第1717話 踏み込むは毒の花畑
まるで足を生やして花が自ら走って来るようなコミカルな、あるいは悪夢のような光景。
そんな冗談みたいな手段でも、フィールドを伝播し拡大するという目的の達成には非常に有効だ。
既に花の形をとっているが故に、花畑エリアから出たその瞬間に即座にフィールドが伸張される。
そこに攻撃を打ち込んでも、既に無効化がスタートしているのだ。
「……あれって、どうなっているの? どういう原理で走っているのかしら?」
「まあ、僕が木を操って触手みたいに使ってるのと同じだね。あの花は今はほぼ疑似細胞で構成されてるから、ナノマシンの集合体としていくらでも自由にその形を動かせる」
とはいえ、当たり前だが本物の花は根を足にして二足歩行したりしないので、『花』としての完成度は低くなっているようだ。
種から芽吹き内部に分散された本物の花の細胞。それが走る花の身体を、自身の身体と“誤認”するプロセスにエラーが出ているらしい。
まあ当たり前だ。根ざしたその場から動けないはずの体が元気に大地を走り回っていたら、『これは自分の身体じゃないぞ?』と正気に戻るのも頷ける。
「あの走る花どもがきちんと大地に根を張ってー、じっと動かなくなるまでは、そこそこ攻撃が通るらしいですねー」
「んだね。既にちょーっと事象改変がスタートしてるみたいだけど、これならまだ抑えられるよハル君」
「そうだね。けど時間の問題だよユキ。次は自分で走るのを止めて、泥の波との合わせ技で咲いたたまま流されて来たらどうしようもない」
現状そうしないのは、さすがに意味不明な疑似細胞の増殖速度とはいえ限界があるということか。
花の疑似的な形状を構築するための容量以上に消費してしまうと、生産が間に合わないのかも知れない。
だが、走る花で対応できないと知れば翡翠がその決断に出るのは必至。
いずれは、ハルたちに対処が出来なくなる時が来る。
「仕方がない。やはり踏み込んで、直接破壊するしかないか」
「ですが! お花畑に入ってしまうと、ルシファーのエネルギーがすぐに尽きてしまいます!」
「逆に考えるんだアイリ。逆にエネルギーがゼロになるまでは、花畑の中でも動けると」
「な、なるほど!?」
「そだねぇー。エネルギー残量に気を配りながら、『息継ぎ』しつつ戦闘を継続するなんて、ゲームじゃありふれた光景だもんね。今回もそうすりゃいいだけのこと!」
「……でも、攻撃方法はどうするのかしら? どんな攻撃も、無効化されてしまうのでしょう?」
「なにを言ってるルナちー。そら、物理攻撃よ! 最後は己の肉体こそ、最も頼れる最強の武器なのだ!」
「肉弾戦ですよー?」
「そ、そうなのね……、大丈夫かしら……」
「主に絵面とかね」
確かにルシファーの強靭な装甲でもって、直接花を粉砕することで花畑は問題なく『破壊』できるだろう。
しかしその見た目は、威厳すら感じる美しく巨大な天使が、腰を曲げかがみ込んで『草むしり』をする図にならないだろうか?
「……まあ、気にしていても仕方ない! こうしてる間にも、走り花は次々とエリアを拡張してる」
「幸いー、さっきルシファーが反物質砲で地面をふっ飛ばしましたのでー、植え付けにはちょっと苦労しているみたいですねー」
「多少の時間的猶予は出来たみたいね?」
「これさ、残った大地もぶっ壊しちゃえば終わりなじゃい? それか、植物が生えないように塩でも撒くとか」
「さすがに僕も、あんまりこの星を壊したり汚染したりしたくはない。それに、あいつら塩程度気にせず生えそうな気がする……」
「いざとなれば、『塩害の無い世界』を呼び出して来そうなのです!」
まあ、扱えるフィールドスキルのストックはプレイヤー依存なので、都合よく物理法則を引っ張って来れるとも限らないが。
しかし、相手は神。単純な法則の応用で、どんな現象を起こして見せるか分かったものではなかった。過小評価は厳禁だろう。
ハルたちは外部からの対症療法を諦めると、意を決して花畑の中に踏み込む。
その時点で、天使の巨大な足により下敷きにされた花たちはぺしゃんこにされ、その効果を停止させたことが伝わってきた。
「よっしゃ! このまま走り回って、どすどす踏み荒らせ!」
「『マップ埋め』の、お時間なのです! このままじぐざぐに塗りつぶして、このカラフルな地図を茶色に埋めてしまうのです!」
「二人とも落ち着け。これはゲームじゃないんだから、走っても円形に花は消えてくれないよ」
「そ、そんな!」
「消しゴムかけるように、丸く当たり判定があるんじゃないのかハル君!」
「無いでしょうに普通……」
「足跡が付いた所だけだよ、埋められる範囲は」
「クソゲーだー! ぶーぶー!」
「やはり、リアル指向はクソなのです……」
「いやリアルだし。そもそも」
