第1724話 やはり最後には巨大化する
「……なんだ?」
「《なんか聞こえるぅ》」
エーテルネットとのアクセスを遮断し、意識の流入を食い止めたはずのハルたち。
それで万事解決かと、そう誰もが期待した矢先のことだった。
なにか花畑全体から、『キイィィ』という高周波じみた怪音が周囲一帯に響き渡る。
それは、聞きようによっては花が一斉に叫び声を上げているようにも聞こえてしまうのであった。
「終わりじゃなかったんですかー?」
「《んあー。やっちゃったねぇ、ハル様》」
「いや君がやれって言ったんだろコスモス……」
「まるで、お花が抗議しているようなのです! コスモス様、これはいったい!?」
「《うーん。意識のインストールはせき止めたから、もう抗議する意思も残ってないと思うんだけどぉ》」
「ならあらかじめ、こうした事態を想定してセーフティを敷いておいた、といったところかしら?」
「それっぽいよルナちー。見てみ? でかトレントの様子を」
ルシファーの操作を任せ、ユキが格闘戦をくり広げていた巨大な怪樹。
その怪樹の方に目を向けてみると、花畑の異変と同時に、急にルシファーへの攻撃を停止して硬直している。
作戦が失敗し諦めた、などと楽観が過ぎる考えを抱くのは止しておこう。それならば、花たちがこんなにホラーじみた状態にはなっていないだろう。
ユキは大きくステップし、怪樹から距離を取り花畑の外にまで後退する。
既に魔法禁止フィールドは解除されており、内部に立っていても問題はないのだが、今はそれ以上に何が起こるか分からなかった。
「あいつ、最後に切り落とした枝を再生する素振りすらない。完全に、硬直しちゃってる」
「なら、今のうちにトドメを刺してしまうというのは?」
「まーそれもアリ。ただ、ウチのゲーマーとしての勘が『ここは様子を見るべき』と語ってるのじゃ!」
「きっと今は、戦闘の合間のイベントシーンなのです!」
「……なら、現実では律儀に待つ必要など無いのではないかしら。少し、ゲーム的発想に囚われすぎていない、あなたたち?」
「そうかもしれん!」
「否定は、出来ないのです……!」
形態変化シーンは、攻撃してはいけないのである。お約束なのである。
とはいえ、ユキも単にそうしたゲーム的な不文律を守るためだけに退いた訳ではない。
明らかに異様な気配漂うこの状況、好機とばかりに突っ込んでは手痛い反撃を受けかねないのも確かであった。
「しかし、不気味ですねー。大量の花が、悲痛な絶叫でも上げてるようですよー」
「こ、ここが、元は無人の荒野でよかったですね……! もし市街地が近くにあったら、今ごろパニックになっていたのです!」
「市街地、あるけれど……、ゲームエリアの中は大丈夫なのかしら……?」
「《安心してくれよな姉ちゃんたち。基本的に外でどんな天変地異が起ころうが、内部では一切気付けないからさ!》」
「ならもっと安心したいので、この状況の説明をしなさいアレキー」
「《……あ、あと内部に咲いた花は、絶叫は上げてないようだから大丈夫だぜ!》」
「無視しましたねー?」
まあ、知っていても言えない誓約を負っているアレキだ、あまり追及するのは止めておいてやろう。
ただ、このアレキの反応。やはりこれは何かあるとみて間違いない。
ここで『言えない』という反応を示した事は、もう言っているも同然なのだから。
「やはり、緊急時のセーフティと考えるのが妥当か。となればルナの言う通り、ムービーシーンに割り込んで、隙だらけの所に最大火力を叩き込むのもありだが……」
「おっ? やるかい? それならそれで、私は大賛成ではある!」
「わたくし、知ってます! 変身ムービーが終わったと思ったら、なぜか即座に爆散ムービーへ移行するのです!」
「バグ利用でありがちな挙動」
「アイリちゃんにそんな変なことばかり詳しくさせないの……」
「ごめんなさいですー」
「……? どうしてユキじゃなくてカナリーが謝るのかしら?」
それは、アイリが古い時代のゲームばかりプレイするようになったのは、カナリーたちのゲーム『エーテルの夢』、つまりは異世界の中においてプレイ可能なゲームがそうした古いものばかりだからだ。
著作権が切れている関係で、マルチプレイの待ち時間用にとそうしたものが大量に実装されている。
それを目当てに、ゲームに登録する者も居るとか居ないとか。奇妙な話であった。
……まあ、今はそんな事より、怪樹と花畑をどうするか考えなくてはならない。
魔法禁止フィールドの切れた今、これらを片付けるのは簡単だ。
ルシファーの機構により増幅された魔法による最大火力で、一気に焼き払ってしまえばいい。
フィールドが無ければ単なる花でしかないこれらを、葬り去ることなど造作もなかった。
「でもなあ……、フィールドが切れた今これらは無害だっていうなら、それは無抵抗の花畑に火炎放射器を向けるようなもので……」
