第174話 君へ捧ぐ、この力
「あ、ハル君だ……! そうだった、こっちにも居たんだよね!」
「おかえりユキ。君の体、移しとこうか?」
「たのむぜ。お楽しみの隣で寂しく寝てるとか、耐えられぬ……」
「復帰が早い。成長したねユキ」
ユキが逃げ帰ったゲーム内、アイリの屋敷には、プレイヤーの体のハルが居た。
先回りされた形のユキは少したじろぐが、自身も肉体から離れたゲーム操作となった事で、精神的な余裕が生まれているようだ。
この状態のユキは少し打たれ強い。ただし肉体的接触には弱い。
「カナちゃんとおやつ?」
「そうですよー、美味しいんですよー?」
「ユキも食べる? 体、こっちに移し終わったよ」
「あはは、流石に体起こすのは、今ちょっと恥ずかし……」
「さよか」
「左様左様」
ハルはカナリーと共に、お土産の和菓子を食べていた。主に食べているのはカナリーだ。もう買ってきた現物は食べつくされ、今は<物質化>によるコピーでのおかわりを与えている。
材料が魔力なら、とユキもお茶会に加わるようだ。
「うーむ、何だか変な気分だ。目の前のハル君は、今頃ルナちーやアイリちゃんと……」
「あまり気にしない方が良いよ? 僕もこっちは分けて考えてるし」
「いったいどんな気分なんだろう……」
「気にするなとゆーに。……ユキも<分裂>して、一体だけ僕といちゃいちゃしてみる?」
「さて、私のお菓子も早く出してもらおうかな!」
露骨に逃げるユキだ。彼女との関係は、なかなか進展しなさそうだ。
だがそれも構わない。こうして気安く、何時間でもゲームの馬鹿な話で盛り上がる、友人としての関係もハルには大切だった。
「あとでメイドちゃん達にも、作り方を教えてあげましょうねー」
「カナリーちゃんが直接教えるとか、伝説の再来じゃん。メイドさん緊張してるよ?」
「ただの家庭のお料理ですー。お母さんが子供に教えるようなものですよー」
「でもカナリーちゃん、ごはん作ってもらう子供じゃん」
「生意気なハルさんですねー」
食べ終わったカナリーに、制裁として頭をわしゃわしゃされる。こそばゆい。
どうやらカナリー直々に、和菓子の作り方を伝授するようだ。
この地に文化を伝播した際、彼女らがどのような手段をもって人々にそれを伝えたのかは、少し興味があるハルだ。
しかし、今回はそういうことではなく、口伝で教授するだけらしい。それでもメイドさん的には大変に名誉な事で、やる気十分のようだ。
流石に和菓子は、教えられたとてすぐに再現できる物ではなさそうだが、好きなときにカナリーに作ってやれるよう頑張るそうだ。甘やかしすぎである。
◇
カナリーが食べ終わって、お茶会の速度もだいぶ落ち着いた。食べるよりも、会話がメインになる。
そのカナリーは自分の席を飛び立って、ハルの背中に抱きつくようにして、頭にあごを乗せて来ている。ハルも特に害は無いので、したいようにさせていた。こちらも、甘やかしすぎだろうか。
普段はこういう時は、ジャンクフードを大量召喚して、手当たり次第に広げて行くユキだが、今は流石に空気を読んでいるようだ。和菓子をしずしすと頂いている。
「ハル君、その、あっちはどうかね……?」
「ルナがとろけてる」
「うぉ、ルナちー、どんな顔するんだろ……」
「ユキさんも気になっちゃうんですねー。お年頃ですねー」
「……うぅ、カナちゃんがよゆうを見せてくる。そんな風にハル君とくっついてー」
「ユキさんもくっつきますー?」
気にするなと言っても、どうしても気になってしまう様子のユキだ。周囲を確認してみれば、メイドさん達も気になって微妙にうずうずしている。
とはいえ、様子を実況する訳にもいかないだろう。なんとか話題を転換しようと思うハルだった。
「ルナがまたえっちな事ばっかり口走らないように、念入りにしておくよ」
「あはは、そーゆーサインだったんだ……」
「ルナさんとは、長いのですかー?」
「幼なじみでしょ? あ、そうじゃなくてか。そういう関係としてか」
「そうだね。それなりに」
「だから、やけにすんなりアイリちゃんに混ざったわけだ」
ルナと関係を持ったのは、アイリよりも先になる。とはいえ彼女は、付き合うとだか結婚するといった事を決して話題に出さず、付かず離れずの不思議な関係を続けていた。
これは彼女の家の事情が深く関係しているので、この場でハルの口からユキにそれを語る事はしない。
