第1755話 猫王国さっそく第一の祭りに着手す
どうやらこのお話では珍しい季節イベントに手を出すようです。
巨大な猫の妖精に導かれ飛び込んだ先は、元いた大地とは違う不思議な世界。
太陽は届かず薄暗く、足元の地面もあやふやな、なんとなく不気味さのある変わった空間だった。
「……ここが、猫王国?」
「そう! 正確には、これから猫王国になる予定の世界!」
「《みゃご、みゃご》」
「凄いね、ここは。いや本当に恐れ入ったよ」
「スイレンたちがそんなに手放しで褒めるなんて、実際相当に凄いんだろうね?」
「ふみゃう、ふみゃーおっ!」
「メタちゃんも凄いって言ってる!」
「……分からないな? 何をそんなに驚く事がある? お前たちは元々、学園に異空間を形成していたじゃあないか。それとも、あの技術はアメジストとやらの固有のものか?」
「そうなんだけれど、それともまた少し違うんだよ。正確に言うと、この世界は『異空間』という訳ではないのだから」
「えっ、そうなのスイレン?」
「にゃう!」
「そうだよ。メタもそう言ってる」
「異空間以外の何だというんだ……?」
「だから猫王国だって!」
ハルにも正直、どう違うのか分かっていない。
ソウシの言ったように、既存の経験と照らし合わせるのであればアメジストの異空間が最も近いようにハルも思う。
しかしあれは、ガザニアによる空間生成技術を応用して作り上げたもの。神であるスイレンやメタにとって、驚愕に値するものではない。
二人の反応はどう見ても未知の技術を目の当たりにしたそれだった。
「まず誤解をしているみたいだね、キミたち。この特殊な世界は、実は通常空間から出てはいないんだ」
「そうなの!?」
「発動者のヨイヤミちゃんが驚いちゃってるよ……」
「だって私は、この手でファンタズマゴリア猫王国キングダムを完成させてしまったのだとばっかり……」
「ふなんな……? うみゃーご……」
「まあ名前は好きにすればいいけど。ボクらから見れば明らかに隔離空間とは別物で、それでいて元の物と同一でもないという実に変わった性質なんだ」
「どゆこと?」
こてん、と首を大きく傾けるヨイヤミ。ハルも態度には出さないが、彼女と同じ気分である。
どう見ても、元居た平原からハルたちは奇妙な空間へとワープして来た。これが、空間系の能力ではなくなんだというのか?
「よく、足元の地形に目を向けてみるといい。平地だから分かりにくいけれど、元あった地形を踏襲している事に気付くだろう」
「そんな事を言われても、分かる訳がないだろう」
「じゃあ、分かりやすい位置まで移動しようか。いいかな、お嬢さん?」
「ん? よーわからんが、ヨシ! よーし、でかいねこ! すすむぞー!」
「《ぶみゃー!》」
ケットシーことでかいねこは、その頭にヨイヤミを乗せてのしのし歩く。
すると大して進まぬうちに、確かにスイレンの語った事が事実であるというその証拠が、ハッキリ分かる形で目の前へと現れるのだった。
「これは……、あの煩わしい大樹か……?」
「煩わしいとか言うなよソウシ君」
「うるさい黙れ。煩わしいに決まっているだろうが、これだけデカいと。しかし確かに、これは見間違うはずもないか……」
「ね? 理解しただろう? この世界は、元の空間に強制的に階層構造を設けることで生み出された二重世界のようなもの。レイヤー分けされた、積層空間さ」
「ほえ~~っ」
「分かっていないだろう、お前」
「ふーんだ。分かってるもーん! つまりはスラグねこちゃんによって増幅されたプレイヤースキルにありがちな物理法則の改変がこうした形で顔を出したってことでしょ? 階層ってことは、四次元構造の一部を強制的に三次元空間に再現するタイプの宇宙ってとこなのかな?」
「なんだ……、この娘……?」
「ヨイヤミちゃんは勉強家だからね」
学園の病棟に居た頃は、何もする事がないので学生たちの意識に同調しては授業を一緒に受けていた少女である。侮ってはいけない。
……とはいえ、学園で今のような内容を教えていたのかというと、そこは少々疑問だが。
まあゲームでいうなら、一つのフィールドマップを共有して、同時並行的に複数の街を運営するようなイメージが近い。
世界1と世界2のプレイヤー同士は、同じマップ上に居てすれ違いながらも互いを決して認識することがない。それが、『階層が違う』ということだ。
コスモスたちの作っていた裏世界、認知外空間が実態として近いかも知れない。
とはいえ特別必要のない限りは、コピーした街を別々のデータとして用意してやった方が楽なのだが。
