第1739話 種も仕掛けもない無から有を生む手品
「それって翡翠でよくない?」
スイレンの来訪目的、今後の展開を知らせるメッセンジャーとなる、という内容に対し、ユキがごく自然な疑問を口にする。
確かに、運営からの、いやセフィからのメッセージを仲介するというだけの役目ならば翡翠やアレキで問題ない。
彼女らはもう完全にハルの側へと隔離されてしまったのでもう接触のしようがない、というのならば少しは分かるが、それだとしてもスイレンまで支配されてしまっては本末転倒だ。
つまりは何か能力的に、彼でなくてはならない理由があるはずなのだった。
「よし、ハル君。こやつにメッセージの受け渡しを禁止せよ! さっそく命令してやるのだ!」
「なんでさ……、捕まえた意味ないでしょ……」
「意味ならある! こいつを通して連絡取れなくなったセフィ君は、きっと第二第三のメッセンジャーを送り込んでくることだろう!」
「警戒してもう送ってこなくなると思うんだけど」
「そうやってメッセンジャーを次々に捕まえていけば、うちらは労せずして運営の連中を全員捕まえることができるのだっ!!」
「嫌だよ僕そんな、『使者の首を次々斬っていった暴君』みたいに語られるの」
まあ、そんなマヌケな展開にはならないだろうから、ハルがその心配をする必要はないだろうが。
ただ、そうした危険性は実際に存在する。ハルが、メッセージとやらの受け取りを拒否する危険だ。
そうなればセフィにとってはスイレンを送り込んだ行動はまったくの無駄となり、いたずらに手札を一枚失っただけになりかねないのだから。
そうしたハルの思考を読み取ったルナが、ユキの発言に賛同するようにして言葉を繋げる。
「……いいかも知れないわね?」
「ハル君が悪逆の帝になるのが?」
「違うわよ。彼に、メッセンジャーとしての役目を禁止することよ?」
「ルナちーもそー思うか」
「別に、次の神を釣り出そうという訳じゃないわ? ただ、このまま敵の思う通りに事が進むのは何だか癪だと、そう思ったの」
「た、確かに……! このままでは、全てセフィさんの思い通りなのです……!」
「というよりも、ちょっと頭にきているわ? 皆、『どうせハルはそんなことしない』と舐められているから。ここらで少し脅しておきたい気もするわ?」
「まあー、実際やらないでしょうしねー。ハルさんはお優しいですからー。そこに関しては、それに甘えていた私には何も言えないかもですねー?」
「ルナらしい提案ではある」
「脅しとは、穏やかじゃないねお嬢さん」
「あなたは黙っていなさいな」
有力者同士の駆け引きでは、そういった事がありがちだ。それに慣れているルナらしい発言。
舐められたままでは、次から次へと要求を送り付けられる。ルナはそんな状態からハルを守ってくれようとしているのだった。
「実際、そうした思惑はあるとは思うよ。『僕なら断らないだろう』ってね」
「ただ、それは舐めているという訳じゃない。ハルくんを信頼している、それ故のことだ」
「ものは言いようね?」
「とりあえず、話だけでも聞いてくれてもいいんじゃないかな?」
「聞いてはダメよハル? 聞けばその時点で彼らの術中だわ? これ以降一言も喋らせず、むごたらしく口を塞いでしまいましょう」
「こわぁ……」
まあ、ルナの言うように、今は完全に相手のペースに嵌まっているのは確かだった。スイレンを捕らえたのはハルたちのはずなのに、おかしな話である。
今までは姿の見えぬ神を手探りで追い続ける苦労ばかりがあったが、見えていたら見えていたで、こうして別の苦労が生じてくるのが楽をさせてくれない神様であった。
しかしあえて、ここはあえて彼らの思惑に乗ってやろうと思うハル。
優しさからではない。逆に、攻めの一手とするためだ。敵の策であろうと、セフィへと繋がるかも知れない重要な手がかりに間違いはないのだから。
これ以上、五里霧中の目隠し状態はごめんだ、という気持ちもある。
「ルナ。悪いけど、ここは聞いてみようとは思う。僕を思って忠告してくれてる所、すまないけどね」
「いいのよ。そういう危険性はあると、理解はしてくれているなら」
ハルが甘いぶん、ルナにはいつもこうした損な役回りを押し付けてしまってばかりいる。彼女はあえて、いつもこのように憎まれ役を買って出てくれているのだ。
なのでせめて、ハルが個人的にそんなルナのことを労ってやりたい。その気持ちも、口に出さずとも伝わったようだ。彼女の口元が、かすかに綻ぶのが分かった。
「まあ、何を言ってこようがこうして身柄を押さえてしまっている事実は変わらない。どんと構えていこうじゃないか」
「流石はハルくんだ。器が大きい」
