第1743話 守るべき物と逆鱗と
出陣したNPCの魔法使いたちは、家や塀、田畑を直接乗り越えるように飛んで次々に前線へと配備されていく。
国の周囲に広がる平地はちょうど、米の収穫時期であり稲の穂が黄金色に実って首を垂れ、収穫を待つばかり。
そんな民たちの暮らしを支える田を守るように、驚くべき速さによって軍属魔導士たちの部隊配備が終了した。
「へえ。なかなか、やるじゃあないか。訓練なんてしてるとこ見たことないのに」
「そこはNPCですからねぇ。でも、安心しちゃだめじゃないですかハルさん? それだと敵も同じ理屈で、屈強で精鋭な兵隊さんが揃ってるかもですから」
「確かに」
「しかし、空気読まない敵ですねぇ。収穫がまだなのに、田んぼを攻撃されたら大変じゃないですか!」
「イシスさんの楽しみにしてるお酒が?」
「……国民のみなさんの、貴重なご飯がですよ?」
「今迷ったね」
「もぉー!」
まあ、お酒はともかく、実際大変なことではある。
そして空気を読まないというよりは、むしろ敵はあえて狙ってこの収穫前の時期に攻めて来たと見ていいだろう。
こちらが嫌がる事は、すなわち敵が喜ぶことに他ならないのだから。
「田んぼはどちらかというと東側がメインとはいえ、こっちも破壊されれば当然痛い。軍属の彼らには、これを守ることもミッションに追加されてしまう訳だが」
「難易度が一段階上昇ですね」
「とはいえ、そっちの防御にばかりかまけていたら戦力もガタ落ちだ。初戦から防衛ミッションとは、運が無いねうちの国も」
「というかうちは侵略しないんですから、防衛ミッションになるのは当然じゃないです?」
「確かに」
別に、他国を攻めてはいけない訳でもないのだが、それをやるとハルがこのゲームに参加した理由が揺らいでしまう。
積極的にハルが領土を広げて行くということは、ハルが自分でこの地域の惑星開拓を引き受けるという事に他ならないのだ。
さすがに、そこまで面倒を見てはいられない。そこはどうか、餌に釣られてやってきたプレイヤーの皆様で解決していただきたい所だ。
ハルはあくまで、この地の南に位置する七色の国に侵略の手が伸びぬよう、防波堤としてこの国を築いたのだから。
「……だからといって、リアルに波が押し寄せて来るのはもう止めて欲しいんだけどね」
「急にどうしました? ティティーさんはもう居ないですよ」
「いや、独り言だよ」
イシスはアイリたちと違い精神が融合していないので、ハルのこうした前触れなしの発言に対応できない。気を回してやるべきだった。
それはさておき、さすがにティティーの海と比べればこの程度の防衛ミッションなど物の数にも入らない。
実践訓練としても、ちょうど良いといえるかも知れなかった。
「あっ! 始まりました! 容赦ないですねー。問答無用ですよ」
「まあ、武装して集団で国境を越えておいて、問答もなにもないけどね……」
ただ現実ならば、それでも警告や威嚇など段階を挟むものかも知れない。それが無いのは、これが敵の侵略行為と確定しているゲームだからか。
配置に付いた魔導士部隊から、迫る敵軍に対し次々と魔法の弾幕が放たれる。
放物線を描いて飛んで行く炎の砲弾が、次々と敵陣に着弾。炸裂し隊列を丸ごと吹き飛ばす。
敵は武装した正規軍であるようだが、どうやら魔法に対する防御はおろそかであるようだ。分厚い鎧も盾も、この国の精鋭部隊の放つ強力な魔法を防ぎきるには頼りない。
「むう……」
「あっ! やったやった! 効いてますよハルさん! って、あれ? 浮かない顔ですね。ご不満ですか? 勝ってるのに。なんかもっと、『徹底的に吹き飛ばせー』って感じです?」
「いや、戦果に不満はないよ。むしろ予想以上の威力の魔法を使うなって感心するくらいだ」
「じゃあ何故難しい顔を?」
「まあ、色々と」
実際ハルが思った以上に、NPC部隊の魔法は優秀だ。これは実際、軍事レベルに仕上がっているといっていい。
ハルから見ても彼らは高度な魔法を高い練度で使いこなしており、その力は魔法国家の名に恥じない。
誰が教えた訳でもないのに、魔法レベルは神に直接導かれた七色の国に引けを取らないだろう。
まあ、それをいうなら、彼らもアレキたち神に直接作られた存在なので、強力な魔法を使えて当然といえば当然なのだが。
「戦果に不満という訳じゃなくてね。その逆というか」
「ぎゃく? やりすぎって事です? でもやらないと」
「そうだね。やらなければ仕方ない。でも改めて、そうした光景を見て『これは戦争なんだな』って」
「まあ、そうですね?」
今さら何を言っているのだと、イシスが首をかしげる。まあ、そう思われてしまって当然だ。
しかしどうしても、こうして現実の地で、人間と寸分変わらぬNPCたちが殺し合う光景は、少々ハルの心にくるものがあるのであった。