「言うなれば『透過率90の世界』ってあたりかな。うっすらと、地形の輪郭だけが反映されているだろ?」
「わかんない! でもそれだと、好き放題に私たちの街を作れないのかー」
「確かに、なんとなくあっちの方に、街の影も見えているね」
「まあ、でもそれなら、わざわざ一から全部自分で用意しなくて済んで楽だよね!」
切り替えの早いことだ。
ヨイヤミと、彼女を乗せたケットシーは駆け足でその街の幻影へと向かう。
そこには、見覚えのあるハルたちの国が、シルエットとしてのみ存在していた。人はおらず、まるで廃墟の国になったかのように建物の形だけが浮かび上がっている。
「う~ん。いいね! もうちょっと装飾すれば、このまま不思議な猫の国に出来ちゃいそう!」
「こっちの地形に手を加えて、表世界に影響はないのかスイレン?」
「大丈夫だよ。基本的に、階層同士が影響を及ぼし合う事はないさ。わざわざ望まない限りね。証拠にほら、意識を集中してみなよハルくん」
「そう言われてもね?」
「今も、元の空間ではこの場にNPCが行き交っている。彼らの体と今も重なり合ってるけど、誰も何も気にしてないだろ?」
「あっ、ほんとだ! ねこの中に、人が次々飛び込んでってる! あははあは! おもしろーいっ!」
「《ぶみゃーお》」
丸くて大きなケットシーの身体に向けて、幻影のようなNPCの輪郭が飛び込む姿がハルにも見えた気がした。
しかしそれらは取り込まれた訳ではなく、すぐに何事もなかったかのように背中から飛び出てくる。
表の彼らにとっては、こちらの存在は何の障害にもなっていないのだ。
確かにこれは、『レイヤーが違う』と言って相違ないようだった。
「よーしでかいねこ! ここに表にも負けない、街をつくるぞー!」
「……とりあえず、きちんと名前をつけてあげようね?」
「ほーいっ。あとでねー」
なんの苦労もなく形になった、ヨイヤミの新たな能力。その力を前に、ハルは彼女の才能の高さを再確認するばかりだ。
これは、やはりヨイヤミが非常に高いエリクシルネット適性を有しているが故なのか?
いったい何時アクセスしたのか、頭痛があった様子もなしに、一瞬でこの力を芽生えさせてしまった。
四次元の三次元への落とし込み、あるいは位相のズレた空間への入り込み。
どんな物理法則を弄ればそんな芸当が出来るのか、一目見た程度では、ハルにはまるで見当もつかない。まさに『超能力』の行使なのだった。
*
「街ごと丸ごと、このまま素材を生かして廃墟な秘密基地にしてー。いーやそれとも、入って来た人がびっくりウットリしちゃうような、おしゃれでキラキラな世界にしようかなぁ」
ヨイヤミはケットシーを子分のように従えながら、ああでもないこうでもないと、裏側の街を装飾して回っている。
こうしていると、壁に好き放題に落書きをし、手当たり次第におもちゃを飾り付ける子供そのものだ。
とはいえ、そんな無邪気なイタズラを温かい目で見守ってばかりもいられない。
街をまるごと作るとなれば、この小さな少女一人の手には確実に余ってしまうだろうから。
「僕も手伝うよヨイヤミちゃん。でもそのためには、まずは方向性を決めないとね」
「はーいっ! うーむ、どうしたものか……」
「《ぶみゃぶみゃ……》」
腕組みで悩むヨイヤミの背後で、ケットシーも同じポーズで巨体をかしげている。
このスラグは完全に、彼女に従い彼女の指揮下にあると、そう思って間違いないようだった。
「んなんな。にゃうにゃう、なうん!」
「んん? どーしたのメタちゃん? ここは猫王国だ! 何か意見があったら、どんどん言っちゃっていいんだからね!」
「なうなう! みゃおーん!」
「ふんふん! ふむふむ! なにかななにかな!?」
何かを思いついたらしいメタが、ざりざりと地面をひっかきながらヨイヤミへと訴えていく。
ヨイヤミと共にハルがその地面を覗き込むと、そこにはどうやらカボチャらしい絵が爪で描かれていたのであった。
「おお、これは、あれだね! あれだ、“はろいん”! お菓子食べるやつ!」
「フッ。単純な認識だ。やはりガキか」
「しかたないじゃーん。病棟ではなんだか盛り上がってたみたいだけど、私は動けなかったから取り分のお菓子押し付けられるだけだったんだしー」
「……そうか。それは、悪かったな」
「べつにー。私も確かに、そんな子供っぽい催しには興味をそそられなかったもんねー」
触れづらい話に触れてしまったと思ったのか、珍しくソウシが口ごもる。このあたり真面目というか、律儀な人物である。
