第1734話 秋の訪れる新天地
本日より、章を変えてのスタートです。章題設定は、少々お待ちください。
激しく照り付けていた夏の陽光も和らぎ、季節は秋へと移り変わってゆく。
それに呼応した訳ではないだろうが、翡翠の蒔いた種、地を埋め尽くしていた花たちも、少しずつその数を減らし大人しくなっている。
その全てがゲーム内から姿を消した訳ではないが、今は常識的な分布に落ち着き、街に彩りを添える程度。
夜になるとファンタジー世界らしく、花弁から放つ光によって夜景を優しく照らし出していた。
「お花の植え替え、完了ですっ! こんな感じで、いいでしょうかっ!」
「ああ、ご苦労様、翡翠。このくらいなら、あっても邪魔にならないだろうさ。他の街と接続もしてないしね」
「むんっ。よかったですっ!」
ゆさゆさと大きな胸を揺らしながら、花を植えた張本人である翡翠が報告へとやってくる。
ハルがオーケーを出すとその胸を持ち上げるようにしてガッツポーズを作り、与えられた役目の達成を実感していた。
「都会の眠らぬ夜みたいなあの明るさも良かったですけど、このくらいの落ち着いたのもそれはそれでいいですねぇ。秋らしいですし」
「……イシスさんは、お酒が飲めれば何でもいいみたいになってない?」
ハルたちは今、その花が照らし出す夜景と、また逆に国境沿いの大樹やその周囲の木々といった自然をライトアップする様子を眺めながら、のんびりと秋の涼気を楽しんでいる。
このところずっと慌ただしかったのだ、そのくらいは許されるだろう。
イシスなどは、浴衣でこの土地の米から作られたという地酒を傾けながら、なんだか温泉旅行にでも来た大人の女性のように振る舞っている。
どうやら夏には夏の、秋には秋の休暇の作法が存在するようだった。まあ好きにさせておこう。
「ねーねーお兄さん。街と街が接続してたら、今もまずいの?」
「ん? まあ、念のためさ。翡翠のやったように、花を通じて各地のプレイヤーが持つフィールドスキルをまた使われても困るしね」
「一応、私以外にそれは出来ないことになってますっ!」
「とはいえ油断は禁物さ。あっちには、セフィが付いているのが分かったんだ。あいつならしれっとやってのけても不思議じゃない」
「ふーん。そーなんだ。ねぇ、おっぱい触っていーい?」
「どど、どうぞっ……!」
既に話に興味を失ってしまったヨイヤミにいいようにされている事からも分かるように、翡翠は今は非常に献身的にハルたちに尽くしてくれている。
もちろん、運営陣の仲間の不利になるだろう事は出来ないが、それでも今回の花の処置も含めて裁量の範囲においては積極的だ。
どうやらハルに正面から刃向かう事になったのを、本人はずいぶんと気にしている様子。
ハルとしては『そういうこともある』程度で特に気にしていなかったのだが、やはり当人にとっては一世一代の大決心があったことは事実であったようだった。
「アレキもこのくらい働きなさいー。翡翠はこんなに頑張っていますよー?」
「オレだって働いたってば! 色々やったよな、なぁ兄ちゃん!?」
「そうでしたかー?」
「貯水塔の手伝いとかあっただろ! てか、オレの場合このゲームフィールドになってる土地を管理してるから、下手に手出しが出来ねーの!」
「そうですかー? 言い訳にして怠けてませんかー。赤いですしー」
「色は関係ねーだろ! ……そこまでは! てか菓子食って寝そべりながら言われても説得力ねーよカナリー」
「私は十分に頑張りましたのでー」
まあ本来は、ハルと運営の仲間で板挟みになりながらも妥協点を探すアレキの態度の方が普通なのだろう。
翡翠は少し、ハルたち側に寄りすぎな気がする。無理していないと良いのだが。
「アレキはセフィさんの事も隠してましたしー」
「いや仕方ねーだろ。オレは時期の問題で許可貰ってなかったんだから」
「ほんとですかぁー?」
「嘘つけねーっての」
「そういえば、セフィとはどんな感じに協力してたんだい? こうして集まって、彼直々に指揮を取っていたとか」
言っていて、なんとも想像が出来ないハルだった。あのセフィが自ら、積極的に陣頭指揮を取る姿が思い浮かばない。
「いえっ。私たちもセフィさんと、顔を合わせていた訳ではありませんっ。いつも神界ネット越しに、データがたくさん送られてくるだけでしたっ」
「あいつらしいね。引きこもりだし」
そして『たくさん』というのがセフィらしい。神である翡翠がそう言うのだ、本当に沢山のデータが送り付けられて来ていたのだろう。
