第1714話 都合の良い世界を選択する能力
プレイヤーの使うフィールドスキルを模倣、いや拝借できる。
翡翠の花畑が持つこの能力は、実に驚異的であると断じて間違いはない。
まず第一にサコンの持つ『魔法禁止フィールド』が混じってしまっている事が確定しているので、その時点で自動的に警戒は最大レベルだ。
「ただ、とはいえ現状でそこまでヤバイかというと、別にそんなこともない」
「ですねー。ルシファーは花畑の外に出てますしー、中に入らなければどうってことないですよー?」
「安全地帯から、一方的に打ち放題じゃ! 卑怯とは言うまいな!」
「楽な攻略法は、いつでもそこに行きつくのです……!」
「味気ないわねぇ……」
仕方がないのである。結局ゲームはたいてい最終的には『作業』になりがち。そして単純作業であるならば、どうせならば楽な方が良い。
近接でリスクを取りその都度技種を選びタイミングを計るよりも、適当に遠距離から過剰攻撃を垂れ流していたくなるのは道理であった。脳の処理リソースも馬鹿にならない。
今は別にそうした周回作業という訳ではないが、リスクを取らず反撃を受けず、楽に勝利が出来るに越したことはないだろう。
「それに、ここには人の目がない。このルシファーであったりヤバい魔法であったり。プレイヤーに見られる事を気にせずやりたい放題に撃ちまくれる」
「あれだけ海に反物質砲を撃ち込んでおいて、今更ではなくて……?」
「……うん。そこはそれ。ほら、ルシファーは出してないし」
「まー、単純威力だしね。慣れるもんさみんな」
「それに“がんまれい”は、以前からハルさんは使っていたのです! 公開情報なので問題ありません!」
「光子魚雷が公開情報なのは逆に問題だと思いますけどねー」
まあ、ただ『強力な爆弾を持っている』というよりも、複雑な『巨大ロボットや宇宙船も作れる』という方が目につくだろう。
匣船や御兜に、それらの技術を地球へ輸入しようと目をつけられるのは避けたいハルだった。
そんなルシファーも花畑に一歩踏み込んでしまうと、たちまち原動力である魔法を封じられ力を奪われる。
しかし逆にいえば入らなければいいだけなので、そこに関しては問題なかった。
「とりあえず、ますます海に届かせる訳にはいかなくなったわね、ハル?」
「そうだね」
「あー、確かになぁー。あの海の能力まで使えるようになっちゃったら、よりヤベー」
「あちらも反物質が、使えるようになってしまうのです!」
「そうだぞー、アイリちゃん。花から種の代わりに、反物質爆弾がマシンガンみたいに飛んで来るのだ」
「こわいですー……」
「……そもそも、花は種をマシンガンのようには飛ばさないわよ」
「ゲームでは飛ばすのが普通ですからねー」
まあ、また反物質弾の撃ち合いになったとしても、その被害を受けるのは花畑の方が上になるだろうが。
とはいえ渡さないに越したことはない。花さえ咲いていれば、地上の何処であれ好きに吹き飛ばせるなんて状況ごめんである。
「よし、じゃあ急ごうか」
「んだな。こーしてる間にも、蝶が次々に新しい種を植えてる。海への距離は縮む一方だぞハル君」
「分かってる。じゃあとりあえず、火炎放射でいくとしようか。絵面は最悪だけど……」
「美しい自然を焼き払う、邪悪な戦争の兵器ですよー」
「どう見ても悪役ね?」
「ルシファーは、堕天使さんなのです……! 悪いことだって、平気でしちゃうのです……!」
まあ見た目は白く美しく、堕天する前に見えるが。今はそんなことはいいだろう。
必要な事とはいえ花畑を焼き払うという所業に未だ葛藤を抱きつつ、ハルはルシファーの兵装プログラムを解放する。
ルシファーのボディは魔法増幅器としても最高の性能を誇るが、純粋に物理的破壊力も高いレベルで備えている。敵には魔法禁止フィールドがあるので、今はそちらが良いだろう。
本来ナノマシンであるエーテルは、そうした兵器級の強力なエネルギーを作り出す事は苦手としている。
しかし、体内で次から次へと過剰に生産し続けられ、それを贅沢に使い潰す事により強引にその力を成立させる。
ルシファーの体内で次第に熱が凝縮され、体中を循環し渦を巻きながらその腕の先へと集まって行く。
