第172話 貴族連合
昨日書きそこなってしまいましたが、前話から新章に入りました。
流れは完全に前章からの続きになっていますが、戦いは一区切り。気分を一新してお楽しみください。
口の中に残るほのかな甘味を、冷たいお茶で流し込むと、すっきりとした苦味が後味をさっぱりと演出する。
ゲーム中には日本の文化が多く持ち込まれたとはいえ、そのベースはファンタジー。基本は洋風だ。こうした和風のお茶やお菓子も良い物だと、しみじみハルは思う。
帰りには是非買って行こうと思う。きっとべらぼうにお高いのだろうが、まあ買えない事も無いだろう。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「お口に合ったようで何よりですわ」
お皿が下げられ、お茶はおかわりが注がれる。お手伝いさんの気配は多くがここで遠ざかって行き、ここからが話の本題なのだと察せられた。
やはり貴族は少々面倒である。まず最初に用件、とはなかなかいかないらしい。
「今更ですけれど、ハルさんはあそこの学園生でしたのね? 道理でまだ授業があるとおっしゃっていたはずですわ」
「カレンダーの上では八月頭から夏休みだけどね。僕ら特待生は、やる事多い」
「その代わり普段のスケジュールは、他より暇なのですけれどね?」
「ですの?」
学園の特性上、あそこは完全に休業になる事が無い。もちろん規模は縮小されるが、校内は他が夏休みの間も開放されている。
八月九月一杯と、長い休みがある大学のようなスケジュールだが、その間にも“登校したい者”はおり、専用の授業が組まれたりする。
「妹などは、ずっとゲームに篭ると言っておりますわ。いつ寝ているのでしょう」
「セリスはかなり適正が高いだろうから、その分睡眠も短くて済むんだろうね」
「適正、ですの……、そんな事まで分かるのですわね」
更に言うならミレイユも同じように適正が高いだろう。彼女らの持つスキルの特異性がそれを示している。
これは遺伝的な資質なのか、それとも環境に起因するものなのか、その辺はまだ少しデータが足りない。
自然な流れで、話はあのゲームの事に。ミレイユの話したい事ももちろんそこだ。
かく言うミレイユも最近は入りっぱなしだとか、ハルもずっとそうであるとか(むしろ今もログイン中だ)、そういった流れから本筋に近づいてゆく。
隣でルナが、そのタイミングを静かに待っているのが分かった。
「そんなにやっているのに、君らは他のユーザーとはあまり関わらないんだね」
「どうしても、不慣れですの。私達は、王宮からあまり出ないというのもありまして」
「まあ、僕も似たようなものだけどね」
「……でしたらその、お互い協力しませんこと? 私たち」
これが言いたかったのだろう。回りくどいことだ。
まあ、別に構わない。貴族スタイルのプレイヤーなど、ハルとこの姉妹くらいだ。他国の情勢が手軽に入ってくるのもメリットが大きい。
ライバル心を持たれてもいたようだが、昨日の件でそれも折れたのだろう。
そう、ハルはその程度に思っていたのだが、ここでルナから待ったが掛かった。
「それは、新しくハルに嫁入りしたいという事で構わないのかしら?」
「どうしてそうなりますの!?」
「あら、違うのね? では、ハルの傘下に入りたい、という事でよろしくて?」
「それは……」
「そうでしょう? 宴の余興、対抗戦、神同士の戦い、三度続けて敗北し、その上で対等に同盟を結ぼうなど、虫が良すぎるものね?」
どうやらルナは、ハルの代わりに怒ってくれているようだ。
ミレイユもセリスも、アイリに直接害意を向けないのでハルとしては大した感想を抱いていないのだが、敵味方で言えば明確に敵対行為をしている。
さんざん好き放題に攻撃を仕掛けてきた上で、都合のいい時だけ協力しようというのは、少々身勝手が過ぎるという事だろう。
この流れを読んで、最初からルナは牽制していたのだろう。
「ハルは貴女たちを敵とすら思っていないから、甘くなってしまうでしょうけれど、そこに付け込んで利用しようとするのは許さなくってよ?」
「こっちにもメリットがあれば、別に良いんだけどねえ」
「だめよハル。強者は正当な報酬を受け取るべきだわ? そうしないと次のメリットを失う事になるのよ?」
「難しいね。ナメられたら終わりってやつかな?」
「べ、別に、そういった意図はございませんの……」
それは分かっている。『所詮ゲームの話』だ、彼女にとっては。
邪魔ならばぶつかり、利益があるなら協力する。対戦ゲームをやるならば、皆当たり前の意識だ。ハルも、彼女はそれで良いと思う。
