ろすようにしてそんな天羽の都市を観察している。
何層にも折り重なったこの地下空中都市は、その性質上、上層の何層かまでしかここからは視認できない。
一層一層はそこまでの面積はないのだが、層の数がとにかく多く、全てを複合すれば穴全体を埋め尽くす程だった。
「ここだけ産業レベルがバグってんねー」
「そうね? 私たちの国も、隣国も、魔法があるとはいえまだ歩兵で戦争をしているのに」
「戦車とか、出てきそうなのです! あっ、でも、機械ばっかりの中で中央に川が流れているのが、自然と調和していていいですね!」
「あれがないと生活出来ないでしょうからねー」
そんな地下の空中都市を支えるのは、元は大穴に分断されていた大きな川の水だ。
天羽が手掛けた事業はまず、その断絶した川を水道橋を通す事によって復旧させる工事だった。
これは周囲の国々にとってもメリットとなった事なので、そこで文句を言うタイミングを逃してしまった感もある。
なおもう一つの理由は、この地を埋め戻していたハルに直接許可を取った事を、天羽が公表したせいなのだが。つまりハルのせいでもある。
「それでー、あれが天羽さんの、この土地を欲しがった理由とその成果って訳ですねー」
「……そのようだね」
「んー。ちょっとナメてたわ」
「そうね? まさかこの短期で、あんなものを……」
「すごいですー……」
ハルたちが空中から覗き見て脅威を感じ取っているのは、その地下都市の立派さだけではない。
彼がこの大穴を欲しがったのは、何も酔狂からでなく、その穴の底から採れるという資源の存在からだった。
その、恐らくは特殊な鉱物を用いて何を作る気なのかと疑問に思っていたが、どうやらここ最近、その成果が完成したようなのだ。
「あれは、ロボットですね! しかも人型の!」
「そうだねアイリ。見かけはなんとなくレトロさを感じるが、騙されちゃいけないよ? あれはきっと天羽君の趣味だろう」
「中身は、最新の高性能なのですか!」
「まあ、二足歩行を成立させている以上、そうなのではないかしら……?」
「やるねー。流石は御兜家のお坊ちゃんだ」
「将来の当主は、その知識も伊達ではないということですかー」
地下都市の縁、その地上部には、警備の兵士の代わりに人型のロボット兵が都市の守備を固めている。
この存在こそが、匣船が全て団結してハルを攻める決断を妨げている理由の一つ。
もし全戦力をハル討伐に向かわせてしまったら、その機に乗じて天羽のロボット部隊が、逆に自国になだれ込むのではないかと、そう不安視しているのだった。
「実際、そんな戦力あんの? 見えてる数だけとかじゃなくて?」
「うん。今も増産が進んでる。というかあれが、天羽君のスラグなんだと思っていいだろう」
「なるほど! 動力が、ダークマターのロボットさんなのですね!」
「だろうねアイリ。心臓部をどうするのかと思っていたけど、ダークマターで動くならばもう何も悩むことはない。事実上、充電なしで無限に活動出来るんだろうさ」
あるいは最も、このゲーム内でスラグを活用できているのが彼かも知れない。
無限の動力を有効に活用するならば、無人のロボット兵士が最適解として真っ先に上がってくる。
そんな天羽の扱いを、ハルたちとしてはどうしたものか。
一応、今は友好な関係ではあるが、この先は分からない。全ては、彼の出かた次第であった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/11/12)




