第1728話 邪悪な見た目の三種の神器
「《こいつを使うっすよハル様!》」
「《続いて、こちらもどうぞ。わたくしの愛がたっぷり詰まった、装備ですわ》」
「《アメジスト一人で作った訳じゃないでしょー。あー、あとハル様これもー》」
「なんだなんだ。急に色々と来たな……」
研究室組から転送されてきたルシファー用の大型装備。それはどうやら三種類もあるらしかった。
一つはエメから説明のあった、疑似細胞の再生を阻害する『バグ付与』のための武器。
恐らくは剣、のような形はしているが、そこかしこから装飾なのか追加武装なのかといった大ぶりな棘が飛び出していて、邪悪な見た目だ。しかも黒い。
二つ目はルシファーの頭上に浮かべられた天使の輪であり、形だけならば巨大な天使であるルシファーによくマッチしている。
しかし、なぜかその輪は常時不規則に、何かの波形データでも描くようにノイズのような無数の針を出しては引いており不安を煽る。しかも黒い。
三つめは特に派手で目立つ形状だ。ルシファーの十二枚の翼、そこにそれぞれ装着された装備は、羽を侵食すると鞭のように長く蛇腹になった何かを垂れ下がらせた。
先端には返しの付いた針のような機器を光らせて、明らかに攻撃の意思を尖らせている。しかも黒い。
「……なんで揃いも揃ってこんなに邪悪なの?」
「いーじゃんいーじゃん。カッコイイじゃん」
「はい! これぞ魔王の貫禄、といった感じなのです……!」
「この方がルシファーらしいのではないの?」
「堕天しちゃってますねー」
どうせならもっとこの白い天使に似合う、神聖な装備の方が良かったのだが。まあ、贅沢は言っていられない。重要なのは性能だ。
「まあいいか。機能説明」
「《はいっす! まず剣ですが、切り裂いた疑似細胞の再生を一定時間阻害するっす!》」
「よっしゃー。ためしてみよー!」
早速ユキが怪樹に肉薄すると、棘付きの邪剣を突き立てる。
そして樹の繊維を力任せに引き裂くように剣を突き刺したまま飛び上がると、その後にはズタズタに引き裂かれた痛々しい軌跡がくっきりと残された。
「うわぁ……、悲惨ねぇ……」
「ボロボロですねー」
「しかし、この怪樹には本来ならこの程度は何のダメージにもなりません!」
「だね。この後どうなるか」
アイリの言うように、見た目の痛々しさとは裏腹に、この程度は怪樹にとって傷のうちにも入らない。
傷口をパン生地のようなペーストが覆い尽くし、元通りに埋めて再現完了だ。
その際に用いる細胞の量も、棘により表面積が増したとはいえ所詮は切り傷、爆散に比べれば大したことはない。
「《ふふっふー。見てるっすよ見てるっすよー。わたしの計算は、たぶん正しいっす!》」
「どどど、どうなるのでしょう!?」
「どうって、この傷が再生しないだけでしょう? 確かに一歩前進だけれど……」
「んだねぇ。このデカすぎる樹全体を傷だらけにするには、ちと骨が折れ……、って! なんだありゃ!?」
「おー。傷口からなんか湧き出てますねー」
ハルたちは最初、この傷に回復不能の呪いのようなものが掛かり、ダメージが維持される程度だと思っていた。
しかし、目の前の現実はその想像を軽く凌駕してくる。
樹の繊維がささくれ立った斬撃の道。その内部から、修復のため灰色のペーストが染み出てくる。
しかし、その疑似細胞が本来の用途を遂げることはない。
エメの言った通りに、この邪悪な剣に切りつけられた疑似細胞はその本来の機能を『バグらせる』。
「パン生地が、膨らんで破裂してるのです! 焼き加減を、間違えたのでしょうか!?」
「膨らむというより、必要以上に増殖を続けているようにも見えないかしら?」
「そうですねー。さっき、『癌化』と言っていたのはこのことですかー」
「実際の樹のコブと同じってことか……」
「と、とても同じには、見えないのですが……!」
「どんなヤベープログラム撃ち込んだやらだねぇ」
本来ならば、樹木は人間や他の動物と違い一部が癌のような腫瘍となってもコブが出来る程度で活動に支障は起きない事も多い。
しかし、このバグはそうもいっていられないようだった。
「《単に再生を抑制することも考えましたが、それでは効果が薄いっすからね。それに、成功したとしても、その部分を自ら切除してしまえば元通りっす。その対策が、ちょっと面倒だったので、こうなりました!》」
「それで傷口が爆発増殖するようなバグを……」
「……確かに、これなら切り落とすのも一苦労ね?」
「でも、再生はしちゃってるけどいーの?」
「《いいんすよ。むしろこうして無駄にコストを使わせることで、敵のリソース削るっす!》」
「なるほど! あたまいいのです!」
確かに再生を封じるだけなら直接的にリソースは削れないが、暴走させれば無駄撃ちを誘発できる。
