第1719話 日が暮れても切り終わらない薪
触手のように絡みつく怪樹の枝を振り払い鎌により断ち切り、ユキの駆るルシファーは拘束から脱出する。
更にただ防御にとどまらず、ユキはそのままの勢いで大鎌を次々と高速で振り回す。
怪樹はその枝も足のように扱っている根も巨大な幹さえも、微塵に切り刻まれてばらばらの小さな木片へと化していった。
「よしっ! 薪にしてやったぞクソやろう!」
「お口が悪いわユキ? それに、成果も良いとは言えないわね?」
「すごいスピードで再生していくのです!」
火にくべるのに丁度良さそうな形にバラバラになった怪樹だが、次の瞬間にはまるで火が着きそうにないドロドロの液体へと変異する。
液体は互いに溶け合うようにくっ付いて、すぐに元の一本の樹の形へと戻ってしまった。
なお、薪に丁度良さそうに見えるのはサイズ感を錯覚しているだけであって、実際は木片の一つ一つが一抱えの丸太ほどもある。
「スライム系に切断攻撃は効かないというのはまことであったか!」
「実際はどうなんでしょうねー? 体積を大幅に失ったら、やっぱり致命的なんじゃないかと思いますがー」
「じゃー何でコイツは平気なん?」
「司令塔が体内に無いからですねー。全ての細胞が等価に状況判断を行う事が出来ているのでー、事実上『本体』も『破片』もありませんー」
極論、細胞片の最後の一つに至るまで本当に潰し切らねば勝負がつかないという訳だ。
まあ実際はそこまで体積が減少すれば、もう大したことは出来ず脅威ではなくなっているはずではあるが。
「一応、切断面とその周囲の細胞は圧縮と衝撃により崩壊して機能停止している。完全にくっついて再生しているように見えて、ほんの少しだけ体積が減少しているよ」
「そうなのね?」
「はい! ルシファーのセンサーで、いつでもばっちり“もにたー”しています。まるでHPのように、その総量が出ているのです!」
「まあー。花畑内の物理法則が乱れてますからー、そこまで正確性は担保できないですけどねー」
「それでも、相対値が明らかに変化している。削れているよ」
「……んー。んでも、『じゃあ死ぬまで殺せば勝利』とはならないんっしょ?」
「はい……、この数値は、同時に少しずつ回復しているのです……」
会話の間にもユキが休むことなく攻撃を加え、その分だけほんの少しだけ『HP』は減少するが、それはアイリの言うように徐々に回復を始めている。
補充している様子は見られないのに、いったいどうやって。などと問うのは無意味だろう。
何でも侵食し取り込むこの細胞達は、増殖のための素材を選ばない。
足元の土だろうが、周囲に満ちる空気だろうが、お構いなしに取り込むだろう。
そもそもそうした物質の存在しない宇宙での戦いであっても、まるで無から生まれてくるように常識外の再生能力を誇っていたのだから。
「……しかし、あの宇宙怪獣どもと比べれば再生スピードは遅いよね?」
「ですねー。この切り傷の再生にすら、追いついていませんよー?」
「ふむ……? となるとこの地上に送られて来るダークマターの量では、細胞をゼロから作るレベルを満たせていない……?」
あの時は特にダークマター濃度の濃い宙域にどっぷり浸かっていたため、やりたい放題だったという訳か。
「とはいえ無理だぞハル君、さすがに。いつかは倒せるとしても、このスピードじゃ最低でも今日中には無理無理。ゲームならやってもいいけど、今はそんなことしてる暇ないっしょ」
「いや、ゲームでもやめなさいよ……」
「倒せないはずのボスを一日かけて倒し切ったら、きっと伝説になるのです……!」
「ドン引きじゃないですかねー?」
きっとどちらも正しいだろう。しかし、今はそれを評価する視聴者も居ない。
人間の一切存在しないこの世の楽園。そこでいかなる偉業を達成したところで、そんなものに価値は生まれないのだ。
「最低でも武器は換えるか。やっぱ鎌は、戦闘には向かん!」
「そんな! こんなに、強そうですのに……!」
「まあ、農具ですものね?」
「攻撃力や特殊効果が設定されてる訳でもないですしねー」
「とはいえ何を使うのユキ? 正直、何を持っても大差ない気もしてるけど……」
「そりゃ、鈍器よ! 斬撃が効かぬなら、殴殺じゃ!」
「却下」
「なんでさ!」
「ルシファーには、似合わないのです!」
それ以外にも、正当な理由がある。決して見た目だけを気にしている訳ではない。
確かに広範囲で思いきり細胞を押しつぶしてしまえば、効率よくダメージを与えられる気はするだろう。しかしそう上手くはいかない。
敵の細胞はそれぞれが独立して動くナノマシン。そうした衝撃の分散は得意なはずだ。ハルたちが、泥を粒子レベルで細かく整列させて固めたエーテル工法の家が頑丈なのと同じ理屈だ。