加えて<物質化>により生成された気化燃料までもが追加された凶悪な火炎兵器。それが、天使の巨大な腕へと装填された。
「アイリちゃんー。チャンスですよー?」
「!! 『焔熾天使の破邪剣』、発っ射っ!!」
腕の中央部がレンズシャッターのようにカシャリと開き、アイリによりカッコよく名付けられた環境破壊兵器が勢いよく放射される。
蓄えられた膨大な熱が、噴射される霧状の混合燃料に引火、いや誘爆する。
まさにその名に恥じぬ、一切の邪悪を浄化し清める神聖な焔。
……まあ邪悪以外でも一般的な物質であれば、大抵は跡形も残さず蒸発させてしまうと思うが。
周囲の空気を勢いよく巻き込み、横向きの炎の竜巻となって突き進む。
その強力に過ぎる火炎は強風を生みこの乾いた大地に焦げ目を残し、飛来する蝶を瞬時に蒸発させながら突き進む。
……そして、花の群生地に入り込んだ所で、急激に一切の勢いを失い霧散してしまった。
「そうきたかっ……!」
「わたくしたちの、必殺技が!」
「無効化されちゃいましたねー」
境界線沿いに生える多少の花々を焼き払う事には成功したが、炎の貢献度はここで終わり。
戦果としては、全く役に立っていないと言わざるを得ない結果であろう。
まるで主人公が強大なボスに立ち向かい、鍛え上げた必殺の一撃を叩き込んだものの、その強靭な肉体の前に弾き返されて、『その程度か?』などと言われたような状態であった。
「で、ですが、わたくしたちの必殺技はまだまだ他にもあるのです! 炎が駄目なら、そちらで攻めればいいだけのこと!」
「アイリちゃーん。それはどう見ても、負けフラグだけどー?」
「とはいえ、何かしないといけないのは確かでしょうユキ」
「まあー、なんとなく結果は見えますがー……」
続けて、ルシファーの得意とする主兵装、荷電粒子ビームのチャージをハルたちは始める。
その身体全体を粒子加速器として用い、再び腕を砲身として前方に向け構える。
そこから発射された亜光速のビーム攻撃は、今度こそ眼前の花畑を無残にも抉り掘って吹き飛ばす。そのはずだった。
「なんと!!」
「まあ、知ってた」
「でも、今度は多少効いているわ? その、ほんの少しだけど……?」
「とはいえさールナちー。この広い広い自然公園を、手間暇かけてチャージしながら少しずつ削って行くなんて、苦行すぎて耐えられんでしょ」
「耐えられたとしてもー、どう考えても新たに拡張されるペースの方が早いですよー」
その通りだろう。多少は効果が出たとはいえ、その穴を埋めるがごとく、今も蝶たちがせっせと新しい種を植えている。
荷電粒子砲の着弾地点には、何とか一般的な砲弾が着弾したかといったくらいの弾痕が残り地面が抉れてはいる。
しかし、大きなコストを支払いチャージ時間を使ってまで得た成果がこれでは、ユキでなくとも辟易するというものだ。
「まだです! 色々と、難しいことをするから良くないのです! ここは、単純にして最強の、ただの光でレーザー攻撃です!」
「アイリちゃんもがんばるねー」
「ユキももっと深刻になりなさいな……」
めげないアイリは、更にルシファーの兵装を切り替える。
今度はその十二枚の翼を大きく広げ、その羽の輝きを増していく。
魔法を増幅し放つ際の発光と似ているが、この輝きはそれとは似て非なるもの。この神々しい輝きこそが、ルシファーの兵装である。
光その物を武器とした、収束し放たれる高出力のレーザー光線。それが、何筋もの槍と化して、次々に羽の先から発射された。
「おわわわわわわっ!」
「なんとぉ! こりゃ、大丈夫かハル君!?」
「だ、大丈夫。なんとか。あ、危ない……、光学兵器対策をこっちも施しておいてよかった……」
今度は本当に、本当に一切の攻撃が通用せず、光は全てそのままルシファーへと向けて完全に跳ね返って来た。
それを、こちらも外装に施された光学防御ラミネートによって反射無効化する。
考えてみれば、サコンの森ではハルたちがレーザーにより攻撃を受けた側だ。敵には、その力が備わっているものと思うべきだっただろう。
……さて、思った以上にやりにくい相手であるらしい。この見た目だけは良いが性根の悪そうな花畑は。
次々と都合の良い物理法則に切り替え対処するこの相手に、有効な手段は存在するのだろうか?




