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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第6章 マリンブルー編

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第173話 簒奪と、禅譲

「あ、おかえりハル君。いや、こっちにも居るけど……」

「ただいまユキ。すぐにまとめるよ」

「まとめるて」


 自宅に戻ると、ユキが出迎えてくれる。今日の彼女はアイリとお留守番だ。

 肉体で日本に戻ってくる以上、アイリも一緒に付いてきてしまう。だが今日は連れて行く訳にはいかないので、ハルの家でユキと一緒に遊んでいてもらった。

 ハル自身の分身も同時に留守番しており、アイリと共にその“自分”も歩いてくる。この場に二人のハルが揃うと、分身を解除して一人のハルへとまとめる。


「おかえりなさいませ! 久々の、肌で感じる故郷はいかがでしたか?」

「暑いね。ちょっと来ない間に。向こうはまだ過ごしやすいんだなって実感するよ」

「このおうちは快適なので、気づきませんでした!」

「カナちゃんの神域は、避暑地みたいだよね。すごいんだよーアイリちゃん、日本の夏は。私も、つい引きこもっちゃう」

「わたくし、耐えられるでしょうか……!」


 まあ、ハルが制御を解除しない限り、外に出たとしても体内のエーテルが快適な体温へと調整する。猛暑に音を上げる事はないだろう。

 ……そして、夏の暑さのせいにしている引きこもり少女ユキは、例え外が爽やかだろうと引きこもりだ。

 今は彼女も、こちらでアイリと遊ぶため肉体で活動している。今日は登校時からハルがこちらに来ているので、ユキにしては長い時間起きて活動している。


「ただいま。良い子にしていたかしら? ユキ、禁断症状は出ていない?」

「出ないよぉ。おかえり、ルナちゃん。……分身ハル君とアイリちゃん居なかったら、禁断症状してたと思うけど」

「……そ、そうなのね? 筋金入りね……、あなたも」

「からだのままは、たえがたし」

「おかえりなさいませ!」


 ルナも帰宅し、四人が揃う。カナリーだけが居ない。彼女は、ハルと同化していても、世界の壁を越えて来られなかった。

 いずれ、カナリーも日本に呼べるように、何か方法を考えて行くべきだろう。


「おみやげも、先にカナリーちゃんに持っていってあげるか。……食べつくされちゃうかもだけど」

「それが良いと思います! きっと、カナリー様も寂しがっていますから」

「カナちゃん甘えんぼだからね。寂しがるイメージは無いけど」

「ハルを含めて、誰もあちらに居ないというのも珍しいわね?」

「僕は今もログインだけはしてるんだけどね」


 ハルの肉体は今ここにあり、ゲーム内には分身も置いていないが、ログインは継続中だ。

 奇妙な話である。ログインしているのに、ゲーム内にキャラクターが居ない。いや、一応カナリーの体もハルという判定だったか。


 そのゲーム内に、ハルは分身を作り出し、お土産の和菓子を転送する。

 日本のお菓子に大喜びするカナリーをもう一つの意識で眺めながら、ハルはいま少しこの家で、彼女たちとの会話に興じるのだった。





「今日はどうだったのかな。……告白された?」

「どういう思考回路だとそうなるんだ……、されないよ?」

「そか。てっきり、負けた時にハル君に惚れちゃったのかと」

「恋に落ちる瞬間ですね! すてきですー……」

「負けたから惚れるって、ユキではないのだから……」

「ル、ルナちゃん? 私はべつに、そういうんじゃ、ないよ?」


 ユキも、ありがたいことにハルの事を好いてくれている。だがこの様子だと、それは『負けたから』なのだろうか? なんとも複雑な乙女回路だ。


「でも危なかったわね。私が付いていなければ、ハルは今この場には居なかったわ?」

「ま、まさか、暗殺するために呼ばれたのかな……?」

「いいえ、今頃ハルはミレイユのベッドの中よ」

「……おやめなさいルナ。無いから。まあ、付いてきてくれたのは感謝してるよ」

「では、政治的な話し合いがあったのですね」


 流石にアイリは察しが良い。政治的、といえば大げさだが、二人ともあの世界の政治の中枢に食い込むプレイヤーだ。意図せずとも政治的になってしまうのだろう。

 ハルが軽い調子で何でも引き受けていたら、アイリの不利に繋がる事もあっただろう。ルナはきっとそれを避けるために、彼女へ強くあたっていたのだ。断じてルナの趣味ではない、はずだ。


