第1761話 休日の終わりに咲く花
「そんな感じでね、翡翠ちゃんは凄いのよ? ええ、凄いんだから! こうやって新しい土地で適当に種を蒔いて、簡単に芽が出るのも翡翠ちゃんのおかげね?」
「そうなの? 花って、土があれば適当にどこにでも芽を出すものだと思っていたよ」
「そうでもないわ? そうでもないの! 土壌は意外とデリケートでね? 植物に合った土を生み出すには、土壌内部の細菌の絶妙なバランスが重要なのよ!」
つまり、その環境を短期で再現する為に、翡翠の遺伝子改造した細菌などが活躍している。そういう事だろうか?
確かに、窒素を代表した植物に必要とされる栄養素は、そのままの形では吸収可能な形にならないと聞いたことがある。
地中の微生物の働きによって、初めて必要な状態に変換されるのだ。
ハルなどは横着してエーテル技術や魔法で直接作り出してしまっているのだが、それではいちいち手間がかかる。
長期的に見れば、そうして土壌を整えてやる事こそむしろ放置への近道なのかも知れない。
「いえっ。私もやっている事といえば初期のブーストくらいでしてっ。豊かな土を用意してくれるメタの助力が非常に大きいと、言わざるを得ないですねっ」
「そうなんだ? メタちゃんはいつも偉いね」
「なうなう♪ ごろ、ごろ♪」
「《ぶみゃ? ごろごろ♪》」
ハルに撫でられ、気持ちよさそうに喉を鳴らす猫のメタだ。
近くでは、大きなケットシーも真似をしているのか同じようにゴロゴロ音を発している。
「そういえば、あのクレーターの花畑、土を用意していたのもメタちゃんだったわね?」
「そうですね! おおきな“ぱいぷらいん”で、ごうん、ごうんと運んでいたのです!」
「あー、そういやそうだった。<転移>じゃダメなんかと思ったけど、そーゆー理由があったんね? 中身の細菌が重要なんか」
「てっきり、ただロマンの為だけにやっているのかと思っていたわ? ごめんなさいね?」
「にゃ、ふにゃぁあ。う、うみゃうみゃーお……!」
メタは『当然だ』と言わんばかりに、自慢気に頷いて肯定しているが、これは話を合わせて誤魔化しているだけだとハルには分かる。
まるきり嘘ではないが、恐らくは長大なパイプラインなど作らずとも、あの重力異常地帯まで必要な土を運ぶ方法はありそうだ。あれはあくまでロマン。
ただ、メタの工場の重要性は今の話を聞いて更に強まったように感じる。
あのプラント内ではそうした『豊かな土』を、絶妙なバランスで配合、培養して惑星の各地に出荷しているのだろう。
そうやって、ダメージを受けたこの星の土を回復してくれているのだ。メタは本当に働き者だった。
「よーしよし。偉いぞ偉いぞメタ助。うりうりー」
「にゃんにゃん♪」
「でかいねこ! お前も見習わないとね! やれるか? お前にもやれるのかでかいねこ!?」
「《ぶ、ぶみゃあ……》」
ケットシーは自信なさげに、両の肉球から土を生み出す。きっとそれも土に見える疑似細胞だろう。
それを、おずおずとマリーゴールドに手渡すと、花の肥料にしてもらっていた。
「あら? あらあら。これはあれね? きっとあれなの! 翡翠ちゃんの使っていた、お花の栄養と同じ物ね?」
「はいっ。そのようですっ。植物がこれを直接自身の細胞に組み換えることで、急速な成長を実現させるのです。劇薬ですがっ」
「うーん。じゃあ、あまりこればかりに頼っちゃだめね? 混ぜ込んで、薄めて使わせてもらうわね大きな猫ちゃん」
「《ぶみゃあ~》」
なんとか仕事をこなせたようで、ほっと一息なケットシーだ。創造主のヨイヤミからも、合格点が出たようであり、頭をぺしぺし叩かれていた。
「じゃあ、ここはマリーちゃんに任せてもいいのかな。彼の家も決まったみたいだしね」
