第1721話 毒霧緊急排出を妨害せよ!
「《じゃあ、まずはエーテルをいっぱい散布しちゃおー》」
「とはいえコスモス。いかにルシファーの生産力といえど、この範囲を急に網羅するのは骨が折れるよ?」
「《ん。だからそこは、私たちも手伝うー。花畑の周囲から、取り囲むようにこっちで作ったエーテルを<転移>させる》」
「《花畑の範囲外ならば、支配規模はわたくしたち、いえハル様の方が圧倒的に上ですわ? 完全包囲も容易いこと》」
「一時的にはだけどね」
結局は魔法を使ったものなので、花畑側に広がられてはそんな包囲網も突破されてしまうだろう。
しかし今は、ルシファーへの対処と北の海へと向かう通路の構築に敵も力を使い、そんな広範囲に手を回す余裕はないと思われる。
よって、一時的にだが包囲するように<転移>の出口魔力を配置することには、大きな問題は存在しない。
「よし。魔力の使用許可を出したよ。あとセレステ! 各地のエーテル生産プラントを、こっちに繋いでも構わないか?」
「《うむっ。いいとも! 自由にするがいいさハル。とはいえ、今は私が直接操作することはできない。そちらで適当にやっておいてくれたまえ》」
「君も本当に何してんだか……」
セレステの方も気になるが、今は目の前に集中しなくては。
ハルたちはこの星の各所、ここから遠く離れた場所の海中などに配備されているエーテル自動生産装置の出力をこちらへ回す。
元々、この惑星でもエーテルを用いて環境改善を行おうと試みていた試験装置だ。そのテスト場所が変わるに過ぎず、特に問題はない。
そうして、ルシファーの翼から再び雲のように無数のエーテルが放出されると同時に、花畑の周囲に、そして上空にも開いた<転移>門から次々にエーテルを含んだ風が噴射されて来る。
その様子はまるで、日本の都市において局所エーテル濃度低下の警報が出た際に、緊急噴霧が行われている際の様子を思い起こさせた。
「よし。これで、すぐにこの一帯に広がって行くだろう」
「《ごうごーぅ》」
「しかし、翡翠がこの状況を大人しく受け入れるかしら? 何かしら、邪魔をしてくるのではなくって?」
「まあー、そりゃそうですよねー。ほらー、来ましたよー」
明らかなハルたちによる大規模作戦。翡翠が、それを見逃してくれる訳がない。
見ればルシファーの放射した雲のように濃く濃縮されたエーテルの霧は、花畑に少し踏み込んだ部分で、それ以上浸透することなく停止していた。
濃度が高すぎるためにこれだけが目に見えているが、恐らくは他のエリアでも同じようなものだろう。
「わわっ! 今度は、押し返されて来たのです!」
「風が起こってますねー。まさに、『逆風が吹いて』いますよー」
花畑の中の空間はそれこそ完全に翡翠の思い通り。
自由に魔法を使う事こそ出来ないが、異なる物理法則へと切り替えることで、このようにある程度望んだ現象を発揮できる。
「これでは、エーテルネットするためのナノさんが飛んで行けません!」
「ピンチですねー」
「いいやアイリちゃん。カナちゃん。逆にこれはチャンスだ! フィールドスキルを切り替えてエーテルの雲を止めてるってことはさー。つまりあの場所では、その風を起こす為に魔法禁止フィールドを解除してるってことだ!」
「確かにね? しかも、霧が流れる様子ではっきりと視覚的に分かるから、その場所が一目瞭然ね?」
「そうともルナちー!」
叫ぶとユキはルシファーを勢いよく操って、怪樹を無視してエーテル雲の侵入した花畑の奥へと向かう。
途中、明らかな重力変異に足を取られて転びそうになるものの、持ち前の運動センスによって空中で強引に身をよじり、見事にその位置へと踏み込んで見せた。
「ここだ! やれぃハル君!」
「ああ、よくやったユキ、任せろ」
ハルはすぐさまそのエリアに向けて武装を展開し、即座に攻撃を実行する。
体の表面に張り合わされたルシファーの装甲板。それを半ば解除するように、次々と大きな隙間を空けてゆく。
その隙間から、まるで溜まった熱を緊急排熱するかのようにして火炎のように強烈な熱気が噴き出して行った。
ルシファーに放熱機能は必要ない。あくまでこれは、強引な緊急攻撃手段。
機体の内部にはエーテルの雲がぎっしりと詰まり、それが全ての処理を行っているため、原理上それが外部と繋がっていればこうして何処からでも攻撃は可能なのだった。
「よっしゃ! 効いてる効いてる!」
「今は、魔法禁止でもないようですね! エネルギーの回復も、問題ないのです!」
「はっはっはー。やはり、一人一能力、じゃなかった、一回に一つのフィールドしか使えないよーだな!」
