第1742話 構築したらあとは見守るのみ
ハルが北の地へと飛ぶとそこには、既に敵軍の姿が見えつつあった。
まだその姿は遠く、会敵する距離とはいえはしないが、現時点で両国は緊張状態へと突入していた。
「西隣りの国だね。お隣さんが、直接仕掛けてきたか。メタちゃん、様子はどう?」
「にゃっ! ふなおぅん! みゃみゃうなう!」
「うん。そうか。『ふなおぅん』って感じだね」
「にゃうにゃう! なーお!」
迫る決戦の気配を前にして、猫のメタも興奮ぎみだ。
とはいえ、今回はメタやハルが直接戦う訳ではない。王城の真上に陣取って、文字通り高みの見物を決め込むつもりだ。
ティティーの時のように海そのものが攻めて来るような事態になれば別だが、見た限り今回は、ハルが直接出る程の事でもないだろう。
「いつまでも、僕に守られてばかりでも良くないだろう、この国も。せっかくここまで成長したんだから、自分たちでどこまでやれるか見せてもらわないと」
「あれ? ハルさんは戦わないんですか? その方が被害は出ないと思いますけど」
「それはそうだろうけど。だからといっても毎回僕が出てたら、防衛力を鍛えた意味ないだろ」
「まあ確かに。何でも出来るからってハルさんが全部の仕事しちゃったら、私のお仕事なくなりますもんね」
「あと単純にそんなに全部引き受けたら疲れる」
「あはは」
「そんなイシスさんは何を? こんな時に」
「うにゃぁ~~?」
ハルの陣取った城の屋上には、既に先客がいた。
それは自由気ままな何処にでも現れる猫のメタのみにあらず、戦争とはまるで無縁そうなイシスの姿もあったのだ。
まさか、出陣する気でもないだろうが。その問いの答えは、ある種予想通りのものではあった。
「あっ、私はですね。お魚ちゃんのお世話をしようと。そしたらなんか、急にわたわたしてきたんで、どーしたもんかとここで途方に暮れてた訳です。はい」
「まあ、そんな事かとは思ったけど」
「にゃっふっふ」
王城の頭上に陣取り、この国を見下ろす天空魚。もう世話など要らないはずだが、ハルとは違いイシスは今もその二匹の魚の飼い主として彼らの面倒を見ているようだ。
そんな平和な時間を過ごしていた中、いきなり緊急事態となりどう動いたらいいか分からずあたふたしてしまうあたり、彼女らしいともいえた。
「ハルさんは本当に何もしないんです?」
「ああ。こうした事態にも備えて、事前に王族NPCには設定を行っている。あとは、それが上手く動くかこの目でチェックするだけって感じだね」
「はあ」
「にゃあ」
気分は、オートバトル物のデッキ構築ゲームでもやっているようなものだろうか。
王族たちに設定した命令が上手く動かなかったら、その時は政治方針を微調整し次に備えればいいだろう。
「最終的には、僕の介入が全くなくても問題なく回り続ける国になるのが理想さ」
「それも少し寂しい気がしますね」
「そうかい? まあ、別に関係が切れる訳じゃないから、何か手を入れたくなったら口出ししてもいいさ」
「それがいいですよ。でも、ぶっちゃけいつまで続くんでしょう? このゲーム」
「うにゃ?」
「いえ、ちょっと気になって。もしもこの先、何十年にも渡って続くって言われたら、ハルさんじゃないけれどちょっと面倒かもなぁ~、とか思っちゃったり……」
「まあ、そうだね。でも惑星開拓、この星の環境正常化が目的なら、それだけ続いても不思議じゃないんだけど」
「にゃっ! にゃうにゃう、なう!」
「うん。そうだねメタちゃん。けどスイレンの言いぐさだと、あのスラグを『クリア報酬』にして、このゲームを一区切り付けようとしているようにも見えた」
「クリアあるんですか?」
「それが分からなくてね」
「ふにゃぁ~~」
あれは、運営全体としての方針なのだろうか。それともスイレン個人の希望なのだろうか。まずそれが、はっきりしていない。
あるいは、そのどちらも両立するという事なのかも知れない。
この地で生活を続けるNPCとその所属する国家という枠組みはそのままに、プレイヤーだけは『ゲームクリア』という形で退場させる。そういう『いいとこどり』もあるかも知れないのだ。
「……あり得るか? NPCの配置という地盤固めが終わった今、プレイヤーには適当な報酬を与えてご退場いただく」
「めっちゃ自分勝手ですねー」
「ふなーな……」
「神なんてそんなものだってメタちゃんも言ってるよ」
