第1736話 季節は変わり国も移り変わり
また少し短いですが、明日から本格的に新章展開となる予定なのでお許しを。章題も明らかになる、はず!
「しかし、またずいぶんと足元で事態は進行していたのね?」
「面目ない。この装置も、早く調べられればよかったんだけど」
「責めている訳ではないわ? どのみちセフィ相手では、どうしようもなかったでしょうし」
「ハルさんが、敵に回るようなものですものね!」
ハルは改めてルナたちにも、これらの装置を通じてセフィが今の事態へと繋がる何かを得た可能性を話していった。
この家の中で自由に行動させていた者に、家の中の物を使って事件を起こされた可能性がある。
これを、ハルの落ち度と言わずしてなんと言おうか。
「でもさでもさ? それってセフィ君が、ハル君の信頼を裏切ったってだけのことでしょ? ハル君が負い目を感じる必要はなくなくなくない?」
「それはどっちよ……?」
「……なくなくなく? はっ! つまりないのです!」
「そうはいってもね。僕が無条件に、セフィに対し信任をおいていたのは確かだ。もっとしっかり線引きすべきだったのは確かだろう」
「いえー。それは元はといえば、私たちが細かいことぜんぶセフィさんに任せきりだったことが原因ですからねー。ハルさんも、急にやめろとは言えなかったでしょー」
「まあ、それこそ百年以上かけて培われた信用があるしね。それこそ、疑う余地がなかった」
「ずっとカナリー様たちを助けてくださっていたのですものね!」
「そうだよアイリ。それに、今回だって別に、裏切ったとか敵に回ったとも言い切れないさ」
「ほらー。そうやってハル君はまたかばうー」
……確かに、少々ハルはセフィに対して甘すぎるだろうか?
ただどうしても、仕方のない部分がある。それこそ百年以上前から今まで生き残っていてくれた、ハルのたった一人の同胞なのだ。
そうそう簡単に敵と断じることは出来ないし、実際に裏切りと確定した訳でもない。
まあ、そんなことをいったらセフィには『当時の事を憶えていないくせに』と笑われてしまうかも知れないし、セフィはセフィでそもそも生きていると言っていいのかも分からないのだが。
「まー気を落とさないでくださいー。ハルさんには、私が居るじゃないですかー」
「そうですね! 今はカナリー様こそが、新たな、そして完全な形の、ハルさんの同胞さんなのです!」
「そーだぞハル君。いつまでも、過去の男のことを引きずっているんじゃーない」
「その言い方やめようね?」
「とはいえ、その最新の同胞さんのカナリーも、ハル自身も、この装置の詳細というか、どのようにしてセフィがこれを活用したかは分からないのよね?」
「面目ない」
「まだ研修中なのでー」
ハルたちとは違い、肉体を捨て精神体のみの存在となったセフィ。その特異性ゆえに見えた何かがあるとすれば、それは今のハルたちでは辿り着けない可能性があった。
織結の研究も、未だに謎な部分が多い。
例のエーテルネットに決して傍受されない通信装置も、その詳細な原理は解明できていないのだ。
恐らくはエリクシルネットを経由する事でその秘匿性を担保しているのだとは思うのだが、それが分かったのも、解析が成功したからではなく先にエリクシルネットの存在を知ったからに過ぎなかった。
「ただ、手がかりが無い訳じゃない。僕がエリクシルネットに潜った時に、皇帝、織結の使っていたであろう通信経路を感知したことがあった」
「どんな風なんでしたっけー?」
「細いラインというか、トンネルのようなイメージだったね。彼は、それを使ってしかネット内を行き来できないのだと思う」
「不便ですねー」
「かもね。ただ、道があるだけ便利というか分かりやすいとも言えるかも」
なんの道標も存在しないあの漆黒の海の中。狭かろうが一本道だろうが、通路が決まっていた方が移動はしやすいのは確かだ。
そのラインを通って、セフィも何か織結がエリクシルネットに隠していた新事実に辿り着いた可能性がある。
没落した家、百年前の古臭い技術と侮るなかれ。
モノリスを解析し、今のエーテルネットの基礎を当時からほぼ完成させていた者達だ。その力には、未だにハルたちにとっても未知なるものが多いだろう。
それに、ハルに相乗りしてセフィが研究所の記録をひどく興味深そうに観察していたことも気にかかる。
あの透華がのこした空間まるごとの記録データに、セフィの欲しがるような何かが含まれていたのだろうか?