「ねーねー、犯人が分かったんだからさ、ハルお兄さんが直接乗り込んでやっつけちゃえばいいじゃん!」
「いや、ね、ヨイヤミちゃん? やっつけるだ何だといった話でもないからね?」
「むーっ。でもさでもさー、こうやって翡翠ちゃんたちに間接的に聞くよりも、本人のとこ行って聞いた方が手っ取り早いでしょ? お兄さん、確か直接会いに行けるんだよね? 仲良しだから、唯一許可証が出てるんだよね?」
「それなんだけどね。実はもうあそこには一度行ってみている」
「なんとっ! そーなんだっ!」
「うん」
それでも、解決しなかったが故に、こうして翡翠たちに彼の状況についてを聞き出している。
その際の事を、ハルはヨイヤミたちへと語っていくのであった。
◇
「結果的に言えば、僕が訪ねた時にはセフィの部屋はもぬけの殻だった」
「あははは! 夜逃げだ夜逃げ。家財いっさい引き払って、大脱出だー」
「いやまあ、あの部屋、部屋でもないか、あの空間には元々何一つ物が存在しなかったんだけどね……」
元より、あの真っ白な空間にはセフィの身以外には家具もなにも存在せず、ただ目を凝らして見ると轟轟と渦巻くデータの奔流があるばかり。
研究所の個室を思わせるあの廃物主義ぶりは、ハルとしては少々心に来るものがある。
まあ、それはハル個人の勝手な感傷なので今は置いておこう。
それよりも問題なのは、その唯一存在していたセフィの身体すらも綺麗さっぱりに消失してしまっていたことだ。
それによりもう完全に、あの空間はただ何も無い真っ白なだけの世界と成り果てた。
「お留守だったのでしょうか?」
「引きこもりだと言っただろうイシスさん。引きこもりは、留守になんてしない」
「い、言い切りますね……」
「セフィさんにこんな風に言えるの、ハル兄ちゃんくらいだよなぁ」
「とってもっ、仲良しを感じますっ」
「仲良しというか、腐れ縁というか……」
やはり同僚という言葉が相応しい。いや、『元』同僚か。
とはいえ当時は、お互いの事など認識していなかっただろうが。
いや、そういえばセフィは当時からハルの事を認識していて、気に留めていたような事を彼は言っていた。
それが本当ならば、その違いはどこからきたのだろう? もしやハルが特別変だったのだろうか?
「まあだからさ、留守ではなく居留守だ。来客に気付いておきながら、顔を出さなかったんだ。失礼な奴だよ、まったく……」
「ねーねーそれって、『既に言葉は不要……』、ってことかな?」
「そんな渋い声じゃないけど……、まあ、近いかな……?」
「このまま慣れ合わずに、最後まで突っ走るって意思表示なんですね」
「だろうね。僕としては、出来るなら彼の口から何考えてんのか聞き出したかったんだけど」
「仕方ないですよー。ハルさんと話すと、隠そうとしても態度でバレちゃうかもですしー」
「あいつの表情は僕も読めないよ。それに嘘つきだし」
それこそ最初に会った時にまで遡って、言ってやりたい事は山ほどあるハルだ。
まあ、逆に考えれば、神と違い平気で嘘を語るセフィに言葉で惑わされる事がなくて良かったと捉えることもできるかも知れない。
また平然と嘘をつかれたら、それを読み解ける自信はハルにもあまりなかった。
「そんなあいつが、なんでまた君たちに接触したのさ。どんな愉快な話持ち掛けられたの?」
「秘密ー。というかオレは、言っていいのか分かんねー」
「最初は、普通のメンバー募集でしたねっ。でも途中から、お花の魔法の秘密について教えてもらいましたっ。当時は、正直絶望にくれたものです」
「なんでさ?」
「確かに。どうしてまた絶望を? 答えが分かったんでしょう?」
「だめだなー、ハルお兄さんにイシスお姉さん。そんなの求めていた答えと正反対だったからに決まってるじゃん!」
「はいっ。私は、遺伝子操作して魔法を使えるようになったお花があれば、人の手なしで魔力が生み出せると思ってましたっ」
「それは聞かせてもらったね。以前直接」
「ですっ。でも、その実態はエリクシルネットの中から、人の意識が出て来てるのだとか。まあ、それでも使い道はあったのでいいのですがっ!」
「活用しすぎですよー。苦労したんですからー」
本当である。応用力が異常であった。
しかし、今は翡翠のことよりも、セフィがどのようにしてそんなハルたちも知らぬエリクシルネットの情報に行きついたかの方が問題だ。
思い当たるのは、やはり例の織結透華の残した過去の再現データ。
あの場で何か、ハルには見えなかった何かを、セフィは掴んだというのだろうか?