まさに癌化の言葉の通り、樹木としての正しい設計図を無視して暴走じみた過剰再生を続けている。遺伝子に刻まれたバグである。
ここからは見えないが、きっと内部にもこの圧力がダメージを与えていることだろう。
「そうと分かればだ! じゃんじゃん切りまくって、ばんばん悪化させてやるさね!」
その恐るべき効果を目の当たりにしたユキは、その傷が癒えぬうちに更に次の傷を広げようと、樹の幹に沿って縦横無尽に飛び回る。
まるで子供が走りながら無邪気に落書きを描いて回るかのように、その天にも登る大きすぎる幹は、無造作にのたうった線が波打つ壁へと早変わりした。
「たーのしぃっ!」
「状況は悲惨だけどね……」
「しかし、再生は攻撃に間に合っていないようね?」
「このまま切り刻み続ければ、勝てるでしょうか!?」
「気を付けてくださいねー。さすがに、無理してでも止めに来たようですよー?」
「こんにゃろめ! ひとが楽しく落書きしてるのに、邪魔すんなよなー」
見れば、今まで以上の触手の鞭が、元の形状を無視してまでユキを襲う。
今までは角度の問題で動いていなかった位置からも、過剰に枝を伸ばし、時に自ら引きちぎりながらも、強引に触手攻撃の本数を増やしていた。
「ならこの枝も切って爆裂させちゃる! ……って、さすがに多いなっ!」
「しかも、枝だから切られてもすぐ患部を切り落として難を逃れているようですねー」
枝の先端を切られバグを付与されても、その一歩奥から切り離してしまえばダメージは最小限。
肉を切らせて骨を断つとでもいうように、多少のダメージは無視して嵐のような触手の雨が次々と樹上から降り注いでくる。
「《なら、つぎはコスモスのばんー》」
「他の装備もあったね。この状況をどうにか出来るの?」
「《まかせろー》」
ハルはコスモスの指示に従い、追加でルシファーの頭上に装着された黒く輝く光輪を起動させる。
すると、光輪はその内部から浮き出るノイズと波形を増大させながら、この効力を発揮した。
光輪が強く輝きを発揮するとその瞬間、触手の鞭の群れは硬直したようにその動きを一瞬停止させる。
その隙を見逃すユキではなく、彼女の操縦によりルシファーは完全包囲を突破、更におまけとばかりにその大半を邪剣にて刻みつけて去る。
すると今度は、その傷口を剪定してダメージを抑える事も出来ずに、爆発的な腫瘍の被害は枝を伝って根元に向けて進行して行ってしまうのだった。
「《ふっふーん。やりぃ》」
「凄いじゃないかコスモスちゃん」
「すごいですー! しかし、何をしたのでしょう!」
「《ん。もっと褒めていーよ。んとね、これはね、こいつらの使ってるダークマターの利用を邪魔してやった》」
「ダークマターが、どういう物か分かったのかしら?」
「《んーん。それはまだ、まったく分かんない。でも、エネルギーそのものの理屈が分からなくても、それを活用する細胞どもを邪魔することは出来る》」
「それが、この黒い光輪の効果ってわけですねー」
「《そゆこと》」
光輪が輝きを発する度に、樹はビクリと痙攣を起こすようにその動きを硬直させる。
人間でいえば、神経の働きに介入し筋肉の収縮を邪魔しているようなものだろうか。
一瞬のことではあっても、それにより攻撃はあらぬ方向へと逸れ、またパージ命令も解除されてしまう。
敵の技術の根幹へと介入する、攻防一体の厭らしい能力だ。
「《では最後は、わたくしから説明いたしますわ。ハル様。その翼から生えた羽の棘は、ハル様がお使いくださいまし》」
「えー。僕がー? 嫌だなあ、こんなあからさまに邪悪そうな見た目の物使うの……」
「あら? それじゃあ、誰なら似合うっていうの? 私たちに使わせる気かしら?」
「ルナちー似合いそうじゃん?」
「……言ってくれるわねユキ? 後で憶えておきなさいな」
「ひーっ! だから似合うって言ってんのー!」
「女王様の、ムチなのです!」
「こんなトゲトゲしてるの使っちゃだめですよー?」
「……分かった。使うから。アメジスト、効果を説明しろ」
「《分かりましたわ。このケーブルはですね、先ほどお話に出た『有線接続』用のケーブルとなっております》」
「ケーブルだったのかこれ……」
どう見ても遠距離攻撃用の鞭にしか見えなかったが。
「《この先端の針を突き刺せば、もはや花粉にも何物にも邪魔されることなく、確実に本体へのハッキングを継続できますわ》」
「つまりこれらを絶えず、かつユキの邪魔にならないように、差し込みながら戦闘を行う必要があるわけだ……」
ずいぶんとまた、曲芸じみた難度の判断力が要求されるようである。
しかしやるしかない。ハルはその、こちら側の触手のような『ケーブル』に全て同時に操作を通すと、それを怪樹の樹皮に次々と突き刺して行ったのだった。




