第1759話 猫王国の祭りが始まる
「できたぁ!」
「にゃう!」「にゃうにゃう!」「にゃんにゃかにゃう!」「にゃーーんっ!」
メタも大喜びな歓声を響かせるこの裏面の街に、美しいお祭りの風景が完成した。
常に夕暮れ時のように薄暗いこの世界は、あつらえたようにハロウィンの雰囲気とマッチしている。
そんな夕闇の中に浮かび上がるのは無数の光。それらはいくつかの種類に分かれていた。
足元から優しく路地全体を照らし上げるのは、翡翠の植えた魔光花の発する灯り。
その数の多さから基本の光源となり、下限の光量をキープする役目を担っている。
同じ魔法の輝きでも、見上げれば一際強く地を照らす物が見受けられる。それはハルやアイリの配置した、常駐型の自律魔法のライトアップだ。
魔道具のようにシステム化され、使い手が不在でも自動で周囲の魔力を吸い取って周囲を照らし続ける。
その姿は、まるでお祭りの夜を飛び回る精霊のように装飾されていた。
そして、装飾として最も重要な役目を担っているのが、今回初登場のアイテムたち。
ヨイヤミが、というよりも彼女のスラグたるケットシーとその眷属たちが生み出した『スラグアイテム』。
これもまた、ダークマターの照射を受けて半永久的に動き続けるらしい。さらっと凄い物が出て来た。
「どれもしっかり作れているね。ヨイヤミちゃんの想像力は大したものだ」
「えっ。えへへへぇ。そーかな! ま、まあでもね? 実はそいつらの形は私が細かく指定したものじゃないというかー。むしろ全然てーだしてないのに、勝手に決まってくれたといいますかぁ……」
「まあそれでも、ベースとなったのはきっとヨイヤミちゃんの空想なんだよ」
「そうかな! そうかな!」
この輝かんばかりの笑顔を見てしまっては『そうに決まっている』以外の返答など出来ようはずもない。
理屈を詳しく推測するならば、恐らくはこれも、スラグを通してエリクシルネットに渦巻く意識達の連合体がデザインを代理したのだろう。
それらはスキルやスラグを組み上げる片手間で、小物作りの内職もこなしてくれているのだろう。
「このカボチャさんは、とっても可愛いのです!」
「あんまり怖い物が無くて良かったわねアイリちゃん?」
「はい!」
「そーゆー気遣いも出来るとは、やりおるなスラグども」
基本のカボチャのランタンをはじめ、可愛い小物がランプとなって、いくつも軒先に飾られている。
猫王国ならではの猫のデザインが多いことに始まり、ランプには動植物モチーフが多いように思う。
それが、大樹に侵食された家々の外壁と相まって、まるで不思議な背の低い木々が立ち並ぶ、魔法の森の中にでも迷い込んだような気分になってくる。
「表の世界の、生活感みたいなのがオミットされてるぶん、余計に侵食した木の質感だけが際立ってるんですかねー?」
「それはありそうだねカナリーちゃん」
「猫の国だからね!」
「なうなう♪」
「《ぶみゃぁ》」
そんなライトアップされた魔法の森の中を、愉快に着飾った仮装の集団が歩いてゆく。
表では大通りだった路地を進むと、そこはこちらでもそれぞれお祭りのために用意されたお店が多く軒を連ねるエリアとなっていた。
特に大通りのぶつかる広場には、通行を封鎖して持ち出された大きなテーブルに大量の料理やお菓子が積み上げられて、オープンテラスのパーティータイムが既に始まっているようだ。
「にゃんにゃん♪」「にゃかにゃか♪」「にゃんにゃんにゃーん♪」
「《ぶみゃっ、ぶみゃおっ》」
大量のメタの分身たちや、猫妖精の眷属たち。広場ではかれらが、陽気なリズムで輪になって踊っている。
それを囃し立てながら、既に乾杯をスタートしている人物がテーブルには居るようだ。
「いえーいっ! 何回目かの、かんぱーい! あっ、ハルさんたち。楽しんでますー?」
「やあ、イシスさん。イシスさんは、聞くまでもなく楽しんでるみたいだね?」
「もう出来上がってるわねぇ……」
「あーっ! イシスお姉さん、手伝いもせずにもう飲んでるー! いけないんだー、サボりサボり!」
「うっ……! そ、そりゃあ手伝えなかったのは申し訳ないですけど、私も忙しかったのよヨイヤミちゃん! 食品メーカーであるうちは、ハロウィンなんていったらやっぱり業務が増えるんだから! ハルさんたちは、こっちにかかりきりだしぃ……」
「……うちは食品メーカーじゃない、ってツッコミも今はしづらい雰囲気だね」
「……確かにイシスには、表の業務を任せきりにしてたものね? まあ、今はハメを外しても構わないわ」
「ふーんっ」
ソウシの事を色々と揶揄したが、そのソウシの親の会社を揺るがしてしまうほどの影響を与えたハルたちもまた、食品関連のイベントは当然もろに受ける。