「まーたそんなこと気にしてるんですかー、ハルさんはー。甘いことばっか言ってると、いつかお菓子になっちゃうんですからねー」
「カナリー様に、ぺろぺろされてしまうのです!」
「ぺろぺろしますよー?」
「おやめなさい。戦闘中よ? じゃれてないで、早くどうするか決めないと」
「んにゃ。それもちょーっとばかし、遅かったみたいだぜぃ」
ユキの言葉に、皆が一斉に機体の外を映し出すモニターに目を向ける。
そこではルシファーの見守る中、花畑は更なる異変を告げるかのように、その叫び声を肥大化させていたのであった。
*
「ちょと、本格的にヤバそ。ハル君、変身中攻撃は諦めて、も少し下がるよー」
まるで高周波かというような絶叫をさらに大きくしながら、花たちは今度は一斉にその花弁を散らし始める。
風に乗ったその花びらが空へと舞い上がると、それに伴って絶叫は空間全体に波及していった。
どうやら、叫び声の発生源はあの花びらで間違いないらしい。
「ここから、どうなるのでしょうか!? まさかみんな揃って、爆発したり!」
「《んー。その心配はないと思うよぉアイリ。あいつら今はただの花なんだから、そんな力なんて持ってないないー》」
「でも、現にこうして花が出すとは思えない奇妙な声を出しているじゃない」
「《それは、やる気になれば再現できる……! こーしてこう、なんか細胞を一個ずつぷるぷるさせれば……!》」
「おっかない生物ですねー」
それはもう『理論上可能』というだけではなかろうか?
しかしそうなると、ここからくり出される攻撃はその細胞振動を利用した超音波カッター、いわゆる『高周波ブレード』ということだろうか。
乱舞するこの色とりどりの花びらの嵐、一枚一枚が高速振動によりあらゆる物体を切断する超兵器となる。
いかな達人とて、全方位にちりばめられたこれだけの量の刃の雨は防御不能。なるほど恐ろしい攻撃だ。
「……馬鹿なことを考えるのはやめよう。そんな、ゲームの必殺技みたいなことしても、ルシファーには何の効果もない。翡翠がそんな真似するはずもないか」
「なに考えてたん?」
「わたくしには、分かります! この花びらが、マップ全体攻撃になる様子です!」
「……あながち、間違っていないのでなくて? ほら、動き出したわ? 一斉に」
空へと舞い上がった美しい花弁は、次第にランダムな動きを止め整列し群れを成し、まるで大規模な魚群のように渦を巻く。
巨大な一匹の魚のようになったそれらが向かうのは、ルシファーの巨体。では、ないようだ。
こちらに向かう花びらに警戒しユキが構えるも、どうやら進路は微妙にズレている。その標的はルシファーではなく、先ほどまで戦っていた怪樹。
動かなくなった怪樹に全ての花びらが叩き込まれるように、次々と衝突する。
「負けた八つ当たりか!?」
「そんな訳ないでしょうに……、見なさいな、樹の方も溶けて、花の全てを吸収しているわ……?」
「花を食べて、パワーアップです! これが、はなさかじいさん……!」
「桜のトレントにでもなりますかねー? おー、茎の方も食べてますねー」
「《完全に余すところなく、吸収するきだ》」
地表に目をやれば、そちらは緑のロープが渦を巻くように、怪樹に絡め取られてゆく。
そうして美しかった大地は一気に元の状態へと戻り、荒れ果てた死の荒野としての姿を取り戻す。
実験失敗の撤収作業。その退き際は、驚くほど鮮やかに進行される。
「……けど、このまま帰ってなんてくれないよね。確実に」
「だねぇ。だって、めっちゃデッカくなってるし」
広大な花畑全てを取り込んだ怪樹は、かつての世界樹を彷彿とさせるレベルへと巨大化を果たす。
その姿は、まるで大型兵器であるルシファーが小人であるように錯覚するほど。
「明らかに物理法則を無視しているけれど? 現実の地上にあっていい生物ではないでしょう……」
「まさかまた、フィールドスキルが復活を!?」
「いえー、そうではないと思いますよー。あれは、単純な『技術力』ですー」
ほぼナノマシンとしての特性を持つ疑似細胞。その力で、巨体の荷重を全体で緻密に分散している。
現代のエーテル工法を使ってようやく可能になるその技術を、この怪樹は生物の身でやってのけているということだ。
「これ、ゲーム内の人らが見たらパニックだねぇ」
「《安心してよユキ姉ちゃん。映像も、中からは偽装した物しか見えないから》」
「だからー、安心させたいならコイツの能力とか教えるんですよー」
「……敵よね? どう考えても」
「敵です! ほら、攻撃してきたのです!」
「まあ、分かりやすくていいさ。こいつを物理的に打倒すれば、それで本当に決着だ」
「だね! やろう、ハル君!」
そうして、大地に根付いた花の全ての集合体。あり得ない大きさに巨大化した怪樹との、最終決戦がスタートしたのであった。