「あらら。あっ、でも、チュートリアルで言ってた『開拓した土地の所有権を与える』ってアレはどうなるんです? まるきり反故にする形になりますけど」
「そこは、そんな口約束憶えてる奴なんていないって事でさ。珍しいオモチャ与えておけば、そっちに夢中になって忘れるかも」
「分かりませんよー。結構しつこい人いますからね。『話が違う!』ってクレームの通話が、毎日ハルさんのトコにかかってくるかも」
「やめてくれ……」
……何でハルなのだろうか? とんだとばっちりである。まあ、ハルしか連絡先を知らないからか。
さて、なんにせよそれらは、いずれも未来の話だろう。
今はこの目の前の戦いに勝利せねば、彼らの前にハルたちが先に退場することになりかねない。
見守るハルたちに言われるまでもなく、足元の住人たちも敵対勢力の襲来に気付く。
彼らはにわかに迎撃態勢を取るべく慌ただしい動きを見せ始め、この地は一気に戦場の興奮と、緊張の渦に包まれていくのであった。
*
「うわうわ! なんか、国全体が揺れ動いてません!? 敵の地震攻撃でしょうか?」
「いや、これはこの国の内部で起こってるものだよ。NPCの住んでる家を見てごらん」
「にゃにゃっ!?」
「うわっ。家から、木が生えて! ……って、元々木でしたね、この国の家って」
「うん。『木製』だね」
「ふにゃぁ~? うにゃおん!」
「うん。メタちゃんのおかげだね」
「ごろ、ごろ♪」
正確に言えば、『元々あった住居に大樹のスラグが侵食して補強された家』である。
ハルに撫でられてご満悦に喉を鳴らすこのメタが、その枝を移植して回ることにより完成した。
全ての住居は国境沿いにシンボルツリーとして生える大樹の根がその壁を侵食しており、非常に自然そのままの素材の味を感じさせるファンタジー建築に仕上がっているのだ。
そして、そんなこの国独自の住宅性能が優れているのはなにも見た目だけではない。
生きている家として、疑似細胞によるナノマシンとしての特性を活かし、それらは完成後であろうと姿を変えることが出来る。
家々は見る間にその壁を分厚く強固に“増築”してゆき、迫るこの非常時に備え、一軒一軒がシェルターと化していったのだ。
「うわっ、すごいですねぇ。見た目は古い家なのに、やってることは現代の最新建築じみてますよ」
「まあ、実際あの中身は僕らがエーテル建築で量産した現代建築そのものだしね」
ナノマシンによりその結晶構造を整列して作られた壁材は、やろうと思えば今のようにリアルタイムで増改築することも可能だ。
とはいえ、余程の趣味人や金持ちでもない限り、一度建てた家は以降ずっとそのままの状態をキープする。
このように街全体が蠢くような『変身』を拝めるのは、やはりこの世界特有だろう。
「……壁が分厚くなり、窓もほぼ覆われた。明らかな防御姿勢」
「これ締め出されたら大変ですねぇ」
「うーっにゃっ」
「ん? どーしたんですか、メタちゃん。あっちを見ろって?」
メタにより指し示された方向にイシスが目を凝らすと、そこでは今まさに住人がシェルター化した家へと駆けこむところだった。
そのNPCの動きに合わせ、木の根に覆われた家はその囲いをするりと開くようにして、その扉を開放する。
そうして彼らが内部に入ると、再びがっちりとその根は扉を覆い尽くし、鼠一匹入る隙間を残さないのだった。
「なるほど。これで防御は完璧って訳ですね。このままみんなで引きこもって耐えきるんでしょうか?」
「いや、それだと直接やられる事はないにしても、包囲されて終わりだろうさ。だからちゃんと、攻撃のための人員も居るよ」
この国は魔法国家。国民は大樹と天空魚に守護されるだけでなく、その魔法の力を鍛え大樹らを守らねばならぬ事が義務付けられている。
彼らはそれぞれこの国の兵であり軍となり、それは特に、国境沿いの大樹の足元の集落と、このハルたちの居る城に多くが駐留していた。
「あっ、下からぞろぞろ出てきました」
「こっちも出陣だね。さて、彼らはどの程度やれるのか」
「まだ戦ったところ見たことないですからねぇ」
「……さすがに、あの海にぶつける訳にはいかなかったからね」
しかし、今回は相手は同じNPC。ハルの手助けなしでこれを乗り切れなければ、どのみち将来的にこの国の未来はないだろう。
そしてそれは、ハルの国家設計のミスを意味する。
ハルは自分と仲間たちの作り上げたこの国の力を信じ、彼らの出陣をただ静かに見守るのだった。




