第1725話 世界を喰らう大樹
天に届かんという勢いで成長した恐るべき怪樹。
それはうねるように曲がりくねった枝先に、多種多様、極彩色の花を咲かせて陽光を遮る。
その影は『木陰』などといった穏やかなものにあらず。不気味な影絵を地に描きながら、太陽の恵みを遮断し街でも丸ごと飲み込もうかというもの。
そんな冥界から現れたかのような不気味さ、おどろおどろしさは、その派手な色彩によって逆に誇張されているようにも思える。
「極楽浄土にでも咲いてそうな見た目のくせに、なんて邪悪そうな雰囲気なんだ」
「知ってる知ってる。その極楽浄土ってさ、踏み込んだら二度と戻って来れない、実質地獄な世界でしょ?」
ユキの言葉に、ハルはふらふらと飛ぶ美しい蝶にでも誘われ禁域に踏み込む様子を思い描く。
最初はまさに極楽気分を楽しむ主人公だが、一通り堪能し帰ろうとしても、どんなに探しても出口が見つからないのだ。
そんな、ある種のホラーな世界にでも咲いていそうな花をつけたカラフルな樹。
その樹が意思を持って枝を蠢かせる様は、もはや生理的嫌悪感すら感じさせる程だった。
「でも、先ほど言っていたようにもう魔法禁止は解けたのでしょう? それなら、問題はないのでなくて?」
「はい! ルシファーも、元気いっぱい絶好調なのです! 敵がちょっと大きかろうと、負けたりなんてしないのです!」
「あのドラゴンよか弱そうだしな」
「油断しちゃダメですよー、ユキさんー。敵もあの時から、バージョンアップしていると思った方がいいですー」
「そらそーか」
かつて宇宙で対峙した、過剰なほどに巨大な翼を持つドラゴン。確かにどちらが強そうかといえば、あちらのようにもハルも感じる。
しかし、今回は戦力はハルたちだけ。圧倒的な破壊力を誇る母艦、『天之星』の支援も得られない。
加えて宇宙空間ではなく地上での戦闘のため、どうしても破壊力は抑えざるを得なかった。
「ただまあ実際、理屈で考えてもそこまで出力は出せないはずだ。こいつらの動力源であると目されるダークマター。その出力は恐らく、ここに来るまで相当に減衰してるはず」
「“うちゅう”で戦ったあの時は、燃料の発信源ど真ん中で戦っていたようなものですもんね」
「その通りだよアイリ」
「つまりぶっ壊した部分は、そう簡単に再生できないってことだ!」
そう勢い勇むユキは、早くもルシファーを戦闘姿勢に切り替える。
見上げようとも見上げようとも一向に頂上が見えてこないこの怪樹に向けて、怖れることなく機体を接近させて行った。
ハルたちもまた、それに合わせて火器管制を制御していく。
怪樹の落とす巨大な影の中、それでも僅かな光を反射し輝くエーテルの粒子を翼からまき散らしながら飛翔するルシファー。
その翼が再び、プラズマとなった電光を放射しはじめた。
「おっ、景気づけに反物質いっとく?」
「危なっかしい景気づけねぇ……」
「陽電子ドリンクいっきー。ですよー?」
「飲めば飲むほど、痩せそうですね!」
「なにせ反ドリンクですからねー」
そんな『反ドリンク』、ではなく、強大な反物質弾頭がルシファーの両の手の中へと生成されていく。
遠慮せず初手から必殺の一撃。これを撒いてやることで、この肥大化しすぎた食べすぎの樹も、劇的なダイエットに成功することだろう。
「よっしゃ! いけいけアイリちゃん!」
「はい! ……陽電子砲、発射!!」
その掌中より放たれた青白い雷を纏った球は、しばらく進んだところで弾け、内部に仕込まれた小型弾頭を一斉に拡散する。
超広範囲に及ぶ泥の波を、ルシファー単機で食い止めた反則級の必殺技だ。この技の前には、敵がいかに背丈を伸ばそうが、横に広いか縦に広いかの違いでしかない。
「……着弾するわ!」
「今ですー。隔離障壁解放ー。全反応、開始ーっ」
輝きを放つ弾頭は、内部に秘めた終末の破壊を閉じ込める封印。
それが一斉に弾け飛び派手に飛び散ったかと思うと、一瞬の後には爆裂するその雷光すら吹き飛ばす更なる破壊が解き放たれる。
それは、おおよそ地上で使って良いとはまるで思えない超火力。
巨大樹の落とす影すらかき消す程の破滅の輝きが、周囲一帯を照らし上げる。
ティティーとの海での戦いすら児戯に感じるこの威力。ここが無人の荒野であるからこそ許された戯れであった。
「ひょう! 気分いいぃ! でっかい物をぶっ壊すのは、やっぱ最高だね!」