「まあ、今みたいに積極的になったのは、アイリと結婚して以降かな。こちらの基準では、自分も結婚してるんだ、って分かってから」
「タガが外れたんですねー。ユキさんのは、いつ外れますかねー」
「うぇえ!? 私は、そゆのいいの!」
「アイリとは真逆だね」
「言葉の上では積極的ですけどー、ふれあいは奥手ですもんねー」
「からかわないでよぅ」
真っ赤になって、黙々とお菓子にかぶりつく。メイドさんの視線も暖かだ。アイリの時もそうだったが、メイドさんはこういった恋愛劇場の鑑賞がお好きのようだ。
「でもユキ、スキルの受け渡しには僕が触る必要があるけど、平気そう?」
「う、うん。まあ、必要な事なら……」
「粘膜接触しないと受け渡せないように設定しちゃいましょうかねー。最低でもキスしないと発動しませんー」
「カナちゃん……、恐ろしいこと言わないで……」
「というか粘膜無いじゃん、この体」
「再現率は高いんですよー?」
未だに少し雰囲気は怪しいが、流れを変える事には成功したようだ。
ついでであるし、このまま<禅譲>のテストをしてしまおう。ルナとユキ、どちらにどのスキルを渡すかの兼ね合いはまだ決まっていないが、戻すのも自由に出来る。
「今やっても平気?」
「ん、いいよ。……服の上からでも、大丈夫、かな」
「……いけるけど、その服で?」
「それは、やっぱりおっぱいを掴んで欲しいのですかねー。ユキさん大胆ですねー?」
「って、あっ、違くて! そうじゃなくて! うぅ、手で良いですぅ」
今のユキの服は、彼女が良く着ている動きやすい装備、ノースリーブのシャツと細身のパンツスタイルだった。
故に、その服の上から触るとなると、胸やおなか、そして脚を触って欲しいという意味になってしまう。
逃げ場は無いのだと観念したユキは、大人しく手を差し出してくる。
「やっぱし、体の時よりはっきり感じちゃう気がする……、恥ずかしい」
「そうなのですかー? 触覚の再現は、肉体とほぼ同じに設定してあるはずなのですがー」
「処理する脳の側の問題だろうね。ユキは、こっちに入った時の方が認識力も上がるみたいだから」
「うん。というか、体の時が鈍感すぎる感じ?」
確かに、肉体の方のユキは、こちらよりも体の接触に寛容である気がする。
だがこちらの場合でも、えっちな話題自体には積極的なので、その辺りが複雑だ。ハルにも対応が決めきれていない所がある。
積極性に対する方向の違い、だろうか? 他人の事情に積極的なのが、プレイヤーのユキ。自分のことに少しだけ積極的になるのが、肉体のユキといった感じか。
だがハルが触れていることが嫌ではないようで、おずおずとした様子ながら、きゅっ、と控えめに手を握り返してくる。少し新鮮な感覚だった。
「……あはは、まだかな、ハル君。私、ちょーっとテンパってるぞ?」
「アイリの時は外野から囃し立ててたんだ。我慢しなさい」
「うぐぅ。自分の事になると、こんな気分なのか、手をつなぐだけで……」
「しかし、意外と難しい? こんなに時間かかるはずじゃなかったんだけどな」
想定していたよりも、スキルの受け渡しには時間が掛かった。
これが奪う側のセリスならば分かる。他人のデータベースに侵入し、手探りの状態で書き換えを行わなければならない。
だが自由に出入り出来る自分のデータで、詳細もはっきりと見えている状態でも、こんなに時間が掛かるとは予想外だった。
「いや、一瞬だが成功はしてる? その瞬間に、元通りにデータが戻されてる……、のか?」
「ハル君それって、不正防止とかの修正力が働いているって事?」
「感覚としてはね。でもありえない。それが無いことが保障されてるからそこのスキルなんだ」
「大丈夫かな……」
ハルの身に起こる不可解な事象に不安を感じたのか、ユキが手を握る力が強まった。心配が恥じらいを上回っているようで、ぎゅっと握り締めてくる。
……そんな彼女には申し訳ないのだが、ハルにはこの現象の原因、それに大方の予想が付いてしまっていた。
「ユキさんー、そこで心配を装って両手でぎゅーってするんですよー。そのまま自然にハルさんの手を胸の中に導くんですよー」
「やっぱ君か、カナリーちゃん」
「あ、バレましたー?」
「え? カナちゃんがどうしたのハル君?」
データの書き換えを邪魔していたのはこの運営の人だった。特権の無駄遣いである。
彼女なりに、ユキとの仲が進展するように手を回してくれたようだ。
「もー! カナちゃんは、もー!」