「任されたわ? 任されたの! ……ねぇねぇハル様? 行ってしまう前に、私の仮装には反応はないの? せっかく頑張って、マッドな博士のコスプレしたのに!」
「ああ、うん。すまない。マリーちゃんがそもそもマッドサイエンティストだから、普段着かと思ってつい」
「もう、もうっ! 酷いわハル様! とってもひどいの!」
「ははは。ごめんね? 良く出来てるし、似合っているよ?」
「むーっ。これは、喜んでいいのかしら……?」
まあ、普通に可愛らしいし、大人っぽい色気も出ていて彼女に似合う白衣姿だったが、逆にしっくり来すぎて指摘しそびれたハルだった。
下手に褒めて気をよくしたら、それこそこのままフランケンシュタインでも作り出してしまいそうだ。彼女もまた、そのふわふわした見かけに気を抜いてはいけない神なのである。
そんなマリーゴールドをこの場に残し、ハルたちはこの廃墟の城を更に奥へと、皆で進んで行くのであった。
*
城の階段を上り、この国で最も高い屋上部までやって来る。
表では天空魚の見下ろすこの城だが、ここ裏世界には天空魚も居ない。主不在の、気軽に入れる空間だ。
……まあ、表でもハルたちは気兼ねなどしてはいないが。
ただ少なくとも、神聖なエリアとして表では王族NPCすら滅多にやって来ない場所であるのは確かだった。
「わぁーっ! すっごぉいっ!」
「おー、こりゃ確かに、絶景かな。祭りの街が、こっから一望できるねぇ」
「よくこの広い国を、一面これだけ飾り付けたものね? 頑張ったわね、ヨイヤミちゃん?」
「え、えへへへへへぇ……、照れる照れるなぁ……」
「すごいです! いっぱいいっぱい、働きました! 頑張ったで賞を上げちゃいます!」
「アイリちゃんがくれるんだから、これは勲章授与と同列ですよー?」
「わぁ! 私、今日からお貴族さまだ! でも、これはお姉さんたちがすっごく手伝ってくれたおかげだよね! みんなで頑張ったで賞だ!」
「ですねー。疲れましたー。ハルさん、お菓子くださいー。トリックオアトリートですよー?」
「はいはい。まあ、実際カナリーちゃんも頑張ってくれたしね」
「わーい」
肉体的な仕事こそしていないが、カナリーにはエーテルによる物資生成で飾り付け用に大量の小物を複製してもらっていた。
魔法で生み出す事が出来ない以上、面倒でもそうした正規の手段で作り出す必要があったのだ。これでも、手作業とは比べ物にならないほど早い。
……まあ、彼女に必要なのは肉体労働の方であり、ダイエットにはほとんど寄与していないのだが、まあそこは未来のカナリーがきっと何とかするだろう。
そんな皆の走り回った成果たるこの裏都市を見渡せるこの国の頂点には、ハルたちの前にどうやら先客が居たようだ。
「おや、ガザニア。来てくれたんだ。それに、」
「やあっ! お邪魔させてもらっているよ、ハル様……っ! これはなかなかに、良い街じゃあないかっ……!」
「リコリスもいらっしゃい……」
「お招きいただき、光栄です。場違いでなければ、よいのですが」
「リコリスちゃんだ! あははは! まーた男の子みたいなカッコしてるー」
「ガザニアは和風が好きですねー? 化け狐ですかー?」
「妖狐、といってくださいね。カナリー」
「おー、こっちもすごいすごい! 尻尾もふもふー。お前も負けてられないぞー、でかいねこー。あれ? でかいねこどこいった?」
「《ぶみゃ、みゃっ、ぶみゃぁ……》」
この世界の要たる『でかいねこ』ことケットシーは、通常の通路に身体が入りきらないので必死に壁を登って来ている。
疲労するのかどうかは知らないが、必死に息を整えるその姿を、妖狐に扮したガザニアがしっかり捉えているのをハルは見逃さなかった。
「気になるか、ガザニア?」
「ええ。どうしても。申し訳ありません」
「いや、いいけどね」
「この世界は確かにっ、君の力の上位互換とも言える存在! ガザニアが気になってしまうんのも、仕方のないことだっ!」
