第1738話 強制人質計画?
突然現れて正体を明かし、なおかつ自らを支配するように語るスイレン。
そんな突拍子もない事を言い出す彼の処遇をどうするか、ハルは仲間たちを集めて是非を問うことにした。
皆で天空城付近の空へと停泊中の船の内部に集まり、問題のスイレンを囲むようにして顔を突き合わせる。
図らずも、艇内に作られた作戦会議室がマリンブルーの思惑通りに使われる事になってしまったようだ。
「また妙な展開になったわねぇ? さすがにこれは、予想していなかったわ?」
「そうだね。それは僕もだよルナ。この力を警戒して、なるべく僕から離れて隠れ潜むようにするものかと」
事実、今までは翡翠たちはそうしてきた。ハルのこの支配の力を避けるため、徹底して姿は現さず、あくまで遠隔で影からの運営に徹していたのだ。
そんな中スイレンは堂々と姿を現し運営だと宣言する。これだけでも予想外だというのに、あまつさえ自分を支配しても良いと、いや支配してくれと言い放ったのだから。
「迷う必要があるかな、ハルくん。強制支配の儀が済めば、危険か否かを論ずる必要なんてなくなるだろう? ボクとしても、こうして縛られていなくても良くなる訳だ」
「そうだけど、むしろ都合が良すぎて怪しいというかさ……」
「そーそー。何かの罠なんと違うん?」
「それは例えば、どんな罠なのでしょうかユキさん!」
「んー。分からん。分からんが、支配したらなんかスイッチが入って、ハル君を内部から爆発させるとか!」
「ひいっ! こわいですー!」
「何で僕が爆発するのさ……」
……爆発したいならせめて自分でやってほしい。
いや、それだって、今の彼には相当難しいはずだ。スイレンはこのエリアに入る際に、内部で危害を加える行動が出来ぬよう機能にロックが掛けられている。
つまり自爆すら出来なくなっており、既に相当のリスクを負った状態なのだ。
更に支配を受ければ、その行動の自由は更に狭まる。
ハルがそうする事はあり得ないが、『あらゆる行動の禁止』だって命じる事は可能なのだ。
その危険性は神であれば当然理解しており、あえて受け入れようなどという奇特な神はいるまい。いや、ここに実際に居るのだが。
「支配をしたら、ハル君のリソースが削られるとか?」
「いや、特にそんな事はないね。もちろん、完全にゼロとはいかないけどさ。でも実際にリソースを消費させられるのはむしろ被支配側であって、僕は命令を出すだけだ」
「ですねー。相手の身体を、その構成する魔力を都合よく構造改変するのがその能力ですよー。ハルさんはまあ、多少『鍵』の保管場所を食われる程度ですかー」
そのデータ的な『鍵』だってサイズは非常に小さく、なんら負担となるものではない。一から十まで、ハルにとって都合の良い力なのだ。
だからこそ怪しい。だからこそ悩む。つい先日あれだけ苦労して翡翠を追い詰めたばかりだというのに、同等の成果が天から降ってきましたで人間は納得できるようには出来ていないのである。
「とりあえず、一つ聞いていいかしら? スイレン、だったわね?」
「ええ、なんなりと。何でも聞いて欲しい、美しいお嬢さんがた?」
「……聞きたくなくなってきたわ? そもそもあなた、男なの、実は女なのかしら?」
「さて、キミはどっちだと思う?」
「ダメよハル。こいつは止めましょう。質問を質問で返す人なんて」
「そう定尺的に測らないでくれよ。こうして問いを重ね、少しずつ互いを知っていくことで、より良い理解が生まれるかも知れないだろう?」
「今のは確実にはぐらかそうとしていただけでしょうに……」
「互いを知るだなんだって言うならー、まずきっちり質問には答えるんですよー」
「やっぱ胡散臭いねぇ」
「の、ノーコメント、です……!」
まあ性別に関しては『神に性別はない』が最終的な答えとなる場合もあるのでルナの問いも少々悪かったとして。
とはいえ、素直に信頼したくない神物であるのは否定のしようがない。
こんな彼に『自分を支配してもいい』と言われたところで、怪しむなという方が無理というもの。
「そうですねー。それじゃー私がー、一発で真相に迫る質問を華麗に決めてやりますよー?」
「おおっ♪ カナリーちゃんに策あり、だねっ♪」
「ですよー? ズバリ、ハル派ですかー? セフィ派ですかー?」
「ハルくん派だね。当然じゃないか。ああ、だからといって、別にセフィくんが嫌いとか、仲違いしているとか、そういう事じゃあないけど」
「だめみたいだねっ♪」
「余計にややこしくなりましたー」