「惜しいですねー。もうちょっとしたら、粘膜接触を提案していた所だったのですがー」
「いや全然惜しくないから。それ確実にカナリーちゃんが犯人だってユキにもバレるから」
「あそばれている……」
いたずらがバレたカナリーは干渉を解き、無事に<禅譲>は済んだ。
今回は、効果が単純で結果が分かり易い<精霊眼>を譲渡する事にした。ハルには<神眼>があり、そちらが無くなっても問題は無い。
「あー、ドキドキしたー。心臓が無くってよかったよこの体……」
「僕もそれは思った事があるね」
「アイリちゃんの時だ! 見てる分には微笑ましかったんだけどねぇ。いざ自分の番になると、こーなるのか」
手を離す事を許可されたユキは、まだ受け取ったスキルを使って見る余裕は無いようだ。手を握っては開き、感覚を確認しながら顔の熱が引くのを待っている。
普段は、隣に居て話す事は多くても、体の接触はほとんど無い彼女だ。そんなユキとの接触に、ハルの方も、頬に血が巡る感覚を感じる。この体には、血が無いのだが。
「でも、これからスキルの付け外しする度にコレやるのかな? 私の体、持たないぜ……」
「慣れるんですよー。慣れるために、お手手つないでデートしてきましょー」
「本末転倒だ!」
「じゃースキルで慣れて、慣れたらデートにしましょー」
カナリーも楽しんでいる。アイリの時もこうやって、皆でハルとの仲を進展させるようにサポートしていたようだ。
自分の番が回ってきて、やられる側となったユキが強く言い返せずにたじろいでいた。
そんな賑やかなやりとりに、メイドさんから控えめに提案が入った。
「それでは、髪の毛を触ってスキルを使うのはいかがでしょうか?」
「あ、いいねそれ! 髪なら感覚無いし、私の長いからさきっぽ渡せば良いし!」
「はい。ユキ様の御髪は長くお綺麗ですから。それを手で梳きながら、先端に口付けなどされると素敵かと存じます」
「駄目だ! ロマンス脳だったこのひとたち!」
「アイリ様も、旦那様にやってもらうのがお好きなのですよ」
「……確かにそういうの好きそうだなーアイリちゃん。ふおりそう」
「うん、ふおってるね、やってあげると」
あまりそういった仰々しいのは恥ずかしくて苦手なハルだが、ラブロマンスが好きなアイリは、たまにおねだりしてくる。
やってあげると、『ふおおぉぉ』、とちょっと残念な感じで大喜びするので、その様子を愛でるのはハルも好きだった。
ただ、ユキとそれをやるのは、お互い真っ赤でガチガチになってしまいそうなので、結局は慣れながら手を握ってやって行くこととなるのだった。
◇
「どう、ユキ見えてる?」
「うん見える見える。……奇妙な感じだね。サーモかけた視点に似てるけど、普通の視界も残ってて、それが二重になってブレてる感じ」
「僕とはちょっと見え方が違ってるんだね。これは、見える?」
「あー、うん。それがハル君やアイリちゃんが良く言う『式』なんだね。文様が文字列を成してる感じでしょ?」
「そうそれ」
ユキに譲渡した<精霊眼>は、問題なく機能したようだ。だが、魔力視の形は個人の資質ごとに違いが出るようで、ハルの見え方とは少し違っていた。
ハルの場合は、AR表示のように、現実の映像に重ねるように情報が表示される。
だが、魔法の式については共通のようで、それは差異なく共有されているようだ。
「じゃあ今はどうなってる?」
「あ、ハル君に吸われてる吸われてる。<吸収>スキルで周りの魔力吸ってるんだよね?」
「正解だね」
「やたっ」
これを使えば、ユキも魔法を使う前兆が、視覚情報として読み取れるだろう。
ノーモーションでも発動可能な魔法が、予兆として察知出来るのは大きい。彼女の戦闘力がまた向上するだろう。
「早速使ってみよう! ハル君、ダンジョン行こう、ダンジョン! あ、転移できないか……」
「裸のハルさんとアイリちゃんが、そのまま来てしまいますねー」
「いやカナちゃん、裸とは、限らないかも……!」
「……ユキ、また墓穴掘るよ? やめよう」
今のハルの本体は日本の自室でお楽しみ中なので、神殿の転送は使えない。なので少し手間は掛かるが、徒歩で行くことになった。
ハルの陣営となった、赤と青。ヴァーミリオンと瑠璃は黄色の魔力が存在する。そこを基点に、新たな分身を生成し、直接ダンジョンへと<飛行>していく。
そうして、ハルとユキの、何時もの物騒なデートが始まるのであった。