そんな激務を、取り仕切る役目を担ってくれたのがイシスだ。ルナの言うように、少しは羽目を外させてやろう。
「ところでイシスお姉さん。えっちな格好してるね! その包帯の下ははだかなの!?」
「はははは、ハダカな訳ないじゃないですか! いい? ヨイヤミちゃん? こーゆーのは、アクシデントで脱げてもいいように、下にちゃんと着てるの」
「ふーん。アクシデントを装って、ほどけて見せつけるのが狙いの衣装かと思ってた」
「なんてこと言い出すのこの子は!」
「そろそろ驚きませんねー」
……その発想の元となった、ヨイヤミの見て来たあの学園の爛れた学生たちが少々心配になってきたハルだった。
それはさておき、イシスも忙しいと言いつつも仮装はしっかりとこなしてきている。流石はお祭り好きだ。
イシスの衣装はシンプルに、全身に包帯を巻きつけたいわゆるミイラ男スタイル。男ではないが。
むしろ女性らしいボディラインがしっかりと強調されており、色っぽくそして艶めかしい。
恐らくは、あの夏の水着の時に油断していたお腹周りを引き絞った成果を、この機に乗じて見せつけたいのかと思われる。
「まあー、それも今日までで、このお祭りで元のぷにぷにへと逆戻りなんですけどねー」
「人のお腹見てなんて事言うのカナリーちゃん! ううううう……、でもきっと、カナリーちゃんも同じ道を辿るんですからぁー……」
「そんなことないですー。ないですよー? ねぇー?」
「……そうやって可愛く見上げてきても、カロリー消費を上げてはあげないからね?」
「そんなぁー。ふーん。いいですもーん。逆に翡翠みたく、おっきくなってみせるんですからー」
「カナリーっ、その身体で胸にだけ脂肪を回すのは、大変だと思いますっ。むしろおなかにばかりっ……、ぐえぇ……」
「やかましーですよー?」
……まあ、イシスの予想通り、このお祭りにてカナリーの体重もきっと残念なこととなってしまうのだろう。
カナリーに関してはこのお祭り以前に、普段からの行いによる自業自得であった。
そんな猫と化け猫たちの踊り狂う広場には、イシスの他にもちらほら祭りを楽しむ者の姿が見える。
広場中央のステージには、猫たちに混じって激しいステップを刻む二人の姿が。
一人はお手伝いから解放されたソフィーが、重い鎧兜をものともせずに華麗な演武を披露している。周囲の猫たちは切り刻まれないかヒヤヒヤだ。
そしてもう一人は、あれは仮装なのかステージ衣装なのか。踊り子のような衣装に着替えたマリンブルーが、猫のバックダンサーを従えてアイドルらしく激しくも可愛いダンスでアピールしていた。
「みんなっ、楽しんでるかなっ♪ 今日は“私の”ハロウィン特設ステージに集まってくれて、ありがとっ♪」
「にゃっ!?」「にゃにゃん!?」「なうなうなーご!」
「お前のじゃないだろー。引っ込めマリンブルー」
「フン。騒がしいことだな……」
「ハハッ。そう言いつつ顔出すオーキッドも実は付き合い良いよな!」
「黙れ」
そんなステージを乗っ取る勢いのマリンブルーに野次を飛ばしたり、うるさそうに顔をしかめる男性陣も、隅の方に確認できる。
男性版イシスのようにだらけながらマリンブルーに文句を言っているのがマゼンタ。
彼と似たような背丈と赤い髪色だが、こちらはステージに盛り上がっているのが最近加入のアレキである。二人は似ているだけではなく、仲が良く交流もあったようだ。
二人は西部劇のガンマンや、保安官のような衣装に着替えていた。ただ子供姿なので渋さはなくむしろ可愛いだけだ。
そんな二人の傍で、うるさそうに仏頂面をしているのがウィスト、別名オーキッドだ。言う通り付き合いがいいのか、二人に絡まれただけなのか。
こちらは仮装をする気もないようで、ただ静かに酒を傾けていた。
まあ恐らく、あれでいて楽しんでくれているのであろう。まだ長い付き合いとはいえないが、ハルも何となく最近は分かってきている。
「……急な告知だったけど、けっこうみんな来てくれているね」
「そうね? なんだかんだで、皆遊びたかったのではなくて?」
「そうですねー。最近はこうして、遊んで騒いでって機会もなかったですしねー?」
「うちら、たいてい何かしらの事件に首突っ込んでるもんね。最近は」
「神々の皆様の、気分転換になれば幸いなのです!」
確かに、ヨイヤミのためにと取り組んだこのイベントだが、彼らの気分転換にもなったというならばハルにとっても幸いである。
それに一応、彼らを取りまとめる者として、ろくな慰労もせず仕事にこき使ってだけという評価は避けたいものだ。
そんな猫の王国のお祭りは、当然これだけで終わりではない。
ハルたちは広場を後にして、更に大通りの先へと一同で練り歩きながら進んでいくのであった。




