第1722話 通信はこちらをお使いください
「《んー。よーしっ。これで除草剤、じゃなかった、エーテルの散布が花畑に行き渡ったかなぁ》」
「ああ。オーケーだよコスモス」
「《それじゃあ、サーチを始めるねぇ》」
広大な花畑全面に“回線接続”が完了し、ハルが中継点となることでエーテルネットワークと通信が行えるよう、準備が整った。
「しかし、エーテルネットを使った解析ならともかく、花に物理的な接続を行う事に意味はあるの? 確かこの世界には、迂回したノードを通してアクセスしているのでしょう?」
「の、のーど……」
ここでは中継点のようなものという意味合いだ。
ルナの語るように、ここは異世界なのだから、当然物理的なエーテル接触を介して通信を行っている訳ではない。
では、このエーテル散布は無意味なのかといえば、必ずしもそんなことはない。ハルたちには、しっかり狙いと勝算が存在した。
「確かに、こっちへのアクセスは一度神界を経由する形で行われている。ただ、直接アクセスが出来ない訳じゃないんだ。エーテルが無いだけでね」
「そのために、今こうしてナノさんたちを飛ばしたのですね!」
「そうだよアイリ。けど、それだけで花が自動でその回線を使ってくれるかといえば、残念ながらそんなこともない」
「当然よね? 事前に設定されたプロトコルに、従い続けるわ?」
「そうなんですけどー、ここにはハルさんがいますからねー」
「《管理者ぁ。えらい!》」
「偉くはないが、権限は強い。こちらの回線を優先的に使うよう、誘導は出来る」
「こっちの道の方が早いですよー、って、唆すんですねー」
「人聞きが悪い」
まあ、やってることはほとんどハッキングなので、強くは反論できないハルだった。
「こちらの設定した回線を使用するように、トラップを仕掛ける。それに敵が、というよりもこの花に流れ込んでいる意識達が引っかかれば、こちらの勝ちだ」
ただ、この作戦、その前提の全てが仮定に過ぎない。
花畑の持つフィールドスキルがエリクシルネットに渦巻く意識をダウンロード、ないしインストールすることで発動しているという仮定。
その仮説が正しかったとしても、それら意識がエーテルネットを経由してアクセスしているという仮定もある。
神々のすることなので、親和性の高いエーテルネットを利用してのことに違いないとそう推測しているのだが、それが正しい保証はない。
もしも翡翠たちがエリクシルネットから直接意識を取り込む技術を手に入れていたなら、この計画は無駄となってしまうのだった。
まあ、先に語ったように、あの非常に謎めいたエリクシルネットをそうそう自由に活用できるとも思えないのだが。
「《神界ネットの方は、わたしがばっちりチェックしておくっすよ! なんてったって、アレの設計はわたしっすからね! ここはどーんと、任せておくのがいいっすよー! ほんの僅かな違和感も、見逃しませんっす!》」
「《マスター。この人だけでは不安なので、空木もチェックに入ります。なのでご安心ください》」
「《空木がやるなら、百人力です! おねーちゃんも、鼻がたけーです!》」
「そうだね。任せたよ空木」
「《……はいっ》」
「《がーん! わたしじゃダメなんすかあー! まあ、空木ちゃんは優秀ですからね。しょうがないっすか》」
「面倒で情緒が忙しい奴だな。お前にも期待してるよエメ。まあ無理しないようには気をつけろよ」
「《はいっす! 限界を超えて、頑張らせていただきますっす!!》」
……まあ、仮にも神なので、過労で倒れるようなことはないだろう。
そんな『花畑ハッキング作戦』が開始される。概要としてはこうだ。
まずはコスモスの仮説に基づき、ただの花に魔法能力およびフィールドスキルを与えているだろう意識達の流入経路を特定する。
それが済んだらその経路に介入し、ハルたちの用意した通常のエーテル回線を通じてアクセスを行うよう誘導する。
全ての通信を完全にこちらの回線に誘導し終えたら、その回線を一気に遮断してしまう。そうすることで、花はその特殊能力を全て失うという訳だ。
「そんな感じで、実行していく」
「繋ぎなおされてしまわないかが心配ですけどねー?」
「まあ、誘導が済んでいるなら、そっちもきっと邪魔出来るさ」
「希望的観測ねぇ……」
「しょうがない。今のところ何も、確定していないんだもの」
「大丈夫です! 繋ぎなおすというならその前に、能力の消えたお花畑を一瞬で焼き払ってあげるのです!」
まあ、短時間であろうと猶予があればそれも可能だろう。
ただ、アイリにそんな事をさせずに済むなら、それに越したことはないと思うハルだ。この期に及んで、甘いことを考えているものだ。
「まずは『ぐあぁー』っと、サーチかけちゃいますかー?」
「《待って。その前に、現地を直接チェックするー。もしかしたら、花から微細な、通信の痕跡がでてるかも!》」