「ハルさんって戦争ゲームだめでしたっけ?」
「いや、そんなことないよ」
「ですよね。そんなはずないですよね?」
「うん。むしろ虐殺だいすき」
「その発言は、それはそれで……」
「失礼。一方的で圧倒的な勝利が大好きなんだ」
「言い方変えられても……」
そんなハルが何を言っているのか、とそう思うだろう。それも仕方ない。
しかし、管理者としてのハルには根底にある存在意義として、人死にを忌避する性質が設定されている。
これは神々が、この異世界の住人よりも日本人を優遇してしまう性質とある種同じものだ。
接続人口が増えれば増える程、その性能を増していくエーテルネット。その性質上、人は資源でありかけがえのないリソース。
倫理観からではなく合理性から、最も優先すべきそのリソースが急激に消耗してしまう戦争行為は、本来ハルたちが最も忌み嫌う行為なのだった。
そのことを、ハルは戦場を見下ろしながらイシスへと語ってゆく。
「最低な物言いで申し訳ない」
「いえ。なんであれ、人命を大切にされてるのは確かなんですから、そう卑下をなさらずに」
「ありがとうイシスさん。そう言ってくれるのは助かるよ」
「んー。でも、それならそれで問題なくないですか? 彼らはNPCなんですから、死んでも」
「その言い方もどうなんだ……、事実だけど……」
「す、すみません!」
「いや、実際問題ないさ。ただ、将来的に、このNPCたちの中に本物の生きた人間も混ぜていくような話を、アレキらは語ってたからさ」
「あー確かに。その時に戦争が起こったら、巻き込まれちゃいますね」
「まあ、混ざりたい人はそれも覚悟で来る物好きだけなのかもだけど……」
「それじゃあ、その時までに私たちで、平和な世の中にしてみせましょう! そうすれば解決ですね!」
「良いこと言うね。具体的にどうする?」
「それは、えーっと。やっぱり全ての国家を、我々の手で平定ですかね?」
「だからそれはしないって……」
やはり、苦難の道であるようだった。まあ、今は国家間の距離が近すぎるのがいけない。
これがティティーの国のように遠方へと離れれば、もう少し状況は落ち着くだろうか。
しかしそれは、やはり積極的に他国を敗北に追い込んでペナルティを負わせるという事になるのだろうか?
結局最適解は侵略になる可能性を前に、また頭を抱えるハルなのだった。
*
「うわ! 向こうも反撃して来ました!」
「そりゃするだろう」
「あれなんですかね?」
「投石器だね。歴史ある優秀な兵器だね」
どうやら敵軍はあまり文明が進んでいないらしい。いや、ファンタジー文明丸出しなハルたちに言われたくはないだろうが。
魔法の直撃にも耐えうる屈強な肉体は持ってはいるが、遠距離攻撃の手段はそこまで揃っていないようだ。
だが、投石器と侮るなかれ。古の兵器といえども、その威力だけは折り紙付き。
魔法で迎撃しようにも、相手は巨大な岩石である以上、なかなか上手くはいかなかった。
「あっ、やばい! 当たっちゃいます! でも耐えた……、セーフっ……!」
「防御系の魔法も優秀だね。投石程度なら、シールドで防げるか。だが、自分はいいが後ろはどうかな?」
「あー、田んぼに岩がー。みんな頑張って止めてますけど……」
「戦闘評価がマイナスになっていくね。いや……、攻撃の手を止めて田んぼを守りに行くのが、軍としてはむしろマイナスなのか……」
彼らも当然普段はこの国の普通の住人なので、そうした国の屋台骨たる田畑の重要性をよく分かっているのだろう。
とはいえ、そこで防戦一方になってしまうのは戦術評価としては低く採点せざるを得ない。
そしてこれは、彼らの行動指針を設定し導いているハルの責任ともいえた。
「うーむ。軍事面も、僕がもう少し詳細に設定した方がいいだろうか」
「えっ? してないんですか? すればいいじゃないですか」
「そうなると機械のように効率的に合理的に、敵を殲滅し続けるキリングマシーンが誕生しかねないけど、それでも見たい?」
「う、うーん……」
こうして必死に自国を守ろうとする兵達の姿も、決して悪い事ではないのだ。それをハルの基準で、戦闘兵器として捻じ曲げるのも忍びない。
それに、守りきれるならそれに越したことはないのも確か。ハルだってパーフェクトを目指したい。
今も大樹派の兵達が、大樹に祈りを捧げるようにしてその力を借り、根の壁をここまで伸ばしている。そして。
「あっ。なんか後ろから、ぞろぞろと出てきましたが」
「民間人だね。いや民兵、というべきか……」
どうやら田畑を害されて憤慨したのは、軍人のみではないのか、シェルター化した家に避難していた民間人までもが戦場へ出て来た。
この国は魔法国家。国民誰もが魔法を使える。
それはすなわち、国民誰もが兵士としての戦力を持っているという事に他ならないのであった。