第1735話 揃う三家?
セフィがエリクシルネットを訪れた際の事は、ハルもよく知っている。
それはハルたちが夢世界の調査をしていた頃のこと、あの織結透華の残した記録空間に入り込んだ際の事だ。
セフィもハルに相乗りする形で、あのエリクシルネットを訪れている。
そこで何かを見つけたか、あるいは、彼はその後も自在にエリクシルネットへと赴く事が出来ていたのだろうか。
可能性はある。いや、むしろセフィはハルよりも、自由にあの世界と行き来出来ることすら考えられる。
なにしろ彼には既に枷となる肉体が無く、いちいち眠りやそれに近しいプロセスを踏む必要がない。
そもそもが意識のみの存在という彼の在り方が、あのエリクシルネットと非常に親和性が高いようにも思えるのだった。
「あの人々の意識が渦巻くという世界。精神のみの存在であるセフィにとっては、こちらとあちらに壁など感じないのかも知れないね」
「ふーん。それじゃあ、ハルお兄さんの知らない秘密を掴んでいても、おかしくはないんだ」
「困ったことにね」
「でもそれって、そんな簡単な事なんですか? もし行けたとしても、何処に何があるのか分からないんですよね?」
「そうだね。イシスさんの言う通り、あの空間は周囲に何にもない宇宙みたいな所だ。夢世界でのゲーム開催中は、まだ夢の泡が浮かんで来ていたから賑やかだったけど、今は静かなものだよ」
「目印もなーんにもないですもんねー」
それでも、セフィほどの存在であれば何かしら特殊な感覚を持ち合わせているのかも知れないが、そんな事を言い出したらキリがない。
それよりも、ハルたちが何かを見落としていると思った方がいい。まだまだ、あの世界についてはハルたちも、今見えている範囲ですら分からない事だらけなのだから。
「エリクシルちゃんは何か言ってましたかー?」
「いいや、なんにも。何かやってる奴が居るってことは以前から把握はしていたけど、相変わらず興味がないみたいだ」
「マイペースですねー」
「そうだね。だから誰かアクセスしていたとしても、それが神の誰かなのか、セフィなのかの区別すらついてないんじゃないかな」
「徹底してますねー。ハルさんにしか、興味がないですかー」
「ふおぉー。お兄さん一筋だ!」
「あれ? でも、セフィさんも確かハルさんと同じ、管理者さんみたいな感じなんですよね? そのセフィさんにも興味ない感じですか? その方じゃだめなんですか?」
「そのようだね。僕も押し付けようと思って聞いたことがあるが。ぜんぜん違うとのこと」
「お、押し付けようと……」
仕方がないのである。嫌なのである。
まあ、とはいえ本気ではない。もし可能でもセフィが嫌がったら、無理矢理押し付けるような事はハルはしない。
しかし現実は、スタートラインにすら立っていないらしい。
押し付ける気がないとしても、それはそれで何だかモヤモヤするハルだ。どうして、自分だけなのであろうか?
鍵となるのはやはり透華との過去。あの全ての発端となった出来事に、鍵が眠っているに違いない。
「……とはいえ、エリクシルの言うその話もまた後回しだ。気になるが、本気で気になるが、今はセフィが優先だ」
「なかなか、やること減りませんねー」
「本当だよ……」
この世界にはあまりにお騒がせの神が多すぎる。いや、こちらの異世界だけでも、神だけでもない。
今は地球の人間たちも交えて、様々な思惑が交錯しより騒動は複雑化していた。
まあ、それは二つの世界を繋げたハルの自業自得でもあるのだが。
「じゃあ、今のところ手がかりなしですか……」
「いいや。そうでもないよイシスさん。まだ、あの世界に関わる人物で、何か重大な情報を握ってそうな存在が居る」
「あれ? そうでしたっけ?」
「はいはい! 私わかった! 皇帝さんだ! 織結の、なんだっけ? 当主のひと!」
「うん、そうだねヨイヤミちゃん。織結悟、正確にはその別人格らしき精神存在。彼もまた、意識のみの状態でずっとあの世界に存在している」
「んー。ですがー、あの人もセフィさんとは接点ないですよー。いえー、同じ研究所の重要人物という共通点はありますけどー」
「あと、おんなじ幽霊さんだ。あははっ」
「ヨイヤミちゃん。それはちょっと失礼かもしれませんよ?」
「そっか。ごめんね、イシスお姉さん?」
「いえいえ。ちゃんと反省できて偉いですね」
「イシスさんがなんだか大人のお姉さんみたいですねー」
「いや元からしっかり大人なんですけど……」
普段からだらしない大人っぷりしか見せていないのが悪いと思う。まあ、今はイシスのことはいいだろう。
「それで、そのセフィさんって人との接点が何かあるの?」
「うん。ちょっと心当たりがある。それを調べに、いったんお屋敷に戻ろうか」
「えーっ! もう少しここで、のんびり飲みましょうよぉハルさん~~」
「しっかりした大人のお姉さんはどうした……」
「あはははは! だめだめさんだ!」
年下の少女を優しく導く姿は一瞬だけしか持たなかった。
そんな駄々をこねるイシスをなだめて、ハルたちは天空城のお屋敷に引き上げる。
そこに、セフィと織結悟を結ぶ可能性のあるアイテムが保管されていた。今のところ考え得るのは、そのくらいだ。
……しかし冷静になって考えてみると、イシスはあの場に残して飲ませておいたままでもよかったのではなかろうか?
