第1757話 どこから飾るか、どこから吸うか
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「やはり女装がいいと思うのだけれど」
「なにが『やはり』か分からないし、普通に嫌だよ僕は……」
ハルが悩んでいると、ルナがまた妙な事を言い出した。何かにつけてハルを女装させようとしてくる彼女だ。
確かに仮装といったらそういう方向性もアリだし、文化祭といえば何故だか定番のようになっている。
これも、仲間たちで行う文化祭のようなものだと考えれば、提案そのものが的外れとはいえないのだが。
「でもハル君、『ローズ様』はやってくれたじゃん」
「そりゃ、必要とあれば女性キャラも操作するけど、これは仲間内の催しで誰に見せるものでもないでしょ……」
「あら? 誰かに見せるならいいのね?」
「んー、それなら、大々的に外の連中呼び込もっか」
「そういう意味じゃない! あと女性キャラ操作と、仮装は微妙に違うでしょ」
「そうね? 何か少し、違うわよね?」
「そこは、同意するのですね! 難しいですー……」
……どうかアイリには分からないままでいてもらいたい。
とはいえ、このまま代替案を出さないまま悩んでいると、なし崩し的に女装をさせられてしまいそうなハルだ。それは何としても避けねばならない。
ここはあまり悩まずに、さくっと決めてしまわねば。しかしながら、適当に決める事も許されない。ヨイヤミを楽しませてやる事が第一のミッションである。
「よし。ここは、この空間のホストに直接聞こうか。ヨイヤミちゃん?」
「がおーっ! ……んっ? なーに? ハルお兄さんはお着替えしないの?」
「それなんだけどね。ヨイヤミちゃんは僕には何が似合うと思う?」
「女装よね? ハルには女装が良いと思うわよね?」
「ルナちー……、子供の意見をムリヤリ誘導しようとするダメなお母さんみたい……」
「誰がお母さんよ……」
「……うーん。んにゃー。女装はないかなー」
「ふにゃぁ~~?」
ルナのあからさまな誘導には惑わされず、我の強い少女は猫耳を揺らし、にゃーにゃーと鳴きながら否定してくれた。
悪いルナお母さんの野望は、ここに潰えたのである。一件落着。
「どーしたヤミ子。珍しく恥ずかしがっておるな。ほれー、言ってみ言ってみー? 笑わないからさ」
「う~~。えっとねえっとね。ハルお兄さんには、カッコいいのやって欲しいなぁ。だってお兄さんは、囚われの私を助けてくれた王子様なんだから!」
「すてきですー……」
「おー。よー言ったぞヤミ子! お姫様なヤミ子も可愛いぞー。うりうりー」
「あはははは! ユキちゃん、くすぐっちゃやだーっ! それに、今のなしなし! 今の私は、もうなんにも出来ないお姫様じゃなくて、この猫王国の猫女王様なんだから!」
「にゃんにゃん♪」
「《ぶみゃーご♪》」
少し気恥ずかしいが、そう言ってくれるとヨイヤミをあの病棟から連れ出したハルも報われるというもの。
とはいえ、あれはハルのエゴのようなものなので、あまり美化される話でもないとも思ってしまうが。
「じゃあ王子様をやりますか、ハルさん?」
「ああ、別に構わないよ。それなら」
「いーやっ! だめだめ! 私のワガママで決められないし、この街にはちょっと似合わないもん! ……あと私が恥ずかしいしぃー」
「あっ、分かります! 『ふおおおおおおっ……』ってなってしまって、頭が真っ白になってしまうのです!」
「あはははは! ふおおおおおー!!」
……ヨイヤミの方は何だかエネルギーを溜めているように見える。まあそれは今はどうでもいいか。
「そうね? 確かに、今はヨイヤミちゃんが気兼ねなく楽しめる事が先決だわ? となると、格好いい系で、ダークなものかしら?」
「んー。ハロウィンらしく、吸血鬼とか?」
「カッコイイです! ハルさんの吸血鬼、吸われたいですー……」
「あははは! アイリお姉ちゃん、吸われたいって、いったいどこから吸われたいのぉ?」
「どこからっ、て……! そ、それは、もちろん口づけをするように、首筋からが王道なのです……!」
