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第1744話 乱れ始めた生態系

 自らの丹精たんせい込めて育てた田畑と作物を守るため、正規の軍人に合わせて避難していた住人たちもが戦列に加わる。

 民間人とあなどるなかれ。この国では誰もが日常的に魔法を使い生活しており、時にその熟練の腕は軍人をもしのぐ。


「特に、自分たちの仕事場だとね。ある意味『戦場の地形を知り尽くした』存在は、正規軍よりも脅威かも」

「ゲリラ、ってやつですか?」

「ちょっと違う気もするけど……」

「あれですかねぇ。これも、『ちょっと田んぼの様子見て来る』って奴の亜種なんでしょうか?」

「戦場バージョンまであるとは思わなかったよ……」


 しかも躊躇ためらうことなく戦線に加わっている。覚悟が決まりすぎだろう。

 まあ、彼らにとっては死活問題には違いない。ここで今年一年の成果が台無しになっては、この先の生活が立ち行かない。


「……いや、さすがにそんなギリギリの社会保障システムにはしていないと思うんだけど」

「じゃあ根が戦闘民族なんですね」

「それもそれで嫌だなあ……」


 ハルが禁じているから他国を侵略しないだけで、本当はその力を振りかざして暴れる機会を常にうかがっているとでもいうのか。


 なんにせよ、その目は闘志に燃え戦場への恐怖は感じられない。あの場で足手まといになる事はなさそうだ。


「あっ、農家のひとたちも魔法を使いはじめましたよ!」


 イシスの指差す先を見てみると彼らは、この時期は田とは接続されていない用水路に流れる水を操り始める。

 飛んで来る岩の砲弾に対し、その水を用いて着弾位置へと的確にバリアを張り始めた。


「うまい! すごいですねぇ。よくあんな正確に、石が落ちて来る場所分かりますね」

「そうだね。それに、疑ってた訳じゃないが魔法の威力もしっかりしてる」

「ですね。あんな薄い水の膜で、よく大きな石を受け止められますねぇ」

「普段からかなり魔法を使っての水の扱いに慣れている事が分かるね。しかし、水なのか。土じゃなくて」


 勝手な偏見だが、ハルはなんとなく『農家なら土の魔法』というイメージを持っていた。

 もちろん水でも悪くないし水も非常に重要な役目を担っていることは分かるのだが、やはり土ではないのか、というイメージは捨てきれない。


「やり方の違いかな。僕なんかは土を直接いじっちゃうけど、水だってもちろん欠かせないから、水の方を操って作業するのも特に悪くない」

「ああ、それは、たぶん別の理由だと思いますよ? ほら、今も彼らのセリフ聞いてれば分かるんじゃないですかね?」

「むむ?」


 イシスに促され、ハルは戦場でときの声を上げ互いの戦意を奮い立たせる彼らの発言に耳を澄ます。

 すると確かに、そこにはハルの疑問への答えとなる言葉の数々が散りばめられていたのであった。


《水神さまの恵みたる、我らの田を守れ!》

《魚神様にいただいた、この実りを失ってはならん!》

《おお、いま一度この水に力を!》

《大地を守る力を、水に与えたまえ!》


 彼らは口々に、水の神への信仰と感謝の言葉を叫びながら、周囲に流れる水に魔法で力を与えていたのだ。


「信仰心かい……」

「そうなんですよ。なんか普段から、川やお水にお祈りしてます。って、どうしました?」

「いや、なんとなく『また宗教国家か』という思いがどうもね……」

「いけませんか?」

「いや、悪くはないさ。そうなるよう仕向けたのは僕らだし」

「そうですねぇ。この子たちも偉くなりましたよねぇ」


 実際、狙い通りではある。大樹へのカウンターとしてだが、今もハルたちの頭上でのんびり泳ぐこの天空魚たちに信仰が集まるよう、ハルたち自身でデザインした。


 とはいえ、なんとなく『狂信』めいた感情が見え隠れすることに、不安の隠せないハルだ。

 何故だか毎回、ハルの作る国はこうなりがち。今回は戦場の興奮のせいだと思いたい。


「まあ事実、夏の間に枯れることなく水を僕らが供給していたしね。それが、水に特別強い影響を与える結果になったのかも知れない」

「水属性優遇国家ですか」

「いや、あくまで農家目線では、ってだけだね。ほら、大樹派の連中は土の魔法を使ってるみたいだし」

「なんか対抗心燃やして張り切ってますねぇ」

「まあ、大樹派だからね……」


 目の前で天空魚信仰を見せつけられれば、対抗したくもなるだろう。それは無理もない。

 ……しかし、ライバル心程度ならまだいいが、その対立が激化して国内で宗教戦争など起こさないでくれるとよいのだが。


「しかしアレですねぇ」

「ん? どれだい?」

「強いですねぇ、彼ら。この国の人たち全員あんなに強いんでしょうか?」

「どうだろう。彼らは特に、信仰ブーストと火事場の馬鹿力で力が増してる気もするけど」

「ですよね。国民全員が、あんなに強い訳じゃないですよね」

「とはいえ、あそこまでいかないにしても、この国を侵略するのは大変そうだ」

「どうなるんです?」

「もし、前線を突破して敵軍が街中まちなかになだれ込んだとするだろう?」

「しますね。大ピンチです」

「でもその状況、見ようによっては敵は四方全てに敵が潜んだ、頑強なトーチカに囲まれてるようなものなんだ」

「うわぁ……」


 シェルター化した街中まちじゅうの民家。その中に避難した住人は、一人ひとりが日常的に訓練を積んだ魔法使い。

 正規軍には及ばぬ弱い魔法でも、突破不能の防衛壕トーチカに潜み、しかも四方八方街の全てから休むことなく照射されたなら。事実上歩兵による突破は不可能ではないだろうか?


