第1753話 御曹司の現状
「おっきくなーれ、おっきくなーれっ。そーれっ、ごーごー」
「可愛らしいね。やってる内容は、ちょっぴり問題があるけれど」
「まるで孫を見守る祖父のようじゃないかハルくんその目は。おっと、失言だったかな」
叩かれる前にちゃっかり身を一歩引いたスイレンに渋い顔を向けつつ、ヨイヤミの方に向き直るハル。
彼女はその小さな身体を目いっぱいに伸ばして、疑似細胞の塊と共に背伸びをしていた。
かがんでは伸びあがるその元気いっぱいのポーズに合わせ、スラグ塊もまた同調するようにその体積を増していく。
「……あんなに簡単に増えるものなの?」
「いやそんなハズはないんだ本来は。特に、ボクが渡した物に関してはね」
「あの子が特別って訳か……」
人類に対する例外は、スラグに対してもまた同様に例外ということか。
ということはつまり、ヨイヤミの超能力はエリクシルネットのその意識、それに起因する能力とも考えられる。
他者の意識と、エリクシルネット経由で同調することでその視界をジャック出来る。
であるからこそ、通常のあらゆるセキュリティを無視して容易に他人の身体に侵入できるのではなかろうか?
まあ、今はそこについて深く考えるべき場面ではないだろう。目の前の、彼女のちょっぴり危険なお遊戯をしっかり見守っておかなければ。
「ヨイヤミちゃーん。考えなしにあんまり大きくしすぎないようにねー」
「えーっ。でもでもー、あっちの樹はもっとおっきいよー」
「でもじゃありません。それこそあんなおっきな物、二個も三個もいらないでしょ」
「ぶーぶー!」
「それに大きくしちゃったらもう大きい物しか作れないよ? どうする? 最終的に可愛い子犬が欲しくなったりしたら」
「はっっ! それだと、可愛いおっきな、子犬になっちゃう!」
「そうでしょう?」
「んー、でも、子犬いらなーいっ。あはははは!」
なにが可笑しいのか元気よく笑うと、彼女は再びスラグと向かい合う。
さすがに無計画な巨大化は中止して、今度は手足を大きく大の字に広げたり縮めたりして、全体の構成を探っているようだ。
その仕草に、ハルも自然と笑みがこぼれる。
ヨイヤミのその無邪気さを見ていると、最終的にどうなろうとも、この子の好きにさせてやろうかと思ってきてしまうハルなのだった。
「……何をしているんだ、お前達は。こんな場所で」
「おや?」
そんな楽しいお遊戯会に、この場にそぐわぬ渋い顔をした闖入者が入り込んで来た。
その正体は隣国の指導者の一人ソウシであり、なんとも忌々しそうにヨイヤミの操るスラグを睨みつけている。
「やあソウシ君。何って、見て分かるだろう? ヨイヤミちゃんを遊ばせてるんだ。そう邪険にするなって」
「違うっ! そうではない! その遊びの内容が問題だと言っているんだよっ! しかもオレの国の領土内で……」
「えっ、ここって僕らの国じゃなかったっけ?」
「あの馬鹿みたいにデカい樹を越えているんだから、そこからは国境の先だろうがっ!」
相変わらずキレのいいツッコミを披露しつつ、ソウシはハルたちの領土侵犯に抗議する。
まあ確かに、国境の目印として置いた大樹の手前で最近話題のこんな危険物をいじっていては、ソウシとしては気が気ではないのは確かだろう。
いかに普段は国境など特に意識せず行き来しているとはいえ、もう少し気にかけるべきだったか。
「でもこっちの方が広いからね」
「ええい……、悪びれもしない奴め……!」
「まあいいじゃないか。代わりと言っては何だけど、ソウシ君も一緒に見てっていいよ」
「おっ? 暗黒イケメン三人衆が結成?」
「誰が暗黒だっ! そもそも、ガキの遊びなど見ていて何になる」
「なにおうぅ。そんなこと言う暗黒イケメン三号には、ハルさんもスラグちゃん分けてあげないんだからっ」
「そうだよ暗黒イケメン三号。将来の利益を考えるなら、ヨイヤミちゃんへの言動には注意した方がいい」
「黙れ。そして勝手に三号にするな。お前たちの下にはつかん」
「というかイケメンは否定しないんだね三号くん。大した自信だ」
「そもそもこの二号は誰だ……」
どうやらいかにソウシといえど、ツッコミエネルギーが持たなかったようだ。残念ながらダークマターには匹敵しないらしい。
ハルはそんなソウシに、事情は伏せつつ軽くスイレンの紹介を済ます。
そうしてこれまた事情は伏せつつ、このスラグが将来的に日本でも活用できるようになる可能性についても、軽く匂わせていくのであった。
「……なるほどな。それが例の、報酬の一部ということか。確かに興味深くはあるがな」
「あれ? その様子だとキミは要らないのかな、スラグが」