ただ、ヨイヤミはこう言ってはいるが、やはり心のうちでは興味があったのではなかろうか。
ハルとしても、この子には今まで出来なかった経験をさせてやりたいという気持ちは大きい。
「僕らも、ハロウィンのイベントにはあまり参加していなかったからね。ヨイヤミちゃんが触れる機会も、作ってあげられなかったかな」
「だから、気にする事ないってハルお兄さん。私はそんなのではしゃぐほど、お子様じゃないもーん」
「ふにゃぁ~~?」
「ああ、そうだねメタちゃん。本当に興味が出ないかどうかは、参加してみないと分からないよね?」
「にゃうにゃう♪」
「もー。ふたりして子ども扱いしてー。ぶぅっ」
別に、子ども扱いしている訳ではない。『内心参加したいのだろう』と言い出すつもりもない。
ただやはり、参加してみれば案外面白かったということもあるものだ。何ごとも経験。
「僕らにとっても、『なんかゲームでどこもイベントやる季節』でしかなかったしね……」
「ふっ。企業戦略に踊らされる俗物が多い」
「そうかな? むしろ企業側が、『やらなければいけない』と踊らされていないかい? ボクにはそう見えるよ」
「あー、そうかもねえ。ソウシ君の会社も、惰性と義務感でパンプキン系の限定商品出してるんじゃないのー?」
「うるさいぞ! ならば出さなかった場合の損失を、埋める準備があるのだろうな!」
「あはははは! 醜い大人の争いーっ」
「《ぶみゃぶみゃお》」
踊らされていようが何だろうが、楽しいと言えるならそれでいい気もする。
結局誰もが、踊るきっかけが欲しいのではないだろうか。
「よしっ! じゃあ、この街をキラキラのはろいんで飾り付けしちゃおー! 幻想の国だもん、ぴったりかもしれないね?」
「うん。そうだね。こうしてベースは出来ているんだし、それに沿って飾り付けするのは向いてるかもね」
ハルは周囲を見渡し、のっぺりとした輪郭の幻影の街を確認する。
この土台を装飾するようにして猫王国を作り上げる方式は、素材を活かすという意味でもちょうど向いていそうであった。
「うん、やっぱりキラキラがいいよね! 迷い込んだ人が静かな廃墟を彷徨うのもいいけど、『なんだか楽し気な雰囲気の世界に来ちゃった』ってほうがいいもんねー」
「そうだね。落ち着いた探索を楽しんでくれる人もいるだろうけど、人によっては不安になっちゃうかもだ」
「だよねーっ。私は出来るホストだから、その辺の気配りも欠かさないのでした」
「でも、いきなり派手な世界に迷い込んでしまったら、それはそれで怖がってしまうかもしれないよ?」
「ぶーっ。イケメン二号は意地悪なこと言うんだからー。だから暗黒なんだぞー」
「……おい待て。お前いま迷い込むと言ったが、この世界には、元の空間から人間が入り込めるのか?」
「?? そだよ? そうじゃないと、楽しくないじゃん。何のための猫王国なの?」
「オレが聞きたいんだよそれは! ……ハル、いいのかそれで?」
まあ、確かに、不安要素が無い訳ではない。例えば、この世界を絶好の隠れ家として悪用されるとか。
「うーん。ねえヨイヤミちゃん? 猫王国のセキュリティは、どうなっているのかな? 犯罪の拠点に使われるとかさ」
「他にも、敵国の人間が諜報に活用するなんてことも考えられるね。ボクらでなくとも、きっと訓練すれば表の様子はこちらから透視できるよ?」
「だいじょーぶ! そこは、猫ちゃんたちが見逃さないもーん。おとぎ話の国に入れるのは、そーゆー悪いこと考えない心の綺麗な人だけって決まってるんだから!」
「ふにゃぁ~~?」
「《ぶみゃ、ぶみゃっ》」
「お前が選別してくれるの?」
「《ぶみゃんっ、みゃんっ》」
分かっているのかいないのか、ハルの問いかけに頷くようにケットシーは返事を返す。
まあ、スイレンに聞かされたこのスラグの仕様を思うと、そうした曖昧な判別もしてくれそうだ。
エリクシルネットの意識達、人の意識がインストールされたスラグなら、そうした機械的には難しい判別でも“無数の人間の目”で判定してくれそうだ。
この事象改変処理のように、集合知による高度な判定できっとなんとかしてくれるのだろう。たぶん。
……まあ、もし問題が起こったらその時は、仕事を増やすようで悪いが内部のメタに教えてもらおう。
「……それじゃあ、だれか来てもいいように、さっそく飾り付けをしていかないとね?」
「うんっ!」
とりあえず今のままでは人手が足りない。ハルは他の仲間も呼び寄せて、この不思議な世界にて楽しい祭りの準備を行っていくことにしたのであった。