だがハルたちにとっては、あの世界はもう一つの現実だ。いや、どちらかと言えば最近はあちら側に重きを置いている。
今後もゲーム感覚でちょっかいを出されてはたまらない、とルナは危惧しているのだろう。
「大丈夫だよルナ。これからは仲良く一緒にゲームしよう、って程度の話さ」
「ですの!」
「今後は敵対はしてこないんでしょ?」
「しませんわ!」
「ならば、良いのだけれど。遵守なさいな? その言葉」
言質が取れた事で、ルナも納得したようだ。
たかが口約束であるが、裏切ればハルは容赦しない事をルナも知っている。その時は、今度こそ本当に敵になるだろう。
そしてその兆候を見逃すハルではない。ただ、やはり多少の心配は与えてしまうだろう。後でルナを労ってやろうと思うハルだった。
「……その、敗者からの貢ぎ物ということではありませんが、私のスキル、今後は自由にお使いくださいな。必要な時は、お声がけください」
「ハル? 美少女がもじもじしながら『自由に使って』と言っているわ。そそるわね?」
「ルナ! めっ! 淑女!」
「めっ、ではないわ?」
「お手柔らかに、ですの……!」
ただし、こちらの優位性を明らかにするために、攻めの姿勢は変えないようだ。
……趣味でいじめているわけではない、と思う。たぶん。
◇
「それで、ハルの手を借りたい事は何なのかしら。本来はこの人に勝って、優位な立場で協力を引き出したかったのでしょう?」
「手厳しいですわ。……ですが確かに、そういった夢想もしておりました」
「まあ、万一負けてたら話を聞くどころじゃなかっただろうね。今後の憂いを断つために国ごと滅ぼさなきゃだから。……負けんけど」
「ぶ、物騒すぎますわ……、そして負けず嫌いが過ぎますの……」
と言いつつ実際は、アイリに絶対に危害が加わらない場所まで逃げるのが最優先になるだろうけれど。
特に今は、最強の逃げ場所であるこの世界、日本がある。『日本人、藍理』となって、穏やかに暮らせばいい。向こうからは絶対に手出し出来ないのだ。
……まあ、負けなければ良い話だ。ネガティブな想像はこの辺にしておこう。
「今すぐにどうこう、というお話ではないのですが。海洋神マリンブルーの守護する、ええと、『藍色』の国の動向が、どうやら怪しいようですわ」
「西端の、海に面した国だったわね?」
「『可愛くマリンって呼んでね♪』、の通称マリン神だね? 夏にかこつけて、水着イベントやるらしいのは知ってるけど」
「別名アイドル神ですわね」
「あれでアイドル的な人気は、実はセレステの方が上なのよね……」
「セレステは信者気質のファンが多いよねえ」
藍色の神が守護するその国は、まだプレイヤーの攻略が到達していない場所だ。
ハル達の居る中央から見て西側、北西の『青』、南西の『紫』を間に挟み、西端に位置する。その先には海が広がっているようだ。
ハルとの関わりは今まであまり無い。最初の対抗戦で、藍チーム所属のプレイヤーが神獣召喚を仕掛けてきたくらいだろうか。
「……でも、やっぱりハルには関係ないのでなくって? 国境の接している、貴女の国の問題だと思うのだけれど」
「詳細は知らないのですが、大事のようです。政治に関わるプレイヤーであれば、巻き込まれる事もあるかと」
「その点は、僕の立ち位置って不利だよね……、情報が遅い。まあ、そういう話を優先的に流してくれるなら、見返りに協力するのはやぶさかじゃないよ」
「助かりますわ」
「影響が大きいって何かしらね? 大陸を海で満たす気かしら?」
「流石にそこまでは無さそうですわ……」
実際は、今はもう首都である王都とその中の王宮を全てハルの支配する魔力で覆ってしまっているので、情報は取り放題なのだが、そこは語る必要は無いだろう。
現在はヴァーミリオン帝国の事情を優先しているので、そこまで詳しく梔子の国の内情を精査する気も起きない事だし。
「ミレイユ、貴女この話をするためだけに私達をここへ?」
「ご、ご足労いただき申し訳なく思っていますわ……!」
「大丈夫だいじょうぶ、ルナは責めてる訳じゃないよ。ただゲーム内じゃ駄目だったのかな、って」
「その、あのゲーム、個人ごとに特殊なスキルがあるのでしょう? 聞き耳を警戒するならば、やはりこちらが安心かと思いまして」
「まあ、犯罪には使えないようになっているけど……」
言葉を濁すしかない。正に自分がそういう能力の使い手で、正に今そういった方法で情報を集めようと考えていた所だ。
ミレイユの警戒は、ある意味で的を射ている。その警戒対象と手を組もうとしているとは夢にも思っていないようだが。
