第1718話 歩く花の親
連日遅くなってすみません!
「おお、ボスだボス! らしくなってきたね!」
「あれを倒せば、わたくしたちの勝利なのですね!」
「そうもいかないと思うけど、倒さない訳にはいかないね」
灰色の細胞の波が集まり、一つの巨大な姿を形作っていく。
それは種を植える為ではなく、このルシファーの巨体に対抗すべく生み出されたのは明らかだった。
集まった泥はうねり、渦を巻き、より高くより力強くその存在を構築していく。
そうして巨大な天使であるルシファーの背丈をゆうに上回る高度へと成長したそれは、降り注ぐ灼熱の太陽を浴びて活気づくように、鮮やかな緑をたたえて変身を果たしたのだった。
「これは……! “とれんと”、ですね!」
「トレントってこういう物だったかしら……?」
「ルナさんー。ここは異世界ですよー。こっちの基準ではそうなんですー」
「そ、そうなのね……」
「カナリーちゃん。適当なこと言わない。ルナも納得するなって」
「あはは。多脚戦車トレントだ」
その天を衝く、気があるのか無いのか微妙に分からぬ巨木は、奇妙に曲がりくねった枝葉で威圧するようにルシファーを見下ろしている。
大地に根を張ることなくその全てを地上に露出させ、その姿はユキの言うようにまるで『多脚戦車』のよう。
昆虫の肢のように複数の根によって地を噛んで、見るからに高速機動が得意そうである。
……高速機動が得意そうな樹木とはいったい何だろうか? もう深く考えたら、負けかも知れない。
「蝶々に化けた経験が生きてきたねー。知らんが」
「じゃあ最終的に羽でも生やすのかな?」
「あはは! いいねそれハル君! いいアイデアだ!」
「いや良くないが……」
「ともかく、専守防衛でいる気はさらさらないようね?」
「ですねー」
「葉っぱも以前に見た気がするのです!」
これはサコンの領地で見た、彼の地の神木であろう。
今現在も進行形で厄介である魔法無効フィールドを形成し、葉からレーザー光線を乱射する意味不明な植物にしてサコンの土地の要。
あの樹もまた、こんな風に曲がりくねった見た目をしていた。
「恐らくは、サコンの土地を使って実験していたんだろう。あの樹の中にも、成長途中ではあるが本物の植物が仕込まれていた」
「あれを『本物』、と言っていいかは判断が分かれるとこですけどねー」
確実に翡翠により遺伝子改造された植物だ。その成長を補助するために、足元の花と同様に疑似細胞の『覆い』が先んじて成木の姿を披露していた。
今回も、同様にそうした中身が仕込まれている可能性はあった。そこにどんな意味があるのかは、まだ不明なれど。
「しかし! レーザーはこのルシファーには効かないのです!」
「そうですよー? アメジストの奴程度は倒せても、ルシファーの装甲板はびくともしませんー」
「《あの、なんでわたくしを貶めましたの今? あとわたくし、倒されていないのですけど! 全て見事に、防ぎきってみせましたわ!》」
「じゃー今回も呼び出して盾にしましょうかねー」
確かに当時は、魔法的防御が行えなかったため低出力のレーザー攻撃ですら脅威であった。
素晴らしい防御力を誇る、『アメジストの盾』が無ければハルといえど更なる苦戦は免れなかったであろう。
しかし今回は、非常に堅牢なルシファーの防御装甲によりハルたちは最初から守られている。
侮る訳ではないが、あのレーザーの出力を何倍、何十倍にしようとも、この装甲板を貫く事など不可能だ。
「よっしゃ! やったろうぜーハル君! 操縦代わって。私が伐採してやろう」
「気を付けてねユキ。フィールド内では、ルシファーも全力を発揮できない事は変わってないんだから」
「分ってる分ってる!」
ルシファーの制御を受け取ったユキが、勇ましくその怪樹に向かって突進する。草刈り用の大鎌を振りかざし、高速で迫りくるその姿はまさに死神。
草むらだろうが花畑だろうが、大樹だろうが人の首だろうが、一切の抵抗を許さずその鎌は分断するだろう。
ゲームであれば、『即死』スキルでも付いているに違いない。
「うりゃあ!」
無類の切れ味とその重量、そしてルシファーの巨大ロボットらしいその怪力。そこからくり出される斬撃の威力は凄まじく、身の丈以上の怪樹であろうと易々と両断する。
