第1741話 誓って
スイレンの提案、『ヘルメス・スラグをプレイヤーへの報酬として日本へ送る』という内容、当然二つ返事で受け入れる事などできない。
しかしながら、その提案にある程度の妥当性があるのも確かであった。
今この異世界の北の地で行われている新たなゲーム。あのゲームは正直、落としどころを見失っている感も存在する。
終わりなき開拓と閉塞したフィールド。この先に待ち受けるのは果てのない闘争の世界か。
そんなゲームがいつまで続く事になるのか、プレイヤー達も少しずつ不信を募らせつつある。
まあ、彼らは仕事、いや『任務』としてこの地に来ているので、本家の命令あるうちは黙ってプレイを継続するのだろうが。
「……そんなやめ時の見えないゲームも、『クリア報酬』があればある程度強制的に区切りがつけられるって訳か」
「ああ、その通り。それはハルくんにとっても、悪い話じゃないはずだ」
「確かにね。っていや、ちょっと待て……、だからって僕に押し付けるのは何か違うだろ……」
「そうですよー。自分で始めた事なんですから、自分で責任もちなさいー」
「ここからはボクの推測なんだが。思うにセフィくんは、最初からこうやってキミを巻き込むことを前提として、この計画をスタートさせたように思う」
「あのヤロウ……」
「ハルが無視しきれず首を突っ込んでくることは、予想の範疇だった訳ね?」
「まー、これまでのハル君の行動見てるとねー。お節介だもんねー」
「みなさまを、放っておけないのです!」
「お節介言うなユキ。だって大変だろ、放っておいたら」
確実に騒動になる。放置した結果その騒動の沈静化に駆り出される羽目になるならば、面倒でも最初から首を突っ込んでおいた方が結果的に楽なのだ。
……ただお節介というなら、まあ実際そうなのかも知れない。ハルの事をよく知るセフィにそれを利用されたといわれても、納得できる話だ。
「とはいえ、だからといって乗ってやる理由もない。あのゲームを終わらせたいだけなら、強制的にはなるがやりようはある」
あくまで、日本人がプレイヤーとして参加しなくては成り立たないのだ。彼らのアクセスを強制停止してやればそれで済む。
もちろん、ハルがやったと分かれば反発はあるだろうが、もともと裏で秘密裏にスタートしている計画だ。大々的に文句など言えまい。
「けど、キミはそうしない。この計画は、二つの世界にとってメリットがあるとキミも理解しているから」
「……状況によるさ。危険の方が大きいと思ったら、無理矢理にでも停止はする」
「けど、今はそうじゃない、だろ? ハルくん」
「まあ、認めるのも癪ではあるけど」
「こっちもゲームに参加してる以上、否定はできませんからねー」
「そんな一大事なら、なに遊んでんだって話だしねぇ」
それならば、今回の話も乗ってもいいのではないかという、スイレンの主張も一理はある。
どうも良いように使われているのは気に食わないが、そうした感情は分けて考えるべきだ。
言う通り日本にも異世界にもメリットはあり、日本側は疑似細胞の、ひいてはダークマターの力を手に入れられる。
異世界側はプレイヤーの力で惑星を元の正常な状態へと近づける事ができ、人の住みやすい環境に開拓も行わせられる。
ハルたちはその行動が行き過ぎないよう調停の為に介入したのだから、スラグを安全な状態で地球に送り届ける事は、その調停者としての役目そのものともいえよう。
理屈の上では、合理的であり何も問題はない。なるほど神の提案してきそうな理屈であった。
「……だが、やはり気に入らない。セフィが自分で出てこない事が」
「それって、そんなに重要かな?」
「合理性ばかり追及するあなたたちには分かりませんかー。神もセフィさんも、まだまだですねー」
「キミも神だろうに」
「元ですよー。元、神ですー。お間違えのないようにー」
「大差はないだろ? 人間一年生のカナリーくん?」
「なにおー」
「こらこら。関係ない話で争いを広げないように」
そんな、合理的な神の理屈、感情的な人の理屈という以前に、やはりどうにも納得できないハルだ。
感情面以前に、分かりやすい餌を与えられて誤魔化されている感が拭えない。
ゲームでいえば、ちょうど勝てるくらいの囮の部隊にまんまと食らいついたら、隠れていた本体に強襲され壊滅する時のような雰囲気がある。
……ハル自身がそうした戦術を好んで使うので良く分かるのだった。
「……君は、どう思ってるんだいスイレン。これは罠でもなんでもなく、心から互いにとって利のある、善意の提案だとそう思っているのかな?」
「ああ。“思っている”。“誓える”よ」
「す、スイレン様は神の身であられます。嘘は、つけないはずなのです……」
「そうとも」
「そうやって自分で言っちゃうから胡散臭いのよね……」
