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第1745話 初陣を勝利で飾る

 巨大な牛型の疑似生物スラグがその大きすぎるひづめで足元の大地を踏み鳴らすと、呼応するようにその地面が浮き上がる。

 衝撃で小さな破片が飛び上がったのではない。重力に逆らい、牛の足元から重そうな岩を含んだ土のかたまりがそのまま、明らかに空中へと浮き上がっているのであった。


「重力に干渉するタイプか。翡翠ひすいと戦った時から、存在してるのは分かっていたが」

「翡翠さんはこの人のフィールドを利用して、ハルさんに対抗してたんですねぇ」


 翡翠の花畑でも、重力制御によりハルの攻撃を器用に防いできた事が多くあった。

 その力は、花畑により接続したこのプレイヤーの力を借り受けて発動していたに違いない。


「なかなかレアで便利な力だ。お隣さんとはね」

「いきなり当たっちゃいましたねぇ。って、うわっ! 浮かべた石を飛ばしてきましたよ!」

「そりゃ飛ばすでしょ。どうすると思ってたの?」

「それは、ほら。あの牛さんが、ふわふわ浮かんで、すいーって飛んで来るとか」

「まあ、飛べるかも知れないけど……」


 そこは歩けばいいのではないだろうか? 立派な四本の足が付いているのだ。


 そんな敵の移動方法はさておき、どうやらまずは遠距離攻撃で様子を見ることにしたらしい。

 浮かび上がらせた土塊つちくれや石のつぶてを、そのまま重力から解き放ちこちらへと放り投げて来る。


 推力が貧弱とあなどるなかれ。星の引力に引かれる事の無いその弾丸たちは、本来あるべき軌道を無視してあり得ないほど真っすぐに、そしてゆっくりと飛翔する。


 そして、その位置がちょうどこちらの陣地の真上に来たその直後、今度は凄い勢いで真下に軌道を変えて落下し始めたのだった。


「フィールドスキルって遠隔操作も出来るんですか!? もうフィールドじゃないじゃないですか!」

「さあ? 僕に言われても……」

「ど、どうなってるとハルさんは思います?」

「んー、そうだね。遠隔というよりは、事前設定かな? あの足で触れた物質を、ちょうど弾丸になるように調整して設定。その命令の通りに、飛んで来て効果を発揮してるとか」