 ハルとルナは、ミレイユの家で得た情報をアイリやユキとも共有してゆく。

 彼女らと協力関係を構築したこと、『藍色』の海洋国家が何か企んでいるらしいこと、そしてセリスの現状、などだ。


「そか。セリスちゃん、スキル弱体化食らっちゃったんだ」

「まあ、仕方ないよね。いつレベルスティール食らうか不安だ、っていうお便りが一杯届いたってカナリーちゃんも言ってたし」

「恐らく、そこは決め手ではないわね? 決め手はスキルですら奪えるという部分よ」

「他のユニークスキル持ちの方から、次々と奪って行けば最強になれるから、でしょうか?」

「そこもきっと違うわ? 何となくだけれど、あの運営、それもまたアリとして通してしまうと思うの」

「あー、ありそうだよねルナちゃん。わかるー」

「アイリ、ルナが言ってるのはね、スキルには日本のお金が関わってるからって事さ」

「そうなの、ですね?」


 正確に言えば、それを保護するための法律が関わっているからだ。

 大枚はたいて引き当てたレアスキルが、通りすがりのセリスに吸収され使えなくなった! という事態は、可能性の上だけでもあってはならない。

 ゲームに課金して得た物は、それを保護するための法があり、それはゲームのルールよりも上位に位置する。そこを曲げたままにしては、司法のメスが入る可能性があった。

 まっとうな運営だ、とは口が裂けても言えない運営陣かみさまたちだ。そういった事態は絶対に避けなければならなかった。


「ならそんなスキルなんか発現させるな、って言いたいけどね」

「カナリー達にも制御は出来ない、のだったわね?」


 正直信じがたい、といった様子でルナが確認する。運営にすら解析不能ブラックボックスな内容など、ゲームを作る上で正気ではないと思うのだろう。

 ユーザーの進行度、スキルの習得率、アイテムの入手状況。それらを適切にコントロールし、またその進行状況から、最適な難易度のイベントを提供する。

 それがルナの志す『出来る運営』だ。


 だがあのゲームは違う。あらゆる対応が即興アドリブだ。

 NPCは好き勝手に生活し、それと接触したプレイヤーの状況が面白くなれば、それを突発的に出し物とする。

 スキルも、『個人の資質』などという良く分からない物を基準に、平等とはほど遠い発現の仕方をする。

 それら複雑に絡み合う状況を、神と称する自分達の有り余る計算力で随時、軌道修正し続けているのだろう。


「セリスの<簒奪さんだつ>は、同意の無いプレイヤーには使用不可能に制限。補填として、調整された別のスキルが後日もらえるんだってさ」

「ふーん。セリスちゃんにとっても、プラスで良いんじゃないかな、それは」

「そうなのですか? <簒奪>のように強い力が自由に使えない、というのは、とっても不満だと思うのですが」

「それはねアイリちゃん。セリスちゃんはあまり積極的に<簒奪>を使う気は無かったからだよ」

「まあ、ユキの睨みどおりだろうね。……対抗戦でのハッスルが、そのへん分かり難くしてるけど」

「あはは……」

「まあ、考えて見ればそうよね? 例えばハルが<簒奪>を持っていて、その使用を躊躇わなかったとすれば」

「<簒奪魔王>ハルさんの誕生です!」


 その場合、魔王の座を先んじて持っていた誰かが居るような響きだ。

 この世界、魔王のような存在は設定されていない。可能性があるとすれば、世界の外、ゲーム外か。


 まあそれは置いておいて、ルナの言うとおりだ。ミレイユがスキルを十全に使い、本気で最強を目指していたら。

 だれかれ構わずレベルを吸い取り、ハルよりも早くレベル100に到達していただろう。スキルも、ユニークスキルを持っている者を見つけては吸収し、万能の存在になっていたはず。

 だが彼女は、ハルと戦う前は、姉であるミレイユから余った力を分けて貰っていただけだった。どうしてもハルに勝ちたいという意地で、力の使用を解禁したに過ぎない。

 試合後は、皆が危惧するような、力を奪って回る使い方はしなかっただろう。なので、新スキルが得られるのは単純に彼女の特になる。


「結局、あれってどういうスキルだったの? アイテムみたいに、ステやスキルを自分のメニューに移すのかな?」


 何がどう特殊なのか、最後まで分からなかった、とユキがたずねてくる。

 あれに関しては少し複雑だ。ハルもその身で受けてみて分かった事だが、実のところ、本当に吸収されている訳ではない。

 任意でハルが回収出来るのもそのためだ。本当に吸収されていたとしたら、回収にもまた接触する必要があっただろう。


「あれはね、奪うとは言うけど、実際に移動させてる訳じゃないんだよね。スキルや何かの所有権は、持ち主からは動いていない」

「そうなんだ?」

「うん。正確に言えば、あれは他人のデータベースに進入するスキル。彼女の力の本質は、システムメニューへの高い親和性だ」

「……よくわかんにゃい」

「わたくしもです!」

「わかんにゃくても良いよ。まあつまりは、スキル一覧に進入して、そこのアドレスラベルを自分のIDに張り替えるスキルだね」

「ちょっと、分かった」

「わたくし、わかんにゃいです!」

「わかんにゃいよねー。……物は自宅にあるけど、『差し押さえ』の札が張られてて、自分で使えない状態、かな?」

「ハル、その例えもどうかと思うわよ……?」


 この事から分かるもう一つの事実は、全てのユーザーは裏でデータベースを通して接続されている、という事もあるが、それは今は良いだろう。

 エーテルネットによってほぼ全人類が接続された現代、特筆に価する事ではないかも知れない。ハルとアイリ、そしてメイドさん達のように、精神が直接接続されているのとはまた別のようだ。