「フッ。そうは言わん。だがそう何でも意地汚く飛びつくオレではないということだ」
「まあソウシ君の会社は食品関連だもんね。こんな異物混入しても仕方ないか」
「食べられるよ? きちんとね」
「確かに我が社が総合商社になっても仕方がないが、そうではない! 何でもお前に頼ってばかりいずに、欲しい物は自らの手で掴み取ってみせるということだ!」
「おーっ。言ってることはかっこいー」
「果たして行動は伴うかね?」
「お前たちはっ! そうやっていちいち茶化しているんじゃあないぞっ!」
確かにソウシは空間使いであり、隣に居るスイレンの目的にとっても非常に近しい能力でもある。
その力でもって、己の必要な物は己で運び入れてみせると野望を持っているのだろう。
しかし、現状はスイレンの目的に沿う形では少なくとも、ソウシの能力は機能しないようだった。
もしそれが可能となるのならば、スイレンはわざわざハルに支配されてまで頼み込んではこないだろう。
「……まあ、とはいえお前には感謝している。お前たちとの提携によって、我が社は淘汰される古い業態から、時代を先取るパイオニアへと転身したのだからな」
「おお! ツンデレだ、ツンデレ! なまつんでれ! あとパイオニア! ……なんだっけ、宇宙船?」
「そうだね。僕も好きだよパイオニア。流石ソウシ君、センスがいいよね?」
「何の話だ! 『先駆け』という意味だガキ」
「なにおぅ!」
「そもそもまだ役員ですらないのに『我が社』とは、ずいぶんと自信過剰が過ぎるのではないかな?」
「過剰ではない。当然の成り行きとしての帰結だ。いずれオレの物になる。というかイチイチおちょくらないと居られないのかお前らは……」
大変申し訳ない。だが打てば響くソウシが悪いともいえる。反省はしないハルだった。
「まあそんな訳で、ヨイヤミちゃんもスラグで何か作りたいみたいなんだけどさ」
「そういえば、そんな話だったな……」
「そういえばと言うなら、そういえばソウシ君は、スラグを手に入れて使役してるの? 時代に取り残されてないかな?」
「……ふっ、当然だ。いいだろう、お前たちにも見せてやるとしよう。このオレの、最強の下僕をな!」
そうしてしばらくの後、ソウシが呼び寄せた彼のスラグが、この地に降り立つのであった。
*
「おーっ! ドラゴンだドラゴン! でっかいねーハルお兄さん! 見たみた? ほらやっぱり、大きさは正義なんだよ!」
「こーらっ。そうやってすぐに他の人に影響を受けたりしないで、自分のスラグは自分に合った物を設計するんだよ?」
「ぶーぶーっ!」
「……親かお前は」
また言われてしまった。ソウシにすら。もう少し、放任主義の方がいいのだろうか? やはりハルは過保護過ぎるのかも知れない。
まあ、祖父ではなく親であるぶん今回はマシであると思っておこう。
「……まあともかく、それが君のスラグ生物か。なんだか、いつぞやを思い出すね」
「……ふんっ。思い出したくもない記憶ではある」
いつぞやの、アメジストの箱庭で行われたゲームにおいても、ソウシはやはり竜を使役していた。
その時のものよりもこれは更に巨大で、デザインもより禍々しくなっているが、どうやら方向性は変わっていないようだ。
「確かに。これは中々の出来だ。センスがあるよ、キミ」
「どうしてお前が上から目線なのか気になるな……」
「まあまあ。スイレンはスラグに詳しいってことでさ。ドラゴンも好きそうだし」
「ふっ。まあ、オレのセンスが分かるというなら、その事実は評価に値するだろう」
「ああ、もちろんさ。露店のキーホルダーとか好きだろうキミ?」
「何の話だっ!」
男子は皆ドラゴンが好き、という話である。そんな『あるある』もソウシには残念ながら馴染みがなかったようだ。流石はお金持ち。
茶化してはいるが、スイレンも実際ドラゴンが好きという可能性もある。例の、宇宙でハルたちと矛を交えたドラゴンもスイレンの設計の可能性が出てきた。
「とはいえ、こいつの形状はオレが設定した訳ではない。今回は、勝手に自動でこうなった。オレとしては、そのガキのように自在に形を操っている方が気味が悪い」
「なんだとー! ナマイキな暗黒三号めー!」
「イケメンを付けろ、このクソガキがっ!」
「やるかーっ!」
「ヨイヤミちゃんと同レベルで争うなよソウシ君……」
「あっ、でも、なんとなく私にも見えてきたかも! スラグちゃんのイメージが!」
「おい! 唐突にオレを無視して話を切り替えるな!」
……なんとも騒がしくなってしまったが、まあヨイヤミの良いイメージの発想のもととなったようで何よりだ。
そうして、少々不安ではあるが、ハルたちの国にまた新たなる守護者が誕生することとなったようだった。