「き、器用ですね、あの牛さん……」

「あんな脳筋のうきんな見た目してね」


 まあ、中身は神の作り出した有機ナノマシン『ヘルメス・スラグ』だ。エーテルネットと同様の存在と考えれば、それそのものが高精度ネットワークであり演算装置。

 その計算力は体積に比例し、量が増える程に性能は増していく。


 要するに、あの牛のようにデカくなればなるほどに賢くなっていくのである。


「……デカいほど賢い。それでいいのか?」

「なーんか進化の方向が、巨大化の一途いっとを辿って行きそうですねぇ」

「ちょっと嫌だね?」

「まあ、脳が大きければ、それだけ賢いのも分かるって感じですが」


 このスラグは、今の疑似生物としての性能のみにあらず、本来頭打ちになった生命の脳の在り方にも変革をもたらす可能性があった。


 生物は誕生する際、必ず親の産道を通って生まれる必要がある。つまりはそこがボトルネック。

 生物として脳をこれ以上大きくデザインしてしまうと、その産道を通れなくなるというある種の技術的限界値が存在するのだ。


 だが、その生命としての在り方に疑似細胞スラグの共存が加われば話は別だ。

 生まれ落ちた際に生物としての体裁ていさいを保っておらずとも、スラグが補助し生命維持装置としての役割を果たしてやれば無事にその期間を乗り越えられる。


 あの翡翠のやり方だ。成長促進せいちょうそくしんの他にも、知能の物理的限界を超えるまさに神の手による躍進やくしんが、そこにはあるのかも知れない。


「おーい。ハルさんおーいっ。ちょーっと、ヤバそうですよぉ……?」

「おっと」


 イシスの弱弱しい呼びかけによって、ハルは目の前の景色に向き直る。

 少々、スラグの持つ可能性と危険性について深く思いを巡らせてしまったようだ。


「防御が抜かれ始めたか」

「ですです。これはあれですね。無重力から、一気に超重力への切り替えによる高速落下攻撃ですね。アニメで見るような」

「イシスさん、そういうのも見るんだ」

「ええまあ。休日でだらだらしてる時とかに。なんだっていいんですよー」

「寝そべってお菓子を食べながらね?」

「そ、そこはいいじゃないですか、別に……」


 イシスの休日の過ごし方はともかく、攻撃の威力は先ほどまでの投石機よりも甚大じんだいのようだ。

 水のバリアは抜かれ、収穫前の大事な稲に岩の砲弾や土の槍が突き刺さりはじめた。


「……なかなか良いバリアなんだが、さすがに無敵じゃないか」

「大事なお酒の元がぁ……」

「その前に大事な民の食料だね」

「ハルさんならどうします? 同じ魔法威力しか出せないとして、どう守ります?」

「いや、僕なら守らないかな。そもそも」

「はえ?」

「苦労して守るよりも、飛び散った物を後で回収する方が楽だ。幸い、もうほぼ収穫可能だし、燃やし尽くされる訳でもないからね」

「それはハルさんの器用すぎるサーチ能力があるから言えることでしてぇ……」


 ただ、水のバリアが通じぬと分かった民兵たちも、諦めることなく器用なやり方へと切り替えたようだ。

 今度は水をガードに使うのではなく、なんと再び田に水を張って水田へと戻すように満たしはじめる。

 いや、それに留まらず、すっぽりと稲のまでを覆い尽くす程に、洪水かのように水位を上げてしまうのだった。


「す、水没させちゃいました……」

「なるほど。敵に踏み荒らされるなら、いっそ自分たちの手で、ってことか」

「んな訳ないじゃないですか」

「すまない。冗談だ」

「でも、何してるんでしょ? あっ、そのまま稲を、地下に埋めちゃうようですね? そうやって守るんですね!」

「なるほどね。どうせなら、そのまま水を自分の方に引き込んで収穫しちゃえばいいのに」

「だからそれはハルさんが器用だから言えるのであってぇ……」


 とはいえ、地面に埋没させるのも十分に器用だ。それに、敵からの目線ではターゲットが消失してしまったように見える事に変わりはない。


 攻撃目標を消失した、ように感じた敵はどうやら田畑に照準を合わせる事を止めてくれたようだ。

 代わりに、今度は当然直接兵士や家屋を目掛けて、砲弾と化した大地そのものが飛んで来る。


「直接攻撃に出てきました! ……あっ、でもっ、家はまったくの無傷ですね?」

「流石は大樹のシェルターだね」


 街並みに砲弾を降り注がせて、無残にも破壊しようというその試みは全くの不発に終わった。

 大樹の根それ自体で構成されたこの国の家は、いうなれば国が丸ごと巨大なスラグ。

 敵もスラグなら分かるだろう。その身を砕くのに、多少勢いは乗っているとはいえ、たかが土や石をぶつけても効果などないということに。


 兵士の方も広範囲の田畑ではなく自らの身を重点的に守ればいいとなれば、なんとかその身は守り切れるようだ。


 そして、そちらの防御も次第に、大樹から新たに伸びた根が屋根のようになり頭上からの攻撃の傘となる。


「うわ凄い。もうほとんど、防御に力を回さなくて済んじゃってるみたいですね。全部の魔法を、攻撃に回せるようですよ?」

「だね」


 今の敵のやり方では、真上からの爆撃のような攻撃方法しか取れない状態だ。

 それならば、兵士の真上だけを守ってやればそれで防御は完璧になる。


 あとは、イシスの言うように彼らは安心して全火力を攻撃へと集中させる事ができるのだった。


 そのまましばらく、土と魔法の弾幕が互いに距離を隔てて交差する時間が続く。

 敵の岩石爆撃が大樹の傘に阻まれて効果を発揮しないのは確かだが、しかしこちらの兵士の魔法もまた決定打にはなりえない。


 敵の巨大スラグの身体を削り取るには、普通の人間の放つ魔法では威力不足のようだった。


「どーしましょうハルさん。効いてませんよ? やっぱりハルさんが出ます?」

「イシスさんはそんなに僕を働かせたいの? けどまあ確かに、このままじゃ彼らも大変そうだけどね」


 なんだかんだといっても初陣ういじんだ。戦闘経験の無いこの国の人々に、いきなりスラグ生物の襲来を対処せよというのも酷かもしれない。

 最初くらいは、ハルが手を貸して撃退してやってもいいだろうか。そう考えていた時だった。


「あれ? お魚ちゃん?」

「おや、僕の前にお前が動くかい?」


 ハルと同様に、気まぐれな傍観者ぼうかんしゃを気取っていた頭上の水槽に泳ぐ天空魚。

 その二匹の巨大な魚が、ゆっくりと浮上し戦地へと向かい始める。


 その効力は絶大だった。彼らが宙を泳いでゆくと、その先では敵が飛ばしてきた岩石弾がその浮力を次々と失い始める。

 砲弾はただの岩と土に戻り、力無く両軍の間にただ落下していった。


 攻め手を完全に封じられた敵軍は、さすがにここで完全に撤退を決めたようだ。

 そうして、この国初の防衛戦は、いくらかの被害を出しつつもなんとかこちら側の勝利で終わったようなのだった。

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― 新着の感想 ―
つまりもさもさや世怪樹は正統進化だったわけですかー。そしてパン生地たちは少しでも密度を増やすために筋トレをしていたわけですねー。その一方で体積を増やすために何でも食べる派閥も出来ていたようですがー。最…
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