それに、鈍器の威力は重さが正義。ルシファーはあまり重い物が得意ではないのだった。
「くっそう。貧弱天使め!」
「そもそもエーテルは巨大な物を動かすには向いてないからね……」
そんな体内のエーテル残量が、花畑に深く踏み込みすぎた事により低下してきた。
ユキは舌打ちひとつ、再び怪樹をバラバラの薪にすると、その隙を使って周囲一帯に花の存在しない安全地帯を形成する。
そうして巨大な天使と怪樹は互いに“息を整えて”、状況は互角の睨み合いへと戻る。
……いや、この間にも少しずつ花の道は進行を続けているので、状況は敵が有利か。
「やはり、必要なのは鈍器ではなく魔法攻撃なのです!」
「ですよー?」
高火力で怪樹を一気に焼き払わねば話にならない。
しかし、その為にはこの物理法則改変が、どうしても邪魔になってくるのであった。
*
「何か、通る攻撃は無いのかしら? なにもあらゆる法則を自分の自由に操作出来るそれこそ『神』の力じゃないのよね?」
「はいー。あくまで、各プレイヤーさんが発現したフィールドスキルを、切り替えて使っているだけでしょうねー。その範囲でしか、応用は利かないはずですよー」
ごく単純に語るなら、『炎無効フィールド』と『雷無効フィールド』があったとしても、『水無効フィールド』を持っていなければ水属性攻撃は通るという訳だ。
しかしながら、実際にはそんなに単純ではない。『炎無効』の正体は実は『熱力学がこの宇宙とは異なる法則』かも知れないので、熱に関わる攻撃、『冷気攻撃』なども応用して止めて来るかも知れないのだ。
「その新法則にどんなものがあるのか、こちらはほぼ知らず逆に向こうは全て知ってますー。これがやりにくいんですねー」
「確かにそうね……、情報で勝ることの有意性は良く知っているわ……」
「こちらだけ、目隠しされているようなものなのです!」
「ルナちー目隠し好きそうだけどね」
「おだまりなさい。ユキにも目隠しして、その敏感な肌の感覚を更に鋭敏にしてあげるわよ?」
「うひゃあ……」
目隠しはともかく、今までの積み重ねが一切通じないというのが痛い。自分たちの常識を、いや立っている世界の地面そのものを否定されたようなものだ。
学者も頭を抱えて見なかった事にするか、逆に大喜びで研究室に引きこもるだろう。
しかし、ハルたちにそんな引きこもる悠長な時間はない。
それでも今もエメたちが急ピッチで解析を進めてくれている。運が良ければ、新法則を素通りする攻撃法が導き出されるだろうが、果たしてそれがどの程度の確率か。
「《一応、何でもかんでもアリのパターン無限じゃあないはずなんす。発動するのは人間で、人間がフィールド内でも問題なく活動出来る効果にはなっているはずなんすよ。そうでなきゃ、スキルが目覚めた瞬間、領民が全滅! なんてことになりかねませんしね》」
「たしかに!」
「確かにそーだなー」
だがそこまで絞ってなお、目隠しでの解析は難題だ。そして特に痛いのが、確実に存在する魔法封じ。
魔法が効果を示さない以上、ハルたちの攻撃はそれだけで八割封じられているようなものだった。
「《いっそ解析は諦めて、タイミングを読むことに全神経を集中すべきかも知れないっす。だって敵も、必ず魔法を使っているはずなんすから。だったらちょうどその瞬間に、こちらの魔法もブチ込めはその時だけは当たるって寸法っすよ!》」
「おお。いーじゃん、いーじゃん! 私そういうの好きだなぁ。ボスの攻撃の切れ目の一瞬の隙を狙って、パターン化してカウンターぶち込む!」
「《っす!》」
確かに、あるかどうかも分からない防御無視スキルを探すより、難しくても確実に存在するだろう隙を見つける方が有意義かも知れない。
しかしこちらもこちらで、上手く隙を突けない可能性、また敵がそれを警戒し、常時魔法禁止フィールドを展開し続け引きこもってしまった時が問題であった。
「しかし、どちらかを選ばなければいけないのですね……!」
「悩みどころね?」
「とりあえずやってみようよ!」
「そうだね……」
そんな、やる気のユキに引っ張られて話がそちらに傾きそうになった時に、もう一つ通信に割り込む声があった。アメジストだ。
彼女もエメと共に、今この瞬間も解析作業に参加してくれている。
そしてもう一人、いわゆる『大罪人三人衆』のメンバーとして、コスモスもその場に存在した。
「《少々、よろしいですかハル様? どうやらコスモスちゃんから、何か提案があるとのこと。上手くすれば、そんな法則なんて全て無視して勝利できる。らしいですわ?》」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