「関係なくはないのかもね。これらのフィールドは、プレイヤー一人ひとりのスキルを拝借してるものだ。同時に使えない理由はそこにあるのかも」
「理由はなんだっていーさハル君。重要なのは、その弱点をこーして突けるってことさ」
「その通りだね」
図らずも、最初に予定していた作戦が功を奏したといえる。
超高濃度エーテルを流し込んだことにより、特にその動きが視覚化し分かりやすくなった。
そしてそれが分かっていても、翡翠としては対処しない訳にはいかないだろう。
「このまま勝てちゃうんじゃないのー?」
「油断をしすぎよユキ? 攻撃が通ったとはいってもまだ効率は悪いし、それにこのままでは散布が一向に進まないわ?」
確かに隙を突く事には成功したが、被害半径は大したことはない。それが広がる前に更なる切り替えにより食い止められてしまった。
そして、あくまで突破できたのはルシファーの居るこのエリアのみ。全体をマップに表示してみれば、外周から流し込んだ部分は無抵抗で風により押し返されてしまっている。
「どどど、どうしましょう!」
「ルシファーが全力疾走してぐるぐる走る!」
「馬鹿をお言いなさいな」
「《ん。だいじょぶー。たかだか風を起こす程度しか出来ないなら、もう勝ったも同然。エーテルをその場で分解されたりしたら、いやだった》」
「確かに、そうね? 何でも出来る割に、手ぬるいとも言えるわ?」
「防御特化で、攻撃は苦手なのでしょうか!」
「《恐らくは、仮説に出ていた『住人に直接害のない空間』という縛りが影響してるんだろうと思うっす。エーテルの粒子もまた、その恩恵を受けているっすよ。あれはナノマシンと言われてはいても有機物。しかも人体と非常に親和性が高いっすからね》」
もしエーテルが即座に朽ち果てるような環境であれば、人体の方も無事では済まないという訳か。
それと、もしかしたら、それらフィールドスキルの性能を決定したエリクシルネットに渦巻く意識達にとって、エーテルもまた、現代においては人類の活動には欠かせない、もはや『体の一部』という認識になっているのかも知れない。
大多数の者にとって常識レベルに浸透したことによって、そうした多数決の決定では自動的にエーテルも保護されるのかも知れなかった。
「《ハル様。コスモスたちからも、攻撃していーい?》」
「おっと。すまない、もちろん構わないよ。僕らだけでは、限界があるからねどうしても」
「《あいあい~~》」
そんな風に考え事をしている間にも、コスモスから攻撃許可を求められる。
周囲に配置した魔力は、何も<転移>の門としてしか使えないという訳ではない。そこに魔力があれば、普通に他の魔法も遠隔で使えるのだ。
「《ただし花畑に踏み込まなければ、ですけれども。とはいえ、こちらから風を起こしてエーテルを送り返す程度はできますわ?》」
アメジストの宣言の直後、花畑の周囲に次々と風の魔法が渦を巻き始める。
その風により、外部に排出されようとしていたエーテル入りの空気は再び内部へと押し戻された。
見ればまるで、花畑の外周をぐるりと巨大な竜巻でも取り囲んでいるかのようだ。
「『程度』って規模じゃないね。やりすぎだアメジスト……」
「《弱いよりはいいと思いますわ?》」
「そうだけどさあ」
「《ついでに、この風に刃向かうやつらを、コスモスたちも直接やっつける! 空爆かいしー》」
上空、フィールドスキルの効果範囲外に配置された魔力からは、直下の花に対して航空攻撃が開始された。
といっても、<物質化>された鉄球を発射するという非常にシンプルなものだが。
しかし、そのシンプル過ぎる攻撃が意外とこの花たちには有効だ。
ルシファーの戦いを見て、単純な物理攻撃は止められないと知ったコスモスによる非常に効率的な嫌がらせ。
これにより、風でエーテルを防ごうとすればその隙に空からの銃撃の雨に曝される。
それを防ぐ為には、花自身を守るためにそちらを優先的に対処せざるを得ないのだった。
「《よーし。これで、簡単に奥までいきわたる。ハル様ぁ、今だよぉ》」
「うん。よくやったコスモス。あとは、僕の仕事だ」
そんな仲間たちの作った絶好の機会。このチャンスを逃さぬため、ハルもまた全力でエーテルネットへと意識を集中していく。
目指すのは、この花畑とエリクシルネットを繋げる為の中継点。その接合部を見つけ解除してしまえば、この花も力を失い、ただの普通の花へと逆戻りする。そう推測されたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




