第1733話 花騒動の終結
今回で翡翠編の終了となります。相変わらず最後の最後にしか章第の神様が出てこない……。次章以降には、なるべく登場させていきたいと思います!
なんだか久しぶりに入り込む気がする『夢の泡』。かつてミントが開発し、エリクシルが夢の世界にプレイヤーを送り込む際に利用された特殊なシステムだ。
どうやら今回も、正式な使われ方はしていないらしい。なんだか不憫である。
……まあ、とはいえその正式な使い方というのは永遠の夢に人々を閉じ込めるというものであろうから、使われる日など来ない方がいいのだろうが。
「さて、それで、予想通りというかなんというか。イメージ通りの植物園だね翡翠の夢は」
ここが翡翠の夢であるのか、そもそも神が夢を見るのかはさておき、突入した夢の泡の内部は実に彼女らしい花と緑の園。
その楽園を思わせる美しい草原の中心に、彼女は存在した。
「やあ、翡翠」
「見つかって、しまいましたっ!」
輝く草原の碧を思わせる陽光に煌めく緑の髪。くりっと力強く、そしてきらきらと派手に反射する瞳。
そして何より、その身の真ん中に激しく主張する大きすぎる程に大きい胸。
ハルの到来を緊張し待ち構えるその姿は、見かけの派手さに反しておどおどと身を縮める小動物のようだ。
……身を縮めても、反動で逆にその大きな胸を主張してしまっている。
「……別に、そこまで緊張しなくていいよ。というか、そう警戒されると僕としても傷つく」
「すっ、すみませんっ! ……怒って、いないのですか?」
「いるかいないかで言えば、そりゃ多少怒ってはいる」
「ひうっ!」
「いや冗談冗談。あー、冗談というか、怒りより困惑が強いかな。何でこんなことをしたのか納得できれば、怒ったりしないよ」
そう、確かに唐突なことで、手間もかけさせられてしまったが、『怒っているか』と聞かれれば微妙なところだ。
彼女にも譲れぬ目的があっただろうし、神様が己が目的に向かって猪突猛進しがちなのは今に始まった事ではない。
エメ、コスモス、アメジストといった三囚人、もとい三賢神よりは確実にマシだろう。
「君の目的は、いや、目的は例の植物の研究と、この惑星の正常化なんだろうけど」
「はいっ。そこは、以前お話した時から変わっていませんっ」
「なるほど、そこは偉いね」
「えへへへ……」
「そこは、ね?」
「ひうっ!」
「怯えるな怯えるな……」
別に、そんなに凄んでいる気はないハルなのだが、やはり酷く緊張させてしまっているらしい。
まあ無理もないか。彼女にとっては、親や上司に後ろめたい事がバレて詰められているような気分なんだろう。
「あの花も、別に世界征服を狙って増殖させてたって訳でもないんでしょ?」
「あっ、それは、結果的に世界征服はすることになってたかもですっ!」
「は?」
「結果的にっ、結果的にですっ!」
「ま、まあ、そうなるのかも知れないけどさあ……」
そこは否定して欲しかったハルだった。
彼女らは嘘が付けない。仕方のないことだろうか?
よもや本気で、あの花たちを疑似細胞に乗せ、惑星全土に広げようと計画していたとは。
「……それ、もし成功していたらどうなってたの?」
「はいっ。それはですねっ。様々なフィールドスキルによる、都合の良い物理法則変異で、惑星の環境を表面から強引に改善することが可能になるでしょうっ!」
「生態系にも影響が出そうだけど……」
「そこはっ、遺伝子改変で新しい環境にも適応してもらえばっ。はいっ」
「力技すぎる……」
まあ、既に一世紀以上に渡る天変地異の影響で、あの異星の生態系はめちゃくちゃになってしまっている。いまさらにハルが気にする事ではないのかも知れない。
……いや。気にしない訳にはいかないだろう。最近少々変な神様たちに毒されすぎだ。
翡翠の言っている事はマッドサイエンティストのそれでしかない。到底容認できる内容ではないはずだ。
「海を目指していた理由は?」
「あっ、はいっ。あの力があれば、元凶たる重力異常もどうにかなるかもしれないと思いましてっ」
「そうなんだ……」
未だにティティーの海が何の法則を変異させているのか分からないが、どうやらそれほどまでに重要な力のようだ。
……そんな力に、あのままアクセスすることを成功させていたら、いったいどんな事態になっていたやら。水際で食い止められて良かったというしかない。
「でも、そんな平和利用が目的なら、こんな強引なやり方じゃなくても良かったじゃないか。いやまあ、平和かどうかは議論の余地があるけど、どうせ賛同してくれる変人はいるだろうし……」
「神は変わり者が多いですからねっ!」