「それを、ハルも行えるようになったのよね? <禅譲ぜんじょう>、だったわね?」

「うん。解析したからこそ、そこまでハッキリ分かってる。僕も自分のデータベースならば自由にアクセスして、ルナやユキにIDを張り替える事が出来るようになった」

「すごいですー!」

「それって、ハル君のスキルをうちらが使えるって事だよね。チートでは」

「チートよね? ただでさえハルのスキルは、おかしい物ばかりだもの」


 便利なのは間違いないが、ハルの力は他のユニークスキルと比べるとチート感は薄いと思っている。強い弱いの話ではない。不可能を可能に出来ないからだ。

 ハルのユニークスキルは、ハル自身が可能になった技術を簡略化したものだ。例えば、ぽてとのように、理屈も分からぬまま透明になって<潜伏>したりは出来ない。


「僕にも真の意味でのユニークスキルが発現すれば、もっと良いんだけどねえ」

「ハルは存在自体がユニークよ? 問題ないわ?」

「ユニークスキルが出た私は、まだまだって事かー」

「やっぱりハルさんはすごいです!」


 その判定はどうなのだろう? しかし、慰めてくれているのは分かる。ありがたいし、これ以上グチグチするのも情けないので、その話はこれまでとしよう。


「まあ、有用そうなのはいくつか思いつくよね。ミレイユ陣営との戦いも終わったし、色々試してみようか」

「うらやましいですー……」

「アイリは僕と直接繋がってるから、今回はおあずけね」

「んー、例えば、ルナちゃんに<MP拡張>つけて、最強の魔女っ子にするとか?」

「<拡張>スキルはユキの方が有用なのではなくて? 素殴りの近接なのだもの」

「<精霊眼>と<魔力操作>を渡して、ユキさんも魔法のお勉強をするのです!」

「それは、勘弁、かも……」


 お勉強と聞いて、ずっとのんびりとした笑顔を浮かべていたユキが固まる。

 まあ、それはさておきユキに<精霊眼>は悪くない選択だ。魔法を使わなくとも、戦闘中は常時起動していれば良い。魔力の流れから、ユキならば無意識に敵の魔法を察知して最適な行動が取れるだろう。


「なんにせよ、やってみようか。戻すのもすぐ出来るし。ユキ、手を出して?」

「う、うん。あっ……、なんだか恥ずかしいよぅハル君……」

「こ、これは! もしや恋愛小説のいちシーンなのでは!? ユキさんが可愛いですー……」

「……ユキ、初心うぶすぎでは? いつも私とえっちな話で盛り上がっているあなたはどうしたの?」

「も、盛り上がってない! いつもじゃない!」


 つまり、たまに盛り上がっているようである。

 ユキの手を握り、<禅譲>を起動する。初心なユキには申し訳ないが、<簒奪>と同様に、接触する必要があった。

 しかし何だか上手くいかないと思ったら、今のユキは本体、つまり非ログイン状態だった。ゲームのスキルが作動しないのは当然である。


「ごめんユキ、自分がログインしてるものだから忘れてた」

「う、うん、だいじょぶ……」

「わざとかと思ったわ? ハル、どさくさに紛れておっぱいも掴みなさい、むぎゅっと」

「どさくさって効果音じゃないよねそれは」

「むぎゅ、ですか! うらやましいですー……」

「だめだよぅ……」


 ユキが大きな胸を手で隠して、顔を赤らめてもじもじしている。ものすごくかわいい。何だか、いけない気分になってきてしまう。


「……ユキ? このあと私達、」

「わ、わたし先にあっちに戻る! お、おやすみ!」


 ルナからの致命的な追撃の気配をその天才的な戦闘勘で察知したのか、ユキは逃げるようにハルの部屋のポッドに飛び込んで、ゲームにログインしてしまった。


 ルナも、今日はずっとえっちな発言が止まらないことから察するに、かなり欲求不満のようだ。彼女は常に肉体がゲーム内にある訳ではないので、アイリほどには機会が無かった。

 この日は、ルナが満足するまで、アイリとふたりで彼女の相手をするのだった。

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