「お、押さえられている側も、余裕なのです……!」
「立場を分からせる必要があるか? ジスちゃんみたいに鎖つけるか?」
「そのアメジストは、鎖で立場を自覚しましたっけねー?」
「うーんだめか」
それに、スイレンの話を聞こうと思う理由はもうひとつある。
なにも脅しの手段を取れるのは、こちら側だけではないのだから。
ここで聞かず無視を決め込んだ際に、セフィが次はどんな行動に出てくるのか、正直それが読めず不安に思ってしまうハルなのだった。
◇
「……さて、それじゃあ改めて話してもらおうか。すでにこちら側に居る翡翠やアレキじゃなくて、わざわざ新たに君がこの場に来た理由を」
「ああ、いいとも。その理由とは、だ。もちろん、ただ言葉でメッセージを伝えるためにあらず。ボクの能力に関わってくること」
「だろうね」
虜囚の身となってもなお堂々とした態度を崩さぬ、自信に溢れたスイレンが語る。
……いやまあこの辺は、彼に限らず神に共通した性質だろうか。アメジストをはじめ、しおらしくなる者の方が稀だ。
そういう意味では翡翠は、希少な人材といっていいだろう。
「君の力を僕らの側で振るうことで、何か今後の計画が進展するって訳か。メッセンジャーというより、むしろ運び屋だね」
「犯罪行為だろうと、優雅に華麗にこなしてみせる。それがこのボクのポリシーさ」
「捨てちまえぃ、そんなポリシーっ」
「まさか、怪盗さんだったのでしょうか! 変身しますか!?」
「いいとも、お姫様。ボクの華麗な変身シーン、ご覧に入れよう」
「いいからさっさと話進めるんですよー?」
「どうしてこう変な人が多いのかしら……、神様って……」
仕様である。きっと彼らの遺伝子にあたる元のコードにそのように刻みつけられていたのである。いやハルは知らないが。
「それは残念だ。まあ、ボクの変身はのちほどお目にかけることにして」
変身は諦めたスイレンは立ち上がりかけた腰を再び下ろし、今度はテーブルの上へと手をかざしてゆく。
そして、『運び屋』たるかれがこの場に運んできたそれを、彼は手の中からテーブルの上へと生み出して見せるのだった。
「これが、ボクの能力。正確にはボクだけじゃなく、翡翠の研究だったりセフィくんのもたらした力あっての物だが、核となるのはボクの存在さ」
「……やはりか。この状況で“何か”を持ってくるとしたら、こいつしかあり得ないとは思ったが」
カップの除けられた茶器皿の上へと湧き出してきたのは、もはや見慣れたあの灰色の泥。
ハルたちを何度も悩ませ苦しめた疑似細胞が、まさにスイレンの手によって生み出されている。
「これは、今までずっと君が?」
「いや、別にボク一人が生産工場となって実験室のカプセルに縛り付けられていた訳じゃないけどね?」
「いや誰もそこまで言ってないが……」
「疑似細胞さんたちを吐き出す、生体パーツなのです!」
「出が悪くなると翡翠とかが、『おらっ気合いれろっ』って電流ばりばり流すんだねぇ」
「やっぱり縛られるのが趣味なのかしら?」
「きもいですねー。近寄るんじゃないですよー?」
「さらっと翡翠まで巻き込むのやめんか君たち」
そんな誹謗中傷を受けても、スイレンは余裕の笑みでカップを傾けるのみ。強者の余裕だろうか。肯定の意ではないと思いたい。
そんなスイレンの手元で、作り出された疑似細胞はいつの間にか可愛らしいヒヨコの形をとっていた。
これだけ見れば、まるで素晴らしい手品でも見ているかのようだ。
……まあ、このヒヨコがどんな性能を備えているか分からないので、まるで安心できないのだが。
「……そのヒヨコ、突然恐ろしいクリーチャーに変身したりはしないだろうね?」
「口が『がばぁっ!』っと、その身体以上に大きく開くのです!」
「安心してくれ。完全に支配されている今のこの身では、ハルくんの許可なくそんな事は出来ないさ」
「許可あったらやれるんかーいっ」
ユキのツッコミはこの場の全員の総意であった。
「……まあ、とりあえず分かったよ。君はその疑似細胞をこちらで生み出して、それを僕らにどうにかさせる為に、あえてリスクを負ってこの地を訪れたと」
「その通りさ。物が物だ。こうでもしないと、ハルくんは決してこちらの提案を飲んだりしないだろう。だが支配されている状態なら、少なくともコレにボクらが何かを仕込むことは不可能になる」
「かといって、要求を僕が飲むとは限らないけどね……」
本当に、物が物なのだ。警戒は尽きない。
しかし、確かに彼の言う通り、この状態であれば疑似細胞の便利な部分だけをハルたちが引き出すことも可能。
さてこの状況、果たしてどのようにハルたちは評価すべきなのだろうか?