「ならもしその相手が、そこの翡翠だったならどうかしら?」
「わっ、私でしょうかっ! ど、どこからでも吸って頂いて構わないですよ? その、血とか無いので出ないのが申し訳ないですがっ」
「ルナもそこで乗っからないのー」
いやらしくニヤニヤ笑うヨイヤミに、保護者としての立場を忘れたルナが追随する。
ルナはあからさまに、少し離れた場所で佇む翡翠のその大きな胸を指差していた。そこに吸いつけと言わんばかり。
……とりあえず、吸血鬼コスも候補から外しておこう、そう思うハルだった。なんだか事あるごとに、そうした妄想が頭をよぎってしまいそうである。
*
「おお、かっくいーじゃんハル君。それなに? 魔王?」
「うん。魔王様ルックだって。アイリがこれが良いんじゃないかって」
「わたくしたちおばけや、モンスターを統べる王様なのです! 王子様がダメなら、やはり魔王様かと!」
「余計な『魔』はどこから来たのかしら……」
まあ、この薄暗い裏の世界には雰囲気はマッチしているだろう。
ハルの着飾った仮装は、黒系統でまとめた厳つい衣装に大きなマント、ついでに悪魔の翼も生えている。装飾過多だ、収納に苦労する。
頭上には王冠のように、黒くトゲトゲしい光輪も浮かべ、魔王の地位を表していた。完全に魔法ありきの仮装である。
「なんだとぅ。この猫王国で王を名乗るかふとどきものー。王は一人でいい! 猫女王の座は渡さないぞー。がおーっ」
「ふかーっ。ふみゃーおっ!」
「いや大丈夫大丈夫。ほら、猫王国にやってきた、他国からのお客さんってことでさ」
「なら安心だ! あはははは! ほらー、もっと威厳だしてこーっ」
「アイリちゃんの上司なのね? ただそうすると私は……」
「あはは。ルナちーは冒険者だから、魔王とは敵だな?」
「そうね? 魔王に挑んで敗北し、弄ばれてしまうのね? 翡翠? あなた魔法使いでしょう。パーティを組むわよ?」
「弄ばれるために、パーティを組むのでしょうかっ……?」
大きな胸元をさらけ出した、ある意味でゲームらしい冒険者パーティの結成だった。
「というかそういうユキこそ、敵ではないの? あなた天使でしょう」
「ん? どーなんだろ? これ『ルシファー』だからある意味、対となる存在?」
「宿敵なのでしょうか! それとも同一存在なのでしょうか!」
「いやその姿で『対』とか言われてもね……」
大きなぬいぐるみを被ったような、ユキの着ぐるみ姿。威厳のかけらもなく可愛い『ルシファーさん』といった感じであった。背中の羽もファンシーだ。
ハルに対抗して頭上にも光輪をつけ始めたようだが、固定している紐が丸見えな上にリングがドーナツにしか見えてこない。
「じゃあ私も、魔王様の手下ですよー。お給料にお菓子くださいー」
「カナリーちゃんも着替え終わったんだ。お給料は、きちんと働いたらね」
「私はもちろん、冒険者パーティに加わる! 魔王かくごー!」
「こっちはずいぶんガチ感の高い戦士ね……」
ハルに続いて、カナリーとソフィーも仮装を終えて合流した。二人とも、なかなかに気合が入っている。
カナリーは、『これぞハロウィン』といったジャックオーランタン、かぼちゃの仮装だ。頭に非常に大きなカボチャをかぶり、くりぬいた口の中からとぼけた顔を露出させている。
お菓子のアップリケがふんだんにあしらわれた子供っぽいドレスに、大きなバスケットを抱えておねだりの準備も万端。
一方のソフィーはといえば、なんと本格的な甲冑。日本の鎧兜を纏っている。
てっきり新選組のような動きやすい衣装で来ると思ったが、それでは仮装のし甲斐がないと判断したのか。
まるで重さを気にすることなく、大股で機敏にガシャリガシャリと動き回っていた。
「よーし! ゲームスタートだね! 魔王チームと、勇者チームでバトルだね!?」
「がおーっ! 負けないぞー!」
「うんうん! こっちも負けないぞ!」
「いや違うから。この裏世界の街の飾りつけだから。ヨイヤミちゃんが乗ってどうする」
「にゃっふっふ」
「しまった!」