「確かに、そこは『セフィ派であり彼に忠誠を誓っている』とでも言って欲しかったかもね……」
慕われて嬉しくないという訳ではないが、ますます訳が分からない。
まあ、ハルとセフィは敵対している訳でもないので、ハル派ならセフィに協力してはいけないなんて事もないのだが。
「逆に、何故そこまで悩む必要があるのか、ボクには分からないね。確かに見えないデメリットを警戒するのも当然だけど、それを差し引いても見えているメリットが大きすぎるだろう?」
「まあ、そうなんだけどね」
実際、この好機を逃す手はない。このままスイレンを支配せず帰してしまったとして、その場合の損失が大きすぎる。
次に改めて彼を抑える必要がでてきた際、またアレキや翡翠の時と同等の苦労をする羽目になるかも知れないのだ。
「ですがハルさんは、まだ悪いことをしていない人を捕まえるのがお嫌いですし……」
「そうなの? まるで警察だね」
「いや、別に神の警察を気取ってる訳じゃないよ。ただね、アイリの言う通り、僕はなるべく君たちを強制的に支配下に置きたくなんてない」
であるので、本来ならば支配すべき対象であろうガザニアやリコリスも、執行猶予ではないが監視しつつ経過観察に留めている。
ハルにとってはスイレンも、言うなれば彼女らと同等の立場だ。
とはいえ、自由気ままに振る舞わせておくとあまりに危険が大きすぎる者も多すぎるのだって確か。
アメジストであったりコスモスであったりと、気は乗らなかろうと支配しておかない訳にはいかなかった。
「じゃ、ボクはどこか目立つ場所でいい感じに騒動を起こせばいいってことかな?」
「……そう言い出すとは思ったよ。自分を人質にするあたり、セレステか君は」
「やっぱり青いのはダメですねー?」
「酷いな。あんなのと一緒にしないでくれよハルくん」
「《そうだとも! 実に心外だね、そんなナヨナヨした奴と同列視されるのは!》」
「いや胡散臭さ的にもぶっちゃけ大差ない……」
まあ、そのように脅迫されずとも、どのみち彼の言うようにハルに選択肢はないのだ。こうして接触してしまった時点で、既に道は決まっていたのかも知れない。
ハルは仲間たちの了承を得ると、覚悟を決め、仕方なしにスイレンの身を支配下に置いたのだった。
*
「じゃあ改めて、これからよろしくねキミたち」
「その辺の隅っこで、大人しくしてるんだぞっ♪」
「ですよー。気が向いたら、餌を持っていってあげますからねー」
「はいはい。新神いじめしないの君たち」
支配が済み、銀の城へとスイレンを招き入れたハルたち。
既にスイレンは、その王子様然とした雰囲気も相まって見事にこの場に溶け込んでいた。
そんな優雅にカップを傾けている彼に対して、ハルは改めて今回の来訪の意図を問うてゆく。
「……それで? 君は、結局なんのために来たっていうのさ。別に、あのゲームの運営が嫌になったって訳じゃないだろう?」
「嫌になったら、すぐにでも止めさせてやりますよー?」
「それは、可能なのですかカナリー様?」
「ですよー。ハルさんが望めば、一瞬で止めさせられますー。まあー、ハルさんは優しいので、そんなことはしないでしょうけどー」
「まあ、出来ない事はないね。あのゲームへの干渉を禁止させるだけなら」
ただし、出来るのはあくまで禁止のみで、彼ら運営の契約を無視して内部事情を聞き出す事は不可能だ。
それが分かっているからこそ、彼らも安心してスイレンをこの天空城に送り込んできたのだろう。
そこから分かる事はもう一つ。彼ら運営は、スイレンを含めたアレキ翡翠の三人以外にも、まだ裏に人員が存在するということだ。
やはりミントか。それともまだ見ぬ何者かが控えているのか。
もしくは、セフィが最後の一人ということも考えられる。厳密には、彼は神ではないのだが。
「それをされたらお手上げだけど、ハルくんはそうしないさ。ボクは信じている。信じてここまで来た」
「舐められてますよーハルさんー。そんなんでいいんですかー?」
「だねっ♪ 期間限定ででも、禁止しちゃえ~~♪」
「しないというに……」
今まさにプレイヤーたちが参加してしまっている以上、彼らにも迷惑がかかる。その影響がどう出るか計り知れない。
さて、スイレンがここに来たのも、そんなゲームと関係する事で間違いない。
わざわざ支配されてまで、ハルと接触した理由はある程度予想できる。
それについてを、彼は改めて、その口から語っていくのであった。
「まあ、ボクは言ってしまえばただのメッセンジャーさ。これから起こることを直接伝えに来たんだよ」