「自分で言うな!」
残念なことに、翡翠の倫理観の欠けた計画でもきちんと説明すれば乗ってくれる神様もいることだろう。
マッドサイエンティスト気質の神は、そこそこ多い。というかそんな者ばかりな気がする。
少なくとも、こんな焦って惑星中の神に喧嘩を売るようなやり方を選ばなくてもよかったはずだ。
もし本当に世界征服レベルの増殖となっていれば、さすがに他の神々も黙ってはいない。
この星にはハルたちと翡翠たちの陣営だけではなく、各地に神様たちがそれぞれ散って独自の勢力を築いているのだから。
そうなれば、彼女の思うように簡単にはいかなかっただろう。
……まあ、その際の騒動の大きさを思うと頭痛がしてくるので、やはり食い止められて本当に良かったとしみじみ感じるハルなのだが。
「なにか、今の時期じゃないといけない理由でもあったのかい? また嵐の季節になったら、花が流されるとかそういう理由じゃないよね?」
「はいっ。そこは、関係ありませんっ。いや、ちょっと面倒でしょうけどっ!」
「ちょっとかい……」
つまり、地を削り岩を押し流す大雨の中でも、彼女は問題なく花を咲かせられる自信があるということだ。たくましいにも程があった。
「やっぱり、運営全体の方針が関係してるのかな?」
「その通りですっ」
やはりか。個人としての成果を焦る理由は、それしかない。
きっと今後、あのゲームにおいてなんらかの展開の変化が生じる。その運営全体としての決定には、翡翠も契約により逆らうことが出来ないのだ。
だからその前に、自由に動ける最後のチャンスとして、強引すぎると分かっていても行動を起こさねばならなかったのだ。
しかし、そこで更に疑問が残るハルだ。一見、確かに納得できる話ではある。
だが例え集団としての決定でも、そんなあからさまに個人として不利益を被る契約に、この我の強い神々が納得するものだろうか?
気に入らない内容ならば、最初から契約を結ばないのが彼女らの気がする。
現に、コスモスたちが結集して開催された『フラワリングドリーム』は、運営として統一されつつも各々が好き放題に己の目的に向かっていた。
そんな、ある種彼女らの上位にあたる意思決定機関となれる存在は数えるほどしかない。
一つはハル自身の存在。ハルにそんなつもりはなくとも、間違いなくその力と影響を備えている。翡翠の態度からもそれは明らか。
そしてもう一つは、そんなハルと同等の存在である、彼。
「やはりセフィか……」
「はいっ。その通りですっ!」
「やっぱり。ってか、言っちゃっていいの、それ?」
「ハルさんに聞かれたら、答えていいって言ってました!」
「あいつめ……、余裕だな、舐めてるのか……?」
「ひうっ!」
「ああ、ごめんね? 怒ってる訳じゃないよ?」
ここにきて、最近ずっと考えていた疑惑の事態が確定した。
今回の騒動、全ての裏側にいたのはハルの同僚ともいえる元管理ユニットの一人、セフィ。
その彼がどうやら、これから本格的に動き出すらしい。翡翠はその前になんとか、自分のやり方で問題を解決できると示したかった、そういう事だろうか?
さすがに、その詳細は聞いても教えてくれそうにない。あくまで一部をセフィにより許可されただけで、契約の縛りは健在ということか。
「となると、これから大変だね、どうにも。セフィが相手ってことになると、もう厄介なんて話じゃあない」
一応疑惑の出た段階から、重要情報は彼に筒抜けとならないように通信経路の調整は行ってはいるが、それでも長年あの異世界の膨大な魔力データを一手に引き受けていた存在だ。どこに穴があるか分かりはしない。
そんなセフィが敵、かどうかは未定だが、相手になるとすればこれほど厄介なことはないだろう。
「あのっ、ハルさんっ!」
「ん? どうしたの? なにか教えてくれる気になったかな?」
「いえっ、それはできないのですけど。そのっ! 私の処遇は、どうなるのでしょうか!」
「ああ、すまない。そういえば忘れていた」
「忘れないでくださいっ! いえ、忘れたままの方が都合が。やっぱり嫌ですね、生殺しっぽくてっ!」
「忙しい子だな……」
とりあえず、ひとつの区切りとして翡翠はきちんと支配下に置いておこう。そうする以外に、選択肢はなかった。
何の解決にもならないが、ひとまずこのお騒がせの花騒動にだけは、決着がつくことだろう。
「優しく、痛くしないでくださいっ!」
「何故胸を出す……、手を出せ手を……」
「そ、そうでしたかっ」
最後まで何かテンポのズレた彼女の手を掴むと、ハルはその存在を丸ごと、管理者として支配下に置いたのだった。