まあ、遊んでもいいのだが、ここでふざけていては何時まで経っても準備が進まない。文化祭前日に、皆で校舎に泊まり込みする事になる。
「ただチーム分けはこのままいこうか。僕らは、魔法系が集まった感じするから特殊効果担当で」
「うんうん! こっちは、肉体労働担当だね!」
「任せろい。体を動かすことに関しちゃ、誰にも負けんて」
「ユキはその着ぐるみの状態で、普段通りに動けるの……?」
……動けそうだ。動いてしまうのがユキである。着ぶくれのルシファーがぼふぼふと足音を立てながら機敏に動く様子を想像すると、非常にシュールではあるが。
「わ、私も足手まといにならないように、頑張らなくては……! むんっ……!」
「……そうおっぱい揺らして気合を入れなくても、あなた神なんだから問題ないでしょうに。問題は私ね?」
「ん? ルナちーこそ、こんなかで一番活躍しそうじゃん? ほら、<近く変動>あるっしょ」
「あれってこっちでも使え……、るみたいね……」
「はいっ。ここは正確には異空間という訳ではなく、表世界と同一の空間ですからねっ。スキルだってそのまま使えますっ」
ルナの<近く変動>はこちらでも相変わらず、重機いらずの活躍を見せる。特殊なイベント専用ステージのような物の設営は、ルナに任せて大丈夫だろう。
他の力自慢三人には、ユキ、ソフィー、翡翠には装飾用の小物などを次々と運び込み配置してもらう事にしよう。
「僕らは魔法効果などを使って、幻想的な雰囲気の演出をするよ」
「はい! “はろいん”といえば、カラフルでピカピカな、派手なイベントですからね!」
「電飾でライトアップですよー。この薄暗い世界でも、昼間のよーに明るくしちゃいましょー」
「おおっ。でも、私は魔法とか使えないよお兄さん? エーテルの技も、まだそんなに器用なこと出来ないし……」
「大丈夫ですよーヨイヤミちゃんー。エーテル技術は、私がその都度教えますからねー。なに、簡単ですから、すぐにヨイヤミちゃんならマスター出来ますよー」
「まあ、灯りを点ける程度ならね。問題ないよ」
「……うん! がんばる!」
「それにヨイヤミちゃんは、なんと言っても監督だ。この猫王国をどうしたいか、そのイメージを僕ら全体に指示して欲しい」
ここは彼女の作った世界であり、このイベントは彼女の主導した企画である。
ある意味ではヨイヤミの初めての冒険のようなもの。手助けはしつつも、なるべく彼女の思ったように進めて欲しい。
「にゃっ!」
「そうだね。メタちゃんもお手伝いしてくれるんだよね」
「にゃうにゃう! にゃっ、にゃっ、にゃっ……」
猫のメタが足元で、自分も忘れるなとばかりに不敵に目を光らせる。
ハルが鳴き声に頷いたその瞬間、表の世界から、地を揺るがすような異様な地響きがこちらの裏側にまで届いて来た。
その地響きはすぐに直接こちらに入り込み、目に見える形でハルたちの方へと向かってくる。
「猫津波だ! 猫王国に、猫津波ーっ! すっごーい!」
「にゃう!」「にゃうにゃう!」「にゃにゃうなう!」
街中に、いやこのゲームフィールド中に配置されていた無数のメタたちが、大集合しお手伝いに駆けつける。
もはや津波のようになったこれだけの数の『猫の手を借りれば』、街ひとつの飾りつけなどという一大事業も期日までに片付けられそうだ。非常に頼もしい助っ人だった。
「よっしゃソフィーちゃん、メタ助に負けるな!」
「うん! そうなるとやっぱこの鎧重いね、脱いじゃおっか!」
「私も本音を言うと動きにくい! でも、これも一つの縛りプレイじゃ!」
「確かに!」
「別に脱いだっていいと思うわよ……?」
そうして、気が早い仮装を終えた状態でハルたちの『文化祭』準備は始まる。
実は期日などは特にないが、まあなるべく早く済む方が良いだろう。戦時である。
何か一人、具体的にいうとイシスを忘れているような気はしたが、特に言及することなく各々の仕事に取り掛かっていくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