 そんな、恐ろしい光景を脳裏のうりに思い描くハルとイシス。

 しかし、今回の戦いではそんな恐ろしい光景が現実のものとなることはなさそうだ。

 何故ならば、敵はこの国の街へと歩を進めることなく、水際でその進軍を食い止められてしまっているのだから。





「ちゃんと倒せてますね。これなら、このまま勝てますよね」

「いや、まだ安心はできないよイシスさん。確かに人の戦いはこちらにがあるようだけど、このゲームの戦いはそれだけじゃ決まらない」

「例のパン生地ですか」

「ヘルメス・スラグというそうだ」


 いわばまだまだ小手調べ。敵は全力を出していない。


「通常兵力で攻め落とせるならそれでよし、しかしそれが通じないとなれば、ここで撤退するか、あるいは」

「切り札を出すかですねぇ」

「今日のところは退いてくれると助かるんだけど……」


 だが、当然そんなハルの願いは無視される。

 敵兵たちは確かに一歩退きはしたが、それはあくまで防御を固め、そして奥からやって来る何物かに道を譲るため。

 左右に大きく開かれたその陣形の間から、巨大な影が徐々に姿を現してきた。


「でかっ」

「巨大モンスタータイプか。人間なんて一撃で踏みつぶされちゃいそうだ」

「牛ですか?」

「なんだろうね? ベヒーモスってやつなのかな? ちょっと違うか」


 展開した人間の兵達が、遥か見上げる背丈の怪物。いかつい頭で前方を睨みつける四足歩行の巨大な獣はゆっくりと、この国を目指し迫って来る。


 魔獣、あるいは神獣。既存の生態系を無視したその生物は確実に、疑似細胞スラグによりその身を構成されたプレイヤー達の新たな戦力だ。


「でも海よりマシですね」

「……比較対象が悪いだけでアレも十分に脅威だよ?」

「でも超巨大怪樹と比べてしまうと小粒に見えますし」

「イシスさんは僕らの戦いを見すぎてマヒしてるね……」


 確かに、海そのものが迫ってきたティティーとの戦いよりはずっとマシなのは確かだろう。

 しかし、あの戦いでいうならば、その海の中から現れたあのモササウルスのような怪獣、あれ単体でも十分に脅威だ。

 仮にあのモササウルスと同等の力をこの牛のような巨獣が有しているとすれば、この国もかなりの被害を免れまい。


「どうします? ここでハルさんが出てやっつけますか?」

「いや、この先、スラグ生物が出る度に僕が引っ張り出されても困る。ここはこの国の彼らだけで、どこまでやれるか見せてもらおう」

「えーっ。ハルさん今ここに居るのに、少々薄情ですってぇ」

「そうは言うけどねイシスさん。そうやってスラグとの戦闘経験を積ませないでいたら、この国だけ経験値稼げずに取り残されちゃうよ?」

「た、たしかに……」


 あとそれはハルが面倒だ。正直な話。

 今ここに居るから、とイシスは言うが、ハルの性質上居ようと思えば常時この場に居ることが出来る。

 そうなると、『じゃあ常駐して国を守ってください』という事にもなってしまうので、ここは心を鬼にして、彼らの戦いを見守りたい。


「それに、この国だってスラグ生物による戦力が無い訳じゃない。それどころかほら、二匹も立派に控えてるじゃないか」

「でも大樹の方はシェルター化で既に力を使ってますし、お魚ちゃんたちは我関われかんせずで今ものんびり泳いでますけど」

「……天空魚の飼い主はイシスさんでしょ? なんとかして?」

「いやー、別に私、この子たちに命令できるとかそういう訳でもないんでぇ……」

「困った魚だねえ……」


 まあ、そもそも戦闘向きの能力かどうかも分からない。あまり期待はしすぎないでおこう。


 そして能力といえば、敵の巨大な牛のような巨獣にも何か、確実にフィールドスキルが備わっているようだ。

 ハルたちはその足元の地面が、なにか奇妙に変化を起こしている事を、この遠方からでも確認できていたのであった。

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― 新着の感想 ―
これはもはや『ちょっと田んぼの様子見て来る』では済みませんねー。『ちょっと田んぼの水調整してくる』ですよー。鉄分補給のために赤い水を追加ですねー。稲刈りの後は赤飯で栄養をつけますよー? 赤に留まらず黒…
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