何にせよ、セフィが行動を開始したのは、あのエリクシルネットに触れて以降に間違いなさそうだ。
「じゃあ、この先は、この装置や織結、エリクシルネットを中心に調べていくのかしら?」
「そうしたいのは……」
「やまやまなんですがー」
「そうね。やる事は山積みよね?」
「ヒッスんのゲーム、改めセフィ君のゲームも、これからまた大きく動くんだろーしね」
「この先、どうなるのでしょうか翡翠様!」
「はいっ。これから、きっと動乱の時代が来るはずですっ!」
……今までも十分に慌ただしい気がしたが、今後は更なる動乱が待ち受けているというのだろうか。
あの海の騒動より、上の騒ぎがあるとは思いたくないハルなのだが。
とはいえ、ゲーム内も相当煮詰まってきた。今後は確実に、翡翠の言うような動乱の段階に入って行くことは違いないであろう。
◇
「現在、ほぼ全てのプレイヤーにフィールドスキルが行き渡り、それぞれが独自の物理法則を持つ空間を形成可能となっていますっ」
「だろうね。それを利用して君が、あの花畑で戦っていたんだから」
「ですねー。元となるスキルが無ければ、借りてこれませんもんねー」
「……ですっ!」
少々バツが悪そうにしながらも、翡翠はそれを肯定する。
他のプレイヤーの情報、攻略に有利となる情報をこうして教えてくれるのも、その罪滅ぼしの意識からだろうか。
無理をしていないといいのだが、こうして語れている時点で契約違反にはなっていないのだろう。
「例のドロドロの細胞たちも、各プレイヤーに行き渡ったのでしょうね」
「ですっ。お花の“植え替え”の際に、残った細胞はその土地へ残してきましたのでっ」
あの灰色の疑似細胞たちも、それぞれ現地のプレイヤーに回収されたということだ。
つまり、彼らはフィールドスキルに加え、通常の生物からかけ離れた幻想の存在も従えていると見ていいだろう。
ハルたちにとっての天空魚のように、不思議なファンタジー生物が各地で誕生しているのだろうか?
「まあずいぶんと、それはファンタジー世界らしくなってきたものだ」
「不謹慎ですが、わくわくしてくるのです!」
「そもそもうちらの国も、既に相当ファンタジーしてるしねー」
大樹が国中に根を張って、その根が侵食した奇妙な木造建築の立ち並ぶハルたちの国。
空を見上げれば、荘厳な城の頭上に泳ぐ天空魚たちが、常にその街並みを見守ってくれている。
住人も魔法を得意とする魔法国家。そもそもハルたちの作った国がまず、コテコテのファンタジー国家である。あまり他の国にケチをつける資格はない。
そんなゲームフィールドも今や、国境がほぼ完全に制定された煮詰まった状態。
こんな状態でそれぞれのプレイヤーに力が行き渡ったとなれば、その後の展開は火を見るよりも明らかだ。
古今東西、どんな戦略ゲームでも国境が接しきったらその後に待つのは接する国同士の軋轢である。
「戦争になるのかしらね?」
「そりゃなるっしょー。御兜のお坊ちゃんも、花が無くなって順調に工場を動かし始めたしさ」
「それに、ゲーム的にも新たな展開があるらしいのも気になります! 翡翠様、ずばり、何が起こるのでしょうか!?」
「それはっ、実はですねっ……、言えませんっ……!」
「ですよねー」
「知ってましたー」
さすがにそれは、ハルたちに協力的な翡翠であろうとロックがかかっているようだった。
まあ、今後もこのままの流れでなく、何かゲームシステムからして大きな変更があると覚悟できるだけいいとしよう。
そんな新しいゲーム展開を、ああでもないこうでもないとハルたちが予想し語り合っていると、不意にエメから、この天空城への来客を知らせる通信が届いたのだった。
「《ハル様、ハル様、なんかお客さんっすよ、お客さん》」
「おや? 誰だろう? というか珍しいね。普段なら勝手に中に入って来るのに」
「《それがですね。普段交流ない奴っす。怪しんで外で待たせてるっす。もしやあれじゃないすか? こいつも運営の一味なんじゃないっすか?》」
「ふむ……?」
そんな者が、わざわざ敵地であろうこの場に乗り込んでくるだろうか?
ハルは首をかしげながらも、その神を出迎えるため、席を立ったのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