「よっし! 雑魚めが! 見掛け倒しだ伐採完了!」
「すごいですー!」
「フラグにしか聞こえませんけどねー」
「もうわざと言っているわよねユキは?」
「まあ、この程度で倒れる相手じゃないよね」
皆が、そして見事に袈裟切りに大木の両断に成功したユキさえも予感しただろうその通りに、明らかな致命傷から怪樹は回復していく。
根元からばっさりと剪定され払い落された枝も、綺麗に斜めに輪切りにされた胴体も、次の瞬間には溶けるようにその姿を変えた。
いや、事実その身を溶かしてドロドロにしている。硬くどっしりとしていた切り株の断面もすぐに年輪が見えなくなり、枝は地面に落ちるより前に再び元の泥へと早変わりだ。
そうしてその柔らかくなった断面どうしを接着するように擦り合わせると、もうそれだけで何ごとも無かったかのような無傷の姿へと戻っていた。
「再生しました!」
「おのれー。ナノマシン生物かよ! こいつら!」
「だから最初からナノマシン生物みたいなものだと言われていたでしょうに……」
疑似細胞は『細胞』とハルたちに呼ばれてはいるが、その実態としてはナノマシンの群体に近い。
その姿はスライム状のモンスターであるかのように、見かけ上の姿にあまり意味はない。
特に切断には強く、断面の細胞が多少死のうともその総体にはほぼダメージ無し。
この様子はまるで、SF作品で見るナノマシンの集合体そのものだった。
「どうするの、ユキ?」
「当然、再生限界を迎えるまで切って斬って切りまくる!」
「ダメージが完全なゼロでは、ありませんものね!」
「まあー、傷をくっつけるのにもエネルギー使うでしょうしねー」
「ただ現実的じゃないね……、やっぱり……」
やる気のところのユキには悪いが、このまま斬撃による討伐は事実上不可能そうだ。
まずゲームのように、敵のHPが定まっている訳ではない。
減った細胞は翡翠により補充可能で、活動の際に必要とされるエネルギーも恐らくは例のダークマターによりほぼ無尽蔵。
そうしてそんな終わりのない闘争に身を投じている間に、翡翠はといえば地道に花の通路をティティーの海にまで通してその目的を達成してしまうだろう。
なので、あまり時間はかけていられないハルたちなのだった。
「しかし、物理攻撃では効果が薄いのだとしても、他の方法は……」
「そうだねアイリ。敵が花畑の中に陣取っている以上、有効そうな範囲攻撃は封じられている」
「あたまにきますねー?」
「ならさっきみたいに、エリア外からゴリ押しで焼き切る!」
一転しその場を離脱したユキは、先ほど刈り取った『安全地帯』へと退避しエネルギーを回復する。
同時に、境界の付近に待ち構える怪樹に向けて、正確にはその直前の大地に向けて、もう一度反物質砲を撃ち込んだ。
これならば、その爆発力の余波全てを無効化は出来ない。怪樹にもダメージは通るはずだ。しかし。
「フツーに避けられた!」
「……まあ、足があるものね? 気持ちの悪いことに」
「走って逃げますよねー」
「どうしても、花畑に踏み込んで攻撃するしかないのでしょうか!」
まあ、そういうことになる。
まるで虫のように、失礼、それこそゲームに出てくる多脚戦車そのままに、高速で爆風から怪樹は避難する。
いかに素早くチャージし発動したとしても、あの回避スピードに間に合わせ直撃を浴びせる事は難しそうだ。
「よーし! んじゃあもう無視しちゃる! あいつをガン無視して、草むしりミニゲームの再開だ!」
ユキは今度は怪樹へは向かわず、あらぬ方向へとルシファーを飛翔させる。
そうして大鎌本来の用途を思い出したかのように、再度地面に向かってそれを振り下ろした。
花びらが宙を舞い攻撃エフェクトのように天使を彩る。しかしそれも、成功したのは一度きりのことだった。
「んもう! 割り込んでくるなーっ!」
「いやー、そりゃ邪魔しますよねー。当然ー」
もはや見慣れた触手を伸ばすような枝の攻撃により、ルシファーの大鎌は絡め取られる。
どうあっても、この奇妙な大樹を倒さないことにはハルたちは一歩も進めない。そういうことのようだった。