コスモスと協力し、ハルはエーテル粒子の付着した花を物理的に、直接サーチを行っていく。
魔法や魔力に関わる事はエーテル技術では解析不能だが、その余波は物理的に影響を及ぼす。
特に通信関係となれば、何かしらの残滓めいた痕跡が漏れ出ていたとしてもおかしくはない。だが。
「《むぅ……、なんにも出ない……》」
「そりゃそうでしょー。もし何か断片でも見えてるなら、既に気付いてると思いますよー。なにせこの場には管理者が、二人もいるんですかねー」
「《カナリーだまってて。今は魔法も使えないくせにぃ》」
「なにおーっ」
通信越しに可愛く喧嘩する二人を放置し、ハルは改めて日本側のエーテルネット本体へと向き合う。
もし予想が正しければネットの何処かで、今もこの花たちに向けログイン処理のようなものを行っているはずだ。
「マリーちゃん。確か翡翠たちは、こちらのログイン用システムを流用してゲームを開催してるんだよね? そっちに、メニュー空間に反応は?」
「《……うーん。ないわ、ないのよ? これは私の管轄だし、翡翠ちゃんはお友達だから癖なんかもよく知っているけど》」
「異常はみられない?」
「《ええ。そうなの。こちらの通信にこっそり相乗りして、という反応もなさそうよ? でももう少し、調べて見るわ!》」
「頼んだ」
最初にプレイヤーを誘導し、北のエリアへ連れ去る際、利用されたのはそのハルたちのログインシステムだ。
今回もその既存のシステムを流用し、ただ乗りさせるのが相手にとっても最も楽で確実なはず。そのまま利用している可能性もあると思ったハルだが、さすがにそこまで無警戒ではないようだ。
プレイヤー誘拐の際にあまりに堂々とやったのは、ハルたちもプレイヤーに、何も知らない日本人相手にはむやみに手出しできないと分かっていたためだろう。
「アルベルト」
「《はっ!》」
「お前が日本側に繋いだ『穴』、僕ら以外にも使っている者は確か多いんだったな?」
「《その通りでございます。しかしこのアルベルト、当然そちらにも事前に目は光らせております》」
「怪しい通信は確認できない?」
「《はっ。そもそも翡翠は私の回線を利用しておらず、直接利用はできません。もちろん、まだ関与の確定していない他の誰かに依頼して、という線もあるにはありますが……》」
まあ、その辺りの対処が病的にしっかりしたアルベルトの目を欺けるとも思えない。それこそ、『利用規約』めいた絶対の契約を事前に取り交わしているのだろう。
「まあ、アルベルトだけがトンネルを掘れる特別な神って訳でもないみたいだしね」
「《はい。他にも独自に、経路を確定させた神は存在します。判明している限りのデータをお送りしましょう》」
「助かる。しかし、誰にも知られず独自に開通させた人なんて居たらお手上げだけどね……」
「《そうそうに、そんな奴は居ないのではありませんこと、ハル様? もしそんな真似をしても、必ず何かしらの痕跡がバレて、誰かしらが気が付きますわ? これだけ神が居るのですもの》」
「……お前が言うとまるで説得力が無いんだよアメジスト」
「《あーん。わたくしだからこそ言えますのに……》」
まあ確かに、誰にも知られずこっそりと暗躍を繰り返していたアメジストだからこそ、他者の暗躍にも人一倍敏感なのかもしれない。
そんな彼女が、心当たりが無いという。であるならば、異世界へと繋がるエーテルネットの抜け道はアルベルトから提示されたもので全てと思って良いのだろうか?
「《ハル様? ハル様? やっぱり、相乗りしている様子はなさそうよ?》」
「ああ、ありがとうマリーちゃん。助かるよ」
「《構わないわ、構わないの! とってもとっても一大事だもの! みんなで協力し合わなきゃ! でも、小分けにした通信をノイズのようにして、紛れ込ませているみたいな可能性もなさそうなの。きっと、ここではないわ?》」
「なるほど。まあ、除外できただけで一歩前進だ。しかしノイズか、ノイズねえ……」
「《なにか気になるのかしら、ハル様?》」
「うん。ちょっとね」
ノイズといえば、以前も謎のノイズに悩まされたことがあったハルたちだ。それは、エリクシルネットから、当のエリクシルによる通信が送られて来た際の事。
まるでエーテルネット全体に謎の微小なノイズが走るような現象にみまわれ、そのノイズの正体が、あまりに大きすぎるデータを使った、あまりに短すぎるメッセージの送信。
そんな、頭を抱えたくなる出来事があった事を思い出す。
「……もしかすると、今回もエリクシルネットからそうしたノイズが送られて来てるかも知れない。それを探るか」
そうしてハルは、本来ネット上では見られない類のノイズが発生していないかを中心にサーチをかける。
すると、その予想の通り、微小ではあるが謎のノイズが、一部発生しているセグメントが存在したのであった。