「お二人ともゲームのやりすぎですよー?」
確かに、ゲームなら自機の周囲一帯が拡張され『当たり判定』になっているもの。
しかし、ルシファーがここで突進したとして、蹴散らせる花は直接その足で踏んだ物のみだ。
本来ならば余波の風圧で周囲も吹っ飛ぶかも知れないが、今は都合の良い物理法則により防御されていることだろう。
「よし! そんじゃ地道に草むしりじゃ!」
「ゲームで鍛えた草刈りスキルを、活かす時が来たのです!」
「ゲームから離れなさいな……」
「見たくないですよー。そんなルシファー」
「そもそも、効率が悪いしね。地道に草むしりしいているうちに、内部エネルギーが尽きちゃうよ」
こうしている今この瞬間にも、ルシファーの力の源たる体内のエーテルは次々と死滅していっている。
生産のための魔法発動が停止され、追加の補充が行えない。
その残量がゼロになるその前に、この地を埋め尽くす花の海の内部に『息継ぎ』ポイントを切り開く必要があるのであった。
「スマートにいこう。人型なんだから、道具を使わなきゃ」
ルシファーの背にある巨大な翼から、光の羽が一枚、腕の中へと伸びて来る。
その羽は手に収まると更に形を変形させてゆき、白く巨大な鎌へと変化を遂げた。
ハルは、ルシファーはその鎌を両腕でしっかりと握り込み、深く腰を落としていく。
そうしてゆっくりと鎌を振りかぶると、一気に振り下ろし周囲一帯を薙ぎ払った。
「ひゅう! やるねぇ!」
「かっこいい、ですね!」
「草むしりじゃなくて本当に良かったわ?」
「格好というならば、天使というよりも死神ですけどねー」
「魂を刈り取る、天使なのです!」
「天使に鎌は、むしろ定番だぞカナちゃん」
「いや、というか大鎌の本来の使い方なんだと思うけど……」
白い大鎌に刈り取られた花たちは、色とりどりの花吹雪となって宙を舞う。
それに彩られる巨大な白い天使は、一枚の画として非常に完成度が高い。本当に、草むしりスタイルでなくて良かったと思える構図だ。
「あっ! 機体のエネルギーが、急速に回復していきます!」
「これでいけるんか」
「みたいですねー。変な話ですけどもー」
「これは、花を調べてもらってたエメから報告があってね。別に、細胞を一つも残らず粉々に消滅させる必要はないらしい」
「《っす! どうやら、『地面に生えている花』という我々が持つイメージを失わせてしまえば、魔法の発動は停止するみたいっす! 妙な話なんすけど、どうやらそうなってるらしいっすよ! そこには特に、生命活動の停止は条件に含まれてないようで》」
「それは本当、分からないわね……?」
「《ルナ様。今は、詳しい話を追及するのは後っすよ。法則性は追い追いじっくり調べりゃいいっす》」
「そうね? 今はまず、簡単に排除できそうなことを喜びましょうか」
なんとなく、人間の主観の部分が条件に入っていそうなのが不気味ではある。
まあそこも、人間の使う魔法を引っ張って来ている関係上、何か繋がりが生まれてしまったと思うしかない。
エメの言う通り、今は深く追求している場合ではないのだ。
ハルはルシファーを駆り、大鎌を持ち踊るように次々と花を切り飛ばし、宙に花吹雪を舞い散らせる。
そうして生まれた空白はフィールドの及ばない安全地帯となり、その場に止まればルシファーは魔法禁止領域に邪魔されず体内のエーテルを回復する事が可能となった。
その穴を埋めようと、走る花がこちらを目掛けて駆け込んで来る。
正直そちらの方が厄介で、それらはまだ全身がほぼ疑似細胞なので、大鎌で切り裂いたとしてもすぐに溶けてくっつき、再び元気に活動を始める。
「……邪魔だ」
「ちょろちょろと、うっといねぇ~~」
「な、なんだか、寄って来られると気持ち悪いのです!」
「排除しちゃいますよー」
背の羽から放たれる光弾が、それら一匹一匹を的確に射貫いていく。
そうして、地の花と走る花、両者を問題なく排除しながらルシファーは徐々にスピードを上げて行く。
そのままひたすらに前へ前へと突進し、その進む後には花一本さえも残らない。
その光景はまるで、先ほどユキたちが言っていたゲームで障害物を薙ぎ倒しながら進む操作キャラクターのようだった。
突進攻撃を行いながら、草むらオブジェクトにでも突っ込んだかのようだ。
そんなハルたちの蛮行を、翡翠ももちろん黙って見ているだけではなかった。
新たに泥の波が形成され、それがルシファーを目掛けて進んで来る。
恐らくは、今度は種を運んできたのではなく、攻撃用の何かに変形する気であるのだろう。
変じるのは恐らくモンスター。巨大な天使と巨大なモンスターの、決戦が再び予感されるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