「じゃーセフィ君もそう思ってるん? 彼がなんか企んでないと、保証できるん?」
「それは、ボクからどうこうは言えないさ。ただ、セフィくんもこれが善意の提案だと“言っていた”よ」
「セフィは嘘つきだからなあー……」
「じゃーダメじゃん」
「食えない奴ですねー」
そう、結局、セフィの思惑次第なのだ。いくらスイレンが潔白を主張しても、それはスイレンの潔白でしかない。
セフィがスイレンにその計画を漏らさなければ、完全犯罪のギミックとして成立してしまう。
「まあ、君に悪意がないのは少なくとも分かったよ」
「悪意があったとしても、どのみちもう支配されてるので無意味ですけどねー」
「ああ、分かってくれたのかいハルくん。なら、ボクたちの計画にも賛同をしてくれるね?」
「そこでそうやって急かすのが、やっぱり信用ならないんだよなあ……」
どうにも食えない相手ながら、彼に騙す気がないのは信じられる。
だがそんな相手を送り込んで来たセフィの姿がちらつく以上、どうしても素直に受け入れる事など出来ないのであった。
◇
「そういえば、興味深い事を言ってたね。地球でも、このスラグは問題なく動作すると」
「勿論さ。ボクのスラグは魔力の類を一切必要としない動作設計になってる。そして、ここ異世界と地球は近似値の物理法則により成立している宇宙のため、理論上、確実に動作は成立する」
「理論上……」
「実働試験はまだだからね。興味があるならハルくん、試しに<転移>させてみるといいさ」
「いやだよおっかない……」
「ふふっ。意外と臆病なんだね、ハルくんは」
「慎重と言ってくれ」
いや、臆病なくらいでちょうどいい。これでもし、地球にスラグを送り込むと同時に爆発的に増殖のスイッチが入り、大地を飲み込み尽くしてしまったら手に負えないのだ。
「しっかし、地球にも、ってかあっちの宇宙にもダークマターってあるんだねぇ」
「それはそうよユキ。元々、地球で提唱された概念だもの。だから、私たちが知っているんじゃない」
「いや、私はなんかゲームのアイテムかなんかとばかり……」
「わたくしもです! 大抵、つよいのです!」
「技や魔法の場合もありますねー」
まあ結局観測不能なので、詳しい事を知っているとはいえないハルだ。
それでも、どうやら二つの宇宙の物理法則は一致しているらしいので、そこから考えれば魔法の絡まない技術であるスラグは、確かに地球に持って行っても動作して当然と思えた。
「今までは、その物理法則は同じで当然と思っていたけどね。どうやら何か、色々とヤバい法則の宇宙があるらしいと今回知ったから……」
「二つの世界が近似値であることに、感謝しないとですねー」
「まったくだ」
「た、確かに……! ぜんぜん違う世界だったら、もしかしたらわたくしとハルさんは、出会えなかったかも知れないのです……!」
「まあ大丈夫でしょー。なんか運命っぽいですしー」
「おお! カナリー様の、お墨付きなのです!!」
「こんな投げやりな保証でいいのかしら……」
「まーカナちゃんだし」
……実際、アイリがあの織結透華と何か関係があるとすれば、ハルとの出会いも彼女によって定められていたとしてもおかしくない。
そちらについても調査を進めたいというのに、次から次に騒動が起こるせいでその暇もない。
それとも、セフィを追っていく事で、そちらにも何か進展があるのだろうか? 今は、そう信じるしかないのかも知れない。
「ハルさん。お邪魔しますよ。その妙な物理法則の、フィールドスキルについて続報です。どうやら直接、詳しい調査をする機会が巡ってきたみたいだよ?」
「シャルト。監視お疲れ様」
銀の城の一室でスイレンに話を聞くハルたちの元に、北の地を監視してくれているシャルトが姿を見せる。
現、黄色の神担当としてこの天空城の足元で栄える梔子の国を守護する彼は、背に流した黄色の三つ編みをもてあそびながら、何だか不機嫌そうに報告に来てくれた。
「こうタイミングよく、あなたの差し金じゃないんですかスイレン。あなたが来た途端ですよ。ハルさんの決断を煽るため、狙って状況を進めたんだろ」
「いいや? ボクにそんな事はできないさ。出来たとしても、そんな企みは企てない。“誓って”」
「ちっ」
「まあ、疑う気持ちも分かるけどね。それで? 穏やかな様子じゃないけど、何があった、シャルト」
「ええ。我々の国に向け、複数の国家が侵攻中ですよ。その中には、例のフィールドスキルを使っていると思わしき、奇妙な現象も見られてるね。注意しなよ、ハルさん?」
……それはまた、確かにタイミングのいいことだ。
どうやら閉塞したゲームフィールドを打開すべく、まずは最大の面積を占有するハルの国を切り崩すべく、プレイヤー達がついに動いたようなのだった。