*
「……これですか?」
「そう。これ。翡翠は知ってる?」
「いえっ。私も初めて見ますっ! セフィさんから、聞いたことも特にないですっ!」
「なるほど」
ここで、翡翠がセフィから聞いていれば話は早かったのだが、そういう訳にもいかないようだ。そうそう上手くはいかない。
とはいえ、まだハズレと決まった訳でもない。
ハルはその“装置”を安置場所から引っ張り出して、ひとまずは庭に並べてみることにした。
「ねーねー、お兄さんー。これ、なーに?」
「ああ、これはねヨイヤミちゃん。例の皇帝が、本体、主人格? を動かして街の各地に配置していた謎の装置だ」
「おお! 陰謀の匂いがするやつ!」
「そうだね。あのままだと何が起こってたか分かりやしない」
その陰謀の気配に危機感を覚えた帝国側の協力者の存在もあって、ハルたちはこの謎の装置を未然に回収する事に成功した。
あのまま放置していたら、これを使って何か、皇帝は夢世界側から現実の日本に干渉しようとしていたことだろう。
「これって、何処に置かれていたんでしたっけ?」
「ごく普通の企業だね。織結の影響力を使って、系列会社とかの色々な所に、備品として納入されてた」
「機能はなんなんです?」
「不明。受け取った会社側も、何も知らなかったよ」
「よくそんなもの大人しく置いてましたね……」
「それだけ影響力おっきいんだろーねー」
「癒着ですよー。圧力ですよー」
他の二家には少し水を開けられたようだが、それでもかつては研究所を組織し、裏から表から日本を牛耳っていた一族だ。その影響力の高さがうかがえる。
「セフィさんは、この装置を通してその方に繋がる何かを得たとっ、そういうことですねっ」
「うん。その可能性があるなと」
「このお家覗き放題だったもんねぇー」
「えっ! そうなんですか!? 困るんですけど!」
「イシスさんが何してようとセフィさんは興味ないでしょーからー、そこは気にするとこじゃありませんよー」
「そーそー。イシスお姉さんはむしろ、私に覗かれてることを心配すべき」
「ええっ!?」
「じょーだんじょーだん」
今は、さすがに彼の介入を避けるため、徹底的にセキュリティが強化されているが、それでも万全とは言い切れない。
結局魔力はこの天空城のある空中含めて、眼下の七色の国全てを覆い接続しているのだ。そちらは今もセフィの接続状態を常に保っている。
その国々で開催されているこちらのゲーム、『エーテルの夢』のシステム管理を一部セフィに丸投げしているので、完全な排除というのはどうしても出来ない。
幸いというべきか、こんな状態になっても、セフィはそちらの仕事を投げ出すようなことはしていない。
今もしっかり、ゲームシステム全般は正常に稼働中。
「この、一見業務用の家電か何かに見える装置が、皇帝の現世介入の為の装置なら、そこには彼に繋がるラインか何か伸びていたのかも知れない」
「それを辿ってー、セフィさんは彼と接触したとか、そういう話ですかー。でもー、接触したとて、なんかあるんですかー?」
「そうですよ。もう終わった人ですよね?」
「うわ! お姉さん辛辣!」
「だってあの人嫌いですし……」
個人的に皇帝には恨みのあるイシスであった。
「まあ、好悪はさておき、彼もまた三家の一角として、それに相応しい超能力を備えていた。今のセフィたちのゲームにおける超能力開発が、そこからきている可能性はある」
「確かに、理屈は通りますね……」
「すみませんっ。私たちも、力のルーツは知りませんっ!」
「使えないおっぱいですねー」
「違うよ! おっぱいだけは使えるよ! あはは!」
「ヨイヤミちゃんも何言ってんの……」
「あはは! まあとにかく、これで三つの家がそろい踏みだね! 仲間外れは、よくないもんね!」
「……確かに。いや僕としては、もう終わっていてくれた方が良かったのだけど」
ゲームにプレイヤーとして参加している二家に加えて、確かにこれで揃ってしまった。そういう事になるのだろうか?
まだ仮説にすぎないが、ハルはその可能性に、一抹の不安を感じざるを得ないのだった。
※誤字修正を行いました。「二本」→「日本」。自国の名称ミス大変失礼しました! 誤字報告、ありがとうございました。