「それに、親睦を深めたいとも思っていました。そちらが本題とも言えますね。……その、ご迷惑をかけてしまったとは、思っているのです」
「そう、やはり貴女も嫁に」
「なりませんことよ!?」
「……まあ、それなら情報はこっちで送ってくれれば良いさ。男と連絡取るのが問題なら、ルナを通してくれれば良いし。……仲良しみたいだしね?」
「うぅ、ルナさんに連絡するのも、それはそれでハードルが高いですわ……」
「特に構わなくてもいいのよ?」
家柄を気にしているのか、連絡するたびに今のようにいじめられてしまうと危惧しているのか。
だが結局、二人共にホットラインを開通させた。好きな方に連絡してくれれば良いだろう。
そうして、今回の目的が達成されたからか、あからさまにホッとした様子になるミレイユ。肩の荷が下りたという顔をしている。
詳細は後でそちらに送るようで、話は他愛の無いお喋りへと戻ってゆく。
お手伝いさんが再び呼ばれ、お茶とお菓子のおかわりがやってくる。議題は終わり、お茶会の再会という事だろう。
そうして彼女と会話に花を咲かせようとしていると、ぱたぱたと廊下を走ってくる音が聞こえてきた。まあ、予想は付くというものだ。このお嬢様屋敷でそんな事をする者は。
「あ、ハルだ! ホントに来てる! うわ向こうとおんなじだ……!」
「こんにちはセリス。お邪魔してるよ」
「いらっしゃーい。……お菓子貰っていーい?」
「せりちゃん。はしたないですわよ、もう? お菓子は私の分から取るのですよ」
「はーい」
自然にミレイユの隣に座り、お菓子とお茶に手を伸ばす。お嬢様らしからぬ行いだが、ハルにしてみればこういった態度の方が安心できる部分はある。
友人の家に遊びに来た、という日常の風景はこんな感じだろう。
セリスも、あまりハルの事が言えないくらいには向こうと姿に差がなかった。
髪は向こうよりも少しショートになっているが、そのくらいか。もちろん服装もドレスではないが、お嬢様らしく華やかな服を着ているあたり印象は近い。
「そうだハル、対戦しよう対戦。こっちでは流石にあたしが勝つんだから!」
「せりちゃん? それは止めた方がいいのでなくって? ゲームじゃないのだから」
「平気だって。ハル、どうせこっちでもヤル方でしょ? 動きが極まってた。あ、うち、道場あるんだ!」
「そういう問題では無いですわ。ハルさん、断って構いませんわよ?」
前言を撤回しなければならなかった。友人の家に遊びに来て、道場で模擬戦をやろう、となる事は無いだろう。
それはハルの思い描く日常ではない。
「まあ、別に良いけどさ……、断るのも逃げるみたいで癪だし」
「ハル、平気なの? “その体”と“その服”で」
「へーき。モンスターでもない“普通の人間”に負けるような鍛え方はしてないよ」
「そうこなくちゃ! あ、道着あるよ。着替える? ……ミレイお姉ちゃんがカメラ仕掛けてるかもだけど!」
「仕掛けませんわ……、私、今日はこういう役回りですのね……」
今日はこちらには本体、肉体で来ている。制服も当然パワードスーツではないので、ハルの力は普通の人間のそれだ。魔法を使う訳にもいかない。
だが、エーテルによる精密な身体制御において、この世界でハルの右に出る者は居ない。エーテル使用禁止とならなければ、同じ生身の人間相手ではハルに負けは無い。
さっくりと、下してきてしまおう。
◇
「勝ったよ。お待たせ」
「ですの!?」
「お疲れ様、ハル。どう? 組み伏せたり、事故を装って服をやぶいたりしてきた?」
「してないよ……、絶好調だねルナは……」
その場に、落ち着いたお嬢様二人を残して、ハルと活発なお嬢様は道場で試合を行った。
別段、語る事はない。武器が無い以外は、パーティーの模擬戦と流れは大体同じだ。全ての攻撃を先読みし、その隙にカウンターを加える。
それに少々ズルいが、筋力のリミッター解除まで自在に可能なハルである。反応面でも、体力面でも、セリスに劣る部分は無かった。
「せりちゃんは、どうしていますの?」
「ちょっとショックだったみたいだけど、すぐ来るってさ。打たれ強いよね、彼女」
「そうですのね。……妹がご迷惑をおかけしましたわ」
「いやいいけどね。実証実験の機会なんてあまり無いし」
「よく分かりませんが、そうですのね?」
生身の人間と格闘するのは、実は初めてだ。データ通りの動きが、データ通りに通用する事を確かめられた良い機会だったと言える。
その後は、復活したセリスも交え、にぎやかなお茶会、そして豪華な夕食を彼女らと共にして、その日はルナと共に帰路につくのだった。