「……上位互換ではありません。確かに、広さは比べ物になりませんが、空間としても在り方が違う。位相違い、とでも言いましょうか」
「はっはっは。負けず嫌いだな、君も」
「お前も無駄に煽るなリコリス」
常に演技過剰な喋り方をするボーイッシュな神、リコリス。
彼女はここぞとばかりに男装を身につけ、今日は騎士のような仮装をしていた。妙に似合っているのが腹立たしい。
そんなリコリスの言っているのはガザニアの能力、異空間生成の話である。
ガザニアの力もまた、こうした別空間を生み出す事が可能だが、その面積は今の技術では非常に小さい。
そんな彼女が、こうして広大な異空間をいとも簡単に生み出すヨイヤミとそのスラグの力を気にしてしまうのも仕方のないことだろう。
「ところでだ、ハル様っ!」
「ん? どうしたリコリス。お前は保護観察処分の最中なんだから、あんまり妙な動きはせず大人しくしているんだよ?」
「いやだなぁ。大丈夫だってぇ。というかオレよりもさ、ヤバい連中もこの祭りには居るんだし、そんなこっちばっか警戒すんなってぇ」
「まあ、そうなんだけどね……」
先ほど出会った、アメジストにコスモス、エメなどの方が直接的なお騒がせ度は高いのは確か。
……しかしどうにも、このリコリスという女は胡散臭く、何か企んでいそうに思ってしまうハルなのだった。だいたい喋り方が悪い。
「……で、なにかな?」
「そうそう。セレステの奴は居ないのかい? さっきから、探し回っているんだけどねー?」
「ここに居ないなら居ないですね」
「そんな適当なぁ~~」
「まあ、確かに見ないね。ただまあ、あの子とモノちゃんは、今は特別任務に行っちゃって忙しいからね」
モノ艦長、いやモノ船長にはその名の通り、海賊の仮装など似合いそうなのに残念だ。などと思いを馳せるハルである。
二人は今も宇宙の彼方で、このゲームの運営の拠点を暴こうと頑張ってくれている。
「ふむ? まあいいけどね? 彼女には気を付けた方がいいよハル様。それこそ、オレと同程度にはねっ!」
「いやセレステがくせ者なのは同意見だけど、同程度なら君の方を警戒するんだけど……」
なにせ、リコリスはハルが直接支配はしていないのだ。今も裏で、どう動いているか分かったものではない。
それならば、この場で支配し後顧の憂いを断ってしまえと言われそうだが、可能な限り強制的に彼女らの意思を縛りたくはない。そう思ってしまう甘いハルだった。
「まあ、構わないさ。ただ支配されていようとも、全てがハル様の思い通りになる訳ではない! そう、心にとどめておいてくれっ……、くれっ……!」
「セルフでエコー掛けずともよろしい……」
……一応、理解しているはずである。ただそれも含めて、セレステの思うようにさせてやりたいと思うのは、やはり警戒心が足りないのか。
とはいえ、ハルや仲間たちに危害を加える事は出来ないので、そうそう危険はないと思うのだが。
「ねーねーハルお兄さんー! 花火は!? 今こそ花火の時だよ花火! ここで花火やろうやろう!」
「……そうだね。ここなら、きっと一番綺麗に見えるはずさ」
「だよねだよね! よーし猫どもー! 盛り上げる準備はいいかーっ!」
「にゃーん」「にゃーか」「にゃーん!」「にゃーう」「にゃーう」「にゃーんっ!」
いつの間にか屋上に大集合してきたメタたちの大集団、その大合唱を合図として、この常闇の街の空へと眩い大輪の花が咲いてゆく。
リコリスの言葉を含め、今後には様々な不安要素は残っていれども、今日くらいはそれを忘れて楽しんでも許されるだろう。
ハルはこの日の主役であるヨイヤミを肩車してやりつつ、次々と打ち上る花火の光に自身もまた目を細めるのであった。
束の間の休息の夜は、そうして平和に更けていった。