「どーせ周りには何も無いんですー。どんどんやっちゃいましょー」
「……とはいえ地上には変わりないわ? さすがに環境には配慮しないと」
「まあ、その辺は僕の戦後処理がちょっと増えるだけだから……」
「わ、わたくしもお手伝いしますから! も、もうちょっと気にしつつ戦いましょう!」
とはいえ、あまり気遣いすぎて敵を倒せなかったら仕方がない。勝った後の事を気にするのは、まだまだ早かった。
とはいえ、さすがに大ダメージは与えられただろう。そう確信する皆の前で、相変わらず花びらの舞う派手な爆風が晴れていった。
*
「無傷っ!?」
「いや、ダメージは与えられているよユキ。爆煙が収まる前に、修復されただけだ」
「相変わらず、凄まじい再生スピードなのです!」
観測不能のダークマターの力を使い、まるで無から再生するように破損個所を修復する。
その修復が可能なうちは、普通ならば致命傷であってもこれら疑似細胞生物にとってはかすり傷にも入らない。
地上ではその反則じみた再生力も少しは収まるかと期待していたハルたちだが、この様子ではそれは楽観が過ぎたと認めざるを得ないようだった。
「地上では、どうしてもエネルギー密度が下がるのではなかったかしら……」
「きっと、あれなのですルナさん! あの大きな枝が、“あんてな”の役目をしているのです!」
「あー、ありそー」
「なるほどー。じゃーあれですねー? 例のドラゴンも、無駄に翼が大きかったのは、あれはダークマターを捉えるアンテナだったとー」
「まあ、可能性はなくはないか……」
この奇妙に曲がりくねった枝の形も、空から降り注ぐダークマターをキャッチするのに一役買っているというのか。
……いや、そもそもダークマターがどんな性質か分からないので、結局全ては謎のままだが。
そんな、電波のように捉えられる物だという保証はない。
「けどさけどさ? 効いてんだよね? そんなら、再生が追いつかなくなるまで撃てばオーケー!」
「脳筋ねぇユキは」
「そうもさせてくれなさそうですよー。反撃、きますー」
「もんだいなし!」
怪樹は、その不気味な枝がただのアンテナなどではないと主張するように、その大きさに見合わぬ巧みさと速さで、ルシファーを狙い振り回す。
通常、こんな大きさの物をこんなスピードで振り回して無事に済むはずがない。確実に、自分がその反動に負け根元から千切れて吹っ飛ぶだろう。
しかし、この樹は独立した細胞の集合体がその本質。枝を、触手を振り回すのに使っているのは根元の力だけではなく、その全体の細胞一つ一つが、独立し適切に稼働、負荷を分散し続けている。
「まあ! どんだけ器用なことしてこよーが、その程度当たる訳ないんだけどね!」
しかし、ルシファーはその枝の鞭の猛攻の間を、するりするりとくぐり抜けて飛ぶ。
枝の一本たりとも、その白く美しい機体に、翼の一枚にすらかすらせず傷をつける事を許さない。
「それに、そちらから近づいて来てくれるのは好都合なのです!」
更に、天使はただ逃げ回っている訳ではない。ユキが回避したその瞬間、アイリにより反撃が放たれる。
再びの反物質の爆発。それがすれ違いざまの枝を次々と叩き折り、その先に芽吹いた花を次々と宙に舞わせていった。
激しすぎる戦闘とは裏腹に、その戦場は七色の花が舞い散り続けるあまりに幻想的な光景を彩っていく。
そこに、ルシファーの翼から放出される光の粒子も加わって、更に神秘的な雰囲気もプラスされた。
「まるで神話の、戦いですね! 幻想のダンスを踊るのです!」
「とはいえアイリちゃん、無限に踊ってサービスしてやる訳にもいかんぞ。いつ終わるんだ、これ!」
「再生力が尽きる気配はないわね……」
「んー。恐らくは、足りない分は根っこから吸い取ってるのではないかとー」
「大地から栄養を?」
「いえー。地面そのものをー」
「ご、豪快すぎるわ……」
「どーする! また地面ごと吹き飛ばすかハル君!」
「そうすると最終的にこの星ごと破壊することになりかねないね……」
吹き飛ばしても吹き飛ばしても、しぶとく再生を繰り返す怪樹。
この無限ともいえる生命力、果たしてどうにかする手段はあるのだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




